亀田誠治インタビュー 自身の“天命
”たるフリーでボーダーレスな音楽イ
ベント『日比谷音楽祭』はなぜ生まれ
たのか

フリーで誰もが参加できるボーダーレスな音楽祭という理念のもと、2019年6月1日、2日の2日間に渡って、日比谷公園とその周辺地区で開催された『日比谷音楽祭』(レポートはこちら)は、初日約3万5千人、二日目約6万5000人がつめかけて、大盛況となった。年齢、性別、障害の有無、国や地域、音楽ジャンル、経済格差など、あらゆる垣根を取り払ったフェスから見えてきたのは、音楽の持っているパワーの大きさと素晴らしさだった。2020年5月30日、31日に2回目が開催されることも決定している。日比谷音楽祭の実行委員長であり、オーガナイザー、ミュージシャン、プロデューサーとして、すべての面で関わってきている亀田誠治氏に、第1回目の総括と今後の展望、さらには日本の音楽界の抱える問題とその打開策について、聞いていく。
――『日比谷音楽祭』の第一回目が終了して、まずどんなことを感じましたか?
みんなが参加するフリーでボーダーレスなフェスの第一歩をしっかり踏み出せたな、種まきができたなという充実感と、これからこの種を育てて、水をやって、花が咲いて、木になるまで育てていかなきゃいけないなという使命感と期待感、それらの気持ちでいっぱいですね。
――前例のないフェスということで、実現までの道のりは相当大変だったのではないですか?
初回ということで進めていく上で、越えるべきハードルはたくさんありました。諸先輩方、音楽仲間達も、「無料でやるのはしんどいから、やめたほうがいいよ」「資金はどうするの?」「日比谷よりももっといい場所があるよ」って、親身になって心配してくださったり、アドバイスしてくださったり。スタートをともにしたチームが、「有料じゃないなら一緒にできない」と撤退したりと、開催にこぎつけるまで、かなりの紆余曲折がありました。
――それだけハードルが高いのに、それでもフリーのフェスを日比谷公園でやろうと思ったのはどうしてなのですか?
僕はニューヨーク生まれなんですね。ここ数年、50歳になるあたりから、自分探しの旅じゃないですけど、自分の生まれ育ったニューヨークという街に毎年通うようになって。その中で目にしたのがニューヨークのセントラルパークで毎年、行われているサマーステージというフリー・ライブイベントだったんですよ。6月から9月いっぱいまで週3、4日、野外のスペースでフリーライブが開催されて、無名な期待の新人のステージの翌日はクラシックのバイオリニストのステージ、その翌日はエルヴィス・コステロ、その次はソウル、ゴスペル・シンガーのメイヴィス・ステイプルズ、かと思えば、ジャズ・ミュージシャンが出てきたり、マライア・キャリーが出てきたり。
――実に幅広いですね。
そうなんですよ。ジャンル、キャリア問わず、様々な人がライブをやっている。お客さんも老夫婦、カップル、ベビーカーを持った子ども連れ、ジョギング姿の若者、様々な人がいて。朝10時から整理券が配られるので、ふらっと立ち寄って、ライブが始まるまで一日中、公園で遊んでいたりする。アメリカのこの音楽文化の根付き方たるや、なんだ、これはすごいものを見ちゃったなって思ったんですよ。
日本にもフジロック、サマソニなど、素晴らしいフェスがあって、日本のフェスのホスピタリティーとクオリティーはすごいと海外からの評価も高いけれど、例えばフジロックに行くとなったら、チケット代や交通費などで結構お金がかかるから、フェス貯金をしている人もたくさんいる。まして家族で行こうとしたら、さらに高額になる。J-POP、J-ROCKでもロッキンオンを始め、たくさんの素晴らしいフェスがあるけれど、ジャンル、ターゲットがある程度、定められているように思います。その点、サマーステージはジャンルも限定しないし、アーティストの年齢層も限定しないし、観客も幅広い。これが音楽フェスのあるべき姿のひとつではないのかなって、5年ぐらい前から感じていて、約3年前に日比谷公園の方から日比谷野音と日比谷公園を使った音楽フェスをプロデュースしてほしいという依頼があり、「僕にはやりたいことがあります、ぜひやらせてください」と、受けさせていただきました。日比谷という場所だったことも僕にとっては大きかったですよね。
――日比谷にこだわったのはどうしてなのですか?
