向井太一 悔しさや焦りを意欲に変え
完成した3rdアルバム『SAVAGE』イン
タビュー

「ネガティブをポジティブに変換していく」

シンガーソングライター・向井太一が、3rdアルバム『SAVAGE』を9月18日(水)にリリースする。「この先大丈夫なのかっていう不安がすごく大きい時期があった」と話す彼が、自分の中にある“悔しさ”や“焦り”を“意欲”に変え、さらに強い意志を詰め込み完成したと語る今作について、完成に至るまでの話を訊いた。
──3rdアルバム『SAVAGE』は、アンビエント色が強くて、聴感的には心地よさがあるんですが、歌っている内容は熱くて、かなりエモーショナルな1枚になりましたね。過去のアルバムは、常に制作されている中から曲をピックアップしてテーマを決めることが多かったと思うんですが、今作ではいかがでしょうか。
今回は先にコンセプトを決めたんです。『27』をリリースする頃には、もう僕の中にコンセプトがあったので、それに沿って作った曲がほとんどですね。
ここまで活動してきた中で、自分が理想としていた場所になかなか行けなかったり、少しずつ大きくなっているとはいえ、自分の中には悔しい思いやもどかしさがすごくあったりして。周りにいいアーティストがすごくたくさんいるし、なんていうか……自分がすごく平凡に見えた時期があったんです。音楽家としてちゃんとやっていけるんだろうかとか、この先大丈夫なのかっていう不安がすごく大きい時期があって。
──そうでしたか……。
そういうことを今回は曲にしていったんですよ。そこは、僕がデビューのときからずっと言っている「ネガティブをポジティブに変換していく」ということでもあるんですけど。自分の中にある悔しさや焦りって意欲に変わっていくし、それがあったからこそ今回の作品に対してすごくストイックになれた感じがするし。やっぱりそういうネガティブな感情って大切な部分だなと思ったから、そこを押し出したものを作ろうと。あと、前作までは周りに語りかけたり、鼓舞したりするメッセージが多かったけど、もっとパーソナルなもの──自分はどうありたいのか、どうしていくのかという強い意志みたいなものを詰め込んでいます。だから、内側に向けて歌っている曲という感じですね、どちらかというと。
──でも、なぜご自身のことを平凡だと思ってしまったんですか?
なんていうか……自分はわりと器用なほうだと思うんですよ。いろんなものにおいて、ある程度のクオリティのものはできるんだけど、その中で際立ったものというか、何が自分の一番の強みなのか?っていうのがわからない時期があって。もちろん、いままで胸を張って作品を作り続けていたし、自分が100%やりたいことを全力でやっていたんですよ。でも、見返してみると、もっとできただろうなとか、もっとこういうことをやると効果的にできたんじゃないかとか。そういうことがずっと続いていたから、未来のことを考えたときに焦っちゃったんですよね。ここまで勢いや熱意で作り続けてきたけど、この勢いのまま続けていけるのか……とか。今回の制作中は精神的にもあんまり安定していなくて、歌詞が書けなくてつらい時期もあって。アイデンティティを見失ってしまった感じというか。それを模索していた気がするし、そういう自分の葛藤を歌おうと思っていました。
──作業をしていくなかで、光が見えた瞬間はあったんですか?
結局、「音楽が好き」という気持ちは変わらなかったので、「やっぱり作りたい」という気持ちがまさった感じでしたね。どうしても作ってしまうというか。やっぱり自分は音楽が好きなんだという情熱から始まったことなので、その気持ちだけは消えずに作ってしまっていた……みたいな感じでした。それでも書けない時期は本当に書けなかったですけど。
向井太一
──ちなみに、なかなか歌詞が書けなかった曲というと?
