ミュージカル『アニー』2019年韓国公
演 観劇レポート ~孤児院から逃げた
11歳の少女~

【THE MUSICAL LOVERS】

Season 2ミュージカル『アニー』【第36回】
ミュージカル『アニー』2019年韓国公演観劇レポート ~孤児院から逃げた11歳の少女~
ミュージカル『アニー』韓国公演(韓国キャストによる韓国語上演)が、2019年12月14日(土)から29日(日)にかけて、ソウルの世宗文化会館 大劇場でおこなわれた(全18ステージ)。筆者は12月28日のソワレと12月29日のマチネを観劇した。ここではそのレポートを記す(前年のソウル公演レポートは、連載【第30回】 https://spice.eplus.jp/articles/225582 参照)。
韓国版『アニー』は2006年以来これまで6度開催されており、その全てを世宗文化会館が製作・主催してきた。最新の2019年公演は、韓国で7年ぶりの上演となった2018年の公演に続く上演だった。ただし、演出をはじめ、キャストやスタッフの多くが前年から大幅に変わり、実質的には、ほぼ新しいプロダクションとなった。
今回(2019年)の韓国版『アニー』で演出を務めたのは、ハン・ジンソプである。彼は、これまで『マンマ・ミーア』『宮廷女官チャングムの誓い』『風と共に去りぬ』『レント』『キャッツ』等々、数々の人気作品を韓国で手掛けてきた名うての演出家であり、世宗文化会館に所属するソウル市ミュージカル団の団長も2017年から務めている。前回(2018年)の『アニー』では、彼の一代前の同団長だったキム・ドクナムに演出と脚色を譲ったが、今回(2019年)は、現・団長としての威信をかけて、ハン・ジンソプが自ら芸術総監督兼演出を担当することなった。そして音楽監督にはチャン・ソヨンが新たに起用された。彼女は『兄弟は勇敢だった?!』などの作曲でも知られる俊英である。
そのような新しい『アニー』がソウルで上演されると聞けば、これを見届けないわけにはいかない。かくして筆者は、東京の『アニー』クリスマスコンサート2019を鑑賞後の年の瀬、1年ぶりにソウルへと旅立った。
世宗文化会館『アニー』ラッピング仕様の外階段(夜)
光化門広場に面した世宗文化会館に到着してまず目に飛び込んだのが『アニー』仕様にラッピングされた野外大階段だ。2018年の時はベースカラーが鮮やかな赤だったのが、今回(2019年)はシックな黒が基調になっていた。これは階段だけに限らない。ポスター、フライヤー(チラシ)、パンフレットなど、全てが黒地のテーマカラーで統一されていた。
韓国版『アニー』ポスター(世宗文化会館 大劇場ロビーに掲示)
残念ながら、今回の『アニー』のフライヤー(チラシ)を入手することはできなかった。劇場2階のロビーに演劇のフライヤー置き場があるのだが、筆者が訪れたのは公演期間終了間際の12月28日だったので、もはや『アニー』のそれは無くなっていたのだ。ただし、2020年2月26日現在、チケットサイト「インターパーク」のページ内 http://ticket.interpark.com/Ticket/Goods/Goodsinfo.asp?GoodsCode=P0001712 には、まだ、画像データ化されたフライヤーを参照することができる。
【動画】世宗文化会館 大型街頭ビジョン

