新国立劇場バレエ団の新プリンシパル
・渡邊峻郁に聞く~「今後も精進し、
成長していきたい」

新国立劇場バレエ団の渡邊峻郁(わたなべたかふみ)が、2019年10月27日、プリンシパルに昇格した。2019/2020年シーズン開幕演目『ロメオとジュリエット』で、自身がロメオ役を踊った千秋楽公演終了直後に、大原永子芸術監督から異例の昇格が伝達されたのである。翌日に発表されたこのニュースは、まだ公演の余韻に浸るファンに新たな感動を呼び起こすとともに、今後の舞台へのさらなる期待を抱かせている。
渡邊は2009年にトゥールーズ・キャピトル・バレエでプロフェッショナルとしてのキャリアを開始し、2011年にソリストに昇格。2016年には新国立劇場バレエ団にソリストとして入団し、翌2017年にファースト・ソリストに、そして今回の昇格に至った。異例ともいえるスピード出世だが、すらりとした長身と端正な風貌、高いレベルのテクニックはもちろん、パートナーとの信頼感溢れる誠実な踊りや、まるで役柄が憑依するかのような演技力と、観客の心の深い部分にとどまり続ける感動を与える天賦の資質は、プリンシパルにふさわしい。
今回はその渡邊峻郁にいち早く突撃、昇格の心境と今後の舞台への抱負を聞いた。(文章中敬称略)
『ロメオとジュリエット』 撮影:鹿摩隆司
■トゥールーズ時代の思い出も甦る、昇格の報
――まずはプリンシパル昇格、おめでとうございます。現在のお気持ちと、昇格が発表された時のことを振り返っていただけますか。
たくさんの方から「おめでとう」と言っていただき、ようやく実感がわいてきた感じです。発表時は、いつものように幕が下りて「無事終わってよかったなぁ」という思いと、役がまだ抜け切れていないのもあって、実は大原芸術監督の言葉がよく聞こえていなくて(笑) いきなり隣にいた米沢唯さんが「良かったね!おめでとう!」って言うので、一体何が起こったんだという感じでした。任命書を頂いて初めてプリンシパルに昇格したということが分かりました(笑)。
実はトゥールーズ・キャピトル・バレエで、ソリストに昇格した時もそうだったんです。あの時は『三銃士』を代役で踊り、終演後に今回のように幕が下りて、「無事に終わってよかったなぁ」と思っていた時に、当時芸術監督だったナネット・グルシャック監督に名前を呼ばれてソリスト昇格を告げられたんです。なので今回の昇格は驚きと同時に、トゥールーズ時代を思い出し、懐かしさも感じました。
――昇格後、すぐ次の公演に向けてリハーサルが始まっていますが、気持ち的に変わったことは。
そんなにすごく変わったという感じではないです。今までどおりやっていきたいのですが、やはりプリンシパルとしての責任もありますし、これまで以上のクオリティを求められますから、さらに精進しなければと思います。
『ロメオとジュリエット』 撮影:鹿摩隆司
■憧れのマクミラン作品。「ロメオ」で新たに見えてきた課題も
――新国への入団を目指した理由の一つに、レパートリーにマクミランの作品があるからと伺いました。今回念願かなってマクミラン版『ロメオとジュリエット』のロメオ役を踊りましたが、実際に踊った感想を改めてお話いただけますか。
想像をはるかに越えていました(笑)。体力的にもヘビーで、本番中に足がつってしまったりもしました。2幕はほとんどソデに入ることなくほぼ出ずっぱりのため、水分補給もままならないという感じです。しかも1幕最後のバルコニーのパ・ド・ドゥでは若さとパッションを爆発させなくてはいけないので、エネルギーをセーブすることは絶対にできない。体力のコントロールが非常に大変でした。2幕の天にも昇るような喜びの気持ちから、今度は奈落の底に突き落とされる気持ちの変化はまさにジェットコースターのようで、カーテンコールの時は本当に抜け殻のようになっていましたね。
またこの『ロメオとジュリエット』で、ひとつの壁にぶつかり、踊る上での技術的な基盤や基礎がとても重要だということを再認識しました。そこがしっかりしているともっと踊りや表現の幅が広がるし、追求できる部分があるなと、改めて思いました。例えば、随所の美しというのは、具体的には足の出し方や足の運びの正確さや精密さですよね。そういったことを求められる作品がこれからも出てくると思いますし、そうした点もさらに追及していきたいです。
『ロメオとジュリエット』 撮影:鹿摩隆司
――渡邊さんはどういうロメオを演じたいと思っていたのでしょう。
