女流棋士45周年パーティーで室田伊緒女流二段(左)と

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【まなおのアニメ感想戦!】第7回 
「海獣の子供」を見て、語彙が滅んだ
人の感想

女流棋士45周年パーティーで室田伊緒女流二段(左)と このコラムは「海獣の子供」を見て語彙が滅んだ女流棋士が、ない言葉を絞り出すように書いた感想コラムになります。普段と違う雰囲気で、お見苦しい点と思いますがご容赦ください。
◆忘れていた、生きてきたということ
 初めて耳にしたさざ波の音。プールの中、おそるおそる開いた瞼から飛び込む透けた光。休日の水族館、歓声の中にいるのにしみわたってくる静寂。ポツンと自分が取り残されているような、そもそも、ここにいるのかもよくわからなくなるような、他にない不安、息苦しさ。けれども、なぜだかそれに耐えてみたいという好奇心。もうずっと褪せてしまった幼い記憶だが、「海獣の子供」との出会いは、そうした遠い感覚を呼び醒ますかのようだった。
◆どこか危うい、無色の主人公
 14歳の主人公・琉花(芦田愛菜)は、中性という意味を含めた“何者”でもなさ、危うさ、拠りどころを求めるような孤独な佇まいである。そうでなかったとしたら、こんなにも目が離せない、離してはいけない、という気持ちで最後まで鑑賞できていない気がしている。ただの日常のある日、家で、学校で、彼女は静かに感情を揺らす。友から教員から、おそらく家族からも望むような理解を得られず、居場所を失った琉花の所在なさが、やがて海のほうへと向かっていく。
 海を舞台に健康的な少女が輝く話が見たいなら「きみと、波にのれたら」を選ぶのがいい(きらきらとまぶしい青春。エネルギッシュな作品だし、川栄李奈さんの熱演はただただすばらしい)。「海獣の子供」の少女は、他の作品と比べればドラマを生きることはしないし、何かを語ることもしない。ある意味至高のアニメーションと音楽とを目のあたりにした私たちと同じように、海という壮絶な未知に戸惑いながらも飛び込んでいく、無色の少女の漂流記である。
 彼女に色が染まるのか、そもそも染めようとするものがあるのかは、どうか劇場で見届けられたし。
◆わからないと思える喜び
 その少女が呑みこまれるのは、論理的に完成されたストーリーの枠ではない。言うなれば、無限に広がりをもつ詩の世界である。それはあまりに広々としていて、とても咀嚼しきれるものではない、と諦観が生まれるのも無理はないほどである。あまりに理解が及ばず、戸惑ったり自信を失ったりせずにいられないけれども、不思議とそれと同じくらい、もしくはそれ以上に惹かれてしまう。
 私が仕事とする将棋の世界は、海や宇宙に例えられることも多い。将棋漫画「ハチワンダイバー」で、深く読み進めて盤と一体となる「ダイブ」は多くの将棋指しの感覚に共鳴している。
 私がこれまで潜り続けてきた盤上の81マスの海は、言うなれば果てしない暗闇である。10年以上考えに考えてきたけれど、一体何パーセントが理解できたんだろうか。どれほど経ってもわからないことだらけの自分に嫌気がさすことはあるけど、同時にそれは、もっと理解のできる可能性の側面でもあると思えば、期待に胸が膨らむ。その恐怖は、自分が広がるチャンスなのだ。将棋でもこの映画でも、わからないという一言で放りなげる中には、その先の未来も含まれている。だからこそ、妙にもったいない……と感じてしまう。
◆長く深く 見たあとも映画を「する」こと
 今年も60本以上の作品を見たが、もしどの作品も抽象的だったり、もしくは完結していなかったりしたら、流石にもやもやして死んでしまうような気がする。でも今は、時にはこうした時間があることが心地よい。考察や感想を語り合い、ふとした瞬間にこびりつくように脳裏をかすめ、また思い出してはうなだれる。原作やインタビュー記事に目を通して、またこんこんと考える。そんな日々が送れる作品は、賛否も分かれるだろうけれど、少なくとも今は贅沢な余韻だと思える。
 将棋の場合でも、不満を盤から離れて持ち帰って、向き合ってみて、ようやく勝負が腑に落ちることがある。そうした意味では、納得のいかなかった勝負と同じように、わたしの中での「海獣の子供」の評価は揺れている。会う人会う人に勧めていいものかすら、悩ましい。信頼できる仲間との感想、考察、議論などを重ねる中で、「どうだったんだろうか」といった感想がくるのかもしれない。そうだとしても、令和元年、ないし2019年上半期において、この作品について膝をつき合わせて語らう時間は、今はなにより大切にしている。
 普段は超インドア派、光を浴びるのが苦手な私でも、真夏の海に溶けながら、息を止めてこの作品に思いを馳せてみたい。そんな風に焦がれすらいる。
 最後になりますが、鑑賞を決めたのは前Qさんのツイートをみてのことでした。「いいアニメを見に行こう」第18回 もぜひお読みください。

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