岡山天音×松井周インタビュー トラ
ウマになるくらい強烈な絵本を舞台化
『ビビを見た!』 

「幻の童話作家」と言われた大海赫の絵本「ビビを見た!」が舞台化され、2019年7月4日からKAAT神奈川芸術劇場大スタジオにて上演される。
物語は、盲目の少年・ホタルが7時間だけ目が見えるようになると同時に、彼以外の人々は目が見えなくなってしまう、という“世界の逆転”から始まる。人々がパニックに陥る中、ホタルは破れた羽と触覚を持った緑色の少女・ビビと出会うことになる。
この絵本の舞台化構想を長年あたためていたという松井周が上演台本・演出を担い、若手俳優の注目株である岡山天音、石橋静河をはじめとした個性派俳優たちが出演する。
作家・演出家として活躍目覚ましい松井を強く引き付けた絵本が、一体どんな舞台作品になるのだろうか。松井と主演の岡山に話を聞いた。
「絵本の概念から大きくはみ出した作品」(岡山)
ーー台本を拝読しました。これが視覚的にどう立ち上がっていくのか興味深いです。
松井:原作が非常にインパクトの強いビジュアルイメージの絵本なので、絵本をどうやって舞台に翻訳できるんだろう、という作業になります。ホタルの成長物語みたいなものと、ある種の全体主義というか、本当に世界がひっくり返ったらどうなってしまうのか、という両面を並行して舞台上に表現したい、と思っています。
ーー岡山さんはこの原作、そして上演台本を読んでどのような印象を受けましたか。
岡山:原作を初めて読んだとき、フィクションを読んでいるだけなのに、安全地帯から引っ張り出されるような感覚がありました。自分の持っている絵本の概念から大きくはみ出した作品だったので、読んでいてとても怖くなったんです。台本には、どうやって絵本の世界を三次元に持ってくるかが、自分の想像していなかった形で描かれていて、演出の仕掛けやキャストの身体的な表現によって、とても刺激的な作品になるんじゃないかな、と思いました。
ーー岡山さんは「目が見えない少年」という、実際の自分とは違う状況の役を演じることになります。
岡山:ホタルは物語の主人公で、お客さんと一緒にいろんな衝撃的な事件や出来事を目撃していく存在だと思うので、目が見えないところから見えるようになったり、という表層的な難しさはあるのですが、心理や思考に関してはそんなに入り組んだ印象はないですね。
『ビビを見た!』岡山天音
「冗談だと思ったらしいですよ、僕がつけた演出を。」(松井)
ーー稽古が実際に始まってみて、岡山さんは松井さんの演出に対してどういった印象をお持ちですか。
岡山:松井さんの脳みそから出てくるいろんな発想が奇想天外ですごく面白いです。松井さんのような方と仕事ができて嬉しいな、と思います。
松井:冗談だと思ったらしいですよ、僕がつけた演出を。
岡山:僕からしたら飛躍しすぎていて、「あれ、これ本気で言ってるんだ」って思う瞬間もあるんですよ。「人間肉団子」の話をしていたときは、よくわからなかったです。要は、3人くらいで団子になって転がって来られないか、ということなんですけど。
松井:人間がちょっと人間じゃなくなる様を見せたい、というときがあるんですよね。
岡山:たぶん松井さんの中では筋道は通っているんですけど、わからないな、読めないな、と思う部分はいっぱいあります。これから稽古が進むにつれて、まだまだいっぱい見たことのない表現が出てくると思うので、お客さんにも楽しみにしていただきたいですね。
ーー松井さんが稽古中に言っていて印象に残っている言葉はありますか。
岡山:(石橋が演じる)ビビに「視覚的な情報や衝撃を、目で食べていくみたいな感覚で」と仰っていて、イメージの伝え方がとっても面白いし、そういう松井さんの演出のつけ方とか言葉のチョイスは、演じる側としては力をもらえますね。
『ビビを見た!』松井周
「生き物みたいな稽古場になっている」(松井)
ーー松井さんは稽古の進み具合について、現段階でどう感じていらっしゃいますか。
松井:僕は稽古前から、自分の頭の中から出てくるものだけでは、多分この世界は表現できないだろう、と思っていました。俳優もスタッフもアイディアを出してくれて、僕はそれを取捨選択しながら毎日実験してるみたいな感じですね。稽古が始まる前は役者の身体がない状態でいろいろ考えていましたが、稽古に入って空間の中で身体が動いて初めてわかることもあります。
ーー松井さんからご覧になって、今回の座組はどんな雰囲気だと思われますか。
松井:風通しがいいというか、作品をよくするためにできることは何も惜しまないというか、そんな感じです。例えば岡山くんが、目が見えない状態だったら触って物を認知する、だから目が見えてからも触った方が目で見るよりも早く物を認知できるんじゃないか、と話してくれて、そういう具体的なアイディアや意見が自然に出る現場だと思うし、有機的かつ自動的にいろんなことが生成されていく、なんだか生き物みたいな稽古場になっているな、という感じがしています。
ーー岡山さんは、稽古場の雰囲気や共演者の方たちをどう感じていらっしゃいますか。
岡山:みなさんと比べて僕は舞台の経験が圧倒的にないんですけど、明るくて面白くて素敵な方ばかりで救われているし、いろんなことを教えてもらっています。経験も年齢もバラバラの人たちが集まって、フラットに話せるのがすごいうれしいですね。
『ビビを見た!』岡山天音
「みんなが迷子になれるように」(岡山)
ーー絵本が原作ですが、どんな方たちに観てもらいたいですか。
松井:僕が大海さんの作品に影響を受けたのは小学生のときで、世の中ってこんなに不思議でわけがわからないのかな、とトラウマになるくらいの恐怖と強烈なインパクトがありました。今の世の中、大人も子どもも「明日世界がひっくり返るかもしれない」という感覚は持っている気がするので、その感覚があれば作品からビビッドに感じるものがあるんじゃないでしょうか。だから、幅広い年齢の方に見て欲しいと思います。
ーー岡山さんは、この舞台をどのように見てもらいたいと思いますか。
岡山:良くも悪くもどこかに放り込まれる感覚になるんじゃないかな、と思っています。だから舞台を見ながら迷子になってくれたらうれしいです。どこに行きつくか、何を頼りにするかは各々にお任せしたいんですけど、みんなが迷子になれるように僕はホタル役をまっとうできれば、と思いながら今は全力で稽古をしています。
『ビビを見た!』写真左から、岡山天音、松井周
インタビュー後、稽古場を見学させてもらった。
この日の稽古は、ホタルが盲目になった母を連れて、パニックに陥り混乱する町から逃げ出すために列車に乗り込み、そこでビビと出会うというシーンから始まった。目の見えるホタルが、視力を失い恐怖と混乱に陥った人々と謎の少女を前にして、どのような行動を取るのかが見ものとなる。
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子