僕は、日比谷公園は東京のセントラルパークだと思っているんですよ。日比谷公園全体を使って、フェスを展開すれば、僕がニューヨークで観た、親子孫三世代で楽しめるサマーステージの景色と近いものを作れるんじゃないかなと。しかもなんと言っても、日比谷野外音楽堂は日本武道館と並ぶ音楽の聖地であり、数々の伝説のライブが行われ、ミュージシャンなら誰もがリスペクトしている所でもある。武道館は音が降ってくる感じがするんですが、野音はその逆で、東京の空に自分たちの鳴らした音が飛んでいく感じがする。 自分は今ここで音楽の打ち上げ花火を上げているんだっていう達成感があるんです。
で、その野音がある日比谷公園には歴史があって、日本の公園の父と呼ばれている本田静六先生が設計した日本で初めての西洋式公園であり、誰もがふらっと寄った時に疲れを癒せる場所として作られていて、僕が考える、フリーでボーダーレスで誰もが楽しめるフェスの受け皿として、ぴったりだったんですよ。さらには、すぐ近くに日生劇場、宝塚劇場、帝国劇場などがあり、ニューヨークにおけるブロードウエイのように、ミュージカルと演劇の中心地でもある。
来年、オリンピック、パラリンピックもあって、国際都市・東京と言ってますが、そもそも日本が一番アピールできていない部分が、音楽文化なんじゃないかなと思っているので、日比谷が音楽エンターテインメントの街なんだっていうことをこの日比谷公園全体を使うことで、証明できるんじゃないかなって。そしていつか、京都や富士山と並ぶ、日本のレガシーとして、日比谷を「HIBIYA」として世界に発信できるんじゃないかと思ったんですよ。ステージの名前をYAON、KADAN、KOTONOHA、HIROBAなど、ローマ字にしたのもそこを意識したからですね。
――壮大な展望のもとで、スタートしたフェスなんですね。
時間がかかるのはわかっていて、100年の計だと思っています。僕の人生を全部使っても、花は咲かせられたとしても、木になるまで、ましてや森になるまでは到底足りないかもしれない。でも、音楽業界の先輩の方々、同世代から下の音楽業界の方、僕が関わってきたアーティストの方々、たくさんの方々が応援してくれている。僭越でおこがましいのですが、これは僕がやるべきことだな、天命だと思ってしまったんですよ。音楽の神様がいるとしたら、その神様に、「これまで培ってきた君の音楽キャリアのすべてをここに注ぎなさい。そうすると日本の音楽は文化になるよ。日本の音楽は世界に鳴り響くよ」と言われているような気がしたので、必死で頑張りました。
亀田誠治
――出演したミュージシャンの顔ぶれを見ても、亀田さんが全力を投入しているからこそ、実現したのだなと感じました。
これは来年にとっておこうとか、そんなことは全くしてなくて。本当に一瞬一瞬、自分のできるベストを尽くしました。ただ、今年はスケジュール的にダメだけど、来年出たいと言ってくれているアーティストもたくさんいるし、時間や場所のことがあって、「出たい」と言ってくださったにも関わらず、出ていただけなかった方々もいる。僕のスキル、経験、のれんや人脈、そのすべてを総動員しなければ、できなかったですよね。それでもまだ足りないところがたくさんある。たくさんの方々の協力があったからことですよね。例えば、全部を統轄してくれた、制作委員会のTHE FOREST​・森正志くんは『ap bank fes』にずっと中心で携わってきたイベントクリエイターですし。
――亀田さんもBank Bandの一員として、『ap bank fes』に参加してこられていますもんね。
そうなんですよ。だからBank Bandでの経験もすべて生きてますね。音楽でどうやって社会に貢献していくか、地球に貢献していくか。Bank Bandに参加する過程で、学ばせていただきました。尊敬すべき先輩プロデューサーである小林武史さんの立ち振舞いから発想まで、たくさん刺激をいただきました。『ap bank fes』は音楽で音楽以外のことまで広がる活動をしていて、自然環境を大事にする団体や企業にお金を融資するって、すごい発想だと思いますね。
――『日比谷音楽祭』実現のために、協賛をつのって、相当の数の企業を回られたとうかがっています。
