【リハーサル・レポート】サックス奏
者・上野耕平と高津高校吹奏楽部が「
スタクラフェス」で共演

国内最大の全野外型クラシック音楽祭『STAND UP! CLASSIC FESTIVAL 2019(通称:スタクラフェス)』が、いよいよ2019年9月28日(土)29日(日)に横浜赤レンガ倉庫特設会場(横浜市中区)で開催される。その初日、HARBOR STAGEのオープニングを飾るのが「It's 吹奏楽!」(AM10:30~)だ。そこでは、吹奏楽界に新しい風を巻き起こしているサックス奏者の上野耕平が、神奈川県高等学校吹奏楽祭 教育長賞を受賞した川崎市立高津高等学校 吹奏楽部('18受賞)、そして神奈川県立弥栄高等学校 吹奏楽部('17受賞)と共演する。去る9月3日には、上野がリハーサルのために高津高校(川崎市高津区)を訪問し、同校吹奏楽部の部員らと練習に励んだ。今回はその模様をレポートする。
2号棟の校舎に入ると、最上部にある音楽室から、1970年代に社会現象を起こしたアイドルグループ『フィンガー5』のメドレーが威勢良く聴こえてきた。階段を登るごとに大きくなる音。上野の到着を前に、部員たちのみなぎる気合いが感じられた。
受験のため3年生が抜けたというが、前方のフルートから最後方のパーカッションまで約40人が、所狭しと並んでいる。少し体を少し反らしたら、後ろの人の譜面台に背が当たってしまいそうな至近距離だ。
「28日の本番と同じように臨もう!」。講師の植松雅史氏のひと声で、黒の蝶ネクタイ、青いスパンコールのベストに着替えた生徒たち。準備は万端。上野の到着をいまか、いまかと待っていた。
(こっそり稽古場を覗く上野)
午後2時を回ったころ、「こんにちは」と上野が音楽室に入ってきた。「衣装、バッチリだね。仲間に入れて」とぎゅうぎゅうの生徒たちの間に入っていく。同じサックスパートの生徒たちは、「え、横に並ぶの??」と驚きの表情だ。「どの曲から始めるの?」と気さくに同じパートの生徒に声をかけ、演奏曲やソロの場所などを確認すると「では、お願いします」とバンドの一員に。植松講師の指揮に合わせて始まったのは、先ほどまで懸命に練習をしていた『フィンガー5コレクション』だった。
「こんにちは!」
『恋のダイヤル6700』、『個人授業』、『学園天国』と代表曲を集めたメドレー。曲中には、フルート、トロンボーンなどソロもあり華やかだ。演奏だけではなく、『学園天国』の冒頭では、フィンガー5が『Are You Ready??』とファンをあおっていたように、『ヘーイ、ヘイヘイ、ヘーイ、ヘイ!』とフルートの男子生徒がけん引しての、コール&レスポンスもある。平成生まれの上野。生徒たちが右手を挙げ、声を出し始めると、少し戸惑った表情を見せたが、最後は『イェー!!!』と景気よく声を上げていた。
1度目の練習を終えると「素晴らしいね」と拍手。「初めてだったから、なかなか(コール&レスポンスに)慣れなかったけれど」とはにかむ。素直な感想に生徒たちの間に笑顔が広がった。
「ソロの人はもっと、もっと目立ったほうがいいね。。今のテンションじゃ全然足りないね」。ソロを任された生徒を見渡して上野が言う。「全体的にテンポが前のめりになってしまうのが惜しいね」。いくつかのアドバイスに生徒が少しざわざわした。「こういうノリのよい曲は前に前に行きがち。どちらかというと後ろめにテンポをトルというかリズムにもたれかかるというか……そうするとクールでかっこいい!。積極的に行こうとするのではなくて、たとえば椅子の前のほうに座るのでがなく、イスの背もたれにゆったりもたれかかるくらいのイメージで。」。どういうことかな?生徒の頭に『?』が浮かんでいるようだ。
「頭から行きましょう」。演奏が先走っている箇所では、「もっとゆっくりの方がクールだよ」と中断しては、指示を出していく。「もう少しリズムにもたれかかって、自分の乗り方、グルーブを探して」。核になるドラムとベースを集中して修正していった。
バリトンサックスのソロでは「もっとバリバリ吹いて。この音色が大事。リードが『もう、無理っす』って言うぐらい、振動させてごらん。柔らかい発音はいらない」と譜面を“はみ出した”演奏を提案すると、上野の言葉を忘れまいと五線譜の上に熱心にメモを取っていた。
フィンガー5のボーカル・晃がハイトーンボイスでシャウトしたように、記された音符の通りではなく、グルーブを大切に。「全部テヌートがあると思って」、「クラリネットはタンギングを活用して。ビブラートをかけてみてもいい」。古典とはひと味違う表現方法に、迷うような表情も見せたが、少しずつ階段を上がっていく。
