清塚信也「一生残る、ダイレクトなサ
ウンドをお届けする」『清塚信也KEN
BANまつり』インタビュー

2019年8月16日(金)、清塚信也がコンサート『清塚信也KENBANまつり supported by YAMAHA』を開催する。クラシックはもちろん、ポップスなどのいろんな要素を含んだオリジナル楽曲、ドラマ「コウノドリ」や映画「新宿スワンII」などの劇伴音楽を手がけたり、映画「さよならドビュッシー」などで俳優として、さらにラジオのパーソナリティー、テレビのバラエティ番組への出演など、チャレンジし続けている。7月17日に発売したアルバム『SEEDING』のこと、そして邦人男性クラシック・ピアニストが単独公演を行うのは史上初となる日本武道館公演について語ってもらった。
ーー日本武道館公演の8月16日まで気づけばあと1ヶ月ぐらいになりました。“邦人男性クラシック・ピアニスト”では史上初ということですが。
気づけば本当にもうすぐですね。“史上初”ということですけど、僕は業界を背負ったりする性格ではありませんし、クラシック業界というのがあるのかどうかも考えたことがないんです(笑)。 嬉しいですし気合いは入っていますけど、プレッシャーに感じたことはありません
ーーいつものコンサートと同じような気持ちで。
そうですね。10人のサロンで弾くのと武道館で弾くのと何が違うのかと聞かれても、人前で弾く心構えが変わるわけではありませんから。ただ、一つあるとすれば「日本武道館だからいいじゃん」って言えば大抵のことは通るんじゃないかなって思っています(笑)。普段はアコースティックとかバラード調の曲を求められることが多いんですけど、『SEEDING』を一緒にレコーディングしたバンドメンバーも出てくれますし、「武道館だからロックもやっていいでしょう」って。
ーー清塚さん自身の心構えではなくて、周りの見る目が変わるので、これをいい機会にして。
はい。これが他のコンサートホールだったら「清塚に裏切られた」と思われるかもしれないですけど、武道館だったら「まぁいいか。今回ばかりは目を瞑ってやろう」みたいな(笑)。
ーーいろんな挑戦ができますね。
そうなんですよ。10台以上のピアノを持ち込んでの“ピアノオーケストラ”もやろうと思っています。これも多分他のホールだったら「はぁ? 清塚もワガママになったなぁ」って。武道館を利用してワガママが言えるのが僕にとってこれまでとの大きな違いですね。
ーークラシック、ポップス、劇伴まで、これまでいろんなタイプの楽曲を作品としてリリースされていますが、セットリストも自由に組めそうですね。
自分のソロを入れて、クラシックを入れて、オリジナル楽曲も入れて、バンドの曲も入れて。それと、さっき言ったように10台以上のピアノを入れて「第九」(ベートーヴェンの交響曲第9番)をやろうと思っています。
清塚信也 (c)GEKKO
ーー武道館の音響に関してはいかがですか?
もともと武道を行う場所ですからね。でも、いい言い方をすると、PA(音響)も含めていいチームを組んでいるという自負があるので、チームの力を生かしたいという感じですね。悪い言い方をすると他力本願です(笑)。特にピアノ10台というのはすごく調整が大変だと思うんです。
ーー『KENBANまつり』という名前は清塚さん自身が考えられたんですか?
はい。ピアノって便利な楽器なんですよね。低音から高音まで出ますし、バンドで中音域が足りなければ中音域を弾いて、リズムが足りなければリズムをやってあげて、メロディーを奏でることもできる。シンセサイザーだったらストリングスやブラスの音も出せます。バンドとかでできないことを最後に補ってあげるという中間管理職みたいなことが多いんです(笑)。ボーカルが「アァー」と歌ってる間にピアノは何音も弾いているので、誰よりも多くの音を弾いているのはピアニストなんです。だからこの日は鍵盤が主役で「オケもピアノがやるぞ!」って。
ーー17日にリリースしたアルバム『SEEDING』のレコーディングメンバーも参加されるということで、ジャンルの枠を超えた自由度の高いコンサートになるんだろうなと。
そうですね。『SEEDING』は完全にロックなので、さっき言ったように「武道館だからこそ、こういうのをやってもいいでしょう?」という感じです。SEEDINGのメンバーはみんな超一流です。日本では楽器のインストの楽曲がチャートに入ってこないじゃないですか。欧米だとガンガン入ってきてるので、そういうところは日本は遅れてるなって思うんです。せっかくいい楽器奏者がいるので、もっともっと楽器の良さを知ってもらって、彼らが活躍できるところを見せていきたいなという思いがあります。
ーーそういう思いも込めて、日本武道館公演の1ヶ月前に『SEEDING』をリリースされたんですね。
はい、武道館のために無理やりみんなのスケジュールを合わせてレコーディングしました(笑)。本当に一度も合わせて練習とかしてないんですよ。僕が7割、8割ぐらいの完成度の楽譜をみんなに渡して、「レコーディング当日までにあとの2割、3割の部分はよろしく」って伝えて。みんな技術があるから、それぐらい余白があった方が自分のやりたい表現とかテクニックを出せるからいいんです。結果、それがうまくいった感じに仕上がりましたし。
ーーこのアルバムはどんなふうに聴いてもらいたいですか?
