立川志の春は「20点で愛される落語家
」になりたい~志の輔一門三番弟子、
真打昇進記念インタビュー

立川志の輔の三番弟子、立川志の春が2020年4月1日付で真打に昇進、4月19日には有楽町朝日ホールで、「真打昇進披露落語会」を開催する。
志の春は2002年、志の輔に弟子入りした。2011年、二つ目に昇進し、現在は古典落語、新作落語、英語落語をレパートリーに国内外で活躍している。2020年1月には、自身の落語が明治座で舞台化され17日間にわたり上演された。
幼少時の3年間を米国で過ごした志の春は、帰国子女であり、名門イェール大学のOBであり、弟子入り前の3年半は三井物産につとめていた元商社マン。異色の経歴は、演芸界の枠をこえて注目され、多数のメディアで紹介された。現在は生命保険会社のTVCM( https://youtu.be/mmPkxTjinLI )にも出演している。
そんな志の春の真打昇進だ。
「順風満帆の落語家生活を経て」と紹介したいところだが、本人はこれを否定する。同期の落語家の中で、もっとも遅い真打昇進となったからだ。(厳しい真打昇進制度をもつ落語立川流に所属しているという事情もあるが)多くは入門から14~5年で真打になるところ、志の春は、17年と半年かけた。
「焦りですか? 全然ありませんでした。人と比べるものではありませんし、自分に必要な年月なんだと思い込もうとしてましたから。……思い込もうとして、って、めちゃくちゃ意識してますね。すみません、嘘つきました。やっぱり焦りはありました!」
笑ってふり返る志の春に、真打昇進への思い、これから目指す落語、そしてライフワークだと語る落語会について話を聞いた。
立川志の春。月例会「志の春サーカス」では長唄とのコラボやシェイクスピア戯曲の落語化など、語り芸の可能性に挑戦中。
■立川志の春と新作落語
──真打昇進おめでとうございます! 志の輔師匠からお話を聞いた時の気持ちをお聞かせください。
昇進に向けて貯金しなきゃ、って思いました。
──(笑)
披露目には色々とお金がかかるのに貯金ないぞ、と。いや、それはさておき、やはり師匠に真打になることを認めてもらえたのは嬉しかったですね。自分自身が嬉しいという以上に、これで周りが喜んでくれるだろうなって思いました。
──現在、持ちネタのうち、古典落語と新作落語の割合はどのくらいでしょうか。
古典落語が4、新作落語が1ぐらい。新作をコンスタントに発表できるタイプではありませんが、書くこと自体はとても好きです!
──新作落語「阪田三吉物語」は今年1月、演歌界のエース三山ひろしさんを主演に舞台化され、明治座で17日間に渡り上演されました。ご自身で出演も果たされましたが、いかがでしたか?
座長の三山さんは、本当に素晴らしい方でした。スターでありながらいつも笑顔で偉ぶらず、圧倒的な実力をおもちなのに嫌味がない。落語家にはまずいないタイプです(笑)。おかげで一座はいつも雰囲気がよく、ふだん単独行動の僕には毎日が合宿のような楽しさでした。メイクをして舞台に上がる経験も新鮮でした。眉毛を描きアイライナーをひき、だんだんエスカレートして……。すべてがとても良い勉強になりました!
