尾上菊之助が風の谷の姫、中村七之助
が白き魔女に スタジオジブリ初の歌
舞伎『風の谷のナウシカ』が開幕へ

新橋演舞場12月公演、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』が12月6日(金)に開幕した。スタジオジブリ初の歌舞伎化として、宮崎駿監督の漫画『風の谷のナウシカ』全7巻を昼の部、夜の部通しでの完全上演だ。この度、5日に行われた昼の部の公開舞台稽古をレポートする。
まず、初日に向けて座頭のナウシカ役尾上菊之助、クシャナ役中村七之助のコメントを紹介する。
尾上菊之助(ナウシカ役)コメント
大好きな『風の谷のナウシカ』を歌舞伎にしたいと思い立ったのは、いまから5年前のことでした。5年越しの夢が結実し、いよいよ明日初日の幕が開きます。魅力的な登場人物や壮大な世界観を、古典歌舞伎で表現したらどのような舞台ができあがるのか。試行錯誤の連続ではありましたが、古典の力を信じ、精一杯勤めますので、よろしくお願いいたします。
中村七之助(クシャナ役)コメント
あの名作漫画『風の谷のナウシカ』を歌舞伎にするという大きな挑戦に、菊之助のお兄さんをはじめ一座で取り組んでまいりました。大立ち回りや大仕掛けもたくさん盛り込まれていますが、なにより深いところで『いいな』と感じていただけるような作品になっていると思います。クシャナという女性の葛藤を大切に演じていきたいです。そして私たちの愛している歌舞伎を観て楽しんでいただけるように力を合わせて勤めますので、どうぞお楽しみにご覧ください。

昼の部のあらすじと見どころ
■序幕 蒼き衣の者、金色の野に立つ
幕開き、その瞬間から『風の谷のナウシカ』の世界が広がっていた。腐海の中に生きる蟲たちや、雪のように舞う胞子の中に、ナウシカ(尾上菊之助)が現れる。キツネリスのテトとの出会いが描かれ、ナウシカがテトに「怖くない」と語り掛けるシーンもそのまま表現されていた。
ナウシカは、トルメキア皇女クシャナ(中村七之助)と出会い、生まれ育った風の谷を後にすることになる。それが長い旅路になることをナウシカは知らず、メーヴェ(空飛ぶ凧)で広い世界に飛び立っていく……。
白い衣装に銀色の鎧をまとったクシャナは、初登場からナウシカとは対極の存在として描かれる。無邪気な声音でユパや父、谷の人々と接するナウシカと違い、戦争に身を置き軍を率いるクシャナの声は低い。その女形としては低い声に白い衣裳も相まって氷のような印象を受けた。
クシャナ 中村七之助
「蟲愛ずる姫」と「白き魔女」、ふたりの出会いが序幕の大事なシーンのひとつだ。序幕は85分の長丁場だが、映画版『風の谷のナウシカ』のモチーフとなったものが続々と登場し、どんどん物語に引き込まれた。観劇前は「歌舞伎でどう表現するんだろう?」と誰もが考えただろう蟲や腐海の描写がとても丁寧で、また、非常に歌舞伎と相性がよかった。なるほど、「歌舞伎で表現したい」と感じたことも納得。
王蟲や大王ヤンマなどの蟲たちを再現した舞台セットは、状況によって差金を用いた表現から一転、蟲と人の立廻りでは人間の体に巻き付けた蟲まで、様々に用いられる。
メーヴェをはじめとする『風の谷のナウシカ』ならではの乗り物も続々登場し、近未来SFとしての顔とファンタジーの名作としての顔を融合させていた。中でもメーヴェが初登場しナウシカが飛び立つシーンは、宙乗りではないある仕掛けが施されており、観客からは思わず「なるほど!」と声が漏れるほど、様々な演出がある。
もちろん、宙乗りでナウシカが飛び立つシーンもある。メーヴェに乗って穏やかに手を振るナウシカは、「姫姉さま!」と声をかけたくなる笑顔だった。
ナウシカ 尾上菊之助
そんな壮大な世界観を再現した一座に、大きな拍手が贈られた。
■二幕目 悪魔の法の復活
二幕目以降は、映画版では描かれなかった『風の谷のナウシカ』の、より深い世界に物語は移っていく。
ユパ(尾上松也)は腐海の秘密を探る旅をしている剣士。旅の途中、「悪魔の法」を復活させようとする土鬼(ドルク)の動きを知る。悪魔の法とは、土鬼の神聖皇帝が封じた、生命を作り出す力(クローン技術のようなもの)。悪魔の法を復活させ、王蟲を複製し、生物兵器として利用しようとしている。それを止めるため、ユパは単身、腐海の中の施設に乗り込む。
大量の水が使われた、本水での立ち回りは圧巻。これぞ古典歌舞伎のエンターテインメント。ユパらしい力強い立廻り、階段を何段も飛び降りる姿は、腐海最強の剣士の呼び名も頷けるシーンだった。
また、土鬼の皇弟ミラルパ(坂東巳之助)の、「超常の力」も見どころのひとつ。ミラルパはナウシカの王蟲を慈しみ尊ぶ心を、古の邪教と忌み嫌い、目の敵にしている役どころ。
ミラルパは青い隈取をされた、歌舞伎ではおなじみの高貴な身の上の敵役として登場する。隈取のキャラクターが少ない中で、その青い隈取はとても強いインパクトがある。彼が感情をむき出しにしてナウシカに迫るシーンは見ていて思わずぞっとするほど。深い闇を抱えるミラルパの登場で、物語はさらに加速する。
■三幕目 白き魔女、血の道を征く
三幕目は、完璧で冷徹な皇女として描かれてきたクシャナの葛藤が、はじめて明かされた。クシャナは、土鬼侵攻作戦で取り残された部下たち第三軍と無事合流。ナウシカもクシャナと行動を共にする。
そんな中ナウシカは、第三軍と合流した本陣内で、敵国の捕虜をトルメキア本国に送るために連行している現場に遭遇する。戦争に加担したわけではない民が捕虜とされ、奴隷として売買されていく現実に衝撃を受ける。戦に向かうクシャナの支度を手伝いつつ、ナウシカは捕虜の釈放を願う。

