GLIM SPANKYの企画『ロックは生きている。対談』が再び! 好評だった同企画の中でもディープな話に発展し、特に注目を集めた、みうらじゅん氏との対談。今回、そのみうら氏にGLIM SPANKYを勧めた、いとうせいこう氏との対談が実現した。その全編を3回に分けてお届けする第2回目は、いとう氏が日本の伝統文化である浄瑠璃について熱弁!

歌に合わせにいって伴奏になるとカッコ
悪い

いとう:
今回のアルバム『Next One』を聴いて思ったことがあって、亀ちゃんに聴いてほしいものがあるんだよ。浄瑠璃っていう歌い手と三味線による日本の伝統的な音楽があって、俺、ヒップホップをやってない時期に没頭したことがあったのね。勝手に弟子入りとかしちゃって…俺は歌うほうでね。で、三味線を弾くほうは、俺が「こんなすげぇ音楽があるんだよ!」ってCDのボックスを周りに買わせてたら、真心ブラザーズの桜井秀俊がはまっちゃって(笑)。一緒に大阪まで観に行って、小さい劇場でふたりして「すげぇー! すげぇー!」って観てたの。あのね、三味線をギューン!って弾くと、力が入りすぎて指先が弦で切れてるんだよ。血がピューって飛び散るの。日本の普通のロックなんて全然パンクじゃないって思うよ。だって、その人たちって何十年もギューン!に懸けてるわけで、諸先輩たちに怒られながらお稽古を毎日毎日やってるんだから。そんな浄瑠璃のCDボックスがあるのね。少なくとも桜井はそれを聴いて以降、自分のギターの音が確実に変わったって言ってる。
亀本:
へー、すごい気になる!

いとう:
でしょ? で、それはどういうことかと言うと、三味線に対して歌うほうのことは“太夫”っていうんだけど、「三味線は太夫に合わせにいったらあかん!」って言われるんだよ。一緒の物語を表現してるんだけど、太夫は太夫で自分の調子でやってるし、三味線も三味線で自分の調子でやってるわけだから、絶対歩み寄っちゃダメっていうのが、受け継がれてきた教えなの。ちょっとでも合うと先生の扇がバン!って鳴って、「何合わせにいっとんや、どあほう!」って怒られちゃう。だから、聴いていると「これ、不協和音なのでは?」って思うくらい。どっちも闘っているからそれはそれでよくて、それでも最後の物語の盛り上がりの時にスパーン!と合うんだよ。その時はもうゾバーッて鳥肌ですよ! ちなみに、途中で合っちゃった時のことを、三味線用語で“ツボ”ってあるんだけど、“ドツボにはまる”ってそのことなんだよ。ドツボにはまるとダサい音楽になってしまうっていう。だから、亀ちゃんは松尾さんの声に合わせにいったらあかんわけですよ。でも、離れていてもダメなわけだから、その浄瑠璃の人たちの駆け引きみたいなものを、桜井は学んだんだと思うんだよね。浄瑠璃を音楽として聴くっていう。

松尾:
それがCDになってるんですか?
いとう:何枚もなってる。今、俺が言ってるものは何十年も前に亡くなった名人たちのボックスだから。十枚ぐらいあって訳が分からないと思うけど、とにかく何回も聴いていると合奏じゃないってことが分かる。そういうことを今の人の流れに俺はつなぎたいんだけど、なかなかつなげられないんだよね。でも、秦 基博くんは声が太夫っぽいと思ったから、そういうことをちゃんと彼に伝えて、謡(うたい)っていう能の先生に習いに行ってもらったんだけど。だから、養成してるの、俺が(笑)。だって、古典になってしまうのはもったいないじゃないですか。最初のみうらさんの話じゃないけど、いい音楽は絶対に言葉を越えるから分かると思うんだよね。少なくとも桜井は、あいつはあいつで三味線のお稽古に通ってたし。で、その時に「せいこうさん、不思議なことなんですけど、歴史を見てみると日本で浄瑠璃が発生した時期と、アメリカでブルースが発生した時期がまったく同じなんですよ」って言ってきて。

亀本:
えー!

いとう:
そうなんだって。で、一番重要なキーがF#だったかな? ちょっと分からないんだけど、浄瑠璃の人はそういう観念がなくやってるわけだけど、ブルースの一番肝となっている悲しくて何とも言えない絶望感のある音と、それとがすごく似てるんだって。それを意識して弾くようになったって言ってた。真心ブラーズが活動休止していた時期に桜井は女の子とユニット(Rosetta Garden)をやってたんだけど、その頃にお稽古に行くようになったのね。で、その時に言われたのが、歌詞の一番が春夏を歌っていて、二番で秋冬を歌っているとするじゃない。それを逆に歌われたりすると、ものすごく腹が立つようになったって。だって、自分は春夏の気持ちで弾いているわけだから。「春夏の音を出しているのに、なんで秋冬を歌うんだ!」ってなるって。浄瑠璃を通して、ちゃんと音に意味を持たせて弾くようになったってことなんだよね。ギタリストとしては気になるでしょ?