──戯曲化にあたり、原案者としてこだわったポイントをお聞かせください。
特にこだわったのは、大詰めで阪田三吉とライバルの関根金次郎という対照的な天才棋士2人の、互いに対する終生の敬意と思いが浮き彫りになる構成です。そこにこそ元の落語のテーマがあるので、舞台でも変えないでほしいとお願いしました。
「僕、相当うるさい原案者だったと思います(苦笑)」
──落語版「阪田三吉物語」では、たしかにライバルの金次郎が重要な役割を果たします。三吉をあつかう過去の作品、北條秀司「王将」にはない切り口ですね。
三吉を調べるうちに、金次郎という人物にも、三吉と同じくらい惹かれていったんです。ある文献で「若かりし日の金次郎が、当時"関西名人"と呼ばれていた小林東伯斎に三吉の話をした」という記述をみつけた時、金次郎が何を話したのか、棋譜を見せたのかさえ分からないけれど、ここから物語を膨らませようと思いつきました。
僕にとって、師匠はとても大きな存在です。三吉は生まれながらの天才で、生涯師匠をもつことなく素人将棋で頂点を極めたと言われますが、とはいえ三吉にも師匠に近い存在がいたのではないか。いてほしい。いたはずだ。天才ではない僕のそんな思いも込めて、「金次郎こそが、切磋琢磨し高め合うライバルであり、同時に師匠のような存在だったのでは」と考えたんです。
──師弟関係への思いも込められていたのですね。明治座公演の千穐楽から3週間後、2月13日の月例会では、新作「けせらせら」をネタ下ろしされました。「正しく怖がる」というタイムリーな言葉への違和感を、親子の会話とごきぶりに落とし込んだ噺でした。ネタ下ろしまでのスピード、そして内容の普遍性に驚きました。
嬉しいです! 「親子の会話とごきぶりに落とし込んだ」って、言葉にするとなんだよって感じですけれどね(笑)。僕はいつも、何かに対する「違和感」を発端に落語を作ります。先ほどもお話したとおり、いつでも書けるというタイプではありませんが、それでもなんとかネタ下ろしできた時は本当に嬉しい。その瞬間は死んでもいいやって思えてしまうほどです。
■文菊さんの古典落語が好き
──三吉に金次郎がいたように、志の春さんにもライバルはいますか?
ライバルと意識する人はいませんが、好きな人はたくさんいます。たとえば古今亭文菊さんです。落語家は入門が1日違えば先輩後輩の関係ですが、文菊さんとは同じ月の同じ日に入門しました。唯一、お互いに「さん」付けで呼ばせていただく間柄です。
──文菊師匠と同期ですか! (※編集部注:文菊師匠は2012年9月、28人抜きで真打昇進を果たしました) 
そんなに驚くことないでしょう?!
同期の中で最初に真打になったのが文菊さん、最後に真打になるのが僕なんです。文菊さんの笑いは、僕らの世代の中で唯一無二だと思っています。毎年二人会をやらせていただいていますが、文菊さんの落語を聞いているお客さんを見ていると、肩がずっと揺れている。お客さんが、中からじわじわ温まってきているのが分かるんです。
笑いのとり方って、色々ありますよね。たとえば古典落語に、突然時事ネタを入れてウケを狙うこともできる。これは外からバーナーで熱するような笑いのとり方だと思うんです。表面的には爆笑ですが、芯まで火が通っているかは分からない。それに対して文菊さんは、遠赤外線のようなタイプ。じっくりと中まで熱を入れ、内側からふつふつと温める。お客さんをとても幸せにする笑いです。
古今亭文菊師匠の落語の魅力を熱弁。
──志の春さんも、じっくり温めるタイプではありませんか?
目指してはいますが、まだまだです。例えるなら僕は……、弱いトースターでしょうか。
──(笑)遠赤外線タイプの笑いは、どのように生まれるのだと思われますか?
文菊さんをみていて思うのは、「落語の力を信じている」ということ。文菊さんが聞かせてくれるようなタイプの笑い、幸せな笑いって、古典落語にもともとからある部分から、じわっと滲み出るように生まれるもののような気がしています。
──なるほど。
ただですね、僕も英語落語の時だけは、遠赤外線タイプに近いことができるんです。
日本だと、お客さんの多くは古典落語の内容をご存じなので、古典をやる時、つい味付けを濃くしたり現代的なギャグを入れたりしたくなるんです。でも英語で聞くお客さんは、初めて落語を聞く方ばかりです。落語に慣れていない方々なので、メタ的な笑いを入れると混乱させてしまう。以前に、シンガポールで口演した際も、ウケると思って登場人物の台詞に“タイガービア”と入れたら、「なんでその人タイガービアを知っているの?」って反応でした。英語の時は、落語がもつ普遍的な力を信じて、なるべくスタンダードにやっています。
名前は「志の春」のまま、2020年4月1日、真打に昇進する(撮影:二神慎之介
■はっちゃん、たろちゃんが羨ましい
──志の春さんの高座は安定感があり、安心して楽しめる印象を受けました。
それ、自分では弱点だと思っています。
安定感や手堅さは、裏をかえせば「エキサイティングじゃない」となりませんか? 自慢じゃありませんが、実際ちょくちょくスベってはいます。でも見た目のドスンとした感じもあり、焦ったり狼狽えているのがあまり面に出ない。こちらとしても、途中から全力で修正にかかり帳尻を合わせていきますから、結果的にはなんとか70点ぐらいはいったかもね、となるんです。
でも常に70点くらいの人ってどうですか? 一番面白くないでしょう?