僕は大学生のときにミュージシャンになったので、就職活動をしたことがないんですね。今回、生まれて初めて冠婚葬祭以外でスーツを3着、買いました(笑)。それで150から200社近くを回って、実らなかった会社もたくさんありますが、実ったのが今回の協賛してくれた会社です。僕のこれまでの活動がプラスに働いたケースもありました。例えば、ZOZOがなぜ協賛してくれているかというと、今では月にも行っちゃいそうな、話題の前澤友作はかつてバンドでデビューしていて、メジャーのアルバム2枚は僕がプロデュースしているんですよ。そういうご縁もありました。実際に僕がお話させていただいて、熱意を伝えることで、たくさんの扉が開いた。建物にたとえるならば、一本の柱ではなくて、たくさんの柱によって倒れにくい状況を作ることができた。
協賛に関しては、音楽を応援するという名の下に置いて「競合排除なし」ということを条件にさせていただきました。これは、代理店が間に入らず、僕らが協賛企業と直接やっているからできることなんですが。例えば、実行委員会に日本生命、協賛でフコク生命が入っていたり、タワーレコードと山野楽器が一緒にやりましょうって言ってくれたり、ニッポン放送とInterFM897も一緒に参加してくれたり、楽器メーカーが勢揃いしたり。また、野音のチケットは無料で抽選にしているわけだから、どうやってオープンに三世代に対して申し込みチャンスを設けて、さらに当日も空席を作らないようにしながら、転売を防ぐかという部分で、イープラス、ぴあ、ローチケに集まってもらい、知恵を絞ってもらったり。音楽制作者連盟と音楽事業者協会が足並みを揃えて協力してくれたり。ボーダーなく、協力していただけたのがありがたかったですね。
――当日参加したお客さんの反応をごらんになって、どう感じましたか?
アンケートも見ましたし、いろんな反応、感想も直接も聞きましたが、「楽しかった」「感動しました」という声をたくさんいただきました。僕はハウスバンドのバンマスとしてYAONのステージに立っていたので、客席のお客さんの反応をダイレクトに見られたのですが、本当に皆さん、笑顔で喜んでいた。今まで立って盛り上がったことがないだろうなという方々が立ちあがって楽しんでくださった。アーティストの思いが音になって、生の音楽の波動、パワーが伝わっていくことをみなさんに実感していただけるフェスになったと思います。「ヒップホップの人って、怖くないんですね」というおもしろい感想があったり(笑)。
――Creepy Nutsのステージでも、「ヒップホップは手を上げろと、命令します」と礼儀正しく丁寧に説明してからスタートしたのが面白かったです。しかもヒップホップのライブを観たことがないであろう、高齢の方が楽しそうに手を上げていました。
お年を召したおじいちゃん、おばあちゃんがヒップホップで手を上げているかと思えば、布袋寅泰さんを聴きに来た若い子たちが、石川さゆりさんが歌う「ソーラン節」に合わせて、「ソーラン、ソーラン」って掛け声をあげていたりする。それって実に素晴らしいことだと思うんですよね。世代もジャンルも超えて、大合唱したり、手拍子したり、立ち上がって体を揺らしたりしている。お気に入りのミュージシャンのコンサートに行く、というだけでは体験できない音楽のパワーをみなさんに感じていただいたのではないかと思います。
――参加したアーティストの方々も、初めて観る方にも伝わるようなオープンなステージをやられていましたよね。
全てのアーティストの方々には出演依頼の際に、僕が直接、理念や思いをお伝えしました。親子孫三世代楽しめるフェスで、ジャンルも年齢も関係なく、みんなが同じステージに立ちますって。もうひとつ、アーティストにお願いしたのは新曲のプロモーションの場としては使えないからってこと。オファーする上ではマイナスになりそうなことなんですが、そこを目的として来ちゃうと、温度差が出てしまう。例えば、「8月に出るニューシングルを聞いてください」みたいなMCになると、お客さんはキョトンとしてしまいますから。新曲をやってもいいけれど、そういう扱いではないと。そんな僕の思いに賛同してくださって、アーティストはステージに立ってくれました。
また、ありがたいことに、開催直前に、小池都知事が登場することも決まって、どういう形でお迎えしようかと思ったんですよ。東京都としてはセレモニーをしてほしいと。テープを切るんですか? くす玉を割るんですか?みたいな(笑)。それでクワイヤー(合唱隊)に僕が作曲したファンファーレを歌ってもらい、最後に小池さんと僕が一緒に銅鑼(ドラ)を盛大に叩くという演出を考えました。
――音楽的な演出ですよね。
小池さんも素晴らしいスピーチをしてくださって。その後、登場して切り返した KREVAも素晴らしかった。小池さんがスピーチしたことを、さらにハッピーなものにして、見事にバトンを受け継いでくれたんですよ。「百合子に乾杯!」みたいなことを言って出てきたんだけど、そういうことできるのって、やっぱりラッパーならではだと思うんですよね 。