亀本:
すごく気になります!

いとう:
ね。だからって、歌に合わせにいって伴奏になるとカッコ悪い。「どう考えても、この歌にはこの音しか考えられない!」というところまでいったら、その太夫と三味線のふたりは絶対というか…だって、古典芸能の世界ってどっちかが死ぬまで組むからね。

今日のせいこうさんとの対談で、私の音
楽人生が変わるかも

いとう:
あとね、太夫っていい声は出さないんだよ。下手したらしゃがれてるし、悪声だったりする。とにかく声がデカいってことが大事。すごく松尾さんにも合ってると思うよ。とにかくさ、名人がカッコ良いんだよ。俺、その名人のCDをずっと聴いてお稽古に行っちゃったから、お稽古であるシーンをやった時に、その名人のようにやっちゃって。そしたら俺より年下の先生にピシッて扇子で叩かれて、「いとうさん、おいくつなんですか?」って大阪弁で強く言われたんですよ。その時は40いくつだったから「40いくつです」って言ったら、「だったら、なんで40いくつの声を出さないんですか? いとうさん、名人たちのCDを聴いてきたでしょ? あれは70歳や80歳の一生懸命なんですよ」と。あれはその年齢の一生懸命がそう聴こえただけであって、力を抜いてやっているわけじゃないんだと。だから、今できる精いっぱいデカい声を出してくれって言われて、俺はもうテクニックとか何も全部忘れて、子供みたいにとにかくデカい声でやらされたんだよ。でも、それってロックの肝みたいなことを言ってるんじゃないかなって。

松尾:
はぁーー、すごい、それ。めっちゃ興味ある。

いとう:
ブルースに憧れると、しゃがれた声で軽く歌っちゃうんだよ。でも、それはおじいさんだからガンガンにいきたいんだけどいけなくてそうなってるんだって。それをリスナーが“いいね”って言ってるだけであって、プレイヤーは真似してはいけないっていう考えなんだよね。そういう意味では、GLIM SPANKYの今回のアルバムは、ちゃんと今の年齢での音楽を精いっぱいやっていると思う。「もっと声が出ないかな」ぐらいのことを思いながら歌ってるのも伝わるし、今後どうしていこうかと思ってるんだろうなってのも分かるから、そういうところも含めて、すごくいいアルバムだなって思った。

松尾:
ありがとうございます。今の話を聞いて、浄瑠璃がすごく気になってます。

いとう:
一回、観に行くといいよ。名人のおじいさんが前のめりになってやってるから。「何、これ!?」ってなると思う。東京の国立劇場に3カ月に1回くらい来てるんだけど、本場の大阪の文楽劇場ってところで観るのが一番いいよ。俺は東京の人間だからなんだろうけど、ミシシッピーでブルースを聴くみたいな気分になる。
松尾:
うわ~、1回観たいな。血が出ようともギューン!に懸けてる三味線とか気になる。
いとう:上品なおばさまみたいに遠くの席で観ていると分からないけど、俺はいつも三味線と太夫側の席をとるんだけど、前のほうに座ると三味線の人がン~!って息を詰めながら弾いている声が聴こえるからね。それはマイクを通さないから前の席の人にしか聴こえないんですよ。きれいな音色の三味線を弾いているようだけど、ン~!って息を詰めて弾いてるの。もうね、すごいよ。亀ちゃんには、そういうギターが必要だよ。ロックはそういうものだもんね。

亀本:
僕、声は出さないですけど、レコーディングの時って座って弾くのがダメなんですよ。いつも立って目をつむって弾いているんです。そうしないと気分が入らないというか。家で覚えてきたフレーズをなぞるように弾くと、レミさんにもダメ出しされるし。だから、かなり気分が入らないと弾けないんですけど、それの究極のかたちかもしれないですね。

松尾:
そうだね。ロックバンドなら観ておいたほうがいいよね。

いとう:
観なきゃマズいでしょ。

松尾:
そうですね。今日のせいこうさんとの対談で、もしかしたら私の音楽人生が変わるかも(笑)。

いとう:
よりいい方向に変わるよ。悪い方向には絶対にいかない。だって、何百年も前からずっと日本語でやっている人たちのやり方なんだから、日本語に合ってるに決まっている。