インストファンをゼロから作りたいという思いがあるので、種まきという意味の“SEEDING”というタイトルにしました。ロックな作品ですけど、例えば1曲目の「Dearest “B”」という曲の”B“はベートーヴェンのことなんです。来年250周年ですし、運命(交響曲第5番「運命」)のフレーズを入れていたりしています。ベートーヴェンが今の時代に生きていたらシンセとか打ち込みに手を出してロックをやっていたと思うんです。だから、ベートーヴェンの意思を継ぐんだったらこっちなんじゃないの?という思いを込めて作りました。とにかく、僕やいろんな人を通して、歌とかポップスとか、クラシックなど、いろんなジャンルにコネクトしていってほしいですし、インストに興味を持ってもらえたらいいなという感じですね。
ーーレコーディングと同様、武道館公演のリハもスケジュールを合わせるのが大変そうですね。
大変です。全員が集まれる日は一日もありません。どうしようかな?と思ったりもしてますが、僕自身、あんまりリハーサルが好きじゃないので逆に良かったかも(笑)。レコーディングもそうでしたけどバンドメンバーはみんなできる人たちばかりなので大丈夫だと信じています(笑)。
清塚信也 (c)GEKKO
ーーコンサートやライブ自体、公演は一つひとつ違っているものですし。
そうなんです。アメリカのロックコンサートもそういうふうに作っていってると思いますから。このシステムに一つ弱点があるとしたら、2度と同じ演奏ができないことです。アルバム『SEEDING』を聴いて、その再現を期待してもらっても、今の時点で僕らにその時の記憶がないので最低限のことしか守れないですし、同じようには演奏できません。だからこそ、コンサートでは毎回毎回、その時にしかできない演奏をしていると思って聴きにきていただきたいなと思っています。
ーー『SEEDING』はオリジナルバンドによる作品になっていますが、こういうアルバムを作りたいと以前から思っていたんですか?
かれこれ10年以上前からこういうロックとかのインストをやりたいと思っていました。だけど、まだやる立場にないかなと思っていたので、ずっとやりたいと思いながらもやりあぐねていたんです。これも武道館のおかげですね。「武道館でやるんだからいいじゃん」って。それに一緒にやりたい人と出会えたということも大きいです。去年、ギターの福ちゃんと急接近して仲良くなったことで、最後のピースがはまって、「これでやれる!」ってゴーサインを出したんです。
ーーそのほかに、ヴァイオリニストのNAOTOさんがスペシャルゲストとして登場されますね。
NAOTOさんとは二人きりでコンサートをやったりしていて、改まってどんな人かを話すのも恥ずかしいぐらい付き合いも長い方ですが、もともとクラシック出の人なので、アコースティックっぽい演奏にもスイッチできる方です。バンドと一緒に出てもらうのは、NAOTOさんが初めて武道館でやる時のためにとっておいたほうがいいんじゃないかって思いますし、どんな形で出てもらおうかは今考えているところですね。
ーークラシックは決まりごとが多いじゃないですか。だから、そこから飛び出したくて、今いろんなことをされているのかなと思ったのですが。
それはあるかもしれません。ちょっと違う表現をすると「あぁ……」って落胆されてしまったりするので窮屈なところがあります。クラシックはやっぱり他人の曲なんです。カバーでもなく、再現かな。ショパンの曲を弾く時は「ショパンだったらどう弾いたかな」って6割、7割はショパンにならないといけないんです。もっとフォルテが出せるのに「ショパンは体が弱かったからそんなにフォルテは出せない」とか。それはそれで楽しんですけど、ずっとやってると窮屈な気持ちになります。それと、僕がショパンの曲を弾いてコンサートがうまくいくとショパンの株が上がっていくんです(笑)。
ーークラシック以外の音楽への憧れは小さい頃からあったのですか?