劇場正面からロビーに入ると、すぐ左手に「Today's Cast」という掲示ボードが設置されていた。……ここで今回のキャストについて少々説明しよう。
まず、アニー役は前回同様、W(ダブル)キャスト。2019年9月におこわれたオーディションで約90倍の競争率を勝ち抜いた2人、ファン・イェヨンとチェ・ヨヌが務めた。イェヨンは2018年~19年のミュージカル『マチルダ』の韓国版でタイトルロールを演じた実力派だ。一方ヨヌは、『痩せたい豚の話』というファミリーミュージカルのショーケースに出演したことがあるくらいで、本格的なミュージカルの舞台に立つのは今回が初めて。前回の『アニー』オーディションも受けたが落ちてしまい、腹立たしくなって公演も観に行かなかったというが、今回心機一転の再挑戦で難関を突破した。なお、筆者の観た12月28日ソワレはイェヨンの、12月29日マチネはヨヌの最終出演ステージだった。つまり両アニー役の千穐楽に立ち会えたのである。
アニー役:ファン・イェヨン/チェ・ヨヌ(Wキャスト)  ~「Today's Cast」ボードより
日本版(日本テレビ版)の公演では、アニー役のみならず孤児たち(子役)もWキャスト、大人はシングルキャスト、というのが定番である。一方、韓国版では、孤児たちがシングルキャストで、大人のウォーバックス役、ハニガン役、ルースター役はそれぞれWキャストとなっている。
12月28日(土)ソワレ(19:30開演)のキャストは下の写真のとおり。前回(2018年)大統領(ルーズベルト ※当連載ではローズベルトと表記)役を演じていたパク・ソンフンが、この回では大富豪ウォーバックス役を演じていた。逆に前回(2018年)ウォーバックス役を演じ、それ以前にも「韓国のウォーバックスといえばこの人」とまでいわれてきたチュ・ソンジュンが、2019年の舞台では大統領役にまわっていた。
アニー役:ファン・イェヨン、ウォーバックス役:パク・ソンフン(2018年ローズベルト大統領役)、ハニガン役:ファン・ソクジョン、 ルースター役:イ・ギョンジュン(2018年から続投)、グレース役:イ・ヨンギョン(シングルキャスト/2018年から続投)、リリー役:ウー・ヒョナ(シングルキャスト)、ローズベルト大統領役:チュ・ソンジュン(シングルキャスト/2018年ウォーバックス役)
12月29日(日)マチネ(15:00開演)のキャストは下の写真のとおり。2018年にリリー役だったユ・ミが、この回のハニガン役を演じていた。
アニー役:チェ・ヨヌ、ウォーバックス役:キム・ソックン、ハニガン役:ユ・ミ(2018年リリー役)、 ルースター役:ホ・ドヨン(2018年から続投)、グレース役:イ・ヨンギョン(シングルキャスト/2018年から続投)、リリー役:ウー・ヒョナ(シングルキャスト)、ローズベルト大統領役:チュ・ソンジュン(シングルキャスト/2018年ウォーバックス役)
前回(2018年)の韓国版『アニー』では、孤児院出入りの洗濯屋バンドルズがまるでフーバービルのリーダーであるかのように振る舞うなど、独自の脚色が施された場面が幾つもあった。しかし今回(2019年)の韓国版『アニー』のストーリーは、概ねブロードウェイのオリジナル版に沿っていた。ちなみに日本でも、2017年からの山田和也演出版はブロードウェイのオリジナル版に沿っている。とはいえ、今回(2019年)の上演にも多少は韓国だけの演出が織り交ぜられていた。こうした2019年の特筆点や、2018年と2019年における相違点について、今回のストーリーを辿りながら言及していきたい。
世宗文化会館 大劇場の各座席裏にはデジタルサイネージが設置されている
開演時間が近づくと「こんにちは、アニーだよ!」と、アニー役本人によるアナウンスが流れる。「携帯電話を切ってください」など、それぞれの注意事項毎に「いいですか?」と確認を求められ、観客が全てに「ネー(はい)」と答えたら程なくして客電が落ち、オケピに指揮者が登場、オーバーチュア(序曲)の演奏が始まる。
開演前から舞台上では黒の紗幕(光が透過する薄い幕)に『Annie』のロゴが映し出されているのだが、音楽の進行と共に、ロゴの周囲に施されたクリスマスの装飾(ベルやリースなど)が揺れ動いたり、バックに雪が降るなど、デジタル時代の洒落た映像効果が美しく魅せる。これを見せたいがために、今回のテーマカラーを黒にしたのではないかと思わせるほどだ。さらにオーバーチュア終盤ではロゴがスーッと消え、紗幕の向こうにニューヨークの街が浮かび上がってくる趣向も心憎い。その街にも雪が降り、建物の窓に明かりが灯される頃には序曲が終わり幕が上がる。すると、すぐさま「Maybe」がアニーによって歌われる。これもまた今回ならではの独自の始まり方であった。

