安蘭けいが想いを語る~日韓の架け橋
となってチャリティーコンサート『A
Piece Of Courage』を開催

宝塚歌劇団退団から10年、そしてまもなく芸能生活30年を迎える安蘭けい。この節目に、また一歩、新たな挑戦を決意した。それは日本と韓国で続けて開催される安蘭けいチャリティーコンサート『A Piece Of Courage』だ。在日韓国人3世で初めて宝塚のトップスターに上り詰めた安蘭。退団後もその超絶な歌唱力を武器にミュージカルはもちろん、シリアスなストレートプレイまで、スポットを浴びる舞台は多種多様だ。日本演劇界に欠かせない存在でもある彼女を新たな挑戦に導いたものとは−−。
2001年、山手線の新大久保駅で人身事故が起きた。それは、ホームから転落した乗客を助けようと、日本人カメラマンと韓国人留学生イ・スヒョン(李秀賢)氏が線路に下りたものの、接近してきた電車にはねられ、転落客を含めて3人が亡くなるという痛ましいものだった。ある世代の人には強く心に残っているだろう。韓国人留学生が日本人の命を救おうとして犠牲になったこの事故に、多くの人びとが心を痛め、感動し、そして日本と韓国の友好ムードが高まるきっかけになった。日本で韓国の映画やテレビドラマが爆発的な人気を集めた韓流ブームが起こったのはそれからまもなくのことで、K-POPブームは今も続いている。ただいつの時代も、その人と人、文化と文化の交流を覆い隠し、妨げるものがある。この事故には、そうしたものを超越する大事なことを教えてくれる。
日韓の架け橋となる夢の第一歩が叶う
「このチャリティーコンサートはもともと新井理事長とお話をしていて、日韓交流の役に立つようなことが何かできないか、ソウルでコンサートができればいいなぁというところから動き始めたんです」と安蘭は語り始めた。新井理事長とは、新井時賛氏で、イ・スヒョン氏が日本語を学んでいた学校法人新井学園赤門会日本語学校を運営している。そして二人を結びつけたのが宝塚時代から安蘭のファンで、新井理事長と時期を同じくして学校法人東京ギャラクシー日本語学校を立ち上げた永井早希子同校校長だった。お二人の協力でチャリティーコンサートが実現する運びとなった。
「3年くらい前だったかな。お食事の席などで最初は夢を語っていたくらいのレベルの話だったんですけど、それがきっかけで新井先生が話を進めてくださったんです。私としては実現にはもっともっと時間がかかるんじゃないかと思っていたので、コンサートが決まったときは夢が叶うんだと思ってうれしかったですね。韓国籍であることの意味というか、意識の中で私だからできることがあるんじゃないかなとは常々思ってきたことなんです。亡くなった父親からも“お前はそういうことができるはずなんだから”と口癖のように言われていました。けれど自分ではどう動いていいかわからない。どこかで悶々としているときに新井理事長と出会い、そしてこのお話を実現していただいたのはとてもありがたいことですし、今後につながるものになればいいなと思っています」
安蘭はこれまで宝塚での『ソウル・オブ・シバ!!』と、蜷川幸雄演出『アントニーとクレオパトラ』で韓国の舞台に立ったことがある。
「現地で記者会見を開くと韓国の記者さんは我も我もという感じでいろんなことを聞いてくださるんですね。逆にこちらが気後れするくらいの勢いで。そして記事もだいぶ煽ってくださる(笑)。お客様もこちらを乗せてくださるんですけど、その姿は自分も舞台に参加しているかのように楽しんでいらっしゃる。そういう意味では韓国人はラテンぽいところがあるかもしれません」
自分が発信すること、それが大切
このコンサートのプログラムは、安蘭が歌う《ポコシプタ》で幕を開け、イ・スヒョン氏をドキュメンタリー映像で紹介した後、ゲストも交えて多彩な歌を披露する。内容は王道あり意外性ありと盛りだくさんだが、やはり安蘭による《ひとかけらの勇気》で幕を閉じる。東京公演のゲストは日本版『レ・ミゼラブル』のジャン・バルジャン役でおなじみヤン・ジュンモと、宝塚時代にコンビを組んだ遠野あすか。
ヤン・ジュンモ 遠野あすか
韓国公演のゲストは、韓国のオリジナル・ミュージカルで高い人気を誇る若手俳優チェ・ウヒョク、パク・ウンソク、チェ・スジョン(ソウル芸術団)の3人が顔をそろえる。ソウル芸術団は韓国の文化体育観光部傘下の国立芸術団体。国際交流事業を通じて文化外交の担い手として活動しており、このチャリティーコンサートにも多大な協力をしてくれている。
チェ・ウヒョク パク・ウンソク チェ・スジョン  (写真提供:ソウル芸術団)
「まずは私がうたいたい歌をということで選ばせていただきました。通常のコンサートは演出家と一緒に考えて、演出家のアイデアとそれに合わせて私がチョイスした歌で構成することが多いんです。けれど今回はすべて私発信。ミュージカル・ナンバーにしてもゲストの方とこんな曲をこんなふうにうたいたいなとか、そう言えば新井先生のリクエストもありました。そして何よりイ・スヒョンさんへの敬意を表して韓国の歌もうたいます。今度のコンサートは私自身をどうこうというより、イ・スヒョンさんからいただいた想いやテーマがあるので、それにふさわしい曲をうたいたいなと思っています。コンサートのタイトルにつけた《ひとかけらの勇気》という曲は、ミュージカル『スカーレット・ピンパーネル』の主題歌です。イ・スヒョンさんが人を助けるために勇気を振り絞ったことは、なかなかできない尊いことだと思い、このタイトルを選び、想いを込めました。今の日本と韓国にはいろんな問題が横たわっているけれど、本当に大事なことは今、ここに生きている人がどう感じるか。分け隔てなく、愛し合おうよということだと思うんです。そういう意味では音楽の力はすごいものがある。小さなことかもしれないけれど、本質を表現できると思っています」
そう語る安蘭の目は何かを決意して、もうずっと先のあるべき夢に向いているようだった。
「このチャリティーコンサートも韓国と日本でやることが特別なことのように言われるかもしれないけれど、実は普通にできることだと思うんです。ただそこに自分自身が一歩進めなかっただけ。もっと自分から発信していればずっと早く実現していたかもしれない。こうやってチャンスをいただいたことは意味があると思うので、ぜひ今後につなげていきたいですね。このコンサートの後に新しい気持ちがいっぱい生まれてきたらいいなあと思います。自分が発信すること、それが大切。二つの国の懸け橋として、そして私自身もつながりたい」

※チャリティーの収益金は2001年に新大久保駅で日本人を助けようとして命を落としたイ・スヒョン氏の遺志を継いで設立されたNPO法人「エルエスエイチアジア奨学会」へ贈ります。同奨学会は日本語学校に学ぶアジア諸国からの語学留学生を経済面で支援しています。

取材・文:いまいこういち

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