亀田誠治
――シークレットゲストで、椎名林檎さん、宮本浩次さんが登場するという豪華なサプライズもありました。
林檎さんにはごくごく初期の段階でお話させていただきました。じゃあどういうことをやろうか相談するなかで、​「ビッグバンド・コンテストで優勝した、同志社大学のThe Third Herd Orchestraというアマチュアのビッグバンドが出るよ」と伝えたら、電話越しではあったんですが、彼女の表情がキラリンとするのがわかって(笑)、「師匠、それです。私はその方々と一緒にやりたいです」って。林檎さんは日本のエンターテインメントがどう伝承されていくべきか、次世代への引き継ぎ、教育について、普段から自覚的に考えている方なんですね。その林檎さんが彼女の代名詞ともいえるビッグバンドサウンドを、学生のビッグバンドのトップとやってみたいということになった。彼女がThe Third Herd Orchestraのオケに乗って登場した時の大歓声を目の当たりにしたとき、このコラボにして本当に良かったなと思いました。
――もうひとりのシークレットの宮本さんはどんな経緯で出て、どんな反応を?
僕も以前エレファントカシマシをプロデュースしたことがありますし、宮本君は林檎さんと鮮烈なコラボをされていたので、​本当に喜んでくれました。心機一転というところで、エレファントカシマシとしても、本人としても新たなスタートを切っているときに、学生のビッグバンドと一緒にやれるのは貴重な経験になるとのことで、「全力でパフォーマンスします」と言って、その言葉どおりのステージをやってくれました。なんと、事前に林檎さんと宮本くん、京都の同志社に行ってリハーサルをやってくれたんですよ。本当に感謝しかない。
――学生のビッグバンドと椎名林檎さんと宮本浩次が共演するって、まさにボーダーレスを象徴する場面ですよね。
彼らの中で、どれだけの人数がプロになるかはわからないんですけど、一生の経験になったのは間違いないですよね。将来、仕事をしていて壁にぶつかったとき、この体験を思い出すことが糧になると思うんですよ。音楽をやってて良かった、音楽を好きで良かったと思ってくれる人が増えることがとても大事。なので今回、楽器体験コーナーにも力を入れました。山野楽器さんと一緒に広い面積を使って、ブースを出したり、ドラムサークルをやったり、バンドとのセッションをやったり。楽器を体験することで自己肯定感が高まったり、希望を持てたり、安らぎの時間を持てたりという音楽の力を一般の方に実感していただきたかったんですよね。
――聴くだけじゃなくて、実際に音楽を奏でる楽しさも伝えていくことも、『日比谷音楽祭』の目的のひとつなんですね。
そうなんですよ。アコーディオンって、こうやって弾くんだとか、和太鼓を叩けたりとか、サックス、なかなか音が出ないけど触ってみたとか、そういう経験ってすごく大事だと思います。あともうひとつ、YAON(野音)で山本彩さんが「365日の紙飛行機」を歌うときと、ミッドタウンのサテライトステージのKOTONOHAで大島花子さんが「上を向いて歩こう」を歌うときに、立教大学の手話サークル、Hand Shapeの子たち、20人ぐらいが手話で参加してくれたことですね。耳の聞こえない人でも音楽の鳴っている場所を楽しめる環境を作ろうということで、トライしました。欧米ではヘビメタのコンサートで手話の人が通訳で入っていたりとか、当たり前にやっているんですよ。日本でもこのフェスがそんなとっかかりになったらと思っています。
手話を誰にやってもらうかというときに、まずは誰もが耳馴染みのある国民的ヒット曲の歌詞を手話で伝えようと考え、手話にダンスを交え、独創的な表現で伝える立教大学のサークルを見つけてお願いしにいったら、喜んで参加してくれました。彼女たちにとっても、素晴らしい経験になったんじゃないかと思います。
亀田誠治
――フェスに参加したことによって、未来へと繋がっていくことがたくさんありそうですね。
観に来た人はもちろんなんですが、フェス作りに関わった人が参加して良かったと思ってもらえたら、という気持ちはありますよね。協賛していただいた企業も、クラウドファンディングで支援してくださった一般の方々も、音楽祭を応援して良かった、関わってよかったって思えるフェスにしたいんですよ。
――アーティストの方々はどんな感想を?