「最後は勝つ」はなかなか書けなかったですね。あと、「Voice Mail」は、最初は恋愛の曲だったんですけど、歌詞がなんか薄っぺらく感じてしまって、こういうふうに変えようかなってポロっと言ったやつが「それいいじゃん」っていうことになって、全然違う方向性になりました。
──「Voice Mail」はご家族に向けた歌ですよね。これまでもご家族のことを歌詞にされたことはありましたけど、こういう切り取り方をするのは意外というか。
たぶん、そこは自分の中にずっと引っかかっていた部分としてあったんですけど、テーマ的に書き方がすごく難しかったんですよ。でも、勢いで殴り書いたものがすごくしっくりきて。だから、いまが書くときだったんだろうなって。
──いまだからこの歌詞を歌えるようになったところもあるんでしょうか。
というよりは、そこは『SAVAGE』のコンセプトとも繋がるんですけど、「そのままを歌えばいいや」って、ある意味開き直ったところがあったんです。そこから書ける物事の範囲がすごく広がっていったんですよね。だから、書けなかった時期は長かったけど、そこを越えて書き始めてからは早かったんですよ。
──言葉が一気に溢れ出したと。「最後は勝つ」もなかなか出てこなかったとのことでしたけど、このタイトルからして珍しい感じがあるなと思いました。
音楽は勝ち負けではないけど、自分の中ではもっとできるはずなのにいまひとつ先に行けなくて、自分がどうしていいかわからないとなったときに、でも、絶対に最後は勝ってやるっていう(笑)。だから、自分に暗示をかけている感じですね。完全に自分に自信のある人間の曲じゃなくて、一歩間違ったらどん底に落ちるぐらいギリギリのラインで、自分自身をなんとか保つための言葉が「最後は勝つ」っていう。
──なるほど。資料を見たら、今回の『SAVAGE』というタイトルには「夢を掴む為には代償をも伴い、今より成長して行く為には背水の陣を敷いて、生き残って(survive)いかなくてはならない。そんな世代(age)の先頭に立ちたい」という意思表示もあるとのことですが。
まさにそういうふうになりたいなと、作った後に思い始めたんです。
──あと「SAVAGE」は、スラングとして「やばい」とか「かっこいい」っていう意味もありますよね。
そういうダブルミーニングなところもあります。前の『PURE』は、どちらかというと歌詞にフォーカスしていたんですけど、今回はトラック面にもかなり力を入れました。音的には『24』とか、オルタナティブでいろんなジャンルをミックスしていた時期の匂いが強いんですけど。
──なぜまたデビュー作に近いサウンドにしてみようと?
チルな音楽が溢れすぎているから、別のところに行きたいなと思って。いまってなんとなくトレンド感が統一されてきて、どんなジャンルのバンドも同じように聴こえるなって感じたときに、抜け道じゃないけど、「そういえばこれをやってるのいないよね」っていうものがやりたかったんですよ。特に「Runnin'」とか「Savage」とか、あとは「ICBU」もそうですけど、逆にこれがいまいいじゃん!っていう。それで「ICBU」とかは、リリックにあまり深みを与えないようにしようって。
──「ICBU」は、大きく括ればEDMっぽさがあって高揚感もあるんだけど、アンビエントな感じもあってという、かなり絶妙なバランスですね。
そうですね。トラップが落ち着いて、生音のものが入ってきて、それもまた落ち着いてきたときに、次は何か来るかなって自分の中で考えたんですけど、もう一回クラブミュージックの良さを入れるとおもしろいかなと思って。ただ、ゴリゴリにしすぎてEDM感をあげるとただ古い曲になっちゃうので、どう抜き差ししてバランスを取るかを意識しました。古いものをただ同じようにやるのではなく、それをどう新しく聴かせるのか、これまで自分がやってきた音楽とそこまで外れずに、新しいんだけど自分っぽいものを作れたらいいなと。言っても僕が作っているから僕らしいものにはなるとは思うんですけど(笑)、そういうバランスはかなり意識してました。
──タイトルトラックでもある「Savage」は、これまで何度も一緒に作業されているCELSIOR COUPEさんがトラックを手がけていて。
このトラックはめちゃめちゃ作り直したんですよ。10回近くやり取りしたのかな。CELSIORとはずっと一緒にやってきてるし、言い合いもしやすかったので、“すみません……ちょっと違いますね……”っていうのを何度も繰り返して(苦笑)。ようやく辿り着いたものは、めちゃくちゃシンプルなものになりました。この曲は今回のコンセプトが色濃く出たものにしたかったから、歌詞にも重きを置きたかったし、トラックもしっかり考えたかったので、かなり試行錯誤しながら作ってました。
──ちょっと違うと思ったのは、それこそバランスの部分が気になったんですか?
