THA BLUE HERB インタビュー・後篇―
―「自分の限界を突き破る」最新作は
いかにして生まれたのか

THA BLUE HERBが本日・7月3日にリリースした通算5枚目となるアルバム『THA BLUE HERB』を紐解くインタビュー。その後篇となる今回は、アルバムの中身に一歩踏み込んだ内容が語られると同時に、THA BLUE HERBのリリックやトラックに対する思想、さらには根幹にあるヒップホップ観までもが見えてくる内容に。キャリア22年目にしてセルフタイトルの大作を完成させ、なお先を見据える彼等の言葉と心情に触れてほしい。
<前篇はこちらから>
――それでは、今作『THA BLUE HERB』についてさらに話を聞いていきたいんですが、2枚組にしたのはなぜでしょうか。
BOSS:野音もソロアルバムもそうなんだけど、俺らはいつも自分たちがこれまでやってこなかったことに挑戦してきた。今回はまずは2枚組のアルバムを創ろうってところから制作を開始したんだ。取り掛かり始めたときはどうなるかわからなかったけど、それを乗り越えるのは絶対に面白いはずだし、そうしないと成長しないとも思ってた。成長したいよ、俺はまだ。自分の限界を突き破りたいもん。そういう気持ちがあったんだと思う。
――野音を終えた達成感からくるテンションに突き動かされたところもあったんですか?
BOSS:それもあるけど、2枚組ってずっと憧れだったから。アメリカのヒップホップに憧れてたときから「いつかは俺たちもやってみたい」って思ってた。俺は今47歳で、これまでで一番心技体がキテるから、正直、「今だったらイケるかもしれない」って思ったね。
――アメリカのヒップホップだと、2枚組を出してるアーティストは20代の頃が多いですよね。
BOSS:そうだね。だから本当にすごいと思うよ。
――90年代は2枚組の名作が特に多いです。影響を受けた作品って何かありますか?
BOSS:ビギー(ノトーリアス・B.I.G.)とかウータン(ウータン・クラン)のセカンドは個人的に喰らったし、今でも憧れてる。
――2PACも出してますよね。
BOSS:そのヤマをずっと乗り越えたいって思ってたんだ。
――それだけのボリュームになると、ヒップホップに限らず、どうしても内容が薄くなったり、散漫になる傾向があるように感じます。そういう意味でもクオリティの壁は見えていたと思うんですが。
O.N.O:でも、1枚より2枚のほうがやれることは増えるからね。むしろ、トラックもリリックも突き詰めやすくなったというか。曲はいっぱい作ってたから、1曲に無理に詰め込む必要がなくなったね。
BOSS:2枚組だからこそできた表現っていうのはかなりあった。
O.N.O:10曲ぐらいできてから、「今後はこういう構成が必要になってくるね」っていうような事もこれまで以上に幅広く考えることもできた。リリックも音も広げていきたかったし、ヒップホップの枠にハメるためにいろんなことを試せたから、作るのは全然苦ではなかったよ。
BOSS:走り出してからスピードに乗るまでは2人とも半年以上苦労したけど、トップスピードに入ったらもう、余裕だった。3枚組まで踏み込み始めてたからね。「CDって何分入るんだっけ?」ってスタッフに確認したら、もう「規格を超えます」って言われたからそこで止めた。あと半年あったら確実に3枚組までいけた。そういうことを知れてよかったよ、「俺たちはまだまだ曲を作れる」って。
THA BLUE HERB 撮影=西槇太一
――その話を聞くと今作の質の高さにも納得がいきます。
BOSS:本当に2枚組ならではだよ。聴いてもらえればわかると思うけど、テーマ的に対になってる曲もある。これまで通りの1枚のアルバムだったらそれを1曲に収めていたから表現が狭まっていたけど、今回は2曲にわけて集中して曲が作れたし、表現の幅を広げられた。だから結果的には2枚組という課題があったことで成長できたと思う。
――市井の人々の物語を歌うというのもTBHにとっては新しい切り口ですよね。
