森下真樹に聞く~『ベートーヴェン
交響曲第9番 全楽章を踊る』を気鋭ダ
ンサーたちと共に初演

振付家・ダンサーの森下真樹が主宰する森下スタンド 新作ダンス公演『ベートーヴェン 交響曲第9番 全楽章を踊る』が2019年10月3日(木)~6日(日)神奈川県立青少年センター スタジオHIKARIで行われる。森下は2017年から『ベートーヴェン 交響曲第5番『運命』全楽章を踊る』を踊っているが、このたび同じベートーヴェンの交響曲最終章「交響曲第九番」に森下スタンドの10人のメンバーと共に挑む。ベートーヴェン生誕250年(2020年)を前に楽聖の交響曲に対する想い、クリエーションの模様、森下スタンドの展望などについて聞いた。
ベートーヴェンとの“運命”の出会い
――まず好評を博している『ベートーヴェン 交響曲第5番『運命』全楽章を踊る』(2017年初演)について伺います。どうして『運命』を踊ろうと思われたのですか?
2016年3月、岐阜の可児市文化創造センターで上演した市民参加型事業で出会いました。共演する可児交響楽団のレパートリーから選んだのです。耳になじみがあるしインパクトもあるのでと思ったのですが、いざ全楽章を聞いてみると、第一楽章しか知らなかった(笑)。振付するにあたって物凄い回数聴いたのですが、いろいろな景色が見えてきました。下は9歳から上は77歳の方までが参加した舞台を客席で見て泣いてしまったんです。体も年齢もバラバラだけれど、一つのところに向かうエネルギーが素晴らしくて。それを一人でやってみようと決めました。まさに“運命”の出会いです。
森下真樹
――普通あの大曲をソロで踊ろうとは考えないですよね。しかも各楽章を別々の振付家の方に任せました。第一楽章をMIKIKOさん、第二楽章を石川直樹さん、第三楽章を森山未來さん、第四楽章を笠井叡さんに依頼して話題になりましたね。
好奇心からなんでしょうね。アカペラで全楽章を歌えるくらい聴き込んでいたので踊りたいと思ったんです。そして自分に新しい風を吹かせたいなと。それまで自作自演でソロを踊ってきましたが、自分で振付をするとコントロールできるのでつまらない。それを壊したかったんです。
――4人の方々の振付を受けた印象はいかがでしたか?
自分にはない視点や発想、振付の仕方、ダンサーとのコミュニケーションの取り方がありました。イメージで振付をする方もいれば言葉で振付をされる方もいて振付の概念が違いましたね。石川直樹さんとは富士山に一緒に行きました。そこで「富士山に対して伸びるように動いてみて」とか「登頂したときの石碑をポールに見立ててポールダンスをして」とかお題を投げられました。結果的に映像で出す形になりましたが富士山に振付してもらったようなものです(笑)。
『ベートーヴェン 交響曲第5番『運命』全楽章を踊る』 (c)bozzo
――4人の振付家が各楽章を振付しましたが不思議な化学反応も感じて興味深く拝見しました。
振付家同士も他の楽章がどうなっているのかを知らなかったんです。ゲネプロ(最終舞台稽古)で初めて振付家が揃って「こんなことになっているんだ!」と。私だけがすべてを知っていたので、皆さんの驚く顔を見るのは楽しかったですね(笑)。
――『運命』に関して今後の展望は?
フルオーケストラで全楽章をやりたいですね。日本フィルハーモニー交響楽団と第一楽章だけ上演しましたが全楽章をやりたい。逆にピアノ一台でもやりましたし、もっとコンパクトにやれる方法もあるかもしれません。小学校の体育館にお邪魔してやるものからコンサートホールでオーケストラと一緒にやるものまで、いろいろな可能性を探っています。
『ベートーヴェン 交響曲第5番『運命』全楽章を踊る』 (c)bozzo
『第九』をやらなければ死ねない!
