MOROHAアフロの『逢いたい、相対。』
第二十一回目のゲストは伊集院 光 
本当の欲望は何かをシンプルに考える
ことが必要

MOROHAアフロの『逢いたい、相対。』、第二十一回目のゲストは伊集院 光。そもそも今回の対談が実現した経緯は、伊集院がパーソナリティーを務めている人気ラジオ番組TBSラジオ『月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』でMOROHAの楽曲を度々流すようになったことがキッカケである。またアフロ自身も伊集院のラジオ番組を愛聴する熱心なリスナーであり、著書も集めるほど会いたかった1人だと言う。2人が会話の中で導き出したのは、ラジオとラップの意外な共通点だった。
●「MOROHAはすごく良いんだけど、深夜放送を聴いているリスナーをえぐりすぎて賛否が出ると思うよ」という話をしました●
伊集院:よろしくお願いします。MOROHAを聴きまくってる大ファンってとこまでは行ってないんで、もしも失礼があったらゴメンなさい。
アフロ:とんでもないです! そもそも、どこで俺らを知ってくださったんですか?
伊集院:深夜ラジオのDJとはいいつつも、僕はほとんど楽曲を選ぶことをしなくて、基本は金子(洋平)という担当ディレクターに任せているんです。ある日、彼がMOROHAのCDを持ってきまして。最初に「宿命」を聴いたんですけど、その時、金子Dと「これを生放送で(『JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力』の放送時間はAM1:00 - 3:00)流してしまうと深夜にリスナーをえぐりすぎちゃうんじゃないか」と心配をしたことかな。「MOROHAはすごく良いんだけど、深夜放送を聴いているリスナーをえぐりすぎて賛否出ると思うよ」という話をしました。そういう相談するのは珍しいケースでしたね。
アフロ:番組を聴いていると若手のインディーズバンドの曲もかかるので、伊集院さんがチョイスしているのかなと思ってました。あれは金子さんが選んでいたんですね。
伊集院:そうですね。自分の直感的なファッションセンスや音楽センスに対しては、いつも一旦疑ってしまうから他人に任せたいところがあって。それで気に入れば「あのバンドをもう一回かけてくれ」と言うことはあるんですけど。
アフロ:今まで伊集院さんが引っかかったアーティストは誰ですか?
伊集院:フラワーカンパニーズとか友川カズキかなぁ。あとはECDが急に刺さって、一時期はECDばっかりをかけている頃もありましたね。
アフロ:我々の曲を最初にかけてくださった時、「この時間にかけたら刺さる曲ではあるな」と言ってくださったじゃないですか。曲をかけた後に、その曲に対して喋ってくれることは滅多にないので嬉しかったです。
伊集院:そうか、生放送でも喋ったんだっけ。多分それを正直に喋った理由は、リスナーに「ちょっと痛い刺さり方をしたとしても、それは普通のコトだ」と思ってほしいという僕の保身があったと思う。自分が他人から一番言われたくないことを突きつけられた瞬間って、受け入れられた時はその相手をリスペクトするし、受け入れられない時は嫌悪感を抱く。MOROHAはその瀬戸際にあると思いました。「宿命」の中にある<あの頃のこと黒歴史だって笑ってる俺達はあの頃の俺達から見たらいったい何色の未来なんだろうね?>という言葉って、あまりに力がありすぎて、深夜の悶々とラジオを聴いている時に不意打ちされたら、尊敬と嫌悪のどっちかに大きく振れるだろうと思ったんだ。
アフロ:先ほどファッションと音楽を一度受け入れてから、自分の感覚を疑うと話してましたが、俺もその感覚がずっとあって。基本的に俺は何でも否定から入っちゃうんです。それでも好きにならざるを得なかったものというか、むしろ負けたなと思ったものだけが信用できるという気持ちで向き合ってきました。俺の腕組みを力づくで解いてきて胸を痛めつける、ということは自分の核心を突いているんだなと。
伊集院:あと、ここまで抵抗しているということは、もはやほぼ「負け」を認めざるをえないという「ひれ伏すフェーズ」に入っているんだろうなと。最初のうちは「痛いから嫌」で良かったんだけど、「ここまで痛いということは認めざるを得ないんだろうな」と。さらに、今52歳になって変わってきたのは「嫌悪の先にしか発見がない」ということで。「嫌かも」と思ったものを掘っていくのが癖になってきてる。マゾ。結局、この執念深い性格で長年突き詰めてきた好きなことには「もう知っていること」か「これ以上、知りようのないこと」の2通りしか残ってないと思う。逆に、ものすごく嫌ってきたものの中には、好きになり過ぎるのが怖いくて無理やり遠ざけたものがあるかもと。だから今、根っから馬鹿にしていた「犬を飼うこと」「自転車に乗ること」「ランニングをすること」「ディズニーランドへ行くこと」このあたり全部やってます。