BOSS:そもそもヒップホップってそういうもんだと思うし。俺が初めてヒップホップにヤラれたひとつの理由として、日本にいながらにしてCNNで流れないようなアメリカのゲットーの生活を知れて、いろいろなことを想像できる楽しさに魅力を感じたからだし。金が欲しい、有名になりたい、社会の不条理に対して文句を言いたいっていうのは表現として一番簡単なことなんだけど、逆に一番難しいのは日常のなかで見落としそうな物事に価値をつけていくことで、それが一番難しい分やりがいがあるんだよ。
――サウンドの質感も『TOTAL』から変わったように感じます。いい意味で攻撃的でなくなったというか。『TOTAL』までは低音がより強調されているイメージでしたが。
O.N.O:そうだね。それはライブのことを考えてのことなんだけど、それ以外にも、長い時間聴けるようにするためと、曲数が多いから1曲単位で詰め込み過ぎないようにっていうこともあって。
BOSS:ディスク1の1曲目からディスク2の最後まで聴いてもらうためにどうしたらいいのか?っていうのは一番考えなきゃいけないことだったからね。
O.N.O:だから、「アルバムを作るんだ」っていう意識がいつもよりも強かったと思う。
BOSS:音の詰め込み方に関してはよく言ってたよね。「がっつり詰めすぎると最後までいく前に耳が疲れてしまうから」って。
O.N.O:音色もあまりエレクトリックなものを使わないようにして、なるべく生楽器的な音を使ってサンプリングのループ感みたいなものを作ったり。それはすごく意識した。
――ただ、音圧でサウンドの迫力を稼げない分、より全体のバランスに気を使わないといけないわけですよね。
O.N.O:そうだね。音圧はすごく気を使った。ここからライブを通じてBOSSのラップのキレがよくなっていって、曲がさらに完成していくけど、音は今あるものを使っていくわけだから、ここで完全に完成させないとっていう意識があった。だから、長く聴かせたいっていう気持ちもありつつ、フロアを意識した音作りにしたね。
THA BLUE HERB 撮影=西槇太一
――「AGED BEEF」もそうなんですけど、リリックは攻撃的でも、O.N.Oさんの抑制されたトラックに乗ることで、1stの頃のようにむき出しなものではなく、ジワジワとエグられる怖さを感じます。
BOSS:2枚組で時間があるからね。1枚だったらその間にケリをつけないといけないから、音も言葉もそれ相応の詰め込み方をしたと思う。それは感情にも現れるだろうし、声の圧力にも関わるんだけど、今回は2枚あったから、ひとつひとつ順序立てて、ジワジワと外堀を埋めるようなやり方で全てのトピックに向き合えてる。だからサウンドも声もすごく落ち着いてバランスを取れてる。それは2枚150分で聴いてもらいたいっていうところに主眼を置いてて、1曲でケリを付けたいと思ってないからなんだよね。アルバム全体を見てる。今回初めてそういうふうに考えられた。
――「介錯」も、気付いたら最後にズバッとヤラれる感覚で。
BOSS:まあ、歳もあるよね。若いときのようなわかりやすい喧嘩の仕方はもうしないよ。もっとやり方をわかってるし、怖いよ。
――O.N.Oさんが持ってきたトラックによってリリックが変わることはありましたか?
BOSS:沢山あったね。特に、「TWILIGHT」とか「HEARTBREAK TRAIN (PAPA'S BUMP)」とかね。昔はこのテーマのリリックだったら所謂悲しい音に乗せて歌ってたと思うし、当たり前のようにそれをよしとしてたんだけど、今回はそういう曲であればあるほど一番力強いトラックでやりたかった。それがさっきも話した、悲しいんだけど、「まだ負けてない」っていう気持ちにさせるところに直結するんだよ。その、「でも、まだやれる」っていう部分を表現するために、一番勇気づけられるようなトラックで歌うようになった。それは今回初めてやったことだね。これまでだったら「TBHが来たぜ。みんな、がっつりいこうぜ」っていうリリックを乗せてたようなトラックを、敢えてそういう悲しかったりシリアスな曲に当てたっていう。逆に、仕掛けていくような曲は、より抑制されたトラックに乗せることによってより怖くなる。昔だったらもっと勇ましいトラックを選んでたと思うけど。
――トラックとリリック、どっちが先なんですか?