二日目のDream Sessionに参加した新妻聖子さんも、小音楽堂のステージに立った井上芳雄くんも、まさに今のミュージカルシーンを引っ張っている存在なんですが、「出演して本当によかったです」って言っていただきました。ミュージカルって、2、3年先までスケジュールが決まっていて、彼らが出演する全ての公演のチケットが完売になるのに、リピーターの方々がたいへん多く、ほとんどが小屋の中で完結してしまっている。彼らも僕が音楽業界に抱いているのと同じような危機感を感じているんですよ。ミュージカル、演劇の素晴らしさを知ってもらうためには劇場の外に出なければならないって、常々感じていらして、来年以降もまた参加していきたいとお話してくれました。
――2日目のDream Sessionの最後の曲、ゴダイゴの「Beautiful name」は亀田さんからのたってのリクエストだったんですよね。
そうなんですよ。「この曲の歌詞に込められた意味を、今の時代にもう一回、ここで伝えることが大事な気がします。この曲が出た当時に僕は中学生でしたけど、中学生ながら、この歌詞の意味を考えるくらい、深い意味のある歌だと思います」とお話させていただいてお願いしたら、「喜んで」と快諾してくださいました。今回のフェスの理念にぴったりな曲を40年前の国際児童年に作っていたゴダイゴはすごいなって、改めて思いましたね。ゴダイゴのお2人、ミッキー吉野さんとタケカワユキヒデさんには二日間登場していただいきました。ゴダイゴって、ミュージシャンズ・ミュージシャン、つまりミュージシャンやアーティストがとてもリスペクトする存在なんですよ。ゴダイゴが数々の名曲を残したこともあるし、いざ演奏してみると純粋に音楽としての素晴らしさもある。共演したJUJUは「Monkey Magic」を歌えるって大喜びではしゃいでいましたね。
――「Beautiful name」を参加したアーティスト全員で歌うシーン、感動的でした。
良かったですよね。全力を尽くして無我夢中でやったキャスティングでしたけれど、すべてがプラスの方向に進んだ実感がありました。
――『日比谷音楽祭』を立ち上げた背景のひとつには、今の日本の音楽界に対する危機感も大きかったんですよね。
そこは大きかったですね。まず前提として、CDが売れなくなったという大きな流れがある。でもCDはメディアだから、しょうがないんですよ。メディアの移り変わりということで言うならば、欧州では87%、アメリカでは75%がストリーミングに移行している。日本はまだ18%ですが、今後、その数字が大きくなっていくことは間違いない。いや、大きくなっていかないと世界から取り残されてしまう。つまり音楽の聴かれ方が急激に変化してきている。ストリーミングに関してはスポンサーが付き、サブスクになり、皆さんが定額でお金を払いますから、小さな数字ではありますが、ビジネスとしてロングテールで考えていけるようになってきて、グローバルなチャンスも広がってきた。
日本は今までCDが売れた時代が長くて、CDバブルを体験してきたために、急激に世界が変わっていることに対して、お金の回し方や使い方も含めて、音楽業界が対応しきれてないと痛切に感じますね。僕がいつも言ってるのは、今の日本の現状は狭い部屋の中で、残り何個かしかない椅子の取り合いをやっているだけだから、早くこの部屋から出なければいけないということなんですよ。そして、心配なのは、そうした流れを受けて、音楽の制作費が急激に減ってきている。ここ5年くらいですね。
――亀田さんの現場でもそういう状況なんですね。
もっと大変なのは若手のアーティスト。業界の規模が縮小してしまった、そのしわ寄せが弱者に向かっている。勝ってるアーティストはやっていけますけど、そもそも音楽は勝ち負けじゃないですから。まだ結果の出ていない未知数の若いアーティストは、製作費を十分にかけてもらえない印象です。アマチュアのデモテープの制作でももうちょっとお金を使っているかもよ、というぐらいの劣悪な環境で音楽を作っている。これでは未来のアーティストは育たない。特にバンドに関しては、壊滅的な状態ですね。バンドは複数人数が集まって生で演奏しなきゃいけないじゃないですか。ダンスミュージックやヒップホップはコンピューターの中で完結することも可能だけど、バンドはそうはいかない。
