文学座が29年ぶり『ガラスの動物園』
上演! 塩田朋子(アマンダ役)×亀
田佳明(トム役)×高橋正徳(演出)
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文学座の『ガラスの動物園』と言えば、1962年の本邦初演から引き継がれている、重要な財産演目。当初は、杉村春子と並ぶ名女優・長岡輝子が演出し、アマンダも演じている。その『ガラスの動物園』で娘ローラを演じた経験のある塩田朋子が母アマンダ役だという。調べたわけでもないが、世界を見渡しても例がないのではないか? だって、そんな試みは劇団、しかも歴史ある劇団でしかできない芸当だ。塩田をはじめ、トム役の亀田佳明、引っ張りだこの演出家・高橋正徳に、29年ぶりの上演、現代の『ガラスの動物園』について聞いた。
【ストーリー】
父親が家を出て以来、ウィングフィールド家は、上流社会出身という記憶から逃れられない母アマンダ、ガラス細工の動物たちにだけ心を許す足の不自由な姉ローラ、現実と乖離した母と姉を捨て去れずに一家を支えるトムが身を寄せ合って暮らしていた。そんな出口の見えない生活がジムという青年の来訪により変化する。それはこの家族にとって希望の光に見えた。しかしガラス細工の動物たちが永遠の存在でないことを証明する光でもあった。トムが奏でる追憶の調べが、二度とは戻れない過去へと導いてゆく――。

――テネシー・ウィリアムズの名作です。29年ぶりの上演は、塩田さんがローラを演じて以来のことです。その塩田さんが今度はアマンダを演じるわけですが、そのへんの思いを聞かせてください。
塩田 30年前、前回の演出をされた坂口芳貞さんに「来年『ガラスの動物園』をやるから」と声を掛けていただいたんです。私がまだ座員になりたてのころ。文学座附属演劇研究所ではT.ウィリアムズの戯曲を読む授業があって、この作品も当然勉強していました。ヒロインのローラですからもちろんうれしかったんですけど、当時ヒロインは華奢で、かわいらしいというイメージがあったんです。私は背も高いし、そのイメージからかけ離れていた。だから自分でも心配でしたし、周りの反応も本当に「あんな大きな人で大丈夫?」という感じ(笑)。落ち込見ましたよ。ただちょうどポール・ニューマン監督の映画版が公開されて(1987)、ローラが大きかったんです。それを見て安心したし、何よりも坂口さんが「背の大きさなんか関係ない、ガラスなのは心なんだから」とおっしゃってくださって稽古に入り込めるようになりました。その公演では、アマンダ役の松下砂稚子さんが袖で出番を待っている横顔を見て、「美しいなあ、私もこのくらいの年齢になったらこんなふうにきれいになれるかな」と本番中にずっと思っていたのを覚えています。それで、高橋くんから「アマンダをやりませんか」と声をかけられたときは「私もそんな年か」って(笑)。この仕事を始めてからいろいろありましたけど、そこまでやってこれたことがうれしかったですね。
塩田朋子
――ローラ役を演じたころのことをもう少し聞かせてください。
塩田 いやいやいや。毎日怒られていましたよ、坂口さんに。台本が残っているんですけど、もう真っ黒けです。このときはこっちを向け、このセリフはこう言うんだとか、すべてのセリフにダメ出しされていたくらいで、どういうふうに演じようなどと考える余裕はなかったですね。坂口さんが怖くて、怒られた記憶しかないくらい。ジムを演じた清水明彦君も準座員で、二人して大きい役は初めてだったから、いつも怒られて、慰め合っていました。「私たちよくやっているよね」と言いながら、うどん食べたなあ(笑)。
――演出の高橋さんに。『ガラスの動物園』を取り上げたいと思った理由と、今回のキャスティングについてどんな意図があったのか教えてください。
高橋 劇団としては新しい劇作家の作品と出会う、新しい海外の作品の本邦初演をすることはすごく大事で、そういうことを通して活性化されていく。それと同時に、翻訳劇でも日本の作品でも、財産演目と呼ばれる作品をあるタイミングで上演することで劇団の状況を確かめたり、先輩たちから受け継いだ歴史や思いを若い人たちにつないでいくことも大事なんですね。僕や亀田くんは同じ40歳ですが、そういうことも考えなければいけない世代だと思います。『ガラスの動物園』は劇団の重要なレパートリーですし、ずっと上演されてなかったので、僕自身は企画を温め、何年か企画を出し続けていたんです。
高橋正徳(演出)
――『ガラスの動物園』は常に高橋さんの中にあったと。
高橋 そうですね。そして塩田さんにアマンダをやってもらいたいと思っていました。もちろん塩田さんが過去にローラを演じたとか、トムを誰がやったとかは知っています。ただ僕は塩田さんのローラを見ていません。塩田さんは強さと、可憐さとキュートさを持ち合わせた先輩女優さんとして素敵だと思っていたのでお願いしました。そこにはローラを過去にやっている面白さもあるし、僕とか亀田くん、さらに若い役者とどう出会えるか、そして新しい『ガラスの動物園』をつくりたいという思いで稽古場は刺激的な時間が流れています。
――ただ演出家としては、きっとそれなりに覚悟もいりますよね?
高橋 いやあ、今回は強いですね。つまらなかったらボロクソ言われるだろうし、大切な作品を扱っているんだという心構えは持っています。今回は責任を引き受けたうえで新しくつくっていくということです。だから稽古初日にみんなで呑みながら「今回は気負わずにではなく、気負っていきます」と言いました。そのくらいの気持ちで向き合わないといけないとは思っています。そういう意味では、劇場がシアターウエストという比較的小さい空間で上演できるのは良かったです。『ガラスの動物園』の世界観――うらびれたアパート、動物園の檻の中でもがき苦しむ姿を描く作品なので、開いていくというよりは客席から注視して見ていただくような作品になればいいと思っています。
――亀田さん、トム役についてはどんなふうに考えていらっしゃいますか?