O.N.O:一緒だよ。
BOSS:ずっと一緒。
O.N.O:野音が終わってからお互い別々に作り始めて、半年ぐらいしてから少しずつ合わせていくっていう。その合わせる作業が長い。
――そこでお互いが出してきたものに対して、こうしようああしようっていう。
O.N.O:うん、そこにすごく時間をかけてる。
BOSS:それが音楽たらしめる作業なんだよね。それまではただリリックを書いてるだけ、ビートを作ってるだけで、音楽を作ってはいない。
O.N.O:そうやって一日中意見を交換しながら作業を進める感じだね。
THA BLUE HERB 撮影=西槇太一
――そういうやり方なんですね。今作はいろんな人への愛が感じられると先ほど話しましたが、それはトラックやリリックだけじゃなくて、スクラッチもそうで。特に、「TRAINING DAYS」は聴いた瞬間、鳥肌が立ちました。
BOSS:でしょ? あれはいいよね。分かる人はアガるよね。あのライン(<北の地下深く 技磨くライマー>)は彼が20年以上前に残してたんだけど、当時から「あれ、BOSSのことでしょ?」ってよく言われてたし、自分でも「俺でしょ」って勝手に思ってたんだけど、それに対する俺の返し方がヘタで、ちゃんと活かすことが出来ないどころか、仲が悪くなるところまでいっちゃって。でも、あれから20年が経って、同世代のラッパーたちは周りにほとんど生き残ってないけど、彼らは今もまだやってる。そうなるとこっちにはもう親しみしかないよね。そこでやっと時が来たという気がして。
――なるほど。
BOSS:人のレコードの一節をスクラッチして使うってヒップホップならではだし、すごく面白いところじゃん。しかも技術的なことだけではなくて、それを使うことによってどれだけのドラマがそこに込められているかについても喋れるし、昔からのヘッズはこのネタだけでも酒が飲めちゃうっていう。そこで20年前からある俺たちの関係、そしてここに至るまでの事実も語れるわけだし、ただその一節をこすっただけで。それってヒップホップだよね。
――先ほどバトルの話をしていましたけど、全てを切り捨てるんじゃなくて、番組に出演している呂布カルマやR-指定といった名前も挙げていますね。
BOSS:俺はずっとヒップホップのファンだからね。俺が言いたいのは、言葉なんだよ。目の前で向き合って、初めて会った人相手でも勢い余って「殺す」とか「死ね」とか言っちゃったりする。それでお客はめっちゃ盛り上がる。たしかに、それはそれでヒップホップだと思うんだよ。なぜなら、俺も昔は「殺す」とは言ってないまでも、自分を上げるために人のことを下げて言ったから。でも、俺があれから20年後もここに座っていられるのは、それだけじゃなかったからなんだよね。吐いた言葉、傷つけた事実はずっと俺の中に残ってるし、言われたラッパーもずっと生きてるわけ。ずっと同じ現場で生きていて、今回、こうやってスクラッチさせてもらうことでひとつのケリをつける。自分が20年前に吐いた、邪悪な言葉に対するケリを。ここまでくるのに20年かかってるんだよ? たったひと言の清算のために。
――そうですね。
BOSS:今みたいに抽選とかで決まった対戦相手に向かって「死ね」とか「殺す」とか言えてしまうこと、そしてそれで対して盛り上がってしまうこととの重みの違いっていうか、人を傷つける言葉に対する責任のとり方、背負い方、そして清算の仕方の違いだよね。そこまで丁寧にやらないとダメなんだよ。言葉ってそういうもんなんだよ。「殺す」とか「死ね」って言葉を安易に吐いてはいけないんだよ。そういうことをここで表現したかったんだよね。
バトルに出てるラッパーは凄い上手いし、いい人も多いし、それ自体もドラマだし、クールだよ。何より、暴力じゃないからね。だけど、それと同時に今言ったようなこともある。言葉って怖いよ。俺はこの20年でそう感じたね。そして、俺はそれがわかったから言って終わりにしなかった。YOU THE ROCK★にしても、今回の彼にしてもちゃんと自分なりにケリをつけて、清算して、今ここにいる。それが俺らのやり方なんだよ。
――「TRAINING DAYS」では、BOSSさん自身についてもかなりさらけ出していますよね。弱かった過去の自分についてあそこまでリアルに語っているのは珍しいのでは。
O.N.O:たしかに、これまでなかったと思う。
BOSS:そう? それも2枚組っていうことが大きいんじゃない?
