取材:石田博嗣

the pillowsのことを歌いたかっただけ

“20周年記念シングル”として「雨上がりに見た幻」がリリースされるわけですが、ジャケットからして97年に発表された「ハイブリッド レインボウ」と同じ構図で撮られているし、最初から20周年を意識して作られた楽曲なのですか?

そうですね。僕はテーマを先に考えて作るのは得意じゃないんですけど、20周年に相応しい曲が欲しいとは思っていて、去年のツアー中に…長崎だったと思うんですけど、曲とメロディーがほぼ同時にできたというか。そういうことってたまにあるんですよ。『ストレンジ カメレオン』とか。だから、すごくいい曲になる予感がしたんですね。確か移動日だったんで、“明日はライヴだから寝なきゃな”って思ってるんですけど、“いや、寝てる場合じゃない! 明日のライヴはどんな手を使ってでもいいライヴにするから、寝不足になっても、この曲を完成させないと!”って感じで、一気に書き上げましたね。

歌詞は後から書いたのですか?

いや、それもほぼ同時でしたね。細かい手直しはしましたけど、99.9パーセント、その日にできました。僕はいつも携帯電話に歌詞を打って、それを事務所のコンピュータに送信して、プリントアウトされたものがFAXでツアー先とかに送られてくるんですけど…僕はコンピュータを使わないので、そういう方法なんですね。だから、例えば6時ぐらいに一回送って、6時半にちょっと直したものを送って、7時にまた送って…っていうことをずっとやってましたね。完成したから寝ようと思っても、興奮して眠れなくて、“あそこは、こういう言葉の方がいいな”ってやり直す…ってことを、4回か5回したんじゃないかな。

歌詞の部分でも「ハイブリッド レインボウ」とリンクする部分があるのですが、「ハイブリッド レインボウ」のアンサーソング的なところもあるのですか?

う~ん、そういうものではないですね。要するに“雨上がりに見た幻”って遠回しの言い方で結局は“虹”のことを言っていて、その“虹”っていうのはthe pillowsにとっては『ハイブリッド レインボウ』なんですよ。僕、基本的にアルバムの中に1曲ぐらいバンドソングを必ず入れているんで、いつも通りにバンドソングを歌っているっていう感じかな。『ハイブリッド レインボウ』とリンクするのはジャケットとタイトル、“雨上がりに見た幻を 今も覚えている”というキーワードぐらいですね。ジャケットもかなり後から考えたものだし。要するにバンドソングなんですよ。the pillowsのことを歌いたかっただけです。

“踏み外した崖っ淵でも 手を掴んでくれた”と歌ってるのは、自分たちを支えてくれた人たちへの感謝の気持ちみたいなものも込められているのですか?

そこはね、メンバーのことなんですよ。感謝してないわけじゃないですけど、僕はなかなか感謝しないっていうか、そういう習慣がないんですよ。逆に“感謝したくない”っていう哲学があって…リスナーがCDを買ったり、ライヴに来たりすることよりも価値の低いことをやってるのなら感謝するけど、みんなが欲しいと思って当然の音楽を作って、行きたいと思って当然のライヴをやってるわけだから感謝する必要がない…っていう建前があるんです。そんな建前があるのに、得体の知れない感謝をしてしまうことが何度もあったりするんですけどね(笑)。でも、その気持ちを口にしたくないんです。それを言ってしまうと、ほんとはそんな価値がないのにCDを買ってもらっていたり、ライヴに来てもらっているような気になるんですよね。だから、感謝しない方が自分たちに価値があるみたいな感じもあって…なかなか素直になれないっていうかね(笑)

でも、そこは自分の音楽に対するプライドですよね。足跡のない道に残った足跡が生きた証であり、自分たちの誇りだとも歌ってますし。

あっ、そこにちょっとだけ、僕の心象風景にリスナーが登場してますね。僕はたまにすごいポップな曲が書けるので、誰もが知ってるような名曲を作る日がいつか来るんじゃないかっていう幻想を、長い間抱いていたんですよ。でも、誰もが知っている名曲を伝えるのは音楽だけじゃなくて、こういった僕の人間性や、音楽業界の政治的なことも含まれるってことは知り尽くしているので…ある面に於いて僕はサービス精神はあるつもりだけど、別のある面に於いてはまったくないから、時代を象徴するような名曲というものをMr.ChildrenやGLAYのように作っていくのは憧れはするけど、僕らには向いていないと思ってるんですよ。だから、そういう時代や世界を基準に考えると、the pillowsの位置っていうのは、荒野の果てのどこかに足跡があるぐらいなんじゃないかなって。それだけが自分の価値だなって考えた時に、僕らに愛情を持ってくれたリスナーが登場するみたいな。