――今回『ベートーヴェン 交響曲第9番 全楽章を踊る』を初演します。『第九』上演に至る経緯を教えてください。
『運命』をやった時に、今回の音楽監督でもある海老原光さん(指揮者)に関わっていただきましたが、9つの交響曲全部をやっていきたいという話になり、「次は『第九』で!」と背中を押されました。2年前から年末の『第九』の演奏会を聴き始めたんですよ。それで「これをやらなきゃ死ねないな」と感じました。作品というものは再演によって育っていきます。デビュー作の『デビュタント』は国内外で100回以上踊っていますが、自分の中で鮮度を保ちながら踊りつつ新しい発見もあります。ベートーヴェンともとことん付き合いたいので『第九』や他の交響曲もやるっきゃないと思いました。それに、これだけ人気があるのなら“見る『第九』”があってもいいのではないかと。演奏会等に呼んでもらえないかなという思惑もありました(笑)。
森下真樹
――ベートーヴェンの『第九』といえば、モーリス・ベジャールや熊川哲也さん、佐多達枝さん、麿赤兒さん✕笠井叡さんといった振付家が挑んでいます。森下さんはどのようにアプローチされますか?
音楽が強くて凄いので「敵わない」というもどかしさが常にあります。音になりたいんです。本当に。『デビュタント』の時から無音も含めて音楽と関わりを持っていて、そこがこだわりでもあるんです。どうすれば音を発せられる体になれるのかが永遠の課題ですね。
――リハーサルをどんな感じで進めていますか?
これまでに比べて時間をかけています。第二楽章は1年半前に旗揚げトライアル公演『新装開店「森下スタンド」』をやった時に踊っています。そこから繋がっている感じで、この4月、城崎国際アートセンターで2週間滞在制作しました。最初から音を使って稽古していないというか、まずそれぞれの体から出てくるもの、音がなくても立ち上がってくる体の所作が先に前に出てくるところまで見えないと音楽と合わせられないんです。「こういう風景が見たい」と皆に投げ、面白いなというものが出てくると、それを『第九』のどこに置いたらいいのかと探る創り方です。もちろんザ・振付というか音楽に対して当て振りみたいなものもありますが。
『ベートーヴェン 交響曲第9番 全楽章を踊る』試演会 (c)igaki photo studio
――リハを拝見し、音楽が背景というとおかしいかもしれませんが、ダンサーたちの方が立っているようなシーンもあると感じました。
音とぶつかるところもあれば、共存してなじんでいるところもあります。どう音と関わるのかという音との距離感は凄く意識していますね。「音を発せられる体」という意味では『第九』は『運命』よりもいろいろな景色が見え、聴こえてきます。その景色を体でどう見せるかです。
――冒頭しばらくの間、『第九』が流れる前にダンサーたちが歌詞のことなど口にする場面もありますし、本編の中でも「歓喜の歌」を歌う場面などがあります。
声も体の一部だと思ってやってきているので、私にとっては自然な流れです。『第九』の歌詞を知っている方は多いと思いますが、一番のテーマですのでお伝えしたい。苦悩を乗り越えて喜びへ、逆境を乗り越えて新境地へという歓喜を歌いたいというのはありました。
『ベートーヴェン 交響曲第9番 全楽章を踊る』試演会 (c)igaki photo studio
――森下スタンドの若いダンサーたちとのクリエーションはいかがですか?
いろいろなものが出てきますね。投げた分を超えるくらい投げ返ってくる。皆バラバラな個性を持っています。
――そういう人たちを集めたかったのですか?