音色が難しかったんですよ。音数が少ない分、ひとつひとつの音色がすごくわかりやすく聴こえるし、新しく聴かせるためには、コード進行とかビジュアル面とかいろんな方法があるけど、結局はひとつひとつの音が重要だと思っていて。そこは完全に好みではあるんですけど。
──でも、音色から受ける印象はかなり大きいですからね。
あと、今回はボーカルをどういう感じにするかも曲によってかなり考えました。『27』はもっとファンクっぽい歌い回しだったり、生音でドラムも入れていたりしていたので、ライブ感のある感じにしていたんですけど、もっとトラックに馴染むようなものにしようとか、場合によってはファルセットを多用したりとか。そこもすごく考えていました。
向井太一
──そのファルセットが印象的で、個人的にもこの曲いいなあと思ったのが、「Can't breathe」でした。このアンニュイな雰囲気がたまらないですね。
なんかこう、エロくありたいんですよね(笑)。
──(笑)。向井さんがよくおっしゃっている「R&Bは快楽主義者の音楽」というのを物語る曲といいますか。
そうですね。セクシーというのは、自分の中で育てていきたいなって思っている部分なので。なんか、ニヤニヤしながら作った曲ですね、これは。
──トラックを手がけたKero Oneさんとは、どんなやり取りをされたんですか?
音色的には生っぽくてシンプルなものをベースにしつつ、ただネオソウルっぽいものをやるというよりは、ボーカルのエフェクト感とかは他の曲とのバランスを取りつつ……みたいなことを最初にざっくりと伝えたら「そういうのめっちゃ得意だよ!」って。それで作ってくれたトラックに、僕がメロディーと歌詞を乗せたんですけど、バースのメロディーは最初の段階から送ってくれていたので、それをまた自分がちょっと変えたり、「こういうフックがあるんだけど、どう思う?」って、Keroが出してくれたものがよければ、またそれを肉付けしていくみたいな作業でした。この曲は他とちょっと毛色が違うというか、おもしろい感じになりましたね。ボーカルの感じも新しいものにできたんじゃないかなって。
──そうですね。シンガーとしての表現が、またひとつぐっと深まった印象があります。
年齢を重ねるうちに歌い方がまた変わりそうな曲だなって思います。
──確かに。歌詞もかなりロマンティックですね。
まあ、そういう感じのことを書いてます(笑)。僕の中で、生々しい描写をそのまま歌うのはちょっと違うのかなと思っていて。だから、セクシーではあるんだけど、初めてキスをする瞬間というちょっと青臭さのあるバランスのものにしたいなって。
──ただ、青臭さや甘酸っぱさとは違う、ちょっとした気だるい感じがあるのがいいなって。
確かに子どもの曲ではないですね。大人のやり取りというか。勝てる戦なんだけど、その過程が楽しい、みたいな(笑)。
──あはははは!(笑) あとは目が合うだけだっていう。
ですね(笑)。まあ、アラサーですし、等身大の感じというか。学生の恋愛ではないですね。でも、恋愛において最初のこういうワクワクする感じは、いくつになってもなくならないんだろうなって思います。
──『27』に収録されていた「I Like It」をボーナストラックとして最後に置かれていますが、実質アルバムを締め括る形になるのが「Dying Young」という曲で。このトラックはOpus Innが手がけていて、まどろみ感がかなり心地いいですね。
