第16回チャイコフスキー国際コンクー
ル現地レポート~藤田真央(第2位)
入賞・ピアノ部門のすべてを聴く

藤田真央がピアノ部門で2位に輝いたことで話題を呼んだ第16回チャイコフスキー国際コンクール。同コンクールは4年に1度、ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、声楽、木管、金管の6部門で競われる、世界で最も権威のあるクラシック音楽のコンクールのひとつだ。今回の日本からの出場者は9名。全世界1200名以上の応募の中から現地・モスクワでの審査に進んだ9名の活躍はそれだけでも十二分に素晴らしいものだが、藤田同様に一次審査を通過した北川千紗(ヴァイオリン)、佐藤晴真(チェロ)もまた素晴らしかった。アメリカから出場した金川真弓(ヴァイオリン部門)も第4位に入賞している。このコンクール開催期間中(2019年6月18日~30日)、ピアノ部門出場者の演奏をすべて現地の会場において生で聴き、勝敗の行方をつぶさにチェックしていた人物がいる。ピアノ教育家として数多くのコンクール指導を行い、自身も各地のコンクール審査員も経験する江夏範明氏だ。そんな江夏氏にSPICEは、モスクワでの“熱狂の二週間”についてレポートを依頼した。以下、お読みいただきたい。
チャイコフスキー国際コンクールは4年に1度、ロシアのモスクワ音楽院の大ホールで行われている​世界最高レベルのコンクールである。ピアノ部門は、ポーランドのショパン国際コンクールと​双璧とも言われるコンクールだ。
ショパン国際コンクールとの違いは、その課題曲。ショパン作品に限られているショパン国際コンクールと違い、チャイコフスキー国際コンクールは、バッハ​​の平均律、古典ソナタ、ショパン、リスト、ラフマニノフのエチュード、そして​チャイコフスキー作品と多岐に渡っている。一次審査は、各出場者が持ち時間約1時間の中でこれらの曲をすべて演奏するので​、大いに楽しめるピアノリサイタルでもある。​
今年は、2019年6月18日(火)~30日(日)(日本時間)の開催。開幕日のガラコンサートから、一次審査、二次審査、ファイナルまでの​すべての参加者の演奏を毎日ホールまで通って聞いた。​一日8名のリサイタルを8時間、毎日だ。我ながらよく頑張って聞いたものだ。
会場となったモスクワ音楽学院外観
会場となったモスクワ音楽学院外観
今年は、全世界から1200名以上の応募者があったという。(全部門合計)​うちピアノ部門の​参加者は25名。内訳は、23名が男性、2名が女性。​​ロシア10名、中国3名、カナダ2名、アメリカ2名、フランス、イギリス、スペイン、​ウクライナ、カザフスタン、イタリア、韓国、日本が各1名だ。​この出場者たちが、約2週間に渡り熱い演奏を繰り広げた。
第16回​チャイコフスキー国際コンクールでは、一次審査の初日からファイナル協奏曲まで​、毎日平均して90%以上の観客が入っていた。日本のコンクールでは、ファイナルこそ満席に近いものがあるが、一次審査、二次審査は席がガラガラ、というのもよく見る光景だ。今回のコンクールでは、独奏曲を弾く一次審査、二次審査こそが、感動的な名演が連発だったといえよう。​​客を退屈させることのない興味深い演奏の連続で、技術面、音楽面の両方で​新発見も多くあった。また、全員の演奏を聴くことにより、国のピアノ教育の特徴、国柄を感じさせる​音楽性、アピールの仕方の違い、タッチの違いによる音色、などを聞き取ることができた。​