松尾:
ですよね。観たいな~。でも、血が出るのか~。

亀本:
血は怖い…。

いとう:
血はね(笑)。あと、太夫は太夫で腹帯を必ずするのね。なぜ腹帯をするかって言ったら、大きな声を出しすぎると脱腸になるから、脱腸にならないようにお腹を押さえてるんだよ。そこまでして大きな声を出すっていう。ある意味、養成ギブスだよね。で、お尻に“尻敷き”っていう小さな椅子を置いて、より前のめりになるような姿勢にして、デカい声を出すための腹帯もして…しかも、どうしても出ない声を出すように小豆を入れた小袋を腹に入れてるんだよ。それを握って、ウオォ~~~っておじいさんが汗をダラダラ流しながら歌うっていう。もうね、それがカッコ良すぎてさ。俺、ジミヘンとかの映像を観ると、そのおじいさんのことを考えたりするもん。ギターに火を付けるのって、カッコ付けだけじゃないと思うんだよ。だって、ギターって大事なものじゃん。それに火を付けちゃう破壊衝動と、脱腸を覚悟に大声で歌っている人の熱量って変わらないと思うんだよね。
松尾:
カッコ良いな~。それこそ人生を懸けたショーですよね。そこまで狂気を感じるものってなかなかないですよね。

いとう:
ないよね。しかも、それを彼らは狂気と思ってない。古典芸能だから、伝統だと思っている。自分たちはどうやって伝統を継いでいくかってことだけを毎日毎日考えてるんだよね。俺の師匠なんか、どうしてもある1行の台詞の言い方が分からなくて、先生に何カ月も「違う!」って言われ続けていたんだけど、ある日、満員電車の中でずっと考えていた時に分かったんだって。そしたら大声で「分かった!」って言ってしまったって(笑)。でも、それぐらい1行の歌詞をどう歌うかを考えてるんだよ。

松尾:
すごいな~。しかも、それって日本独自のものじゃないですか。私たちはロックをやっているけど、ロックって輸入文化なわけで。だけど、白人にはできないロック魂というのものが、その浄瑠璃にはあるわけですよね。それを自分のものすれば、世界に通用しますよね。

亀本:
そうだよ! それってできるのかな?

いとう:
それをやってもらわないと!

松尾:
このことを知るってことが大きいと思うな。

いとう:
気付くか気付かないかは大きいよ。おそらくイギリス人にとってのケルト文化の在り方ってあると思うから、それぞれに文化があって、そこにルーツもあって、それらを全部背負ってレディオ・ヘッドであったり、アメリカならボブ・ディランであったりは存在してるんだよ。こっちから見ると表面しか分からないから、それだとやっぱり彼らには勝てるわけがない。
松尾:
うんうん。だから、私たちも日本人にしかできないことっていうか、日本の文化の中に血となり肉となっているものを解釈して、日本人にしかできない新たなロックをやりたいと思ってるんですよ。今、そのヒントを知れたというか。

亀本:
うん。僕らがリアルタイムで考えていたことだったので、すごく参考になります。

松尾:
「日本人にしかできないロックって何だろう?」って最近ずっと語り合ってたんですよ。アジアっていう大きな目で見ると、インドだったらシタールとか、オリエンタルな感じもあって、それって白人の文化にはないものじゃないですか。そういうものを求めてザ・ビートルズはインドに行ったりしていたので、私たちは本物のアジア人だし、生まれながらにアジアンなテイストを持っているわけだから、それを押し出せば、世界に通用する日本人にしかできないものになるんじゃないかって。

いとう:
日本の文化を掘っていけばいろいろ分かるしね。だって、三味線ってペルシャから入ってきたものだから。もともとは蛇味線だからさ、ペルシャから沖縄に入って蛇味線になって、それが本土に入ってきて三味線になって…三味線にもハンマリング(弦を押さえることでピッキングせずに音を出すギターの奏法)みたいなものがあるんだよ。津軽三味線ってなるとちょっと違うんだけどね。あれは外人が好きな派手なギターになりがち。浄瑠璃の三味線はもっとブルースっていうか。だから、世界中からいろいろいいものが渡ってきて、日本ではこうなったってことなんだよね。で、それをずっとお客さんの前でやり続けてきた人たちがいて、その秘伝がこれだって。そのことを知らないで、いきなり日本語でやろうとしてもうまくやれるわけがないんだよ。何百年と歌い継いできたことなんだから。

著者:土内 昇 PHOTO:清水義史 

OKMusic編集部

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