キャラクター的にはジュリエットよりもロメオの方がロマンチストで、ジュリエットはどちらかというと現実的であるように感じます。ですからロメオがジュリエットに恋した瞬間の、彼のピュアな部分がお客様に伝わるように心がけました。恋に落ちた時の稲妻が走ったような感情や、それまで経験したことのないような想いですね。ロザラインへの想いはシェイクスピアの原作にもあるように、「恋に恋する」ものなのですが、バレエでそれをどう表現したらよいのか悩みもました。
『ロメオとジュリエット』 撮影:鹿摩隆司
――素晴らしいロメオとともに、客席の話題をもう一つ攫っていたのが、渡邊さんが演じたパリスでした。
「パリスがすごくよかった」と言ってくださった方もいらして、よかったなと(笑)。
パリスを踊るのは前回の2016年公演に続いて2度目でしたので、人物像をより深く捉えてみようと思っていました。とくに今回指導に来てくださったパトリシア・ルアンヌ先生が、「パリス」の背景や人物像をすごくはっきりと示してくださったんです。パリスはちやほやされてきたお坊ちゃま。あの時代の人らしく、ジュリエットは従順、自分にとってはいい妻になるだろうというある種傲慢な考え方もある。さらにすごく腑に落ちたのは「パリスの家は、地位はあるがお金がない」ということです。一方ジュリエットのキャピュレット家はお金があり、パリスと一人娘との結婚で社会的な地位を手に入れたいと思っている。だから互いにこの結婚は成立させたかった。そう教えてくれた先生が見せてくれた、ジュリエットに対するパリスの慇懃無礼なお辞儀が、僕が考えていたパリスにぴったりでした。
――3幕の小野絢子さんが踊るジュリエットと渡邊さんのパリスのやり取りは、まさに戦いのようでした。
絢子さんとは演技の受け渡しがすごくできていた感じです。彼女と視線が合った瞬間、僕自身ビビっとくるものがあって、自然にああなりました(笑) 来るものがあるから僕も返せるものがある。絢子さんのジュリエットはテコでも動かないという感じで、僕は絶対ものにしてやるぞと。ただジュリエットに対してイラっとするというより、親に対して「どういう教育をしてきたんだ!」と怒る感じではありました。この『ロメオとジュリエット』は以前踊った『ジゼル』とともに、特別な作品になりました。
『ジゼル』 撮影:瀬戸秀美
■『くるみ割り人形』では踊り込むからこそ見えてくる課題に挑む
――プリンシパルとしての最初の舞台が『くるみ割り人形』(以下「くるみ」)になります。「くるみ」は今年で3回目の出演となりますが、どういう気持ちで当たろうと思いますか。
パートナーが木村優里さんで、パートナーが変われば話の作り方見せ方も自然に変わってきます。サポート面でもどこがバランスが取りやすいか、どういう角度なら相手がきれいに見えるかなどを考えながら踊ろうと思っています。
1回目はイーグリングさんの振り付けを正確に踊ることに必死でしたが、2回目は少し余裕が持てました。3回目の今回は、例えばパ・ド・ドゥの場合、音の取り方やバランスをどこまで長く見せるのかなど、全体のメリハリ、強弱をつけるようにしてみようかと考えています。とくに2幕のグラン・パ・ド・ドゥは音に多めにステップが振り付けられているので、音通りに踊るとやや単調に見えかねない。強弱やメリハリをつけることで、見え方や抑揚が全然変わってくるのではないかと考えています。
またクラシックバレエ的な2幕のグラン・パ・ド・ドゥと1幕の雪のシーンのパ・ド・ドゥの違いをしっかりと見せたいですね。2幕のグラン・パ・ド・ドゥは細かいステップが入っていて、まさに王道クラシックの世界ですが、1幕の雪のパ・ド・ドゥは現代的な新しい動きも入っている。それをクラシックの枠組みの中でどう見せられるのかというところに挑戦してみたいと思います。
木村さんとはこの「くるみ」の初演時から組んでいるので、リハーサルは始まったばかりですが、すでに今度はこうしたい、ああしたいというところが早速いろいろ出てきていています。今リハーサルでそれを追求しているところです。
『くるみ割り人形』  (撮影:鹿摩隆司)
■「ベートーヴェン」は新たなパートに挑戦。ニューイヤー『ライモンダ』は1幕のパ・ド・ドゥを
――「くるみ」に加えて、今は『ベートーヴェン・ソナタ』「ニューイヤーバレエ」のリハーサルも同時進行中と聞きました。
『ベートーヴェン・ソナタ』は、今回は以前八幡顕光さんが踊っていたパート(※注:ベートーヴェンを触発する役)を踊らせていただきます。ただ、八幡さんと僕は身長も、踊りの面で得意なところも違うなど、個性に違いがあるので、振付の中村恩恵さんが少し手直しをしてくださっています。物語の雰囲気も前回とは少し変わってくるのではないかと思います。
――「ニューイヤーバレエ」は新作のクリストファー・ウィールドン振付『DGV』と、米沢さんがパートナーとなる『ライモンダ』のパ・ド・ドゥを踊りますね。