アフロ:俺にとっては(自身の頭を指差して)まさにコレがそうなんです。俺、ずっと丸坊主だったんですよ。「自分はコレだ」と決めて、周りもそれを受け入れてくれてる安心感ったらないなと思って。10数年ぶりに美容室へ行って、ちょっと伸ばした頭髪を髪型として作ってみたんです。他にもTiK ToKをなんとなくダウンロードしてみたり。
伊集院:すごい分かる。確認した上で「やっぱり向かない」なら良いんだけど、今は「直感で嫌ったものを全部捨てるほどの贅沢はできねぇな」という感じになってますかね。かつて僕には「メジャーなものなんて、ロクなもんじゃねえ」という考えの時期があって。爆笑問題の太田光という人間は、あんなひねくれた感じなのに王(貞治)選手が好きだったり、サザンが好きだったり、SMAPが好きだったりもするんです。彼は「伊集院の考えは、逆にメジャーに踊らされているのと一緒だ」という指摘を僕にしてきた。「流行っているものが悪いという判断は、完全にメジャーに踊らされている」と言われた時に「あぁ、そうなんだな」と腑に落ちましたね。
●ブランディングしている自分にも、ちょっと嘘臭さを感じがするんです●
アフロ:それで言うと、何が本当なのか分からなくなってきませんか?
伊集院:すごく面倒くさいのは、このやり方って、自分の調子が良い時は全てのことが正解に思えるかわりに、悪いときは悪循環になって全てがキツくなるから、ホント精神バランス次第というところ。「ディズニーランドを楽しんでしまっている俺は、若い頃の俺にはどう映っているか」というモードへ傾いて凹む。この過去の自分に対して「お前は俺の歳を経験してないからわかんねえだろうけどな、逆にありなんだよ!」とねじ伏せることができるのは、精神的に調子が良い時。まあこのブレがキツイんだけど、このキツさの中からしか、自分の予想しないものは生まれないんだと信じて頑張るしかなくて。それが「一貫性がない」と言われようが、コチラは「いついかなるときも一貫性のないことを言ってるんだ」という一貫性があると思い続けるしかないかな。
アフロ:俺も曲によっては、ものすごく矛盾しているんですよ。ある曲では「金だ」と歌って、もう一方では「金じゃない」と歌っているんですよね。だけど、どっちもその時は本気でそう思っている。だから矛盾しているんですけど、どっちも嘘じゃない。
伊集院:もっと言えば「世の中、金だ」と本気で思っている人は、わざわざ「金だ」なんて言わないじゃない。それも含めたら矛盾なんかないんだけど、安心してるとそのうち自己洗脳されちゃう怖さもあって。ストレートに「金だ」と思うようになったら「俺はドブに落ちるんじゃねえか」みたい恐怖が付いて回るから、まあ、一生楽じゃないと思うよ。
アフロ:それこそ俺は「映画は何が好き?」と聞かれたら「繊細なフランス映画とかはわからん! 『タイタニック』とか『アルマゲドン』とか分かりやすいのが好き!」と答えたり、「とんかつ屋で塩を勧められても直ぐソースかけちゃうぜ!」というエピソードを、そこかしこで話したりしてる自分を見て、本当ではあるんですけど「大味が好きなガサツな俺!」を何処かで意識している姿にちょっと嘘臭さを感じるんですよね。
伊集院:わかるわあ。「あえて」の「逆に」の「裏の裏」みたいのやってるうちわかんなくなったり、そのことに飽きたり、しまいに自分ツッコミが入ってきちゃう。
アフロ:「疑い続けなければいけない」という話で言えば、先ほど撮影中にカメラマンさんが「笑ってください」と言ったら、伊集院さんが「笑って、と言われて見せる笑顔って本当の笑顔なのかな?」と言ったじゃないですか。そういうことを俺はMOROHAの歌詞にしてきたと思いました。例えばなんですけど、伊集院さんの『のはなし』(※伊集院光のエッセイ集)を全巻買ってまして、今日は恥ずかしながらサインをしてもらおうと持ってきたんですよ。で、サインをもらうなら1巻だろうと思ったんだけど、順番通りに買っているから昔に遡れば遡るほど俺は金がないわけなんです。で、1巻を見たら裏にブックオフの値札が付いてた。
伊集院:ハハハ。
アフロ:俺はヤバイと思って、爪でカリカリと削ってシールを剥がしたんです。その時に「この瞬間のことを曲にしなきゃいけないな」と。
伊集院:そう! 絶対にそうだと思う! もう全部言うべきだよね!
