セミと運命の恋人とラストダンスにつ
いて

 拝啓
 レーザービームみたいに強く日差しが照りつけていて、肌が痛いくらいです。季節はすっかり夏ですね。
 そして夏といえばセミですよね。ミーンミンミンミーン!
 実を言えば、僕はセミが大嫌いです。というか、好きな人の方が少ないような気がしますけど。だってセミっていいところが全然ないですよね。見た目は怪獣みたいで怖いし、鳴き声がうるさいし、道端で死んだふりをして人間が近づいたところで急に暴れて驚かせたりする底意地の悪さもあります。不良の先輩みたいですね。
 セミのいない国が羨ましいとすら思います。
 しかしここまで言っておいて何ですが、僕は彼らの生き様については一目置いていて、なかなかおしゃれだなと思っています。
 種によって違うようですが、セミは3年以上、長い種だと17年も幼虫として地下で暮らします。その後地上に出ると脱皮を経て成虫となるんですが、その段階でようやく子孫を残すパートナーを探すためにミンミンだのジージーだのツクツクボウシだの鳴きまくります。ちなみに鳴くのはオスだけです。
 成虫として生きられる期間は、その長い地下暮らしと比べると極端に短く、1~2週間から長くても1ヶ月くらいです。要するに彼らはその短い青春に文字通り命を賭けて、運命の恋人を乞う魂の叫びを夏の空に響かせているんですね。「僕はここにいるよ」と。
 うーん、ずいぶんロマンティストですよね。
 そう考えると、彼らの一挙一動が実はロマンに溢れているのかもしれませんね。死に際のセミが地面を暴れ回っているのも、彼らなりになにかを表現しているような気さえしてきます。それは消えゆく命を燃やしたラストダンスなのかもしれない。なんだかセミの一生がずいぶんドラマティックに思えてきました。
 ちょっと、僕なりにセミの一生を解釈してみるので少しだけお付き合い頂けますか。
 セミの一生とはつまりこのようなものです。
 真っ暗闇の地下の中、セミは生まれてこのかたずっとひとりぼっちです。母親はいましたが、彼女は彼を生んで一言だけ声をかけるとすぐにどこかへいなくなってしまいました。彼が生まれた直後に母親からかけられた言葉とは「17歳の誕生日に地上へ出て、運命の女性を探しなさい」というものでした。
 孤独な地下生活は寂しいものです。彼は誰かに気がついてほしくて、来る日も来る日も「僕はここにいます、僕はここにいます」と何度もつぶやいています。でももちろん、地中深くですから誰にも気がついてもらえません。
 そうこうしている間に17年が経ちます。
 迎えた17歳の誕生日、彼は母親の言葉に従い、ついに地上へ這い出ます。そして運命の女性を見つけようとするんですが、しかし彼にはその方法がわかりません。なにせ17年間も地下にひとりぼっちでしたからこの世界のことはなにも、ましてや女性のことなんてなにもしらないんですね。女性のことについては、ずっと明るいところで暮らしてきた僕ですらまったくわからないくらいですから、セミになんてわかるわけがないのです。
 すみません、話を戻しますね。とにかくセミは悩んだ挙句決心して、自分にできるたったひとつのことだけをすることにします。それは地下で来る日も来る日も何度も繰り返してきたあの言葉をできる限り大きな声で主張することでした。
 彼は毎日叫び続けます。「僕はここにいます! 僕はここにいます!」
 いまや地下でぼそぼそとつぶやいていた時の彼ではありません。運命の女性に出会わなければなりませんから。強い意志を持って発せられた彼の声は高く、どこまでも響き渡ります。
 周りの者はみな彼を嘲笑います。また彼の声があまりに大きいものですからうるさくて仕方がないと、彼にひどい仕打ちを行う者もいます。しかし、どんなに笑われても体が傷だらけになっても彼は叫ぶことをやめません。
 そしてついに、奇跡は起こります。切実な彼の叫びを聞きつけて、運命の女性がやってきたのです。
 「もういいの。もう叫ばなくてもいいの」彼女は傷だらけの彼を抱きしめて言います。
 「でも、運命の女性に出会うまではぜったいにやめられない」彼も弱った声で応えます。
 すると彼女が優しく微笑んで言うのです。
 「大丈夫。私はここにいます」
 二人はあっという間に恋に落ちました。運命とはそういうものです。
 それから彼らは片時も離れようとはしませんでした。二人は飽きることなくダンスを踊り、歌い、愛し合います。彼は恋人の手を取って踊りながら、この時間が一生続けばいいのにと思います。
 しかし、彼の願いとは裏腹に幸せな日々はほんのわずかしか続きません。
 ある朝彼が目を覚ますと、隣で寝ているはずの運命の恋人がいなくなっていました。彼は深く悲しみます。涙を流し、何度も彼女の名を叫びます。しかし、彼女は帰ってきません。
 やがて彼は決意します。いつまでもくよくよしているわけにはいきませんから。
 彼は運命の恋人を探す旅にでるのです。
 それはもちろん過酷な旅なわけです。彼は来る日も来る日も歩き続けて、恋人を探し求めます。しかし、彼女の姿はおろか、痕跡すら見つけることはできません。
 とうとう彼の身体は厳しい旅に耐えきれなくなり、彼は道端で倒れてしまいます。
 彼は目を瞑り、彼女との思い出を振り返ります。楽しかったあのバラ色の日々。「もう一度だけ、あのダンスを……」
 その時、薄れゆく意識のなかで彼はドシンドシンという足音をはっきりと聞きます。こんなところに誰がやってきたんだろう。彼が再び目を開けると、そこにはなんと運命の恋人の姿がありました。
 「やっと会えたね」
 彼は最後の力を振り絞って立ち上がり、ダンスを踊り始めます。あの幸せな日々にふたりで何度も踊ったダンスを。それはまるで命そのものが燃えているようで、この世のものとは思えないくらい美しいダンスでした。
 踊り終わると彼はその場に座り込み、彼女への感謝の言葉を短く口にしてそのまま静かに息を引き取ります。
 その顔はとても穏やかで、少し笑っているようにも見える口元は「僕はここにいるよ」と言っているようでした。
 おわり
 どうですか。これがセミの一生についての僕なりの解釈です。おそらくセミの一生にはこのような背景があるんだと思います。それを思うと、セミの鳴き声も死に際のラストダンスもすべて許せますよね。なんだかものすごくセミが愛おしくなってきました。今年の夏は穏やかに過ごせそうです。
 今度僕たちもいっしょに踊りましょうね。運命に導かれたセミの恋人たちみたいに。

 それでは。
 いつかまた宇宙のどこかで。

敬具

チープアーティスト・しおひがりによる連載『メッセージ・イン・ア・ペットボトル』。毎回、この世にいる"だれか"へ向けた恋文のような、そうでないような手紙を綴っていきます。添えられるイラストは、しおひがり本人による描き下ろし作品です。 過去の手紙はこちらからお読みいただけます。

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