トロンボーンのソロでは「いいね。その音。その音で1万人を惹きつけて」。本番で立つHARBOR STAGEをイメージしよう。「うんうん。音が段々本物になってきたよ。下向きにするどい息を、するどく吹くようにして」。細かなアドバイスで一変する演奏。「筋肉がリズムを生み出すんだよ」。変化した音を自分たちでも感じたよう。生徒たちの瞳が輝きだした。
ピッコロのソロでは「一番おいしいところじゃない!」「何かもっと自分を主張したほうがいいね」と後押しすると、「豊かな音じゃないほうがいいよね。どちらかというともっと貧相に。そう、もっと貧乏くさく……。あぁぁぁ、お腹すいたって死にそうな感じがいい、おなかがすいてたまらない、でもお金もない。もう道端の雑草を食べるしかない……という気持ち」と複雑なヒントを出して生徒を困らせた。「本番までにプアな音を研究してください」。「はい」と応えた生徒が、どんな音を聴かせてくれるのか当日が楽しみだ。
小休憩の間に、『リトル・マーメイド・メドレー』のスコアを広げ読み込んでいく。「ディズニーのことは全く分からない」と映画の存在もキャラクターについても知らないようだ。「上に上に上がりたいって、希望を感じるね」。約10分ほどでスコアから物語をイメージしたようだ。豊かな想像力に驚かされた。
最初の演奏を聴いた上野は「そんなに無神経に吹いちゃいけないね」と苦い表情。「管楽器は発音だけでは表現できない。楽譜には色んな情報があるけれど、譜面の裏側にある意図をくみ取って出さなくちゃいけない音がいっぱいある」。厳しい言葉に、教室がシンとなった。
「息そのものをアクセントにしましょう。息の種類をもっと覚えて欲しい。息にこだわりを持って」
イスから立ち上がり、部員たちの演奏に集中する上野。楽器を吹いていないときも、生徒と一緒に息を吸い込み、体を膨らませている。時には肩を揺らして、共に楽器に息を吹き込んでいるようだ。その様子を見て、生徒たちもしっかりと「息」を意識し始めた。
繰り返す中で、徐々に輪郭が見えてきた演奏。あともうひと味加えるとしたら……。ヒントが欲しいと思ったのか、上野が「ねぇ、教えて。この曲はどんな物語の楽曲なの???」と生徒を見つめた。まさかの問いに目を丸くした部員たち。「え?」という顔の上野に「人魚姫のアリエルが、人間の世界に行きたいっていう曲です」と生徒が返すと「なるほど」とうなずいた。「みんなの演奏は、『人間の世界にいきたい』というより、『人魚なのですが、人間をだいぶやってます。この世界に慣れちゃいました』って音がする。届かないものをつかもうとするのが、2拍3連符なんじゃない?? うん。それがあるといいね」。
宮廷音楽家のセバスチャンが海の底の素晴らしさを歌う『アンダー・ザ・シー』では、「気温を上げよう。みんなの音はクーラーが効いてるから。陽気なおっちゃんが『ヘイ!ヘイ!ヘイ!』って言っている感じの音がいい」と演奏前にイメージを伝えていく。「問題はノリ方。前に前にじゃなくて、後ろに引くようにノってみて」。後ろにぶつからないように。おっかなビックリ体を引いて見せる生徒たち。『フィンガー5』と同様に、ここでも楽譜をはみ出した演奏が大切なようだ。
「もっと気温を上げて」。パーカッションの男子生徒に向かい「もっと乾いた音に」とあおっていく。たたいていたティンバレスが勢いづく。「うん、いいね。気温が暑くなってきた。カウベルも大事!」。上野の声に、ボルテージを上げた男子生徒。「笑顔が最高!!」。はじけるようなみずみずしい演奏は、音楽室に南国の風を呼び込んでいた。
最後に合わせた『宝島』では、吹く予定だったGのソロ部分を「どなたかに」と5人のサックス奏者に目を向けた。「ソロは立ってね」と提案すると、Gの部分を演奏して見せた。Gを吹くことが決まった女子生徒は少し心細げな表情。不安を払しょくするように、「どっしりと弾いてね」と背中を押した。
上野のソロ部分では、アレンジも入れて演奏。音符を跳ねさせたり、抑揚ある音に同じパートのメンバーは特に圧倒されたよう。演奏する指を食い入るように見つめていた。
レッスンの終了時間ギリギリまで続けた音の対話。「本番楽しみにしています!」と感謝した部員たちに「こちらこそ楽しみにしています!!」と上野。濃密な時間は、あっと言う間に過ぎていた。
練習後は、部員たちと共に並んで、記念撮影に応えた上野。「もっと一緒に演奏したい」と名残惜しそうだった。中には「ずっと憧れていました。一生の記念です」と涙ぐむ生徒の姿もあった。
【インタビュー】
── 高津高等学校吹奏楽部の魅力は?