アフロ:その時、自分のダサさで胃液が込み上がるじゃないですか。臓器を焼きながら上がってくる感じというのが、問答無用で真実なんですよね。
伊集院:あと間違いなく、自分たちは幸せなんだよね。どんな失敗もどんな苦しみも、ネタにした時に全部昇華されるから。
アフロ:どんな出来事も捨てるところがないということですね。
伊集院:ラジオで番組前に考えていたとおり面白くなったというのと、番組前は何も考えて無くて、やってみたら面白かったっていうのは、何ていうか……「引き分け」でね。番組前に喋ろうと思ってたことが、生放送で広がりすぎて、破綻しかけて、なんだかわからなくなったときが、自分の中で大勝利。旅の計画を緻密に考えるけど、それが破綻しかけているところを力づくに戻そうとして、それが戻らずに困り果てて座り込んでいる感じをラジオで話すのが一番たのしくて。
アフロ:それは聴いている人の反応はさておきですか? それとも話が想定外の方向に転んだ方がウケも良いんですか?
伊集院:1人喋りの反応って自分の中にしかないから、リスナーのリアクションは音楽のライブとも違うんです。音楽のライブは生身の観客が目の前にいるから「あれ? 思ったより乗ってないな」ということがあるじゃないですか。だけどラジオの生放送だと、自分の面白いと思う感覚を疑い始めたら終わりだと思う。CDを買った人がどう聴いてるかなんてレコーディングの時点では分からないでしょ? 「この歌絶対気に入ってもらえる!」というのは根拠のない自信のはずなんです。でも「良い曲ができた」と思う自分の感覚を疑ってしまったら、もう終わりだろうと。絶対、現実のリスナーと僕の脳内リスナーはシンクロしてると信じたい。
●視聴者の関心を引きつける一番分かりやすいのは「何をするか分からない」こと●
アフロ:俺が歌詞を書く上で決めているのが、小学4年生に伝わらないような難しい言葉を使わないという。もっと言えば、ポエムなんて推敲なものには絶対にしないという感覚でやっていて。で、俺らは2人組なので、基本的には相方(UK)がフラットに歌詞を読んで「そこからそれている時は教えて」というやり取りで曲を作っていくんです。俺らも同じように自分たちの感覚を大事にしているから、第三者のジャッジを当てにしようと思ったことはないですね。ただ、俺が抱えている葛藤が1つあって。テレビでライブをするじゃないですか。ライブハウスと同じ熱量でライブをやっても、やっぱり画面1つ隔てた時に「伝わるもの」も「伝わらないもの」になってしまってる感覚があるんです。伊集院さんは、この差ってなんだと思います?