『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子

ホタルからは、自分だけが目が見えるという使命感から、母や周囲の人たちを守ってあげようとする純粋で優しい心が伝わってくる。強烈なキャラクターが次々に登場する混沌とした舞台上において、岡山の落ち着いた存在感は観客が安心感を抱ける、一縷の秩序だと感じた。
ビビは、羽があるという描写から妖精のような非現実的なイメージを抱いていたが、天真爛漫で無邪気であるがゆえに攻撃的であったり残酷である姿は、リアルな人間の小さな女の子という印象を受けた。軽やかに跳ね回る石橋の身体が、人間の常識に縛られないビビの自由さを表現している。
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子

『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子

視力を失った人々は、恐怖と混乱で正常な判断ができず、猜疑心を募らせたり、この状況から逃避しようとしたりする。自分ではどうすることもできない状況を前に己の無力さを痛感し、追い詰められ正気を失う様は、誰しも大なり小なり身に覚えがあるのではないだろうか。
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子
「絵本が原作」という前情報から、子どもの興味を引き付けるようなテンポよく進む芝居を勝手に想像していたが、少なくともこのシーンに関しては、むしろじっくり丁寧に物語を積み重ねているという印象だった。全体を通して見るとまた違った印象になるのかもしれないが、松井がこの作品で目指すものは、きっと観客が事前に想像する範囲など軽く飛び越えたところにあるのだろう。
『ビビを見た!』稽古場風景 撮影:宮川舞子
インタビューで松井が言っていた通り、キャストからもスタッフからも積極的に意見やアイディアが出され、稽古場全体が生き物のように柔軟に呼吸している、そんな空間だった。様々な息が吹き込まれるこの稽古場からどのような作品が生み出されるのか、本番の舞台が楽しみだ。
取材・文・撮影=久田絢子

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