【前Qの「いいアニメを見にいこう」
】第18回 「海獣の子供」を見てほし
い(懇願)

(c) 2019 五十嵐大介・小学館/「海獣の子供」製作委員会 今年、2019年のアニメ映画公開本数は異常。比較的パッケージ化の早いイベント上映ものを泣く泣く諦めて、大作だけに絞っても、週に1本見るペースじゃろくに追いかけられない勢い。どうしろというのか。正直、僕も含めて、アニメについての記事を作ることが仕事のライター・編集者ですら悲鳴を上げている状態ですよ。いわんやお客さんをや。だって劇場での選択肢には、アニメだけじゃなく「アベンジャーズ/エンドゲーム」「ゴジラ キング・オブ・モンスターズ」始め、実写の話題作もたくさん。全部見るなんておこがましいことはいわない、せめて見たいものだけを見ようとしても、優先順位がなかなかつけられない。どないせいというのか、ホントに。
 しかし、そういう状況であるからこそ、ライターの選球眼というか、レコメンドがこれまで以上に求められるとはいえましょう。たぶん。きっと。おそらく。いや、そうあってほしいなぁ……(弱気)。というわけで、少々長い前置きを終えて本題に入りますが、今公開中のアニメ映画の中で、最優先で劇場で見ておくべき作品は「海獣の子供」です。これ、“オススメ”とかいうような、生温いレベルじゃないです。頼むから、見てほしい。
 “あの”五十嵐大介さんの代表作を、“あの”STUDIO4℃が、6年もの歳月をかけて、本気でアニメ化したわけです。監督は渡辺歩さん、キャラクターデザイン・総作画監督・演出は小西賢一さん。“あの”「映画 ドラえもん のび太の恐竜2006」のコンビ。そして小西さんといえば「鋼の錬金術師 嘆きの丘の聖なる星」であり、「かぐや姫の物語」であるわけです。美術は木村真二さん。「鉄コン筋クリート」「青の祓魔師 ―劇場版―」「血界戦線」の“あの”木村さん。どれだけ「“あの”」を並べたらいいのか、わからない。そんな鉄壁の布陣が、これまでで最良の、最高の仕事をされています。CGI、色彩設計の仕事も濃密で、素晴らしい。すべての要素が相まって、自然の、生命の驚異が、フィルムに満ち溢れている。「アニメーション」という言葉が、ラテン語の「anima(生命、魂)」に由来するものであることを、まざまざと体感する。そんな映像美の極地です。
 音の構築も抜かりがありません。巨匠・久石譲さんの静謐さ、奥深さ、浮遊感を湛えたミニマルなサウンド、芦田愛菜さんを筆頭とする役者陣の絶妙に「生」な芝居、そして、原作の愛読者であり、自身から志願したという米津玄師さんによる主題歌「海の幽霊」。どれもが映像と重なり合い、卓抜なハーモニーを生み出しています。
 これだけのクリエイティブの厚みは、劇場でなければ十全には味わえないでしょう。筆者は昨年、「2001年宇宙の旅」の70ミリ版特別上映に足を運んだのですが、そのとき初めて、自宅では何度も見ていた「2001年宇宙の旅」という映画の衝撃が“わかった”ような気がしたんです。衝撃でしたよ。そして「海獣の子供」も、今後、同様の語られ方をする作品になるのではないかと、そんな気がしています。
 というわけで……あらためていいますが、これはもう、懇願ですね。「海獣の子供」を見てほしい。特に10代、20代の若い人に。あなたの人生に、決定的な何かをもたらす可能性のある作品だから。もちろん、大人だって見てほしい。日本の商業アニメーションが生み出した、ひとつの極地ですよ。あなたも、時代の目撃者になってください。
 ……あ、最後に、蛇足かもしれませんが、ひとつだけ。未見の人はここから先は読まなくてもいいです。なるべく直接的なネタバレは避けますが、物語の核心に触れてみようと思いますので。
 この作品に描かれているのは、ある「生命の奇跡」です。主人公である14歳の少女・琉花は、生命の奇跡を目撃します(余談ですが、この「奇跡」はただのオカルティズム、神秘体験ではなく、科学的、論理的な仮説にもとづいた事象だと考えられます。パンフレットに掲載されている、映画評論家の添野智生さんの解説をぜひお読みください)。そのうえで迎える彼女の結末に、不思議さを感じる人も少なくないでしょう。奇跡を目撃した人が、そんな地点に辿り着くのか? と。僕も10代のころ、日常に鬱屈を抱え、「ここではないどこか」を夢想していたころであれば、同じような感想をも持ったかもしれません。しかし、今は少し違う考え方をしています。奇跡は日常の、何気ない一瞬の中にも存在している。人と人が、ささやかに心を通わせる。ただそれだけのことが、本来は奇跡的な出来事なのだ。そう考えると、ラストシーンの琉花の姿に、納得を覚えはしないでしょうか。
 では、また次回!

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