■人名復活
前回(2018年)の韓国版『アニー』には、細かい固有名詞や情報を極力省いて話の大幹をわかりやすく見せていく、というコンセプトがあった。その顕著な例が人名であった。孤児院の院長ハニガンは「院長先生」、洗濯屋のバンドルズは「アジョシ(おじさん)」、その他ウォーバックス邸のメイドなども個々の名前は呼ばれていなかった。
しかしブロードウェイのオリジナル版に沿った今回(2019年)は、元の台本通りに登場人物たちの名前が呼ばれていた。だから、2018年にはウォーバックス邸で「アガシ(お嬢さん)」としか呼ばれなかったアニーも、今回きちんと「アニーアガシ(アニーお嬢さん)」と呼ばれていた。また、ウォーバックスがクリスマスパーティーに誰を呼ぼうかという時にも「ベーブ・ルース」「蒋介石夫人」といった人名が挙がる。また「ブランダイス判事」も養子縁組手続きのために呼ばれた。
さらに、2018年にカットされた細かいディテールも、今回、軒並み復活した。アニーが自分の賢さをグレース秘書に示そうと「ミシシッピ」の綴りを誇らしげに言うところや、カットされていた曲「Something Was Missing」も戻った。
ウォーバックスがアニーに贈ろうとするモッコリ(=ペンダント)も、2018年はどこで買ってきたものか不明な赤い箱に入っていたが、2019年はティファニーブルーの箱が用意されて、それがティファニーで購入されたことが明確に示されていた。
ただ、全部がオリジナル版のとおりというわけでもなく、例えば2012年~2014年のブロードウェイ・リヴァイヴァル公演でも、また2017年以降の日本版公演でもウケているのを耳にしたことがない「ハーポ・マルクスから、ウォーバックスの留守中に電話がかかってきたけれど、何も言わなかった」のくだりは、2018年同様カットされていた。もはや「マルクス・ブラザーズで喋らないキャラクターのハーポ」が伝わる観客やスタッフは存在しないのだろうか……?
それから、韓国版独自の要素が付加されている場面もあった。長期出張から帰ったウォーバックスのために、料理長ピューは夕食を準備している。劇中では語られないがウォーバックスの好物はローストビーフとヨークシャープディングであり、ピューは心をこめてそれらを用意しているはずなのだ。ただし今回劇中で用意されていた夕食はなぜか「ケンタッキー・フライド・チキン」だった。「夕食はいらない」と言われても、「あ、そうですか」と、特に気にしない様子だった。ちなみに、カーネル・サンダースがケンタッキー州のガソリンスタンドでフライドチキンを始めたのは1934年からで、『アニー』の舞台である1933年のニューヨークにはまだ存在していない。
ウォーバックス役:キム・ソックン/パク・ソンフン(Wキャスト)  ~「Today's Cast」ボードより