リスナーサイドからすれば、the pillowsが自分たちの音楽を信じてやってきたからこそ付いてきたわけだし、だからこそ誇りにしてほしいですね。一時期は売れようとしていたけど、そこから脱却したわけだし。

意外とね、脱却してからも売れたいとは思ってるんですよ(笑)。それは売れるためにどうこうするっていうんじゃなくて、僕が今やっている音楽が売れてほしいと思ってるし、『雨上がりに見た幻』が大ヒットしてくれるとうれしいなって。だから、ちょっと寄り添えば絶対に売れるっていう確約があるんだったら、それは寄り添いますよ(笑)。でも、そんな確約なんてこの世に存在しないし、自分の音楽は自分が一番大好きでいないと辛くなるし…もしもthe pillowsの曲が100万枚売れたとしても、僕のことを好きな人が100万人もいると思えないですからね。僕は自分の人間性を前面に出した歌詞ばかり書いてしまうので、こっちが突き放しておいて、CDを買ってくれっていうような、そんな虫のいい話はないっていうか。きっと売れている人は人間を信じているというか、諦めてないと思うんですよ。そういうエネルギーを持っているからこそ、そういう曲が書けるし、多くの人に伝わっていくんだと思うんですね。僕は端っこの方で…それこそクラスにひとりぐらい大好きになってくれる人がいればいいんじゃないかなって。クラスにひとりでも、それが全国になったら結構な人数になりますからね(笑)。それぐらいが自分たちにはちょうどいいと思っているし、そういう考えで動いているから、お互い変わり者同士、嘘がなく、うまくやれているというか、実際に会ったら友達になれるぐらいのレベルでやれていると思うし…ほんと、それぐらいでいいんですよ。それで今日もひとり、明日もひとりっていう感じで、いい出会いができてれば。その程度ならできると思ってるし。

the pillowsが新しいセオリーになる

カップリングの「ファイティングポーズ」も20周年を意識して作ったのですか?

結果的に意識した感じですかね。たまたまいい出会いがあったんですよ。僕、興味がないからスポーツ観戦って一切しないんですけど、ニュース番組か何かで、北京オリンピックの時の女子テコンドーのスー・リーウェン選手の感動的なエピソードをやってたんですね。詳しいことは覚えてないんですけど、いきなり最初の試合で靱帯を痛めて、とても闘えるような状態ではないのに、なんとか一回戦は勝ったのかな? 負けても敗者復活戦で出てきたりして、審判に“大丈夫か?”って言われてもファイティングポーズをとり続けるっていう。観ていて痛々しいぐらいなんですけど、すごい気迫で、絶対にギブアップしないんですよ。結果的にメダルは穫れなかったんだけど、なぜそこまでやれたんだっていうインタビューに、父親が癌で闘病中だからどうしてもメダルを持って帰りたかったんだって答えてて。僕が常々思っている生き方の哲学というか、美学に長距離のラストランナーがあるんですね。もう自分が1位になれないことは分かっているわけじゃないですか。でも、ゴールまで走るっていう。それは人がどう思おうが関係なくて、自分の生き方だけの問題なんですよ。そういうことが頭にあったので、彼女のことを歌にしょうと思ったんです。それこそ“song for スー・リーウェン”って入れたいぐらい。でも、テコンドーのことなんて分からないし、普段まったくスポーツなんて観ないから、これはダメだなって(笑)。なんで、自分にリンクさせて作ったんです。20周年っていうよりも、『雨上がりに見た幻』のカップリングにいいかなと思って。

あと、20周年といえば、9月16日の武道館が控えてるわけですが。どんなライヴになりそうですか?

