映画『蜜蜂と遠雷』~ピアノコンクー
ルの熱気と緊張感、4人の挑戦者の成
長を石川慶監督が描く

新人の登竜門であるピアノコンクールを舞台に、4人のコンテスタント(松岡茉優、松坂桃李、森崎ウィン、鈴鹿央士)が、人として成長していくさまを描いた映画『蜜蜂と遠雷』が2019年10月4日(金)から公開される。
原作は恩田陸が直木賞と本屋大賞をW受賞した同名小説だが、4人が3回の予選と本選で弾く曲だけでも50曲以上! それゆえ実写化困難といわれていた。ところが、石川慶監督の分かりやすく要所を捉えた脚本、4人の心象や思いを具現化したような選曲で素晴らしい映画が完成。しかも気鋭のピアニスト(河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央)のなりきり演奏で、約2時間の上映があっという間に感じられる。松岡演じる栄伝亜夜(えいでん・あや)はかつての天才少女ピアニスト。心の支えだった母を亡くしたショックでピアノが弾けなくなり、本番を放棄して7年も雲隠れ。再起をかけた二十歳の挑戦ではあるが、「音楽の楽しさ」も自信も失ったままだ。「あなたが世界を鳴らすのよ」という母の言葉が、遠い記憶の底から蘇っては消え、知らず知らずのうちに自身を追い詰めている。
別の意味で「崖っぷち」は、松坂演じる高島明石(たかしま・あかし)。音楽大学で演奏家を目指したものの、結婚して楽器店で働くパパになっている。幼い子供を抱え、応募年齢ギリギリでの挑戦。しかも日常的に追究する「生活者の音楽」は、コンクールの求める音楽とは相容れない。
崖っぷちの出場者、亜夜(松岡)と明石(松坂)
亜夜は、天真爛漫な風間塵(かざま・じん)と優勝候補のマサル・C・レヴィ・アナトールに、暗く重い心を揺さぶられる。
塵は養蜂家の父とともに大自然を転々とし、音の鳴らない木製鍵盤で稽古している。このコンクールの元審査員で名手だった亡き先生からもらったものだ。応募の際に「世界は音楽にあふれている、それを奏でる人を見つけなさい」と言われたという。ピュアなオーラをまとったニューフェイスの鈴鹿は、塵そのもの。
一方、名門音楽院のエリートのマサルは、かつて亜夜の背中を追いかけていた幼なじみだった。マサルは亜夜との偶然の再会を喜び、幼少期を懐かしむ。奇特な人間味を、森崎がさりげなく醸す。
そんな4人の演奏がたまらない。録音時は脚本が未完だったそうだが、河村は、トラウマと闘う亜夜の恐怖心、復活を目指すエネルギーなどを余すことなく表現。かたや、福間が奏でる明石のピアニズムには、親子の幸せを願う家庭料理のようなニュアンスが漂う。藤田のみずみずしく純度の高い音色は、音楽の本質を純粋に求める塵にピッタリだ。金子も、優等生だが師匠の教えに反く表現をして叱責されたり、リハーサルで指揮者に冷たくされて動揺するマサルの心を捉えていて興味深い。聴き比べの楽しさという意味では、劇中課題曲「春と修羅」は、まさに必聴。作曲家の藤倉大が原作イメージを忠実に再現していて、分かりやすい出だし、4人の内面を投影したようなカデンツァ、各自の音色や表現の違いが奏者ごとにリアルに伝わってくる。
塵(鈴鹿)の純粋無垢な音色に、ふとピアノの楽しさを思い出す亜夜
4人が次第に心を通わせていくシーンにも印象深い演奏が。例えば、月明かりの夜にピアノ工房で、亜夜と塵がドビュッシーやベートーヴェンの「月光」、心地よいアレンジの「It's Only A Paper Moon」を連弾するときの表情やムード。藤田や福間が出した演奏アイデアも生かされていると聞く。また、本選の出演時間が迫るなか、亜夜が2台ピアノのセカンドを買って出て、マサルとプロコフィエフの協奏曲第2番を練習するのも意味深い。
リハで指揮者に冷たくされたマサル(森崎)を、さりげなく励ます亜夜
石川監督は、ポーランドで映画を学んでいた頃に触れた「ショパン国際ピアノコンクール」の熱気や緊張感、無名の若者がスターへの一歩を踏み出すステージとそれを見守る地元の温かい雰囲気などを映画で表したいと考えていたそうだ。調律師に八つ当たりする出場者がいたり、審査員が神童発掘の意義を問いかけ合ったり、シビアな現実を多面的に捉えてあり、考えさせられる。
物語が進むにつれ「コンクールを制するのは誰か」ということよりも、「このコンクールを振り出しに、4人がどう歩んでいくのか」を知りたくなる。亜夜はトラウマから脱却できるか? 明石の今後は? 奥深い作品をじっくり味わってほしい。
文=原納暢子

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