【リハーサル・レポート】サックス奏
者・上野耕平と弥栄高校吹奏楽部が「
スタクラフェス」で共演

国内最大の全野外型クラシック音楽祭『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2019(通称:スタクラフェス)』が、2019年9月28日(土)29日(日)に横浜赤レンガ倉庫特設会場(横浜市中区)で開催される。その初日HARBOR STAGEの開幕プログラムとなるのが「It's 吹奏楽!」(AM10:30~)だ。その中で、吹奏楽界に新しい風を巻き起こしているサックス奏者の上野耕平が、神奈川県高等学校吹奏楽祭 教育長賞を受賞した神奈川県立弥栄高等学校 吹奏楽部('17受賞)、そして川崎市立高津等学校 吹奏楽部('18受賞)と共演する。そのリハーサルのために去る8月22日、弥栄高校(相模原市中央区)を上野が初めて訪問し、同校吹奏楽部の部員らと息を合わせた。その模様を今回レポートする。
上野耕平と神奈川県立弥栄高等学校 吹奏楽部
午前10時50分を過ぎた頃、広々とした合奏室に生徒が入ってきた。全体連絡を伝えるホワイトボードには、『上野先生御来校』の文字が記されている。緊張した様子の生徒を見た顧問の柏木葉二先生が「迎える練習をしようか」と声を掛けると、トランペットを担当している里井崇哉部長が、後方のひな壇から指揮台までやってきた。先生が「握手したら?」と提案すると様子を見つめていた生徒たちから「いいなぁー」と声が上がる。プロとのコンチェルトは初体験の部員が多い。顔には出さないが、上野の来訪を心待ちにしているようだ。
11時過ぎ。「おはようございます!」と赤いホルダーにサクソフォンを下げた上野が、開いた扉から顔をのぞかせた。割れんばかりの拍手で出迎えられ、少し恥ずかしそうだ。指揮台まで来ると柏木先生と、里井部長と握手。譜面台に電子楽譜をセッティングすると「では、やってみますか」と練習がスタートした。
柏木先生の合図で、オーボエのソロから始まる『BIRDS 第2楽章「SEAGULL」』が奏でられた。目の前に扇形に広がっている生徒を見つめ、ゆっくりと楽器に息を吹き込んでいく上野。滑らかな演奏に、同じサクソフォンの女子生徒たちが、目を丸くして上野を見つめていた。
一度目の通し演奏を終えた上野は「うーん、素晴らしい。ありがとう。問題なく吹けているので、その上でどうやって色を付けていくのか」と提案。「この曲は、僕はとても悲しい曲だと思っているんですが、みなさんはどうですか?」と質問していく。上野からの質問に戸惑う生徒たち。上野は「幸せな曲じゃないんです。深い悲しみ。でも嘆きじゃなくて、静かな悲しみの曲。悲しみの中で、空を見上げているようなイメージ」と自身が持つ曲の世界観を伝えていった。
静かな悲しみを音にするために。2年ぶりに『東関東吹奏楽コンクール/高等学校の部A部門』に出場を決めたバンドの目が、真剣になっていく。温度が上がったメンバーに向けて上野は「100%息を入れて、その全てを音にするのではなく、その60%ぐらいを音にするイメージで吹いてみて。絵の具を水で薄める作業。それをこの人数でやったら、ものすごい高価になる」と具体的にアドバイス。「頭からやってみましょうか」の声にうなずき、生徒たちが楽器を構えた。
上野は、自身のソロが入る前まで聴くと演奏を止め「オーボエのソロ、いいですよ」と声を掛ける。「アッチェルの記号が付いているけれど、入り込みすぎないで。風が吹いたらどこかに飛ばされてしまうようなアッチェルで」と細かい修正を加えていく。3度目のレッスンでは自らも入り「とっても良くなった」と笑顔。生徒たちが思いを理解し、音で体現していく速さを喜んでいた。
「ゆっくりした曲をやる時は、自分がどこに向かっているのか常に意識をすることが大切です。頭の中で8分音符が鳴っていることを意識して。音を見失わないように」
絵の具を水で薄めていくように――。ビブラフォンの生徒1人に演奏をお願いし、全員で部屋に響く音に耳を澄ました。鍵盤をたたいた後に、広がる余韻。にじむ音は、境界をあいまいにしていく。
「フレーズの中で、色が変わっているのを感じて。淡い色の中に変化を付けていく。繊細な作業ですが、高校生のみなさんなら絶対にできる」。上野の言葉をビブラフォンの音で理解できたのだろう。生徒が落ち着いた表情で頷いている。
「(楽譜の)『B』からは心境が変わります。ちょっとそわそわする感じ」。ファースト・クラリネットを務める2人に「そわそわしたことない?人生の中で」と問いかける。首を横に振る2人に「今、幸せ?」と聞くと、「はい」と即答。明朗な笑顔に、苦笑いした上野。「幸せにご飯を食べる感じじゃなくて、揺らぎを作って。もっとダークに。息を送るときは、上にフワッとじゃなくて、下にウワーッと広げていくように」と言うと今度は自ら、手にしたサックスを吹いて「こうだよ」と伝える。音でつながった両者。生徒の瞳がキラリと輝いた。
火が付いた生徒たちを鼓舞しようと、柏木先生の了承を得て指揮台に上がった上野。(楽譜の)BからCへ。世界がどんどん広がっていく。「音楽は落ちる時の方がパワーが必要なんです。想像してみて。重たいものを持ち上げる時は、一気に力を入れれば持ち上がるけれど、持ち上げたものをゆっくりと下ろすときは、倍以上の力を使うでしょう」