どうなるんだろう? まったく経験がないので…でも、分かっていることは、さっきの僕の屁理屈とは逆に、来てくれた人に感謝してしまいそうで、それが怖いです(笑)

(笑)。でも、20年目で武道館を実現させるというのは、今頑張っているバンドに勇気を与えるでしょうね。

それはね、目的のひとつでもあるんですよ。僕らが長年苦戦していて、ちょっと小さな光が見えたのが、96年の『ストレンジ カメレオン』で、その時にメンバー全員が30歳を超えてたんですよね。今、30歳ぐらいで苦戦しているバンドは多いし…やっぱりね、音楽をリスナーに届けるまでには弊害があるんですよ。まずは事務所の人間の意見があって、レコード会社の人間の意見があって、テレビやラジオのディレクター、音楽雑誌の編集者の感覚があって、それらをクリアーしてようやく届くわけですよ。僕らの時もそうだったけど、売れたものの二番煎じというか、“あのセオリーでやろうよ”って言われて、あるバンドが売れたっていうだけで自分たちには合ってないセオリーを押しつけてくるスタッフが多いと思うんですね。そういう意見に僕らは左右されなかった…ケンカしてクビになったりもしたけど(笑)、そこでthe pillowsが新しいセオリーになったら素晴らしいじゃないですか。ちゃんと成功したいし、認められたいし、セールス的にも成績を残したいんだけど、the pillowsみたいなスタンスでやって成功したいんだって言われるような新たな基準になれたらいいなって。そういうものになれたら、僕自身も自分がやってきたことに納得がいくし。それもあって、武道館をやろうと思ったんですよ。でも、いいライヴをやってこそなんで、いいライヴにしたいと思ってますけど。

でも、そこはthe pillowsは余裕なのでは?

いや~、今までにないぐらい、意外とビビってるんですよ。でも、自分が楽しめれば、自ずといいライヴになるはずなんで。お客さんは僕ら自身が楽しんでいる姿を観に来ている…僕らにサービス精神を期待してないというか、そういう人しか集まってないだろうから(笑)

お客さんもthe pillowsのことをよく知っていると(笑)。あと、今回のシングルと同時発売される、“the pillows & Ben Kweller”名義によるタワーレコードの30thアニバーサリーシングル「Lightning Runaway ~NO MUSIC, NO LIFE.~」についてもうかがいたいのですが。これはどんな経緯で?

タワーレコードの方から話をいただいんですよ。誰かとコラボして、30周年に花を添えてほしいと。Mr.ChildrenとかGLAYとかを期待されてたかもしれないけど、いい加減もう後輩たちにはお願いできないし、逆にこれを機会になかなかお願いできない人…例えば、佐野元春さんとかにお願いするってなったら緊張するし。音楽を作るのに緊張するのも嫌なんで、対等な相手がいいなって。で、ここ2~3年、新譜を楽しみにしているアーティストのひとりにBen Kwellerがいて、彼とは対談する機会があって、その後に飲みに行ったりもしたし…まあ、受けてくれて良かったですね。

やはり曲作りはセッションで?

あっ、違うんですよ。今の時代らしく、データのやり取りで作ったんです。もちろん、事前に打ち合わせはしましたけどね。だから、曲は僕が作って、演奏がthe pillowsで、歌詞とリードヴォーカルがBen Kwellerです。

このコラボは刺激になりました?

刺激はないかな(笑)。データのやり取りだけで、セッションしてないんでね。でも、楽しめたし、いい作品ができたと思います。
the pillows プロフィール

1989年、山中さわお(Vo&Gt)を中心に結成。既存のJロックとは一線を画した、洋楽的な視点を持つギター・ロック・バンドの先駆者的存在。91年5月にシングル「雨にうたえば」で<ポニーキャニオン>よりデビュー。1993年にリーダーの上田ケンジが脱退し、表立った活動が休止状態になるも、翌年<キングレコード>に移籍し、残った3人で活動を再開。バンド・ブームの余韻が残る90年代前半、過小評価されていた彼らの音楽だったが、97年1月発表の5thアルバム『Please Mr. Lostman』より、徐々に状況が変わっていく。60's風のテイスティなメロディ、シンプルかつラウドなサウンドが耳の肥えた若いロック・リスナーを中心に話題を呼び、99年1月に傑作の誉れ高い7thアルバム『RUNNERS HIGH』をリリース。ロック・ファンを中心に絶大な支持を獲得していった。00年7月発表の「Ride on shooting star」はOVA『フリクリ』の主題歌、11月発表の「I think I can」が『スポーツMAX』のEDテーマに起用。その後もコンスタントにリリースやライヴ活度を続け、06年より<avex trax>に移籍。09年に結成20周年を迎え、結成20周年記念日となる9月16日には初となる日本武道館単独公演を敢行。チケットは一般発売後10分で完売したため入手困難なプレミアムチケットとなり、会場には全国から1万人のファンが集結した。また、そんな彼らは多くのミュージシャンから支持を得ており、14年2月には結成25周年を記念したトリビュートアルバム『ROCK AND SYMPATHY』がリリースされた。オフィシャルHP
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