多分そうなのでしょうね。皆で動きを揃えたりすることが苦手な人たちばかり集まりました(笑)。実は私も同じなんです。似た者同士なんだなと。オーディションでも揃えることができるかどうかで判断していません。この2年くらいで皆も変わってきているというか、それぞれが自分のソロを作ったり、ユニットの活動をしたりしています。そうあっていいと思っています。
――確かに自身のグループやユニットで精力的に活動している方もいますね。
コアメンバーではあるけれど、それぞれがのびのびと活動してもらいたいし、森下スタンドは完全に縛ることのない場でありたいと思っています。そういう意味では、メンバー完全固定という言い方はあまりしたくありません。どんどん踏み台にしてもらいたいし、私も発見することが大きくて学びの場になっています。
森下真樹
森下スタンドという「場所」
――森下さんは高校時代にダンスを始め、大学時代から白井剛さんらと発条トで活動し、伊藤キム+輝く未来、まことクラヴ(主宰・遠田誠)の活動に参加されました。2003年にソロデビューし、国内外各地で活躍されていますが、2016年にどうしてカンパニーを立ち上げたのですか?
まず群舞を創ってみたいという興味がありました。市民参加型作品を振付する機会はありましたが、イキのいい若手を集めて自分の体ではできないものをやりたいと思いました。それから「横浜ダンスコレクション」のコンペティションII新人振付家部門の審査員を3年間やらせていただいたのもきっかけですね。いいダンサーだなと思っても「作品」となった時に惜しいと思うことが多くて、この身体性をもっと面白く素敵に、不器用だけどカッコよく魅せられるのではないかと思いました。一人だとフットワークが軽いので、いろいろな現場に飛んでいける良さはありますし、これからもそうしていきたいのですが、皆が集まって、あーだこーだ言いながら踊れる場が恋しくなったんです。
『ベートーヴェン 交響曲第9番 全楽章を踊る』試演会 (c)igaki photo studio
――デビューされた2000年前後は、コンペティションで受賞するとプロとして活動できる現場につながり易かったりしたようにも思われます。今はコンペを獲っても簡単には展望を見い出し難い状況のようですし、ましてやカンパニーを続けていくのは大変なご時世です。その中で2016年に森下スタンドを始めるにあたって覚悟が要ったのではないですか?
カンパニーがどんどん解散していく中で「どうして?」とよく聞かれますが、皆がそれぞれ自由にやりたいことをやるために踏み出せる場所になればと思います。スタンドという名前の通りカンパニーというよりも「場所」にしたい。いろいろな人が立ち寄って、集まって、遠くに行ったけどまた戻ってくるみたいな自由がある場所にしたいですね。カンパニーをやっていくためには時間やお金のこともあって大変なので確かに覚悟は要ります。でもガチガチにならずに、それぞれが言いたいことを言い合って、楽しく厳しくやれるにはどうしたらいいのかを考えています。
『ベートーヴェン 交響曲第9番 全楽章を踊る』試演会 (c)igaki photo studio
――今回カンパニーとして挑戦しているところはどこですか?
今までより大きな規模の公演になります。サポートもいただき多くの人たちが関わってくれています。皆ベートーヴェンの『第九』で踊れるのがうれしいと言っています。よく知られた音楽ですし、それぞれに思い入れがあるようです。クラシックのファンの方をダンス公演に巻き込みたいという思惑もありますし、見ていただける方の幅を広げていきたい。今後もただ作品を創るだけでなくダンスに興味を持つ方を増やすようにしていきたいと考えています。
森下真樹
――最後にリハーサルの手応えを踏まえて本番に向けての意気ごみをお話しください。
手応えは感じています。「凄いな、この人たち!」と思うんです。集中力が凄く、光るところがたくさんあって、今までに見たことがないものが本番前の現時点でも見えることがあります。一人一人が少しでも上に行くぞという気持ちが重なると、こんなに強いものになるんだなと。だからこそ、もっと行ける。ダンサーズには振りをただこなすのではなく、ダンサーそれぞれが持つもどかしい気持ちや、不安や迷いや希望や、殻を破りたいと思う気持ちや、モヤモヤをこの作品にぶつけて、歓びに変える気持ちで踊ってほしいと伝えています。生きている実感を持って舞台に立っているか…私がみたいのはそこです。
森下スタンド新作『ベートーヴェン交響曲第9番 全楽章を踊る』PV
取材・文・撮影=高橋森彦

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