(左から)ナウシカ 尾上菊之助、クシャナ 中村七之助

ナウシカとクシャナが、舞台上でたったふたりきりになるこのシーンが、強く印象に残っている。クシャナの生まれたトルメキア王家の紋章は、絡み合う双頭の蛇。クシャナは、その紋章が毒蛇同士が食らい合うのだと言ってはばからない。「白き魔女」「賢い女は好きではない」と王である父や兄たちから遠ざけられていることを自覚している。
ナウシカは風の谷の姫として愛され、相手に心を痛めて寄り添うことが出来る。また、勇敢で自ら道を切り開いてきたものの、師と仰ぐユパの教えを守り、誰の命も奪ったことはない。世界で忌み嫌われる蟲を愛し、腐海を遊び場として育った姫であり、その姿勢を風の谷の民たちも誇りに思っている。
そんなナウシカにクシャナは「手を汚せ」と命じる。驚くナウシカにクシャナは快活に笑ってみせる。自分の手を血で染める覚悟があるのか問うクシャナに、ナウシカの出した答えは……。

ナウシカの大きな変化が訪れる三幕目で、昼の部は終わりを告げた。荒廃した世界で無垢な少女として育ってきた「蟲愛ずる姫」がどう変化していくのか、是非新橋演舞場で見届けていただきたい。各キャストが、登場人物に絶妙にマッチし、歌舞伎で描かれる「風の谷」の説得力もとても素晴らしい。複雑な世界観を衣裳の違いで視覚的に見せる試みもしっかりはまり、ナウシカという少女の旅路を彩っている。
新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』は、少女ナウシカの成長譚。しかし、Wヒロインであるクシャナの葛藤が徐々に露わになる姿も、クシャナというキャラクターをより魅力的、また、立体的にしていたように思う。無邪気なナウシカが決断を迫られ、冷徹なクシャナが人間味をみせる。ふたりのヒロインが辿る運命の物語として、新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』は歌舞伎の世界で、新たなる表現の広がりを見せていた。
本公演は新橋演舞場にて、12月6日(金)から25日(水)まで上演される。また、公演前から話題沸騰の今作は、2020年2月にライブビューイングも決定。全国の映画館で昼の部を前編、夜の部を後編として各1週間限定上演される。
写真=オフィシャル提供

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