――確かに、その通りですね。
ならばコンサートで稼げばいいのでは?って、みなさん仰いますが、アリーナ・クラスを満員にするアーティストでなければ、その数はたかが知れているんですよ。これからという若いアーティストたちは本当に小さな箱を回していて、身銭を切りながら、自分たちを知ってもらうために出られるフェスすべてに出て、体もボロボロになりながら活動している。と同時に、素晴らしい音楽の遺産を残し、長く活動してきているシニアの著名なアーティストの中にも、CDを作りたくても作れない状況があるんです。僕はそういう若手たち、そしてリスペクトされるべき経験豊富な先輩たちの活路を開いていきたいんですよ。
亀田誠治
――打開していく道はどこにあると考えていますか?
音楽業界の中でお金を回すのではなくて、もっと広い視野で考えていかなければならないですよね。ニューヨークのサマーステージにしても、協賛と寄付で成り立っているんですよ。そろそろ日本でも音楽エンタテインメントを応援する仕組みをみんなで作っていかなきゃいけない。今回、企業に協力していただくにあたって、企業のトップの方や広報の方に、僕が直接、うかがって話をさせていただきました。理念や熱意って、僕が直接話さないと、なかなか伝わっていかないですから。そこで、若手のミュージシャンたちを守りたいです、ベテランの素晴らしいミュージシャンたちに作品を作る機会をもってもらいたいんです、彼らの歌声が聴きたいです、日本の音楽業界を元気にしたいんです、そのリアルな場所の第一歩として、『日比谷音楽祭』を毎年開催しようと思っています、どうか協賛していただけないでしょうかって。もちろん一方的にお願いするだけでなく、ブースを出していただいたり、ボランティアとして、音楽祭の仕組みに携わっていただいたりなど、一緒に参加していただき、一緒に達成感を得ていくことも大切だと感じています。
――参加すること自体にも意義と意味があるわけですね。
そうです。「困ってるから、お金を出してください」ってことではない。協賛は日本の音楽文化を一緒に作っていきませんかって、企業も巻き込んでいくことでもあるんですよ。今の音楽界の危機を打開していくには、今後、音楽業界以外からのサポートが必要になってくると思います。
先ほども言いましたが、一番の問題点は若者にしわ寄せが来ていて、お金がない状態で音楽を作ることが当たり前になってしまっていること。でも日本には世界に誇るスキルを持った、素晴らしいプロフェッショナルのスタッフがいるわけですよ。最高の音響、最高のエンジニア、そうした人と関わることもなく、アーティストの多くはSNSで自分発信できればいいや、というレベルで満足してしまっている状況がある。しかも、それが当たり前と思ってしまっているユーザーもいる。最高の音楽というのはアーティストだけが作るわけではなく、音楽に関わるプロフェッショナルなスタッフ、チームがいて、そのプロフェッショナルな人たちがしっかり回っていく音楽業界を作っていかなければならない。少しでも、その力になれたらと思っています。
――そういう意味でも、『日比谷音楽祭』は大きなきっかけとなっていきそうですね。
そうですね。今回、フリーでライブを楽しんだみなさんにもお伝えしたいことがあります。布袋さんのギターを聴きに来た人が、石川さゆりさんの歌を聴いて感動したり、ビッグバンドの演奏に林檎さんと宮本くんが登場して驚いたり、無料でプライスレスの経験をされていると思うんですね。無料のイベントで浮いた分のお金を、他の場所で音楽に使ってもらいたいです。ごひいきのアーティストのライブに行くのも良し、フェス貯金の足しにするも良し、CDを買うのも良し、SpotifyやApple Musicの有料会員になるも良し。
――フリーというのは、無料で良かったということで完結するのではなくて、還元して、繋いでいくものでもあるということですね。
はい。フリーというのは「きっかけ」だよ、次のアクションに繋げていくものだよってことですね。自分の得た恩恵をなんらかの形で返していく、文化を応援する、ミュージシャンを応援するということのきっかけにしてもらえたらと願っています。
――2回目となる来年5月30日、31日の開催も発表されました。今年やり残したこと、来年に向けての課題と抱負は?