伊集院:テレビという箱の安心感だと思う。テレビという箱に収まると、大きな事件ですら安心して観られるってすごくないですか? 画面を隔てることで「向こう側で起きてること」として安心しながら観ることができるんじゃないかなと。
アフロ:そうなると「テレビでは熱量が伝わらないと思った方が良いのか?」と疑問が浮かぶんですよね。もしそうなら、俺の歌詞の内容とUKの音楽性を冷めたまま出して「美味いかどうか」というところでしかテレビの向こう側に提示できないのかなと。だけどそうかと思えば、ブルーハーツが初めてテレビに出演した時は、テレビ局に電話が殺到したという例もあるじゃないですか。
伊集院:視聴者の関心を引きつける一番分かりやすいのは「何をするか分からないこと」だと思う。かつて(忌野)清志郎さんが「偽善者」という曲を作って、FMラジオ局を批判する内容に歌詞を変えて『ヒットスタジオR&N』で歌った。生放送で清志郎さんは「FM●● 腐ったラジオ」や「お●んこ野郎 FM●●」と歌い続けたんですよ。その後から「あの人は何をしでかすか分からない」という目で見られるようになったのね、それが正しいやり方かどうかはわからないけど。そうそう、この流れでもう一つ清志郎さんの話。もう随分前、僕は『王様のブランチ』にレギュラーで出ていたのですが、若かった僕はその緩い空気に正直ストレス溜めてたの。ラジオで毒舌を吐いている人間が、あんな緩い空気の中にいるのはどうなのよと。その番組の音楽コーナーに、とあるアーティストが出たのね。その人は世間の印象だとすごい尖ったアーティストのイメージだったから、俺の中では「ブランチ出ちゃうんだ」と思って。トークをひとしきり終えた後に、レポーターの女の子が「●●さん、即興で番組の歌を歌ってください」と言ったのね。それに対して、一度は明らかに動揺したんだけど「それは出来ないね!」 とカッコつけて断って、僕はそれに対して超ダセエと思った。「ブランチ出といて、そこはかっこつけんのか!?」 と。次の週、今度は清志郎さんがゲストで来まして、同じようにレポーターが「清志郎さん、即興で番組の歌を作ってください」と言った。そしたら清志郎さんは、ギターを持ってきて大声で歌ったのよ。「ブランチ! ブランチ! 僕とブランチ!」 と、もう楽しそうに延々と。で、いつまでも止めてくれないから、締めのコメントをしないままCMへ行ってニュースになっちゃったのね。あれが夜ヒットのときよりさらにカッコよかった。「番組を壊してやろう」じゃなくて、純粋に楽しくなっちゃってるの。その時に「こういうことなんだ、俺のスタンス糞だせえ」と思ったんだよね。
アフロ:生放送の「何をするか分からない」という、予測のつかない感じが面白いと。
伊集院:そうそう。だけど録画したものを流すとなったら話は別だよね。
アフロ:それこそ事前に収録を終えているから安心感もあるし、視聴者も何を流すのか予告で観てますもんね。
伊集院:だから自分は、深夜の馬鹿力を事前録音できなくて。何度かやってみたことがあるんだけど、30分経ったあたりから「ごめんごめん、もう一度やり直しさせてくれ」と。自分の中で「やり直せる」という意識があると、さっきの追い詰められた時に出るパワーが出なくなるの。
アフロ:そしたら収録番組の場合、どう臨むのが良いんですか?
伊集院:もう相手を選ぶしかないのかなって。アンタッチャブルもザキヤマは柴田(英嗣)を笑わせようとしてるよね。良くも悪くも、ネタ番組の客は笑う前提で呼ばれる人がいて、本人たちも笑う気満々で来るでしょ。そうすると予定調和臭が出ちゃう。だけど本当に面白い人たちは、もはや観覧客でもスタジオで声出して笑うスタッフでもなくて、相方を笑わせに行くことでその向こうのテレビの前の視聴者を笑わせようとしているのかも。
アフロ:アンタッチャブルさんの話は、すごく参考になります。俺でいえばUKのギターフレーズに感動しながら、UKに響かせるつもりで歌うという事ですよね。
伊集院:だと思うんだよね。僕は一人喋りだから、ラジオで喋る時、一番大事にしているのは「中学2年生だった自分を笑わせる」ということで。あの頃の自分に申し訳ないと思うレベルはやめようと。そういう漠然とした基準は自分の中にありますかね。
●俺、若手の頃にすごいノイローゼになったことがあって●
アフロ:当時ヌルイと思っていた『王様のブランチ』に今、出演することになったらどうします?
伊集院:すげえちゃんと出る! 全力で出る! それでいうと、テレビショッピングというのが昔はすごいカッコ悪い仕事だと思ってた。まずその枠をダチョウ倶楽部がちょっと破った気がするんだよね。「テレビショッピングなのに面白い」という。あと、なぎら健壱さん。なぎらさんがテレビショッピングに出たの。「ちょっと待ってくれ! あのなぎら健壱がそんな仕事をするのかよ!」 と思ったら、ほとんどのコメントが「これ、3億円くらいしますよね」という形の行き過ぎた全肯定なの。「なぎらさん、最後に一言ください」と言われたら「お父さんが死んだ日もコレ食べたい」という、もはや神がかってるんだよ。それを観たら自分の「緩い番組に出ない」という考え方はレベルが低いなと。そこで随分、ラクになったかな。自分の発言に嘘はつかないという決まりは守りつつ、そこに立ち向かっていかないとカッコ悪いなって。今、ラジオショッピングをやっているんだけど「紹介する商品を僕は全肯定をしないので、代わりにギャランティのランクを下げてもらって構わない」と言って。「もし褒めさせたいなら僕が嘘をつかなくて良いものを持ってきて」と、偉そうに。で、ショッピングのスタッフ頑張ってくれてるのね。そのおかげで素直に褒められるし、今度はそれに答えるためにも褒めるボキャブラリーを、僕の絶対的なオリジナルのものにしようと。
アフロ:緩いと思っている場所でもストイックに自分の美学を追求しながら挑むという事ですよね。ただ、いざ、そういう場に飛び込んで上手くできなかった時はもう通常の倍はへこみますよね。
伊集院:へこむ、すっげえへこむ。
アフロ:ただ「へこまない戦いをしてもしょうがない」ということですよね。
伊集院:そうなんだよね。そこで斜に構える若さもないし。
アフロ:それは、ある日パタっと出来るものですか?
