THE STALINの
傑作アルバム『虫』から
不世出のアーティスト、
遠藤ミチロウを偲ぶ
音楽的指向の変化に見る生真面目さ
とりわけ2ndアルバム『虫』はその傾向がはっきりと表れた作品である気がする。全12曲中、3分を超える曲はM1「水銀」、M8「取り消し自由」、M12「虫」のわずか3曲(それ以外の楽曲は1~2分)。その中でもM12「虫」は10分近い長尺で、アルバムのトータルタイムが32分程度なので、アルバムの3分の1を占めていることとなる。タイトルチューンであり、作品の最後を飾っているので、アルバムの最重要曲であることは確かなのだが、これが前作、前々作で示していたパンクロックとはベクトルが異なっているのだ。テンポは比較的緩やかで、そのサウンドは重厚。キャッチーさがないとは言わないが、軽快なメロディーを聴かせるというよりは、明らかにバンドアンサンブルであったり、全体の雰囲気であったりを重視している。次作『Fish Inn』がサイケデリックな作品になったことを思うと、この時期からミチロウの指向は所謂パンキッシュな方向から離れつつあったのだろう。ニューウェイブっぽい乾いたギターサウンドが強調されているようにも思われるM1「水銀」にもその傾向は見て取れる。
しかしながら、M1「水銀」とM12「虫」に挟まれた各1~2分の楽曲群はそれまでのTHE STALINらしいナンバー。メロディーのキャッチーさはそのままに音は荒々しさを増し、歌詞は放送禁止用語のようなヤバさはなくなっているものの、直接的などぎつさが失われた分、ひとつひとつがより鋭角的かつ攻撃的になっている印象で、内包された過激さは前作以上だった。
《つぎこんだのに 何にも出ない/待っても 待っても 何にも出ない356日/眠りたい!》(M2「365」)。
《天プラ おまえだ カラッポ!》(M4「天プラ」)。
《遊びたい!/遊ぶオンナは嫌いだ!》(M5「Fifteen(15才))。
《おまえだろう!/やっちゃいねえよ/おまえだろう!/おいら知らねぇよ》(M6「ING,O!(夢遊病)」)。
《勝手にしろ/いいかげんにしろ/デタラメなんだ/吠え面かくな/帰りたいよう!》(M8「取り消し自由」)。
《ママ 共産党/パパ 共産党/おとうさん ウソツキ!/パパ 貧乏/ママ 貧乏/被告 みんなヒコク ミンナヒコク ミン な/裏切者!/ママ 共産党 パパ》(M9「GO GO スターリン」)。
《オレはアザラシ/手も足も出ない/身動きも出来ない/がんじがらめ/被害妄想/助けが呼べない/ねじれてそのまま/泣いてもダメさ/叫んでもダメさ/笑ってもダメさ/逃げてもムダさ/息がつまる/いますぐに終るさ》(M11「アザラシ」)。
歌詞を並べただけでも、言葉が突き刺さって来るようではないか。前述の通り、それがパンクならではのキャッチーに乗せられているのだから、“いやだと言っても 愛してやるさ”を地で行っている(“”はアルバム『STOP JAP』収録「STOP GIRL」からの引用)。
こうした、言わば方向性の二極化は過渡期ならではものだったと言えるのかもしれないが、この時点で新たなチャレンジであったM12「虫」やM1「水銀」はもちろんのこと、パンクチューンもさらに洗練させているところにミチロウの真摯な姿勢を垣間見れるし、それと同時に、氏が決して大衆を無視していなかったことを想像するのである。『虫』以降の作品からもそれは感じられるところで、ソロ作『ベトナム伝説』で「仰げば尊し」のパンクカバーを1曲目に置いたところもそうだし、THE STALINの次作『Fish Inn』では予約特典としてインディーズ時代の代表曲と言っていい「バキューム」「解剖室」を収録したソノシートを付属したのもそうで、そこにはリスナーを意識した上での冷静な分析眼があったことをうかがわせる。
今まで氏の音楽を聴いたことがなかったという人の中には、今回の訃報に触れて遠藤ミチロウというアーティストに興味を持った人もいることだろう。THE STALINは結構ベストアルバムも出ているのでそこから手を付けるのも悪くはないだろうが、THE STALIN自体、4枚しかアルバムを出していないわけだし、1枚辺りのタイムも短いので(最も収録時間が長い『trash』でも40数分)、どうせならオリジナル盤を聴いてみてほしい。お勧めはやはり『虫』から。タイトルチューンのような、言うなればドロドロした感じが気に入ったビギナーはそこから『Fish Inn』から時系列に従っていけばいいと思うし、パンクナンバーに感じるところがあった人は遡って『STOP JAP』~『trash』とか、ライヴアルバムとかを入手してみるといいと思う。
TEXT:帆苅智之