U2ボノの息子が率いるバンド、INHAL
ERが初来日を果たす

U2が来日公演を行った。
13年ぶりの来日公演ということで否が応にも期待は高まったが、1987年発表の名盤『ヨシュア・トゥリー』を完全再現をするツアーの一環としての来日公演だったためその盛り上がりは尋常ではなかった。
もう、60を目前にした年齢に達しているバンドは、そのことを微塵も感じさせないパワフル且つエッジ―な演奏を見せ、まだまだ現役であることを強烈にアピールしたステージだったし、世界最高峰と謳われるバンドの底力はとてつもないものだった。
そんな熱狂を生んだ会場の外では、ひっそりと、ある無名バンドの来日公演ライブの告知フライヤーが配られていた。そのフライヤーに気がついた人は、そしてそれを手にした人はいったい何人いたであろう。
そのフライヤーの主は、INHALER(インヘイラー)。
「吸入器」という意味の名を持つこのバンドは、この2日間公演でトータル8万人を魅了したU2のフロントマンであるボノの息子が率いるバンドなのだ。
INHALERは、ボーカル&ギターのElijah Hewson(イライジャ・ヒューソン)、ギターのJosh Jenkinson(ジョシュ・ジェンキンソン)、ベースのRobert Keating(ロバート・キーティング)、ドラムのRyan McMahon(ライアン・マクマホン)からなる4人組。
アイルランドのダブリンでスクール・バンドとして結成され、2018年に2曲入りのシングル「I Want You」を発表。2019年にはそれぞれ同じく2曲入りのシングル「It Won’ t Always Be Like This」と「My Honest Face」をリリースし、ノエル・ギャラガーズ・ハイ・フライング・バーズ、ザ・コーティナーズ、DMAsなどのライヴのサポート・アクトを務める。来年にはカサビアンのサポートを務めることも決まっているらしい。このようなサポートへの抜擢のみならず、それほど大きいステージではないにしろ、この夏にはフェスにも参戦し始め、徐々にだが注目を集め始めた。
そして、2019年9月にはメジャー・デビュー・シングルとなる「Ice Cream Sundae」を配信リリースし、このリリースを受けて2020年2月8日に渋谷ストリーム・ホールでの初来日公演が発表された。
まだ、メジャーで1曲のみを発表しただけで、メジャー以前でも2曲入りのシングルを3枚だけ、トータルで7曲しか発表していない新人バンドがいきなり来日公演を敢行するというのはとても珍しいことだ。それは、U2のボノの息子であるという事実に焦点が当てられて、親の七光り的な扱いが理由だと揶揄する向きもあろう。その事実は否定できない側面があるとしても、このINHALERにはそれだけでは終わらない、原石としての光が宿っていることも事実だ。
本国でもそうだが、今回発表された来日公演のプロモーションの手法を見てみても、U2のボノの息子という事実には極力触れていないどころか、ほぼその側面はスルーされている印象を受ける。息子であるという事実にはほとんど触れずに、音楽的な特徴と、現段階での実績のみで、正面から突破しようという意気込みが感じられる。そんなプロモーション環境の最中で、こんな記事を執筆することに、若干の後ろめたさを感じるほどに。
その手法には好感を覚え、深く頷くくらい賛同できるというのが素直な感想だ。それぐらいINHALERには魅力が感じられるし、楽曲そのものの良さが際立っている。ここまで心躍る新人は、本当に久しぶりだ。
いくら言葉で語るよりも、実際に聴いてもらう方が説得力があるので、この度発表されたメジャー第一弾シングルにたどり着くまでのシングルを順に追ってみてみたい。
まず、2018年に発表された「I Want You」。
シンプルでフォーキーな印象の小品。演奏にもまだラフさが残り、まさに10代のバンドのキラキラ感が詰まった1曲と言える。The Stone Roses(ザ・ストーン・ローゼス)、Joy Division(ジョイ・デヴィジョン)、The LA's(ザ・ラーズ)などに近い感触がある。
次に2019年に発表の「It Won’ t Always Be Like This」。
ミッド・テンポでキャッチーなメロディーが印象的な楽曲。バキッとしたベースが8を刻む中、ギターのストロークが巧みに楽曲全体を貫き、バンド・アンサンブルに魅力を感じることができる。
そして、2019年発表でインディーとしては最後のリリースとなった「My Honest Face」。

疾走感溢れるこの曲にはイントロから引き込まれ、Aメロの全員が4分のリズムを刻むアレンジにグッと心を掴まれる出色の出来。ギターのスライド奏法での裏メロも楽曲の大きなフックの一つとなっていて、バンドのオリジナリティが格段と上がっているような印象を受ける。
そして、メジャー・デビュー・シングルとなる「Ice Cream Sundae」。
こちらは、バンド・サウンドもボーカルの表現もグッと色気が増し、このバンドの魅力がより分かりやすく込められている印象。この楽曲で聴くことのできる甘さは、単に甘いだけでなく、毒気をも併せ持ち、それが聴けば聴くほどにハマっていく中毒性に繋がっている気がする。