伊集院:ゆっくりだったかなあ。今も完全じゃない。だから毎日、悶絶しながら帰りますよ。「今回は媚びすぎたな」「今日は無意味に辛口だった」とか。
アフロ:俺も音楽活動の中で葛藤があります。ラジオやテレビ番組のMCの方と喋った時に全然、俺らの音楽を聴いてないんだなと分かる瞬間があるんです。そうなると話している自分もそうですし、どうしてもカメラに映っている背景やスタジオ自体がとんでもなくウソの塊に見えてしまうんですよ。
伊集院:ふふ、分かる。
アフロ:ここに映っている自分らを、それこそ中2の俺が見たらどう思うんだろうと。そこで結局、自分の温度を下げちゃう時があるんです。
伊集院:だけど、そのMCの人も帰り道は同じように思っているんじゃないかな。その人なりに、自分の立場や状況の中で戦っているんだろうと思う。「売れている人は、そういうところをオフれるんだろう」と思ったりするじゃないですか。意外にみんなそういうわけじゃないのも分かる、今度は「歳を取れば大丈夫だろう」と思っていたんだけど、52歳になっても大丈夫じゃないわけで。だから、みんな葛藤やもがきを続けて生きているんだろうなと。
アフロ:そうかぁ。そうやって葛藤する人に響く音楽を作りたいと思っているので、その人にもやっぱり届くものを作れたらいいなと思います。誰しもが同じように悩み続けていくんでしょうね。
伊集院:特に、昔は悩みが酷かった。若手の頃にすごいノイローゼになったことがあって。事務所にも入ってなくて、フリーでラジオやっていた時のことなんだけど。自分は了承してないのに「あのイベントに出るって言ったよね?」と言われて、出たくないイベントに強制参加させられることが続いたり、番組スタッフと口論した時に立場が弱い自分は偉い人に押し切られることが続いたりして。その時にマイクのスイッチが入ってないと一切喋れなくなって。誰かが録音して証拠を取っておいてくれないと、リスナーが聞いていてくれないと疑心暗鬼になって話せないんだ。当時、カミさんと付き合い始めた時期だったんだけど、彼女とも喋れない。で、彼女がおもちゃのマイクを買ってくるという。
アフロ:要するに、録音されている安心感がないと会話ができない。
伊集院:そうそう。逆に、ラジオはみんなが聴いているから絶好調で。人気もすげえ出てたし、どんどん評価も上がってた。で、発言権も増えてきて、ノイローゼが終わった。その瞬間すごく気持ち良いのね。ありとあらゆるものが素敵に見えてきたの。もう脳内麻薬の蛇口がぶっ壊れた感じ。それを「鬱抜け」って言う人もいるらしいよ。その後も何度か精神的なピンチが訪れたんだけど、鬱抜けの経験があるから「早くノイローゼが来い」「治った時の感覚がほしいから、一旦ノイローゼになりたい!」 と思うようになった。そうなると気持ちに余裕があるからノイローゼ来なくなる。なんか嬉しいような寂しいような。
●結局は「何で好きだったのか」しかなくて●
アフロ:自分に災難があった時に、仕事は上手くいってたわけですよね。音楽も「良い曲を作るには、不幸でい続けろ」という意見が多いんですけど、その話と近いのかなと思って。
伊集院:結局ね、波は繰り返すと思う。調子が悪かったからだよね。
アフロ:そうですね。良い状態を保ちたいと思いつつ、調子が崩れる時はやってきますよね。
伊集院:その下り坂は絶対に来る。そんな時に「この調子の悪さを抜けたら気持ち良いのが待ってる」と思えるようになったら、不安を早く抜けられるような気がする。
アフロ:それは経験を積んだ結果ですか?
