『Mother Father Brother Sister』
から窺い知る日本音楽界における
MISIAの功績

聴く者の気持ちを昂ぶらせる終盤の流れ

そして、本作はM13「つつみ込むように…(DAVE“EQ3”DUB MIX)」へと辿り着くのだが、この流れは完璧と言っていいと思う。イントロで例の超ハイトーンが聴こえてくると、気持ちの高ぶりを抑えられない。ガンアガりである。ほとんどエクスタシー状態を生み出すと言っていい。シングル曲はアルバムの2曲目に置くのが定番であって、アルバムの曲順をパッと見た時、“ヒットシングルをなぜこの位置に…?”との思いがチラリと頭をよぎったものだが、これはこれが大正解。120点と言っていい模範解答であろう。中盤のM6「Tell me」とM8「Cry」とで超ハイトーンヴォイスが抑え気味だったのは、もしかするとここで開放感を得るためだったのではないかと思うほどで、(実際のそういう意図があったかどうかは定かではないが)完全に脱帽である。ここに収録されているのはアナログ盤のリミックスということだが、CDシングルよりもサウンドは比較的おとなしめというか、過度なリミックスはされていない様子。わずかではあるがヴォーカルが前に出ているようなバージョンであることから、制作サイドの意思を感じさせるところでもある。

バックボーンの明確な露呈

M12「星の降る丘」~M13「つつみ込むように…(DAVE“EQ3”DUB MIX)」には大団円感もあって、ここでアルバムがフィナーレとなっても何ら問題はないだろうが、そこからM14「Never gonna cry!」というシングル「つつみ込むように…」のカップリング曲に持っていくというのも結構面白い。M1が同曲のインストなので循環構造になっているというのもそうだが、注目はシークレットトラックとして別バージョンである「Never gonna cry! (JUNIOR VASQUEZ REMIX RADIO EDITION)」が隠されているところだ。もともとモータウン風のナンバーであり──誤解を恐れずに言えば、The Jackson 5風のポップチューンで、彼女自身のバックボーンを露呈していると思われる「Never gonna cry!」なのだが、シークレットである“JUNIOR VASQUEZ REMIX RADIO EDITION”ではさらに赤裸々に自らのルーツを取り込んでいる。パーカッシブなリズムと地声を強調したコーラスワーク。MISIAが幼い頃から親しんでいたというゴスペルがかなり本格的にフィーチャーされているのだ。シークレットトラックゆえにマニアックと言えばマニアックなアレンジもできたのは間違いなかろうが、アルバムの最後の最後に来て、かなり濃い音楽性を見せつけている。

冒頭で、『Mother Father Brother Sister』はかなり大衆を意識した作品のように思うと述べたのはこういうところにもある。ポップでビートの効いたアルバム前半では、ヴォーカリストの作品であることを示しつつも、丁寧に歌唱した楽曲を置く。間口を広く取ったイメージだ。そこから入って、中盤は洋楽的なナンバーを並べつつも、ヴォーカリゼーションは過度に強調せず、後半でそれを一気に解放。そして、最後にMISIAというアーティストの背景と土台を躊躇なく晒す。ライトユーザーも聴きやすく、それでいてそこだけに阿ることなく、シンガーとしての本質はもちろんのこと、自らの音楽性もしっかりと打ち出す。さらに言えば、オープニングから聴いていくと、(変な言い方だけど)それが自然と身に付くような構成だ。よくデビューアルバムはよくそのアーティストを紹介する名刺代わりと言われるが、『Mother Father Brother Sister』はMISIAを紹介するにおいて、この上なく優れた名刺代わりであった。

TEXT:帆苅智之

アルバム『Mother Father Brother Sister』1998年発表作品
    • <収録曲>
    • 1.Never gonna cry! strings overture
    • 2.K.I.T
    • 3.恋する季節
    • 4.I'm over here 〜気づいて〜
    • 5.interlude #1
    • 6.Tell me
    • 7.キスして抱きしめて
    • 8.Cry
    • 9.interlude #2
    • 10.小さな恋
    • 11.陽のあたる場所
    • 12.星の降る丘
    • 13.つつみ込むように…
    • 14.Never gonna cry!
    • 15.Never gonna cry! (JUNIOR VASQUEZ REMIX RADIO EDITION)
『Mother Father Brother Sister』(’98)/MISIA

OKMusic編集部

全ての音楽情報がここに、ファンから評論家まで、誰もが「アーティスト」、「音楽」がもつ可能性を最大限に発信できる音楽情報メディアです。

新着