小学生の頃からありました。ポップス、Jポップも大好きだったんですけど、禁止されていて。中学ぐらいから少し聴けるようになったので反動でいろいろ聴くようになりました。ミスチル(Mr.Children)のアルバム『深海』とかにハマりましたね。その頃にいろんな音楽に触れられたことがすごくよかったと思っています。ゲーム音楽も好きなんですけど、すぎやまこういちさんの「ドラゴン・クエスト」シリーズや植松伸夫さんの「ファイナル・ファンタジー」シリーズ、イトケンさん(伊藤賢治)の「サガ」シリーズの音楽も今考えてみるとすごくいろんなルーツから来ていて、植松さんの“セフィロス”なんてジミヘン(ジミ・ヘンドリクス)へのオマージュだなって思いますし、いろいろ思いながら聴くことができてよかったです。
清塚信也 (c)GEKKO
ーー音楽学校では周りと話が合わなかったのでは。
邪道です(笑)。ポップスを弾いていると、先生ぐらいの年齢の方からは蔑称として「柔らかくなった」って言われますから。その頃から自分で曲を作っていたんですけど、コンサートでそれを弾こうものなら叱られましたよ。「バッハ、ベートーヴェン、ショパン、清塚って、肩を並べたつもりですか」って。「いいえ、並べていません。みんなライバルですから超えていくつもりです」って(笑)。可愛くない生徒だったと思います。でも、僕はクラシックの方にも新作を出してほしいんです。最近のクラシックは人の曲を弾くプロになっちゃったから。「次は何を出してくれるんだろう?」っていうワクワク感を聴衆の方に味わってもらいたいんです。
ーーそういう意味では、清塚さん自身はオリジナル、クラシック、劇伴、そしてロックまで、いろんなジャンルの作品を発表できている今はすごく楽しく感じているんでしょうね。
めちゃめちゃ楽しいです。本当はテクノとか打ち込みも好きなので、もっとやりたいことがあるんですけど、さっき話したように“やれる立場”にないとダメだと思っているので、それはそのタイミングがやってきた時にでも挑戦したいなと思います。音楽家は“立場”を気にするべきだと思っていて、例えば、すごく上手に歌える若い人が「ダニー・ボーイ」をうまく歌えたとしても、戦争を経験した人はそれに納得しなかったりするんじゃないかなって。そういうのは歳をとった証拠だと思うんですけど、気持ちはわかります(笑)。ショパンコンクールで賞をもらったばかりのアシュケナージの演奏よりも、歳をとった今のアシュケナージが弾いた時の方が「あぁ、いいなぁ」と感じたり。役者のセリフとかもそうですよね。「あの人の“ありがとう”は重みがあるな」とか。そんなのはまやかしなんですけど、違って聴こえるのは人間なので仕方がないことなんです。だから僕は立場によって出す曲が違ってくるべきだと思っているので、やりたいことはたくさんあるけど今はまだ広げすぎず、やれるようになった時にやればいいんじゃないかと考えているんです。
ーー今回の日本武道館公演というチャレンジも、今のタイミングだからという感じですか?
はい。劇伴をやったのが1回目のチャレンジで、今回は2回目のチャレンジだと思っています。この前、アラン・メンケンさん(「リトル・マーメイド」「アラジン」「美女と野獣」などのディズニー映画をはじめ、多くの映画音楽を手がける作曲家、ピアニスト)にインタビューさせていただいた時、「アカデミー賞をとるためにはどうしたらいいんですか?」って単刀直入に聞きました。そうしたら「いい曲を作ることはもちろんだけど、いい事務所に入りなさい」とめちゃくちゃ現実的なアドバイスをいただきました(笑)。でも、いいスタッフといいエージェントに出会うことは実際、すごく大切なことなんです。いい曲を作るだけじゃなく、お膳立てをしてくれたり、然るべきタイミングで届けないとダメだなと思いますからね。死後に評価されて売れるのは嫌ですし(笑)。
ーー人の反応などは気になりますか?
人気があるかとか、そんなことは全然気にならないんですけど、為になったのか、みんなの人生の潤いになったのかは気になります。僕の音楽が役に立っているのか聞いてみたいんですけど、意外とそういうチャンスがないんです。サイン会があって、聴いてくれた人たちに直接会う機会もありますけど、みんなすごく緊張していて、感想とか言いたいんだろうなと思うんですけど「すごくよかったです」って帰っていくから申し訳ないなって。
ーー最後に、日本武道館のコンサートはどんなコンサートにしたいですか?
一見さんにも優しいコンサートにしたいです。クラシックとか決まりごとがあるというか、「ここで拍手をしちゃいけなかったんだ」みたいなプレッシャーがあったりするじゃないですか。最近はポップスでも多いと思うんです。周りと同じようにノラないといけない、みたいな空気になることが。僕はお芝居のスタンディングオベーションでさえ嫌だなって思っているので、本当に自由に観てもらいたいなと思っています。まだセットリストとか完全に決まっているわけではありませんが、10台以上のピアノが一斉に鳴るような空間って一生に一度体験できるかどうかだと思うんです。ホールではまず無理ですから。そういう意味では、一生残る、歌詞よりもダイレクトなサウンドをお届けできると思いますし、改修前最後の武道館にぜひ来てください。
清塚信也 (c)GEKKO
取材・文=田中隆信 撮影=GEKKO

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