花澤香菜

花澤香菜

【インタビュー】『HUMAN LO
ST 人間失格』花澤香菜、「役を頂
き続けることが難しい…」人気声優の
苦悩と希望

 花澤香菜。名前を知らなくても、その声は誰もが一度は聞いたことがあるはず。アニメ・映画・ゲーム・CMなどで大活躍の人気声優で、キュートなビジュアルもあり、今年は女優の石原さとみがイメージキャラクターを務めるビールのCMで共演して話題を集めた。そんな人気、実力を兼ね備えた花澤だが、声優として生きることには苦悩もあるようで…。
 幼い頃から、バラエティー番組「やっぱりさんま大先生」(96~20)に出演するなど、子役として活動するが、大学進学と同時に本格的に声優の道を進んだ花澤は、「澄んだかわいらしい声」で人気を博し、今では同世代の宮野真守や梶裕貴らと共にトップを走る。女優・歌手活動も盛んだが、特に声優としての力は折り紙付きで、数々の声優賞も受賞している。
 近年では、第41回日本アカデミー賞最優秀アニメーション映画賞を受賞した湯浅政明監督の『夜は短し歩けよ乙女』(17)の黒髪の乙女役、新海誠監督の新作『天気の子』(19)のカナ役など、ヒット作に多数出演。今月からテレビ東京系でスタートした「ポケットモンスター」の新シリーズでは、コハル役で国民的アニメのボイスキャストに仲間入りした。
 その活躍ぶりから、役の大半をオファーでもらっているのかと思いきや、「ほとんどの役はオーディションで勝ち取るしかない厳しい世界です。役を頂き続けることが本当に難しいです…」と本音を漏らす花澤。それは彼女に限らず、オーディション会場では名だたる先輩たちがライバルになることが多く、「この方と張り合うなんて…」とおののくこともしばしばあるのだという。
 さらに30歳を迎え、「今はティーンも、成熟した女性の役もできなければいけない微妙な年齢なので、役の幅を広げる必要もあります」とのしかかる苦労も明かす。しかし、そのための対策は万全。「自分が経験していないことは想像しにくいので、役に反映させられるように、多くの体験をして自分自身の幅を広げていきたい」と意気込みを語る。
 「最近は、ベテランの方と一対一で収録させてもらうこともありますが、すご過ぎて、『自分なんかまだまだだな…』と痛感します。でもそれは、自分も年を重ねて、いろんな作品に出て経験を積んだら、こんなふうになれるかもしれないという希望にもつながります」と声を弾ませた。
 そんな花澤だが、今回はオファーで役をもらったそうで、「やりました!」とかわいくガッツポーズ。その作品は、破滅に至った一人の男の生涯を描いた太宰治の「人間失格」のスピリチュアルを内包し、屈指のクリエイター陣によって再構築されたオリジナルアニメーション映画『HUMAN LOST 人間失格』。
 昭和111年、GDP世界1位、年金1億円支給、120歳寿命保障がされた日本・東京で、人々を管理するS.H.E.L.L.体制から外れて異形化する「ヒューマン・ロスト現象」に襲われた大庭葉藏(声:宮野)が、生と死、希望と絶望の狭間でもがきながら人生の選択をする姿を描いたダークヒーローアクションだ。
 花澤は「大学生のときに、文学部の有志で『太宰治の聖地めぐり』と称して、東京・三鷹を散策したことがあります」と話すほどの太宰ファンで、「『人間失格』は、人生のバイブルにされている方も多い名作で、私も大好きなので、収録がとても楽しみでした」とにっこり笑う。
 太宰作品の魅力を問うと、「主人公のモヤモヤしている心象描写に共感できるし、人間の暗い部分や、言葉にできない感情をうまく表現してくれているので、モヤモヤしている人に刺さるところかな」と返答。
 続けて、「私は死を選ぶほど思いつめることはないですが、『恥の多い人生を送ってきました』」と「人間失格」の名言を引用しながら、「気持ちを抱え込んでしまって『うわ~』となったときには、太宰作品の登場人物と自分を重ねて見つめ直し、頑張ろう!と自分を励ましています」とはにかんだ。
 また、「男性はこういう生き方に憧れるのではないでしょうか。そういう文学青年が周りにいっぱいいました。女性目線でも、放っておけなかったり、色気を感じたりしますよね。作品を通して太宰さん自身を見ていた気がします」と、太宰治に引かれる理由も打ち明けた。
 演じる美子は、ヒューマン・ロスト現象を感知・抑制する不思議な力を持っており、S.H.E.L.L.の理念によって希望の未来が訪れることを信じる女性。
 バア「メロス」の女店主・マダム(沢城みゆき)のせりふ「あなた、信じる天才なのね」に「ヒントが詰まっている」と感じたそうで、「人類の未来のために自分を犠牲にする危うさもあるけど、信じるものや目標を持っている人は生き生きして、強さもあるので、そこをちゃんと出せたらいいなと思いました」と役へのアプローチを回顧する。
 美子は広報の仕事もしていることから、「女子アナウンサー的な清潔感とか、聞いていて安心できるようなしゃべり方も目指しました」とも語った。
 役作りは完璧だが、収録では苦戦した模様。というのも、アニメ業界では近年、出来上がった映像に声を当てる「アフレコ」ではなく、先にせりふを収録してから絵を作製する「プレスコ」手法が増えており、本作も「半プレスコ状態」だったとか。
 故に、「難しいことが多かったです。参考になる絵コンテが少なく、ネットワークに入る場面や概念の世界は想像するのが大変で、完成したものを見たときは、こんな世界だったんだ!と圧倒されました」と驚きを隠さない。アクションシーンについても「『ここで殴られます』『首絞められます』と言われても、キツさや苦しさのレベルが視覚で分からないので本当に大変でした」と顔をしかめた。
 その苦労を乗り越えて作り上げた本作。花澤は「登場人物それぞれの名前や雰囲気、せりふなどで、『人間失格』だ!と思えるところがあるけど、まったく新しいSF作品になっているので、とても感動しました」と目を輝かせると、「長寿大国、環境汚染、格差社会などのモチーフは、私たちの世界の延長線上にありそうなので、物語に入りやすいです」とアピール。
 そして、「しっかりしたテーマ、迫力あるアクション、葉藏がもがく姿など、とても充実した内容になっているので、いろんな方に見てほしいです」と呼び掛けた。
 本作でも、その“澄んだ声”で見る者を魅了する花澤。シビアな声優界において輝きを放ち続けることは難しいかもしれないが、美子のように明るい未来を見つめ、努力を惜しまない花澤なら、それはただの夢では終わらない…。
(取材・文・写真/錦怜那)
 オリジナルアニメーション映画『HUMAN LOST 人間失格』は11月29日から全国公開。

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