――そこまでさらけ出せる強さも今のBOSSさんにはあるのかなとも思ったんですが。
BOSS:かもね。
THA BLUE HERB 撮影=西槇太一
――あと、言葉がかなり平易になっていますよね。誰にでもわかる言葉遣いで。だからこそ、「TWILIGHT」のリリックは書いていて辛くなかったのかなって。
BOSS:「TWILIGHT」と「REQUIEM」は本当に辛かった。めっちゃ苦しんだね。
――個人的な話になるんですが、つい最近、僕の叔母が亡くなってしまって。そこで、たとえ自分にBOSSさんのようなリリシストとしての才能があったとしても、ここまでリアルに表現する心の強さは自分にはないと思ったんです。これを書いたときのBOSSさんの心中はどうだったんでしょう。
BOSS:大事な仲間だったよ。俺も苦しかったさ。
――仲間の死を悼む曲としては過去に「Candle Chant (A Tribute)」がありますが、あの曲はもっと詩的な表現でしたよね。
BOSS:そうだね。「Candle Chant (A Tribute)」のとき、俺はまだ30歳手前で、人の死に接するのが初めてに近かったんだよ。だからあれは初期衝動だよね。親しい人の死から受けた衝撃をそのまま包み隠さず書いた。あれから何人も仲間が死んで、葬式に出たり骨拾ったりを繰り返していくうちに、死を乗り越えていくって事への意識が強くなったね。葬式って死んだ人のためじゃなくて、生きてる人のためにあるものだという側面も知ったと思うから。
――そうですね。
BOSS:以前発表した「PRAYERS」もそうなんだけど、俺らはラッパーだからね。皆と同じように相手を看取って供養はするけど、今、生きてる奴らのことアゲなきゃダメなんだよ。
――震災と言えば、「スーパーヒーロー」もとてもいい曲ですね。
BOSS:あれはもう、登場している彼等の曲だから。でも、彼等は絶対にそういう曲は歌わないから、俺が外側から勝手に歌わせてもらったって感じだよね。
――これはBOSSさんじゃないと歌えなかったでしょうね。
BOSS:当事者は歌わないからね。そこが彼等らしさであり、男気であり、彼等たらしめている所以なんだけどさ。今までニュースとかで取り上げられはしたけど、歌われたことはなかったからね。
――今作で最も重要なリリックのひとつだと思いました。
BOSS:俺もそう思う。これは特別な曲だね。
――これだけの作品を作ってもなお、「THE BEST IS YET TO COME」で自分たちに対して<ベストはまだだ>と言えてしまうのはなんなんですか。
BOSS:ずっとそうだからね。今回のアルバムも、最後に作った曲が俺的には一番カッコいいと思ってるし、アルバムを全部録り終わったあとにまた違う曲を録ったんだけど、それも凄い良いよ。俺ら、音楽の教育を受けてないから感覚でやってるわけで、やればやるほどよくなるに決まってると思ってるからさ。経験が深まれば深まるほどコツもわかってくるし、どんどんよくなっていく。
――そこまで堂々と言い切れるミュージシャンもなかなかいないですよ。
BOSS:でも、キャリア22年目で楽曲が一番詰まったアルバムを作れた時点でまだ成長してるってことはたしかだから、大丈夫だと思う。

取材・文=阿刀“DA”大志 撮影=西槇太一
THA BLUE HERB 撮影=西槇太一

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