会場の様子

一次審査、二次審査それぞれ約1時間のリサイタルから勝ち残った7名が​ファイナル本選に進み、協奏曲2曲で最終結果が決まった。
第16回​チャイコフスキー国際コンクールの特徴としては、やはりヴィルトゥオーゾ系、​技巧的名人芸、強く速くの演奏が非常に多かったことが挙げられる。しかし、強く速くても、コントロールを欠いたフォルテ音、伝わりにくい音、​速すぎて聞き取りにくい演奏者は、審査を通過することはできなかった。​どんな現代曲でも、叩くような汚い音で弾いた出場者は敗退。音が綺麗、というのが通過の絶対条件だった。
それにしても、凄く上手いのに勝ち進むことができなかった参加者が多かったこと!​
バッハの平均律はどの参加者も非常に高いレベル。​わかりやすい音楽の構成、プレリュードとフーガの弾き分けバランス、立体的な声部の音色、​完全と言える、リズム感、拍節感など。その完成度はため息をつくばかりであった。​では、何でその通過・敗退の差が出ていたか。それは、古典ソナタ全楽章であったように思う。​​
ベートーヴェンを弾く出場者が大変多く、強く速くが耳に厳しい中、​ハイドンやモーツアルトを弾いた少数が非常に好印象だった。日本の藤田真央は、モーツアルト選曲で成功し、聴衆を完全に味方に引き入れた。​
モスクワ音楽学院前のチャイコフスキー像
聴衆の様子、空気の流れで人々の興味・関心は​手に取るように伝わってきた。​気に入らない演奏には拍手が少なかったり、途中で帰ってしまったり……露骨に示す観客もいた。
弾く力そのものと体力を必要とするためか、大きく体格のいい男性、そして地元ロシアの10人が、コンクール伝統の演奏スタイルを感じさせていた。​​そんな中で、一際大きな拍手をもらい、人気を得たのは、​何と心配して見守っていた日本の藤田真央だった。​彼が登場した時は、外国人の中で頼りなさそうに見えるので、ドキドキして、手に汗握りながら応援を送っていた。​​小柄な藤田は、ロシアで”ベビーマオ”と呼ばれ、その音楽性、伝える力、抜群の​音色で会場を魅了した。​ファイナル演奏終了の3階席は全員がスタンディングオベーション。それだけ観客を沸き立たせたのは、ファイナル出場者のうち、藤田ただ一人だった。​​
藤田真央 in 第16回チャイコフスキー国際コンクール  (c) Evgeny Evtykhov
ピアノ部門の最終結果は以下の通り​。
​​第1位 アレクサンドル・カントロフ (フランス) ​​
第2位 藤田真央 (日本) ​
第2位 ドミトリー・シシキン(ロシア) ​
第3位 アレクセイ・メルニコフ (ロシア)​
第3位 ケネス・ブロバーグ (アメリカ)​
第3位 コンスタンチン・エメリャノフ (ロシア)​
第4位 ティアンス・アン (中国) ​​
ファイナルの演奏は、第1位のアレクサンドル・カントロフ(フランス)は​1人だけ異色の選曲。チャイコフスキーのピアノ協奏曲 第2番と​ブラームスのピアノ協奏曲 第2番。​歴史に残る、完璧な演奏だった。​そして、第2位の藤田真央(日本)は、チャイコフスキーのピアノ協奏曲 第1番と​ラフマニノフのピアノ協奏曲 第3番。​高い集中力と聴衆を惹きつける音楽性、そしてその小柄な体形から意外なヴィルトゥオーゾも聴衆を驚嘆させていた。​
特筆すべきこの2人は、これから世界のピアノ界のスーパースターになるに違いない。​そして、藤田の存在は、最近低迷していた日本のクラシック音楽界に一気に花が咲いたようだった。​​
会場の様子
文・写真=江夏範明 写真提供:(株)ジャパン・アーツ

江夏範明◎武蔵野音楽大学、英国王立音楽大学卒業。昭和音楽大学ピアノ科講師。白木宏子、伊東京子、二ール・イメルマンの各氏に師事。​ピアノ教育家として、PTNAピアノコンペティションの金賞、銀賞、銅賞を初め、学生音楽コンクール、​ショパン国際コンクールin Asia、かながわ音楽コンクール、など、数多くのコンクールで生徒の入賞多数。​全国各地にて様々なコンクール課題曲の公開レッスンや、講座も行っている。​コンクールの指導を通して、幼児期から大人までの幅広い指導法を研究している。​
また、PTNAピアノコンペティション全国大会、ショパン国際コンクールin Asia、グレンツェンコンクール、中東遠P.T.C.ピアノコンクール、ありあけジュニアピアノコンクールなど全国各地のピアノコンクールで審査員を務める。1995年よりPTNA指導者賞を連続24回受賞。​2015年、2016年、2017年、ヨーロッパ国際ピアノコンクールin Japanより最優秀指導者賞を受賞。2015年、2017年、2018年、ショパン国際ピアノコンクールin Asiaより​アジア大会金賞受賞。それにより指導者賞を受賞。​PTNAさがみ大和ステーション代表。PTNAピアノステップ開催を通して地元のピアノ教育に貢献している。​

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