■「ケンチャナヨー」あつかましく逞しいアニー
前回(2018年)の韓国版『アニー』は、全体的にファンシーでかわいらしい雰囲気の中、アニー役2人(Wキャスト)も「幼さ」が強調され、愛嬌いっぱいに演じていた。
一方、今回(2019年)のアニー役2人は、時にふてぶてしく、堂々と、強気に振る舞い、生命力にあふれていた。孤児院を脱走した先、失業者たちがバラック小屋で暮らすフーバービルでは、そこで暮らすソフィが作った煮込みに皆が行列している(韓国版は大人アンサンブルが多く、20名以上の失業者たちが並んでいた)。そこにアニーがやってきて、「お腹は空いていない、けど犬は空いているかも……」と言って煮込みをもらう場面、彼女1人だけお膳を用意してもらって、舞台センターでもりもりと食べる。そんなアニーを、まだ食事にありつけていない失業者たちはビックリして見つめる……。
今回のアニーはウォーバックス邸でも、まったく物おじすることなく、ウォーバックスに軽やかな口調で「アラヨー、ケンチャナヨー(わかってるから、大丈夫よぉ~)」と言ったりする。その姿は、人生のベテランといった風格を漂わせる。そういえば孤児院にいる時のアニーのような、クルクルヘアで色とりどりの重ね着をして、親しく話しかけてくるおばさまを、南大門などソウルのいろんな商店で見かける。そんな彼女たちの口調にアニーの「ケンチャナヨー」はソックリでもあった(意識してそういう演出をしているようにも思える)。
そんな明るいアニーも、後にウォーバックスから新しいモッコリ(=ペンダント)が贈られ、自分がつけているボロボロのモッコリをはずされそうになった時、「これは、父さんと母さんが、孤児院に自分を置いていく時につけていってくれたものなんだ。他の子と間違えないように。手紙もあったんだよ」と拒むシーンでは、けっして感情的に早口にまくしたてることなく、ゆっくりと丁寧に語りかけていた。ウォーバックスや皆を傷つけないように、静かに、わかりやすく伝わるように……。いつも元気であつかましくもあった韓国アニーの、そのギャップに思わず涙してしまった筆者だった。

■圧巻のハニガン
ミュージカル『アニー』は、少女が周囲にもたらすプラスの影響を描くだけではない。小さな子どもたちの騒々しさ、イタズラっぷりというマイナス面もきちんと描かれている。日々それに悩まされているのが、孤児院の院長ハニガンである。
今回(2019年)のハニガン役はファン・ソクジョンとユ・ミのWキャストであった。2人とも迫力ある歌唱力が見事だったが、特にファン・ソクジョンの印象が強烈だった。セリフではなくホイッスルの音色で洗濯屋バンドルズへの慕情を表現。孤児院の孤児たちを散歩に連れ出す際には、ホイッスルだけで「メリーさんの羊」の節を吹く。くまのぬいぐるみを男性に見立て、「子どもじゃなくて男性に抱かれてみたい」気持ちを腰をふりふりセクシーに表現。孤児院を脱走したアニーを連れてきてくれた警官には、(実在しない)ココアとクッキーを強力にすすめていた。アニーがクリスマス休暇をウォーバックスの家で過ごすべく、ウォーバックスの秘書グレースに連れられて出ていった際に、ハニガンが子どもへの憎しみを込めて歌うのが「Little Girls(Reprise)」なのだが、その前奏で「ク・リ・ス・マ・スーー!!クリスマス!!」と激怒しながら大股で舞台じゅうを闊歩!その大声と、客席に迫ってくるような大迫力に、客席も大爆笑!ラジオでヘレン・トレントのソープ・オペラを聴く場面は、なぜかノリノリで踊っているし、終盤、ウォーバックス邸のクリスマスパーティー会場では、孤児たちよりも先にプレゼントをゲットするべくダッシュ。どの場面でも自由奔放な演技で会場を笑いへと導いていた。
ハニガン役:ファン・ソクジョン/ユ・ミ(Wキャスト)  ~「Today's Cast」ボードより

