ヒグチアイ 日食なつこ、mol-74を迎
えた自主企画『好きな人の好きな人』
で見た“氷山”の全貌

HIGUCHIAI presents 好きな人の好きな人 - 氷 山 -

2019.8.24 渋谷CLUB QUATTRO
W / 日食なつこmol-74
今回出演した3組を観終わり、本企画の副題に「氷山」とはよくつけたものだと感心した。まさに現在のこの3組に於ける存在や立ち位置、関係性を表すにはピッタリの言葉だ。
氷山は不思議だ。陸でも島でもなく、地殻と繋がっていたり連なってもいない。海を孤立無援でゆっくりと漂っている巨大な氷の塊だ。ところがそれらはとても大きく美しく、どこか人を惹く。そして遥か何万年もかけて作られたそれは、また違った氷山と出会いぶつかり、また永い時をかけて一つの塊へと変貌していく。いや逆に、いつかは溶けてまた元の水に戻るかもしれない……そんな刹那もあったり。
ヒグチアイ恒例の自身が好きなミュージシャンを呼び共に空間を作り出す自主企画『HIGUCHIAI presents 好きな人の好きな人』が行われた。場所は4ヵ月前の前回と同じく渋谷CLUB QUATTRO。アコースティックの弾き語りスタイルにて各位が伝えた前回であったが、対して今回は、迎えた日食なつこ、mol-74が各々自身の楽曲を最大限に伝えるスタイルにて己の歌を放ち合った。
先に「一緒に作り出す」と記したが、仲が良かったり、何かしら繋がりを持った同士ながら、毎度そこにはベタな仲間意識や共闘意識は皆無。その様は競い合い精進し合い、昇華させ合うライバルのように映る。
日食なつこ
まずはステージに日食なつこが一人で現れた。「ヒグチアイと逢うと気持ちが引き締まる。10年前に逢いたい一心で故郷から逢いに行ったこともあり、以来ずっと大好きで尊敬している。これまで何度も一緒にライブをしてきた仲」とライブ中にヒグチについて語った日食。下手(しもて)に配した鍵盤に座り、音を確かめるように2、3音。そのあと無音にて「white frost」を歌い出す。エレガントで荘厳なピアノ音の上、そのままでいて欲しい、圧倒でいたいと歌われる同曲を経て、向き合う上手にドラムのkomakiが座る。一変してライブを走り出させた「水流のロック」では、この夜を乗り越える為の「ロックンロール」という魔法がオーディエンスとの間で育まれるのを見た。対して「環礁宇宙」では場内に弾んだ雰囲気が呼び込まれていく。
日食なつこ

日食なつこ

「今日は夏の暑い中にも関わらず三つの氷山を見てもらいます。3つの違った素晴らしい絶景が広がることを約束しましょう」と日食。かつて地元の高校野球の地方予選に捧げて作られた「ビッグバード」。8ビートを基調にkomakiらしい手数の多さにて叙情的に響きがちなこの歌に、惹き込むが如くのアクセントが加わっていく。また、「大停電」ではロートーンを活かした日食の歌声とチャイムを彷彿とさせるピアノフレーズも印象的。そこにkomakiもコーラスを加えていく。対して歌とピアノ音、ドラミングによる流麗さと激しさの波状攻撃が場内を襲ったのは「ヒーロー失踪」であった。同曲ではステージからの熱射が場内に帯電していく様を見た。
「あと2曲で下山です」とは言うものの、逆に「これからも頂上を目指し続ける」と言わんばかりの2曲が以後には連射された。バイタリティを与えてくれるように凛とした伸びやかな歌が会場を引き連れた「空中裁判」。そして最後は、日食が再び一人で春の曲で氷を溶かすべく「perennial」が。これまでの厳格と、それを抜け行き着いた凪のような同曲が、柔らかく優しく明日に向けての歌としてみなへと贈られた。

mol-74
続いて現れたのはmol-74。バンドスタイルだ。かつて彼らの企画にヒグチが参加した経緯があるという両者。後悔と良い想い出感たっぷりに優しくノスタルジックに淡く各曲を伝えていたのも印象深い。
緑色に浮かび上がるステージに一人一人メンバーが登場。武市和希(Vo/Gt/Key)による幻想的なシンセ音がジワジワと場内に広がっていく。そこに疾走感のある坂東志洋(Dr)の8ビートが入り、その中から「エイプリル」の鍵盤音と共に武市の歌が現れる。躍動感のある髙橋涼馬(B)のベースに、その上をたゆたうように泳ぐ井上雄斗(Gt)のギター。アンニュイで憧憬さを帯びた武市の歌声が会場を惹き込んでいく。「夜行」に入るとフワッとしたシンセの音が会場を包む。坂東の生み出す16ビートが会場の気持ちをはやらせる。とはいえフロアはいつもの彼らのライブ同様、その世界観に聴き浸っているままだが。
mol-74
mol-74

武市がアコギに持ち替え、「お互いいい夜にしましょう」と一言。「プラスチックワード」が、そのキャッチーな歌フレーズも手伝い、ちょっとした明るさを場内に呼び込めば、再び武市のシンセと生命力のある坂東のドラムが強調された「グレイッシュ」では、内省さに人恋しさ溢れる歌が絡み、最後は昇華するがごとくの神々しい発光を見た。また、ノスタルジックさと後悔を彼ら独特の淡いフィルターを通して会場いっぱいに広げていった「瞼」では、歌われる、「まぶたを閉じたらすぐそばにいるのに開けるとやはり君はここにいない」という不在感と、最後の<忘れないから>のリフレインが胸を締めつけた。対して三声のコーラスが幻想的な楽曲にふくよかさを寄与した「ノーベル」を経て、ヒグチが自身のTwitterを通し好みだと伝えた、<パッとしないこの世界を変えよう 紙とペンでは描けないような素晴らしい世界が待っているはず>と歌い伝えた「%」の際には明るさが呼び込まれた。
「珍しく女性アーティストに囲まれたライブだったけど、歌声の高さでは負けていない」と武市。最後は多幸感たっぷりに「Saisei」が贈られ、合わせてステージも明るく発光。明るい至福な光に包まれていくのを感じた。