伊集院:うん。なかなか偉そうなことは言えないけど。あとは解消方法を自分で見つけることも大事で、僕は物欲がなくなったらダメなのね。録音機材が大好きでよく買うんだけど、それが欲しくなくなる時って「どうせ俺なんて何買ったところで何も面白いもの作らねえじゃん」と思っちゃう時だから、ふと湧いた物欲に逆らわない。調子悪くなりそうな時、自分で自分の物欲煽ったり立ち直りも早いかな。そういうのをいくつか持つことで、鬱を解消しやすくしてます。
アフロ:俺にとっては、それがライブなんです。伊集院さんが機材を買うように、俺は先々のライブを決めることによって、自分を最前線から逃さないようにしているんです。だから何の意味もなくスケジュール帳を開くことがあるんですけど、それは先の予定を確認して、逃げられないぞ、未来があるんだと自覚する作業というか。
伊集院:それが一番健康的だし、それしか方法がないよ。ラジオで喋るしか、ライブで歌うしか方法がない。良くも悪くもだけど。ありがたいことに中卒の52歳で資格もない自分の条件をハローワークに打ち込んでみたら、何にも仕事の選択肢がないんだよね。それが分かった時に「もう、この仕事しかないじゃん」と吹っ切れたかな。
アフロ:俺が実家の長野に帰ると、親父が「もしもお前が田舎で働くとしたら」というシミュレーションをしてくれるんですよ。28歳の時は「30歳までに帰ってきたら、多くはないけど選べるくらいの仕事はあるぞ」と言ってたんです。いよいよ30歳を超えたら「帰ってきても食ってはいけるけど、もう仕事は選べねえぞ」と言われて。だけど、東京にいたら仕事が溢れているわけで、ちょっと田舎の感覚とは違うじゃないですか。そこに溶けてしまったら田舎育だからこそ持ち得た唯一の武器「切迫感」を手放す事になってしまう。だから親父にそれを言われる度に不安だけど、その武器の感触を確かめて安心するんです。
伊集院:この辺り突き詰めていくとね、「何で好きだったんだろう」の確認しかないのかな。お笑いをやってる若手の子に「どうしたら売れるんですか?」と聞かれるけど、こっちも分からないし、不安になるだけだから「どうしたら売れるのか」を考えるのは辞めた方が良いんじゃないか、と思う。特に現代は、あまりに世の中の好みが変わるスピードが速いし、いろんなことが多様化しているから、分析して追いかけても追いつかないと思う。結局は「何で好きだったのか」しかなくて。「今、あのジャンルが手狭だから、それに詳しい芸人になろう」という傾向はあるんだけど、そんな正しい地道な努力をできる性格の人は芸人をやってないんじゃないかなと。
アフロ:自分も年下の子から「どうすれば良いですか?」 と聞かれるんですけど、「基本的には自分の欲望に素直になることだと思う」と話してて。
伊集院:そう思う! ただ、その欲望が間違っていないか見極めるのが大事で。例えば「今、何を食べたいのか」を素直に従ったら痩せる気がするんだけど、その手前に変なストレスがあれば深夜に焼肉を食べたくなったりするの。それは今、食べたい物に従っているようで実は違ってて。
アフロ:ストレスのせいで食欲が乱れてる。
伊集院:そうそう。冷静に「自分の本当の欲望は何か?」を考えることが必要かなと。自分の都合の良いところへ行こうとはするんだけど、「今の都合ではなく、そもそもどうして自分がそうしたかったのか」を考えた時に本当の答えが出ると思う。
●そこを幸せだと思わなければ、この仕事をやっている価値が半減するよね●
アフロ:音楽をやっている人って本当のことを歌うのが商売なのに、本当のことを言わせてくれない風潮がある気がして。皆が善ばかり叫ぶもんだから「誰が一番良い人間ですか!?グランプリ」をみてるみたいで。だけど「チヤホヤされたい」「お金が欲しい」「良い女を抱きたい」とか、そういう多くの人間が持っているはずの欲望を口にすると「芸術ってそうじゃないから」と言う人が現れるんです。
伊集院:うんうん、分かる。
アフロ:田舎のライブハウスの強面の店長から「音楽の道で自分を追求したいんだろ?」 と言われて、女の子にモテたいだけの童貞の高校生男子が「は、はい」と頷くしかない、みたいな状況は往々にしてある。でも、それだと本当のモチベーションと向き合えないから良くないと思うんです。だから自分の欲望に従って、「金持ちになりたいなら、そのためにどうすれば良いか? チヤホヤされたいなら、そのためにどうすれば良いか? そうやって自分の道を選んだ方が良いよ」と俺は言ってきたんです。だけど今、伊集院さんが仰ったことは更に奥行きのある話ですよね?