■ニューヨークへの憧れあふれる「N.Y.C.」
ウォーバックスがリードボーカルをとる第一幕の白眉「N.Y.C.」。開演前『Annie』ロゴが映し出され、雪が降るなどの趣向が凝らされてた幕が、この場面でも効果的に使われいた。下りた幕の前にウォーバックスだけが立つ。幕には1933年当時の、実際のニューヨークの風景が次々と映し出される。幕が開くとそこはダンスキッズ……ではなく大人のダンサーたちが踊り、ブロードウェイのネオンが輝く。何よりも、「N.Y.C.」の間奏中に名曲「ニューヨーク・ニューヨーク」の一節が重なる瞬間があるのがシビれる。ミュージカル『アニー』は1977年4月21日にブロードウェイのアルヴィン・シアターで初演されたが、この曲も1977年に公開された映画『New York, New York』(マーティン・スコセッシ監督)のために書かれた楽曲だ(後にフランク。シナトラがカヴァーして大ヒット)。1933年の『アニー』の舞台のみならず、『アニー』が世に出た当時のニューヨークのエレメントも織り込んだ、チャン・ソヨン音楽監督の粋なアレンジで魅せてくれた。
グレイス役:イ・ヨンギョン  ~「Today's Cast」ボードより

■サンディ変更!
前回(2018年)の韓国版『アニー』では、アニーの相棒・サンディ役にキャスティングされたのが、韓国で「歌う犬」として有名だったタルボンイだったため、アニーと一緒に歌って(吠えて)しまい、名曲「Tomorrow」でアニーの歌唱がかき消されてしまう問題が生じていた。そこで、今回(2019年)はスドンイという犬がサンディ役に選ばれた。スドンイはお利口で、一度も吠えずに「演技」をし通した! 最優秀ミュージカル犬優賞を差し上げたい。
サンディ役:スドンイ(犬)  ~「Today's Cast」ボードより
【動画】「Maybe」「Tomorrow」プレスコール。2:30~スドンイ登場。後半では落ち着きを失っているが、公演本番ではおとなしかった。

■めっちゃ可愛い「Fully Dressed」の振付
第二幕冒頭。アニーの両親探しのために、ウォーバックスとアニーがラジオショーに出演している。ラジオの形に作られた枠の中が放送スタジオになっており、そのセットの下手側の奥には孤児院の部屋が同じ舞台上に見える。そこでは孤児たちが集まってラジオを聴いている。ラジオで「アニーの両親への賞金は5万ドル」と明かされると、孤児たちが大騒ぎする反応も見える。
孤児たちがラジオ番組マスコットであるボイラン・シスターズのマネをして歌い踊るシーンの「いつも笑ってみて!(You're Never Fully Dressed Without A Smile)」は、「トゥットゥルルッル トゥットゥルルッル トゥットゥットゥットゥットゥットゥットゥ~」から始まる独自のアレンジだ。振付は前回(2018年)と同じ。というか、韓国版『アニー』でいろんなスタッフが代替わりする中で、振付だけは2006年の初演以来、ソ・ビョングが継続して担当してきた。「Fully Dressed」の可愛らしい振付は変えなくて正解だと筆者も思う。
【動画】「You're Never Fully Dressed Without A Smile」プレスコール

振付がめっちゃ可愛いのでマネする筆者  (世宗文化会館 大劇場ロビー)
振付がめっちゃ可愛いのでマネする筆者  (世宗文化会館 大劇場ロビー)

なお、韓国版『アニー』はアニー以外に孤児が7人いる。これはオリジナル版より1人多い。そのため、セリフの割り当てやキャラクター設定がオリジナルと異なる。それでも『アニー』において、最年少孤児モリーの役割が多いのは共通している。何かとハニガンにちょっかいをかけては、「きゃ、やっちゃったあ☆」という素振りでアピールするモリーは、めちゃくちゃキュートだった。しかし幼さを捨て演技力だけで勝負する場面も多い。ハニガンに「バア!」と脅かされて「バア!」と返す声量は全力、「It's The Hard-Knock Life」では、お酒を飲む姿も千鳥足も、完全に酔っ払いそのもの。曲のエンディングを一節多くしてモリーだけ(酔っぱらって)倒れる、という趣向も楽しく、「あっぱれ、モリー!」と声をかけたくなった。
【動画】「Maybe」「It's The Hard-Knock Life」プレスコール。最後のモリーに注目!
ペパー役:キム・ダンビ、ダフィ役:キム・テフィ、ジュライ役:ムン・ソジン、テシー役:イ・ソンウン、ティナ役:ソン・ハヨン、ケイト役:オ・ミソン、モリー役:ユッ・エソ  ~「Today's Cast」ボードより