覚えることだらけでパンパンです(笑) 『DGV』は振付は覚えましたが、今の正直な感想としては「とりあえず、これは絶対難しいし、大変だ」と。『ライモンダ』で踊るのは、実は久しぶりの上演となる1幕のパ・ド・ドゥです。
――そうなんですか? 3幕のグラン・パ・ド・ドゥだとばかり思っていました。
想定の斜め上ですよね(笑)。初演時(※注:2004年)に1幕で入っていて、最近の上演ではカットされてしまっていた部分です。その時にタイトルロールを踊っていたのがザハロワさん、吉田都さん、志賀三佐枝さんでした。志賀さんと山本隆之さんの映像を見たのですが、踊ってみるとしっとりした素敵なパ・ド・ドゥで、新鮮でした。
大原芸術監督が「『ライモンダ』のパ・ド・ドゥを踊る人は、威厳のある堂々としたベテランじゃないとだめ」と仰っていたのですが、自分にそうした雰囲気や存在感があるのかと心配です。まだ新国立劇場バレエ団に入団して3年しか経ってないので。
――全然オッケーです! だからこそ大原芸術監督も任せてくれたんじゃないかと思いますし、楽しみです。
■DTFではインプロヴィゼーションで創作スイッチが
――話が尽きないのですが、『Dance to the Future』(以下DTF)で今回渡邊さん振付の作品が上演されます。トゥールーズ・キャピトル・バレエに在籍中、カデル・ベラルビ監督が渡邊さんを主演に作品を振り付けられていました。そうした創作の現場を体験されていることから、いつか作ってみたいと考えていたのでしょうか。
自分の振付作品を作るなんて、まったく考えていなかったです(笑)。ただ昨年、2018年のDTFでインプロヴィゼーション(即興)をやったとき、中島瑞生君と絡んで踊ったことがすごく楽しかったんです。それで昼夜2回公演の日の休憩時間に、瑞生君とリハーサル室でいろいろ動いていたんですが、ひょっとしてこれは作品になるのではないかと思ったら、急に創作意欲が湧いてきて、また同時に瑞生君にも踊ってほしいなと思ったんです。そこで僕と瑞生君と、さらに弟(バレエ団の渡邊拓朗)を誘って3人の踊りにしようとしたのですが、でも自分が踊ると創作が見えなくなるので、僕は振付に専念し、2人に踊ってもらうことにしました。
――インプロヴィゼーションで思わぬスイッチが入ったわけですね。音楽はまだ発表されていませんが、無音なのですか?
最初は現代風の音楽で振り付けたのですが、クラシックの曲を付けたくなって今探しているところです。タイトル『Seul et Unique』は「ただ一つの」というニュアンスで、2人にしか踊れない作品を見せられたらいいなと思いました。
■昔のロシアダンサーのパッションに刺激。日々精進し、物語が伝わるダンサーに
――話を聞くほどに多忙な日々ですが、頭の切り替えはどうしているのでしょう。
体調管理ということで言えば、糖分補給と水分補給はまめにしています。休憩なしで4時間くらい踊ったら、そばにいた弟が2人に見えて、これはまずいなと思いチョコレートを補給しました。あとは砂糖を入れたコーヒーを飲んだりしています。
気分転換も兼ねて、ここ1、2年は銭湯に凝っています。広い銭湯に行って熱めのお湯につかってリフレッシュしています。「今日も一日頑張ったなぁ」と(笑)。
――役作りのインスピレーションの源は?
映画を見たり本を読んだりして、物語の世界に没入すると、自分が登場人物の気持ちになれたり吸い込まれたりして、参考になります。映画は最近は『IT/イット』を見ました。
あと最近は1960年代等々昔のロシアのバレエ動画にすごく触発されます。言い方に少し語弊があるかもしれませんが、踊りのテクニック的には今の方が洗練されているかもしれませんが、パッションがすごい。昔の方々の踊りが放つパッションは、昨今失われつつある何かが感じられるし、今、僕が目指しているものの一つもそこにあるような気がします。
――ご自身が目指すものってなんでしょう。今後の目標も含めてお話いただけますか。
こうなりたいっていうものが、実は完全に定まってはいません。どういうダンサーになりたいんだろうという部分ではまだ漠然とした感じではあります。もちろんお客様に「この人の踊りを見ると物語の世界観を感じる」と言われるダンサーになりたいと思うし、それも主軸のひとつではありますが、踊りの面では毎回反省点が次々出てくるので、それを一つひとつクリアして積み重ねているところです。今後も精進し、成長していきたいなと思います。
『ラ・バヤデール』ソロル  (撮影:瀬戸秀美)
取材・文=西原朋未

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