伊集院:仮に「モテたくてやるアプローチ」の中で、「自分が他人から評価を得られるやすい手段が音楽だった」という理由で音楽の道を選んだとして、いつか「モテたい」という道と「音楽のクオリティを高める」道が反した時に、また思案する所が来ると思う。 そうなった場合「自分はなんで音楽が好きなのか」「音楽で何を表現したいのか」を改めて考えないといけないのかな。
アフロ:お笑いだったら、自分についてしまった世間の評価をネタにすることができる。だけど、ミュージシャンは「自分はこういう人間です」というイメージで売ってしまってるから、一度イメージがついたら訂正する場がなくなってくる。Aに行ったり、Bに行ったりというのがどんどん許されなくなっていくんです。
伊集院:「前と言ってたことが違うじゃねえか」と。深夜ラジオのパーソナリティもそういう面あるよ。
アフロ:そこのしんどさが「幻想を売っているミュージシャン」はある気がします。
伊集院:それでいうと、今話したことを歌っていいのがラップの幸せな部分の気がするんだよね。他のジャンルよりも、ずっと得なことじゃないかな?
アフロ:それは本当にそう思いますね。
伊集院:ダジャレが浮かんだとして、それがダサいと自分でも分かっているけど、思いついたことを言わずにいられない。そんな時に、その話を膨らませてからダジャレを言うことによって、すごくレベルの高いダジャレになったりするでしょ?
アフロ:ラップは文字数が沢山あるから、ということですよね。
伊集院:そうそう。「そうまでして言うダジャレがそれかい!」 というのが新しいギャグになるのと一緒で。2時間かけてトークができるラジオや、多くの言葉を詰め込めるラップというスタイルは恵まれている方じゃないかな。
アフロ:話に奥行きを出せますよね。メロディにしたら「ふとんがふっとんだ」ですけど、「この前、ふとんを買って。しかも、そのふとんがフカフカで」と。
伊集院:「この下に火薬を仕込んで時限装置を押すと、ふとんがどうなるか。ま、この後はダジャレになるんですけど……」なんて延々と言ってたら、テレビはその尺を待ってくれないけど、ラジオで布団が吹っ飛ぶまでの経緯を25分喋ったら後なら相当面白い話になる。昔、お正月は誰も聴いてないだろうと思って変なラジオ特番をやってたんだけど、中でもいき過ぎたのが「ユーミンベストヒットスペシャル」。架空のリクエストメールを読んでユーミン(松任谷由実)の曲をかけ続けていたんですよ。笑いを一切入れず。いかにも松任谷由実さんのファンが聴いてくれそうな感じで。それを1時間近くやったところで「なんちゃって」と言っていつもの番組に戻ったの。もう楽しくて。次にやるとしたら2時間放送して、ネタバラシをしないまま終わろうかなと。
アフロ:ハハハ。「なんちゃって」の「な」で番組が切れるくらいのヤツですね。
伊集院:さすが! スベったことすらもギャグにできるから、別にスベっても良い。それが自分たちを飽きさせないでやることだし、逆にいくら求められても飽きたことをやっても仕方がないし、面白くならないと信じてるし、自分がワクワクして面白がってることをワクワクして面白がってくれている人がいるはず! そこを幸せだと思わなければ、この仕事をやっている価値が半減するよね。
スタッフ:すいません、そろそろお時間が。
伊集院:もうそんな時間かあ。いやぁ、音楽業界の若者もちゃんと悩んでいるよね。みんな自分以外の人間は悩んでないと思うけど、そんなもんだよね。こうして、おじさんが年下に色々聞かれると、偉そうに答えちゃうんだけど、半分は、いや80%は自分に対する「そうしなければいけないんだ!」 という戒めみたいなものですよ。僕も読み返して肝に銘じます。若者に言ったからには、こう生きようと。
文=真貝聡 撮影=森好弘

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