■大統領が立っ……座った!
続いて第二幕、ホワイトハウスのシーン。前回(2018年)公演では閣僚たちの名前が省かれ、かつ、ローズベルト大統領が立つ(以後、歩く)など、斬新な演出が施されていた。今回(2019年)は、カットされていたウォーバックスのセリフ「クーリッジ大統領の言葉を借りれば『アメリカ人の本業はビジネスにあり』」も復活し、閣僚たちもパーキンズ、コーデル・ハル、モーゲンソウ、イクス(イッキーズ)、大統領の車椅子を押すのはルイス・ハウ、とそれぞれ紹介された。ただし史実では女性だったパーキンズを男優が男性として、男性だったルイス・ハウを女優が女性としてそれぞれ演じていたのが些か気にかかる……。
日本版では2017年に演出が山田和也に変わって以降、ハロルド・イクス(ハロルド・イッキーズ)が大統領に指示されて「Tomorrow」を音痴に歌い出す場面が非常に印象的である。しかし2019年韓国版ではか細いながらも音程を外すことはない。その間にも隣の閣僚は「次は自分だ」といわんばかりに、喉を整えるしぐさをしている。大統領が次の人を指名しようとすると、車椅子を押す女性のルイス・ハウが急に割り込んで、ものすごい美声で声量たっぷりに歌い上げた。喉をととのえていた閣僚も「?!」と唖然の表情をするのが可笑しい。
さて前回(2018年)韓国版では、ニュー・ディール政策を思いついた大統領が車椅子から急に立ち上がり、以降、ウォーバックス邸のクリスマスパーティーにも杖をつきながら徒歩で来ていた。さすがに今回(2019年)は、一度は頑張って立ち上がってはみるものの、以後は車椅子に座った状態に戻る。
ローズベルト大統領役:チュ・ソンジュン  ~「Today's Cast」ボードより
本筋と関係ないのだが、ホワイトハウスに飾られている歴代大統領写真の中に、心なしか、日本版でウォーバックスを演じている藤本隆宏に似ているものがあった。あれは誰という設定なのだろう?
そういえば、今回(2019年)の韓国版には、ウォーバックス邸の執事ドレイクが「ヤッホー!」と足をクロスして飛び跳ねるシーンがあったが、これは日本版の鹿志村篤臣ドレイクそのものだった。また、前回(2018年)もそうだったが、本来は男性向けの内容であるところの「You're Never Fully Dressed Without A Smile」が女子向けの歌詞になっているのは日本版歌詞と同じである。このように、韓国版『アニー』には、もしかすると日本版に影響されているのかなと思える箇所も時折見かけたが、まあ、それは筆者の考えすぎかもしれない……。
会場ロビーには、ナム・ジュン・パイクのビデオアート作品が展示されている

■グッズの新作
『アニー』を観劇する楽しみのひとつがグッズ購入だ。世宗文化会館の売り場では、2018年に引き続きエコバッグ、缶バッチセット、えんぴつセット、ピンズ(アニーの顔、ロゴ)、マグカップ3種類、そして今回は新作のポーチが2つ加わった。前回同様、商品を入れてくれる透明プラスチックバッグもAnnieロゴ入りで、とっておきたくなるデザインだ。
『アニー』グッズのディスプレイ
ポーチ
プラスチックバッグ