ヒグチアイ
最後に現れたのは主催のヒグチアイだった。ドラムに刄田綴色、ベースに山崎英明を迎えた「最強3ピースバンド」にて挑んだこの日。3ピースとは思えない手数や運指、それらが諦念や戒めの気持ちから目を背けさせないように、且つ強く諭すかの如く各曲をエモーショナルさたっぷりに仕立てていく。
至福さ溢れる優雅なSEに乗り、青く浮かび上がったステージに、まずは刃田と山崎が現れ、間を空けヒグチも登場。上手側にベースと横向きドラム。間を空け、下手には正面を向いた鍵盤のヒグチといった2対1のような配置だ。
ヒグチアイ
まずは感触を確かめるように「朝に夢を託した」の鍵の幾つかをポロンポロンと。歌が始まり、そこにバンド音が加わると夜が明けるように生命力がブワッと場内に満ちていく。願いにも近い、夜明けを信じている曲が、うそぶく<夢は夢のままでいい>との気持ちを払拭していく。続く「前線」ではポストロック的なサウンドに乗せ、追いかけても追いかけても掴めない蜃気楼のような前線が眼前に現れる。サビでは激しさと共に現れるダイナミズムと上昇感が歌に込められた強い意志と重なっていく。また、変えたいのだがそれにも増す諦念が足を止めさせる「街頭演説」では、山崎のダウンピッキングとアグレシヴで手数の多いエモーショナルな刃田のドラムが、歌内容と共に「そのままでいいのか!?」と胸ぐらを掴むように詰問してきた。
ヒグチアイ
「真夏に氷山のようなライブにようこそ! こんな真夏にこの氷山な3組を集めてやるのはヤバいでしょ? 私が集めたんだよ」と得意顔のヒグチ。「ここまで矛盾に負けちゃいけないと必死でやってきたけど、逆に最近は、その矛盾をも愛してつきあわなくちゃならないんだと思えてきた」と続け、弾き語りにて最新曲「どうかそのまま」を伝えた。かつて一緒にいた人の優しさや完璧さから逃げてしまった後ろめたさと、その優しさや思いやりが正しく、強ければ強いほどその重責は重くキツくのしかかる。今は遠くで見守りながらも愛情と後悔が入り混じる同曲に多くの者が自身の気持ちを重ねていく。
「“山は頂上まで登るのが目的ではなく、自分が決めた目標にどれだけ近づけられるかが大事”と知人から教示してもらった」ことを伝え、“どこまで行けるか? どこまで登れるか? それが自分の相応な距離。そこまで行くことが大事。そこまで行けたらどうか自分を褒めよう、そしてそんな自分を誇ろう!!”との決意や宣言のように「わたしはわたしのためのわたしでありたい」が歌われた。<強く強く>と歌った際の挙げられた左手のコブシも力強かった。
ヒグチアイ
長めのたゆたうような幻想的なイントロから「ココロジェリーフィッシュ」に。いつものたゆたいに比べ、今日は一段とより激しく凛と響いた。途中回り出したミラーボールがより刹那感を高め、<欲しいのは未来>と届かない手を伸ばす。そして、速度を上げて5拍子の「黒い影」が……激しくエモーショナルなアレンジも印象的。山崎のソロ、刃田のソロを交え楽曲が昇華されていく。
「繋がっているものと繋がっていないものの違いって何だろう? ずっと全てと繋がっていられればいいのに……」と独白のようなヒグチのMCを経て、本編ラストは「ここにいる全ての人に。元気じゃなくてもまた会えますように」と新曲「聞いてる」が贈られた。まるで解放されるように広がっていった同曲。誰かへの手紙のように空に舞ったこの曲が、いつかの自分に舞い戻って来た際には、それはきっと自身の糧や励みに変わっている。そんなことを歌を通し伝えられた気がした。
と、本来はアンコールなしでここで終わる予定であった。だがしかし、まだまだ伝え足りないとばかりに履歴書的な「備忘録」が弾き語りスタイルにて伝えられた。どうか自分よ忘れるなと戒めのように噛み締めながら、微動だにせず対峙するように聴き入る場内。氷山のような孤高さを残しヒグチはステージを去った。
ヒグチアイ
孤高さと唯我感、どこか人恋しさを楽曲の端々から感じたこの3組。これからもこの3つの氷山は大海を漂い続ける。その先でまた出会ったりぶつかったり一緒になることもあるだろう。いや、もしかしたら途中溶けて水へと戻ってしまうかも……。想いとは水の流れのように、いつまでもその塊りでは居続けられない。今、歌われている、その「想いの塊り」のような歌たちも、時を経て環境も変わり、懐かしい昔話のように響く時がくるかもしれない。いつかはこんな歌を作ったり歌ったりしなくても済むためにも、今、この歌たちを歌わなくてはならないのだ。いつ水に戻るかもしれない氷山の、その刹那な美しさを今日の3組から感じつつ、何故この3組の歌が今、尊く響くのか――なんだかそれが分かった気がした。

文=池田スカオ和宏 撮影=石井亜希

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