予算の問題なんですが、公園の夜の照明・雰囲気づくりに設備投資することができなかったのが次への反省点というか、やり残したことのひとつですね。6時半の日没とともに、野音以外の公園コンテンツは終了する、という設計にしました。本当はライトアップすることによって、野音でのコンサートが終わっても、フードやドリンクがあって、夜9時半くらいまで楽しめる空間を提供したかったんですが、ライトアップするとなると、もっともっと予算が必要になるので、今年は断念し、それよりも日比谷公園と日比谷エリアにあるものをそのまま最大限に活用する、エリア広く展開する方に予算を使うという選択をしました。
あと、より多くの人に伝えるためにパブリック・ビューイングの導入も考えたんですよ。これも予算的に厳しい上に、アーティストによって、パブリック・ビューイングはNGという人もいて実現できなかった。であるのなら、ライブ本来の生の素晴らしいパフォーマンスを届けて、あとは漏れ音もでいいのかなと思っていますね。みなさん、漏れ音も気持ち良さそうに聴いていらっしゃったので。
――漏れ音を楽しめるのも壁がないからこそだし、まさにボーダーレスですよね。
フードに関しても、今年は初回ということで慎重にやったので、14時、15時にはほとんど売り切れになってしまって、みなさんからSNSなどでお叱りをいただきました。「美味しかったって、みんな言ってますが、売り切れてました。まだ14時ですよ」って。ともかく今回は初回ということで、来場者の数も読めなかったし、天候や、出店者のリスクも考えながら慎重にやったので、初めの一歩としてはしょうがない面もあったんです。それよりも、都心で開催される都市型の音楽祭だからこそできる「限定のこだわりフード出店」や、「もっと日比谷の街で飲食してもらうためのコラボ」など来年はさらに進化させようと思っています。日比谷は明治維新の頃、日本初の洋食が振舞われた場所だと言われます。そんな日比谷の街が持っているストーリーを大切にしたいのです。
クラウドファンディングは一般の方がこのフェスを支援してくれる大切な窓口になります。例えば、リターンに関しても、なかなか自力でコンサートに来ることができない環境にいる施設の子を招待する“MUSIC FOR CHILDREN”など、すべてのリターンを社会貢献に繋げていくことを考えてコースを設定したんですが、金額やメニューの設定をもっと進化させていこうと思っています。クラウドファンディング だけでなく、1回目をやったからこそ、わかったこと、浮き彫りになった課題はたくさんありますね。
あとは、出たいっておっしゃってくださってるアーティストの方々がたくさんいて、お断りするのがつらかったんですよ。将来の夢として、ゆくゆくはサマーステージのように、開催期間を増やしていきたいし、ステージの設営の仕方についても、可能性を探っていきたいです。ただし、スケールアップを目指すのではなくて、グレードアップを目指したい。スケールだけアップしていくと、危険だと思うので、しっかりとクオリティーを上げていきたいですね。
――お話をうかがっていると、楽しみが広がっていきます。
今年撒いた種があるので、来年は水をやる作業にシフトしていけると思います。しんどいことはしんどいんですが、やり甲斐はありますよね。『日比谷音楽祭』のことは、いつでもずっと考えてます。たくさんの人に感謝して、ありがとうと言うのと同時に、たくさんの人にごめんなさいってお詫びしながら、前に進んでいる感じがしています。

取材・文=長谷川誠 撮影=伊藤惇
亀田誠治

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