Opusはもともと僕が好きだったからずっと一緒にやってみたくて、今回お願いしました。歌詞としては、これも完全なる自信というよりは、自分に言い聞かせている感じではあるんですよね。自分のアイデンティティを考えたとき、やっぱり音楽家として死にたいというのがあって。でも、いまの状況にもどかしさを感じていて、辿り着きたい場所にはまだ辿り着けていないんだけど、自分のやれることは精一杯やっている。だから、あとは名前を呼ばれるだけ。そうすれば僕はようやく死ねるっていう。だから、達成までの途中過程を歌っているんですけど。
──なるほど。あと、タイトルが意味深だなと思ったんですが。
『Dying Young」っていう映画があるんですよ。でも、曲と映画の内容は全然関係なくて、響きがいいなと思ったんですよね。これ言っちゃうと薄っぺらく感じちゃうかもしれないですけど(笑)。
──いやいや、そういう遊び心も大切ですから。
直訳すると「若くして死ぬ」みたいな感じだと思うんですけど、年齢を重ねていってもその気持ちが変わる感じはしないし、合うんじゃないかなって。あと、自分が焦っている気持ちも、このタイトルには表れているかもしれないです。まだ若手としていけるうちに頑張らなきゃいけないなっていう。映画から取ったものではあるけど(笑)、いいタイトルになったかなと思います。
向井太一
──そして、本作のリリースツアーも決定していますが、「内側に向けて歌っている曲」をライブでやるとなると、また心持ちが違ったものになるのかなと思ったんですが、そこはいかがでしょうか。
ああ、確かに。曲によってはまた違うものになったりするのかな。ただ、ライブになるとまた歌い方が変わると思うし、自分に歌ってはいるけど、人に歌っているような感じにもなると思うから……どっちになるんだろう(笑)。そこはどうなるのかまだわからないけど、自分の中で感情が大きくなる曲もあるのかなとは思いますね。やっぱりライブは、自分が曲に込めた想いを最大限に膨らませていく場所だと思うし、自分らしくあれる場所だなって、ライブをするたびに毎回思うんですよ。あとはいろんな発見もすごくあって。
──どんな発見があります?
自分が悔しいと思う場所って、ライブがすごく多くて。いまの自分ができる精一杯のことをやるんだけど、うまくできなかったりとかして。そういうことがないと成長する幅も全然違うと思うし、そういう意味も含めてライブって本当に大切な場所だなって思いますね。
──ツアー、楽しみにしてます! 今作はかなり苦労されたと思いますが、本当にいい1枚になりましたね。
もうそう言っていただけると。これ本当に大丈夫かな……と思いながら制作してましたからね(笑)。
──いやいやいや、本当にすごくいいアルバムですよ。
スタッフとも結構ぶつかったりしたんですよ。『SAVAGE』は自分のエゴをすごく込めた作品だとは思うんですけど、そのぶん自分を見つめ直す機会も多かったし、自分を保つために何をするのかというのを考えさせられたので、愛情もすごく深いものになったと思いますね。
──見つめ直した結果、「音楽が好き」というのが根底にあったとのことでしたけど、改めて自分はどういう人間だと思いましたか?
すっごい負けず嫌いだなって思いました(笑)。あとは我が強いなって。仕切りたがりだし。
──いいことですよ。アーティストは我が強くあってほしいです。
なんか、そこは日に日に強くなっている気もしますね。自分をもっと知ってほしいとか、自分をもっと表現したいとか。あとは“自分以外のもの”とかもやってみたいなって。たとえば、キャラクターを作って、それに沿った物語をアルバムにしたりするのもいいな、とか。そのときそのとき、自分の作りたいものを作っていきたいですね。

取材・文=山口哲生 撮影=菊池貴裕

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