プロフィールには、「自分たちが好きなザ・ストーン・ローゼズ、ジョイ・ディヴィジョン、デペッシュ・モード、インターポール、ザ・キュアーなどから受けたインスピレーションをブレンドした楽曲作りを始め、やがて独自のサウンドへと昇華させていった」とあるが、様々なバンドからの影響を感じさせながらも、今の時点でもう十二分にINHALERとしての独自性を覗かせている点で、多くの新人バンドと一線を画していると言っていいだろう。
そして、やはり避けて通れないのが、U2そして、U2のボーカリストであるボノとの比較だ。
INHALERのボーカルであるイライジャは、やはりボノの声に非常によく似ている。特に、高音で声を張り上げる際にとても近いものを感じる。これはボノのボーカリストとしての魅力を語る上で必須の要素でもある。当たり前ではあるが父親に歌声が似ているという点を利点ととるか、マイナス点ととるかでこのバンドへの評価は変わってくるだろう。
また、U2のサウンドに馴染んだ長年のファンからすると、INHALERのサウンドは初期のU2を彷彿とさせる。事実、ネットでの評価を見ても、初期U2を引き合いに出して語っている意見を多く見ることができる。
一番言い得て妙だと膝を打ったのは、「INHALERは、U2のOctober期のアウト・テイクの様だ」という表現の感想だ。『October(オクトーバー)』とは1981年に発表されたU2のセカンド・アルバムで、まだバンド・サウンドに荒々しさが強く残っており、それが最大の魅力でもあった。
これを筆者は批判ではなく、ポジティブな意味として受け取った。それぐらい、INHALERのバンドとしての荒さは魅力的であるし、そして初期のボノを彷彿とさせるボーカルもまた最高に魅力的だ。親子である限りは、声が似てしまうだろう。それを、ウィーク・ポイントとはせずに、堂々と表に出すこと。それは、そのまま、新たな魅力となって多くの新人バンドとの差別化を図ることに成功していると見ることもできる。
約70年を経たロックの歴史の中で、スターの2世が登場した例はあまたある。
例えば、元The Police(ザ・ポリス)であるSting(スティング)の息子のJoe Sumner(ジョー・サムナー)は、Fiction Plane(フィクション・プレイン)というバンドを率いている。このバンドは、無名に近いと言っていい。そして、このバンドはStingの息子であるという事実を最大限に利用している。いや、利用しているというより、Stingが全面的にバックアップしているということなのだろう。Stingは息子のバンドを自らのワールド・ツアーに帯同させ、オープニング・アクト(前座)ということではなく、スペシャル・ゲストという名目で登場させている。来日公演でも、何度も連れてきているので、ご覧になった方も多いだろう。残念ながら、Stingのツアー時以外ではこのバンドの名前を聞くことは多くない。
また別のケースでは、子供をバンドのメンバーとして迎えてしまうというものがある。これは、実は多く見られるケースで有名なところで言うと、Van Halen(ヴァン・ヘイレン)の現ベーシストは、ギタリストのEdward Van Halen(エディ・ヴァン・ヘイレン)の息子が務めているし、Cheap Trick(チープ・トリック)の現ドラマーは、ギタリストのRick Nielsen(リック・ニールセン)の息子が務めている。The Eagles(イーグルス)は、故Glenn Frey(グレン・フライ)の穴を、グレンの息子が埋めているというケースまでもある。
ロックの歴史においては様々な親子関係があるが、あまり成功した例は多くない。こんな歴史の中で、このINHALERはまだたった7曲しか発表していないにもかかわらず、強烈な個性を放っている。初期U2に近い匂いは確かにするが、それを真正面から突破する個性の一つとして昇華するという潔さすら感じさせる。2020年代のシーンの真ん中を歩んでいく可能性は十分にあるだろう。
そんなINHALERのステージを実際にこの目で観て、体感することで、その可能性は本物なのかどうかを判断したい。
ちなみに、「My Honest Face」のミュージック・ビデオは元Oasis(オアシス)のNoel Gallagher(ノエル・ギャラガー)の娘であるAnaïs Gallagher(アナイス・ギャラガー)が撮影に参加しており、アーティスト写真の撮影も担当していたこともあるらしい。そういえば、Noel Gallagherは随分早い段階でINHALERを前座に使い、インタビューなどで称賛してもいる。
ボノとノエルは非常に親しく、家族ぐるみの付き合いがあることでも有名でもある。
これは、単にこの2家族の企みだとしても、INHALERはそれを凌駕するほどに十分に魅力的である。それは、事実だ。

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