亀田 僕らも研究所の授業でこの作品は扱ったんですけど、トム役への憧れはきっとみんなあると思うので声を掛けていただいたことは単純にうれしかったですね。とはいえ同時に「江守徹さんのトムは素晴らしかった」などなど情報はどうしても入ってきますからプレッシャーもあります。でも語り部でもあるトムの存在がガチガチになってしまうとお客さんがわかりづらくなってしまうので、柔らかく、ニュートラルな存在で、舞台と客席の透明な橋のような存在でいたいなあと思っています。
亀田佳明
高橋 『ガラスの動物園』は追憶の劇とも言われています。30代になったトムが、20代のころの罪やトラウマを回想することで芝居が進行する。だから若いエネルギーだけでもダメ、歳をとりすぎていてもダメ。けれど達観している部分も必要で、いわゆる中年に差し掛かっている人間が、世界をどう認識するかを考えたとき、亀田くんが合うんじゃないかなと思ったんです。きっとそのあたりをうまく演じ分けてくれると期待しています。
――塩田さん、アマンダから見たときに、『ガラスの動物園』はどんな作品に見えますか?
塩田 アマンダは母親であり父親としての役割もあり、出て行った夫の悪口も言わずに働いて家族を養っていくという苦労をしているんですよね。ある意味、生きていくバイタリティ、底力がものすごくある人だなと思います。ローラをやっているときは、お母さんの大変さなんて全然わからなかった(笑)。
――ローラ役の永宝千晶さんにアドバイスされたりは?
塩田 これがないんですよ。本当に自分のローラから言えることも何もない。でもね、ああしたらいい、こうしたらいいという意見は邪魔なだけな気がするんです。やっぱり人によって全然違いますから。昔はこの役はこういうふうにというルールがあったけど、今は多様性を受け入れる時代ですから、どんな人がやっても、どんなローラでも成り立つ。ほかの役もそう。今の時代に古い作品をやるときには、そういう部分は必要なんじゃないかなと思うので、彼女は彼女なりのローラをつくってほしいですね。
――トムとアマンダの関係も重要なポイントですよね。
亀田 ちょっと複雑なところがあるんですよね。うちの家族構成がウィングフィールド家と似ているところもあり、アマンダの夫に対する視線というのはとても興味深いんです。
高橋 お姉ちゃんもいるしね。
亀田 そうですね。本当、そっくりなんですよ。
塩田 うちの母親も私が小さいころ父親のことは何も言わなかった。大人になってから、ちゃんと理解できるようになってからは違うけど(笑)。
亀田 そこの心理はまだわからないんですけどね。
高橋 この家族のあり方というのはすごく現代に通じますよね。アマンダは家族とはこうあるべきだという強い信念を持って子供二人と生活を共にしているんだけど、それはローラやトムには抑圧でしかない。期待も重荷でしかない。現代では「毒親」にも近いかもしれない。一方、ローラは強いコンプレックスを抱えていて、社会とは適合できずにいる。トムはトムで家族を愛しつつも、ここではないどこかへ旅立ちたい。誰もがいろんなことがわかっていて、どこか忖度しながら共依存関係を築いている。そのことでガスが溜まって耐えきれなくなってきたときに、外部からジムという男が家族という檻の中に入ってきた途端にいろんなものが崩れてしまう。それはローラにとって幸いなのか不幸なのかと考えるとすごく難しい。ジムを通してほんの一瞬でも外の世界を知ることができたし、自分はガラスのユニコーンのような特別な存在だと思っていたのが普通の女の子になれたという実感を持った。でも普通になれたらなれたで、世界の荒波とも出会わなければいけない。こういうことはいくらでもある、普遍的な家族の関係ですよね。だからこそ見る立場や考え方によって登場人物の誰に肩入れするかは変わると思うし、いろんなものが如実に吹き出すような世界になればと思います。
――改めて意気込みを語っていただけますか。
亀田 T.ウィリアムズの自叙伝とも言われますし、トムのファミリーヒストリーというのもありますから、T.ウィリアムズとトムがつながって見えるといいですよね。そしてT.ウィリアムズ、亀田というつながりも丁寧に見えてくると、お客さんにもすごく話が浸透してやすくなるんじゃないかと思うんです。それを語り部として大切にしていきたいですね。
塩田 今は昔のように家族は一つでなければならない、仲良くなければならないみたいな時代ではありません。いろんな関係の持ち方が表に出て、いろんな人のいろんな家族の話が聞ける。昔はそうしたものを絶対に外に漏らさなかったじゃないですか。そういう意味では見ているお客様も絶対に琴線に触れるようなセリフがたくさん出てくる。この芝居は特にそういうセリフがたくさんあって、どの世代も自分の家族を考えざるを得ない芝居だと思います。
高橋 今の時代のあるどん詰まり感というかな、ここではないどこかに行きたいと思っているけど、ここではないどこかが本当にあるかさえもわからない、でも何かが違うみたいなことも抱えて生きているということを含めて、若い人にも伝わる作品だと思います。演出や出演者によってさまざまに上演できる作品だと思うし、僕らならではの『ガラスの動物園』を探していきます。
ローラ役の永宝千晶とジム役の池田倫太朗がアトリエ前で自主稽古していた
取材・文:いまいこういち

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