チューバ 有馬美里部長:明るく元気に、音楽に対して、前向きなところが魅力です。自分たちの音と向き合い、お客さんを楽しませる演奏をしたいと頑張っています。

──一緒に練習をしてみての感想は?
上野耕平:みなさんとても、エネルギッシュで笑顔が素敵でした。当日は3曲のポップスを演奏する予定です。曲のかっこよさを伝えるために、どっしりとクールな演奏。グルーブで臨みたいです。
──スタクラへの意気込み
チューバ 有馬美里部長:1万人の観客が入ると聞いています。たくさんの人を感動させることができるように、心に響くような演奏を目標に頑張りたい。
フルート 福村渉未さん:部全体の目標が「心に響く演奏」。1万人の心に届けたいです。
クラリネット 小嶋佑希乃さん:いい演奏をしたいです。
サックス 小林春菜さん:観客の心に響く演奏をしたいです。赤レンガは初めてのステージなのでリラックスしてできればと思います。
トランペット 坂本彩音さん:1万人が入る大きな会場。1人1人に高津高校の音が響くように、元気に演奏したいです。
トロンボーン 小柴風香さん:赤レンガ倉庫には、上野さんを始め、たくさんの出演者が居いらっしゃるので、貴重な経験ができると思っています。1万人の心に響くように。また聴きたいと思ってもらえるように頑張りたいです。
ユーフォニアム 福原瞳玖さん:上野さんとの合同演奏が楽しみです。
パーカッション 金子真名美さん:1万人の前での演奏は、人生の中であまりない経験だと思います。お客さんに響くよう、しっかり準備をしたいです。
──上野さんとの練習で、自分自身に変化を感じましたか。
チューバ 有馬美里部長:上野先生との練習を経て、曲に対して自分が持っていた印象が変わりました。音楽を伝えるために、言葉のチョイスがとてもユニークでした。「リトル・マーメイド」の「気温が高くなるように!」とか。とても新鮮でした。
ホルン 元木麻巳子副部長:リズムのノリ方を「後ろに」というのが面白かったです。前のめりだった音が、余裕を持てたことで、大人っぽい演奏になったと感じました。
フルート 福村渉未さん:2時間、ずっと後ろに上野さんのサックスの音がしていて、聴き惚れながら練習していました。吹くのを忘れそうになった瞬間もありました。「貧乏な音」「ゴージャスな音色に」などイメージを伝える言葉が面白かった。教わったイメージを、風景として浮かべることができるようになり、良かったと思います。
クラリネット 小嶋佑希乃さん:これまでは、渡された楽譜通り演奏をしていました。なので、楽譜に書かれていないことを読み込んでというアドバイスは、今まで経験がなく新鮮でした。使ってはいけないとされている、ビブラートをかけたタンギングも、挑戦して本番でできるようになりたいです。
サックス 小林春菜さん:2時間、上野さんの隣で吹かせていただく貴重な経験をしました。上野さんの演奏が耳に残っている間に、イメージを音にできるよう練習したいです。上野さんの演奏は、ホールなどで聴く響きともまた違って、同じ楽器なのかなと思うぐらい驚きました。
トランペット 坂本彩音さん:今までで一番楽しい演奏ができました。息の使い方に気を付けて、本番も楽しく弾くことができればと思います。
トロンボーン 小柴風香さん:今までの高津高校吹奏楽部にない、明るい感じのかっこよさを上野さんに教わることができました。今までにないポップスの表現を学べたのも良かったです。ソロも楽しく吹けたので、本番も頑張りたいです。
ユーフォニアム 福原瞳玖さん:楽譜にとらわれない演奏という考え方は新鮮でした。
パーカッション 金子真名美さん:ドラムの演奏をしっかりみていただき、管楽器のノリが変わったと、音を刻んでいるときに感じていました。テンポを後ろに取るという考え方は面白いなと思いました。今までずっと、「遅れないように」と思っていましたが、リズムを後ろに取ることで、別のかっこよさを発見することができました。
【動画】上野耕平×川崎市立高津高等学校吹奏楽部リハーサル映像

取材・文=Ayano Nishimura
撮影=福岡諒祠

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