頭の中で浮かびやすいシチュエーションに、「あぁ。そうか」と理解が深まったよう。Cに向かっていく部分は、「空を飛んでいる気持ちになって欲しい」と両手を広げて見せた。「タイトルの『かもめ』のように、空を飛んでいるような。空を飛んだこと、オレもないから分からないけれど、想像してみて」
息を長く使う部分では「グランドピアノをずっと押し続けるようなイメージで息を入れて」と、傍らにあるピアノを押すようなしぐさを見せて笑わせた。自信を持ったフルートの指が軽快になる。「息を長く使えると、長いフレーズが作れるようになるよ」出された課題を、一つ一つ乗り越えていく部員たち。テヌートに苦戦するトランペットなど金管楽器の生徒たちには「この曲に出てくるテヌートも、マーチの楽譜に書いてあるテヌートも書き方は同じ。ニュアンスをどうするのか。それを読み込むのがみんなの仕事。自由な発想がとても大事です」。楽譜をなぞるのではなく、自分の音色に。生徒たちはプロの視点に開眼した様子だった。
15分の休憩を挟んだ後は、休符の表現についてレクチャーしていく。ここでの説明も、音楽から離れ、頭の中を体育館に移動。「跳び箱を跳ぶ時のことを思い出して。高く飛ぶためには何が必要?」。ここまで約1時間、上野と続けた音での対話でリラックスしたのか、この日初めて生徒から「ジャンプ」と返事が返ってきた。うなずいた上野。「そう。ジャンプするための、踏み切り板だよね。音も同じなんだよ。踏み込むように、深く息を入れて」。
Dのブロックで表現されるユラユラと揺れる心は、デグレッシェンドで音に表情を付けていく。「音量を大きく、小さくだけじゃなくて、音をしぼませてみて。みんなグレープフルーツを生搾りしたことない??」と、右手を(絞るように)ぐるりと回すとドッと笑いが起こった。「フルート3人は、3連符をめちゃ、おいしく吹いてください」。Gでは主旋律のフルートと、対旋律を務めるホルンらに「戦ってごらん」と助言。ベースがあることによって、より音が抑揚し効果的に動いていくことを意識させた。
「自分の後ろにも響かせる音が出てきたら最高です」
約90分。密度の濃い練習を重ねた生徒たち。イメージを音に。さぁ、みんなで音を作っていこう。主旋律と対旋律の音幅が広くなったことによって、ふくよかになった音。部員たちが音の中に生み出した風のうねりを、十分に翼に蓄え大空に羽ばたいていくように。加わった上野のソロは、闇に沈んでいた心が解放され、風を切り裂いて天に真っすぐにのびていくような美しさに満ちていた。
「ブラボー!!!」。賛辞と拍手でたたえた上野。「本番はステージの横に海が広がっている、ハーバーステージに立ちます。最後の盛り上がりの部分は、海の向こうに音が消えていくように30秒でも、40秒でも息が続く限り、奏でていきましょう!」
「本番まで忘れないでね」の言葉に、再び笑いが起きた。「たった1時間半で、別人になったような感じだね。当日楽しみにしています」とあいさつすると、「はい!」と元気な声が。部員たちはようやく緊張がほぐれたのか、満面の笑みを見せていた。
練習の後は、音楽室に場所を移動しての記念撮影。フレームに全員が入るように。ぎゅうぎゅうに並んだ生徒たちの間に、上野が入っていくと「キャー」と歓声が起こった。撮影を終えると、上野から吹奏楽部にサイン色紙のプレゼント。受け取った里井部長は「大切にします」と抱きしめていた。
レッスンを終えた上野は「中学生の方が、もしかしたら覚えるスピードが速いかもしれないけれど、高校生はそれぞれが身につけた経験をで音に色を付けてくる。表現力の幅がある」と感想。「当日は海の側で演奏ができることが楽しみ。プロでもそんな機会、なかなかないですからね。(曲名と同じ)シーガル(カモメ)のように、羽ばたきたい」と声を弾ませていた。
上野から手ほどきを受けた感想について里井部長は「最初はどんな方なのかな思っていたけれど、(合奏室に)入ってきて、握手をして。触れた瞬間にオーラを感じた。すごかった」と圧倒されたよう。「本番まであと1カ月。音に磨きをかけていきたい」と決意をにじませた。チューバを担当する舛永結衣副部長は「プロの方との共演は初めてでしたが、吹く時のイメージを上野先生が鮮明に伝えてくださったので、とても分かりやすかった」と充実した時間を過ごしたよう。
アルトサックスを務める髙野梓さんは「自分と同じ楽器と思えない音色だった。大きなステージで上野先生と共演できるのが楽しみ」とうれしそうだった。パーカッションの木我斗真副部長は「演奏を見ていて、心の込め方、一つ一つのフレーズに対しての気持ちの乗せ方が、普通の人と全然違う。部屋中が上野さんの音で満たされていた」と感銘を受けていた。
柏木先生は「上野さんの身体から出てくるものは、全てが音楽につながっていた。プロだからこそ伝えられる言葉や思いもあり、生徒が磨かれていくことを感じました。音のイメージを伝える時も、生徒に分かりやすい言葉を選ばれていて、バンドがみるみる替わっていくのが分かった。音楽の深さを感じさせてくださったことを感謝しています」と振り返っていた。
【動画】上野耕平×神奈川県立弥栄高等学校吹奏楽部「スタクラフェス2019」リハーサル映像
取材・文=西村綾乃  写真撮影=安西美樹

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