■孤児院から逃げた11歳の少女
さて今回の渡韓中、筆者は『アニー』だけでなく、大学路(テハンノ)で小規模な演劇を鑑賞した。それはスウェーデン人作家ヨナス・ヨナソンの小説『窓から逃げた100歳老人』を舞台化した同名(韓国語では『창문 넘어 도망친 100세 노인』)のストレートプレイだった。出演者は5人だけだが、それぞれが何役もの登場人物を演じる。
『窓から逃げた100歳老人』フライヤー
原作小説は全世界で1,000万部を突破したベストセラーであり、映画にもなった(日本では『100歳の華麗なる冒険』のタイトルで2014年に公開)ので、ご存知の方も多いだろう。
【動画】『100歳の華麗なる冒険』映画予告編

1905年にこの世に生を受け、2005年に老人施設で100歳を迎えた老人アランが、自分の誕生日パーティの当日に施設の窓から脱走、バス発着所でたまたま居合わせたギャングから大金を預かったままバスに乗る。施設から通報を受けた警察およびギャング、両方から追われる身となるアラン。その逃亡劇の中にアランの回想が混ざり合う。アランは子どもの頃から爆弾づくりに興じ、その才能が買われ、フランコ将軍、オッペンハイマー、トルーマン、チャーチル、スターリン、毛沢東、ドゴールらと出会ってきたのだ。20世紀の要人、歴史的事件、国際情勢の節目で、いつもその傍らにアランがいた、という数奇で痛快な物語だ。
【動画】『窓から逃げた100歳老人』プレスコール
【動画】『窓から逃げた100歳老人』プレスコール

一方、1922年10月28日に生まれたアニーは劇中11歳という設定である。『窓から逃げた100歳老人』は、主人公の冒険が10歳から描かれるので、ちょうどアニーくらいの年齢から冒険を繰り返してきたことになる。そして『アニー』の舞台は1933年12月。つまり『窓から逃げた~』と時代が重なる部分もある。トルーマンは、『アニー』に出てくるローズベルト大統領の死後、副大統領から大統領に就任した人物だ(『窓から逃げた~』劇中でも副大統領から大統領に昇格していた)。『アニー』にその名が出てくる蒋介石夫人も、『窓から逃げた~』に登場していた。
アニーは孤児院にいたままだったらグレースに選ばれることなく、ウォーバックス邸に行くことにはならなかったかもしれない。しかしアニーが孤児院から逃げ出したことで、自らの運命を大きく動かした。ウォーバックスとともにホワイトハウスに出向き、ローズベルト大統領および閣僚たちがニュー・ディール政策を思いつく手がかりを与えた。アメリカ合衆国が大恐慌から一歩脱出するきっかけはアニーだった。その他ロック・フェラー、バーナード・バルーク、ハーポ・マルクス、ベーブ・ルース、蒋介石夫人など、『アニー』には実在の人物の名前が多数出てくる。ヨナス・ヨナソンなら『孤児院から逃げた11歳の少女』と称し、彼らすべてと関わらせるかもしれない。1922年生まれのアニーは、生きていたら今年(2020年)98歳になる。アニーが老人施設の窓から抜け出し、幼き頃の偉業を回想しながら、新たな冒険に繰り出す。アニーになりたい歴33年を迎える筆者は、そんな『窓から逃げた100歳のアニー』を夢想している。
『窓から逃げた100歳老人』舞台セット写真(終演後撮影可)

取材・文・撮影:ヨコウチ会長

<参考資料>
トーマス・ミーハン著 三辺律子訳『アニー』(2014年、あすなろ書房)
・Thomas Meehan『Annie -A novel based on the beloved musical!-』(2013年、Puffin Books)
・ヨナス・ヨナソン著 柳瀬尚紀訳『窓から逃げた100歳老人』(2014年、西村書店)
・DVD『100歳の華麗なる冒険』(2015年、角川書店)

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