──せっかくならば、どう思われたいですか? 「失敗もあるけれど時々120点を出す」とか。
そう! 逆に言うと「20点でも許せてしまう」ような存在になりたいんです。
もちろんお金をいただく以上、狙って20点を取りにいくわけではありません。でも「今日の志の春は良い方だろうか、悪い方だろうか。それも含めて楽しみ!」という方がエキサイティングですし、愛されてる感じがします。
とあるお客さんに、言われたことがあるんです。
「(志の輔一門一番弟子)晴の輔さんの会ではキュンキュンする。(二番弟子)志の八さんの会ではウキウキする。(六番弟子)志の太郎さんの会ではハラハラする。志の春さんの会では癒される」。いやちょっと待て、と。僕の会だけ心が沈静化されてるじゃん!芸人じゃなく、仏像とか温泉と同じジャンルじゃん!って。
──そう受け止めますか!
兄弟弟子と一緒に落語会に行っても思うんです。志の八兄さんや志の太郎が、主催の方に「はっちゃん」「たろちゃん」と呼ばれる中、僕一人だけ絶対に「志の春さん」。距離があるんです。なんなら「立川さん」と呼ばれますからね。この調子で真打になった日には……。
──「立川師匠」ですね(笑)。
ぜったいにイヤだ!!!
だから僕は、はっちゃんや、たろちゃんが羨ましいんです。めちゃくちゃ嫉妬しています。自分で考えた僕のキャッチコピーがありまして、「愛嬌がないのに、(芸風が)尖っていない」。どうですか、致命的に愛されないタイプでしょう? この先僕は一体どうすればいいのでしょうか。
「本当にどうしたら良いのでしょうか」
■僕としては本当に恥ずかしいこと
──色々と思うところがおありのようですが(笑)、安定して70点台を狙えるのは誰もができることではありません。それができる理由、志の春さんの武器って何なのでしょうか。
知りませんよ! 散々愛されないと言ったばかりの人間にそれを聞きますか?! この流れで「僕の武器は♪」なんて語り出したら致命的ですよ。黙秘します。​
──インタビューなのに(笑)。でも黙秘ということは、心当たりがおありなのですね。
自白させようとしてるでしょう。
本当は言いたくないんですよ? 言いたくはないのですが……、強いて言うなら「分析力」かなと思います。
落語家って1人で出演者と演出家の両方をやりながら、色々なことを考えながら喋ります。お客さんとの呼吸の押し引きでは、どうすれば合わせられるか。どうすればもっと噺に入ってきてもらえるか。その会で自分に求められる役割は何か。最大公約数はどこか。そこに合わせるのか、ずらしてインパクトを狙うのか。なぜスベったのか。そうやって分析する演出家の部分が、僕は強めなんだと思います。
でもこれ、圧倒的な武器をもたない人間が戦っていくために、頼らざるを得なかった唯一の武器なんです。だから本当に恥ずかしいことだと思っていて、これまで人にいうことはありませんでした。でも話してみると、なんかすっきりした気もします。自白した後の容疑者って、こういう気持ちなんでしょうかね。
──そんな志の春さんが「今日の高座100点だった!」と感じることはあるのでしょうか?あるとすれば、どんな時ですか?
年に1回あるかないか。お客さんと呼吸がぴったりかみあい、技術的な部分も上手くいき、会場の雰囲気も相まってお互いが一緒に画を描くことができた時です。あらゆる条件がぴったり揃い、僕は演出家の部分を考えることなく、出演者の部分に没頭できた時は良い一席だったと思えます。30分、40分はあっという間の感覚になり、最高に気持ちが良いものです。
■5月は「シモハルの会」2DAYS
──4月1日付で新真打となられます。今後、落語家としてやりたいことをお聞かせください。
安住することなく、ガンガン攻めの企画を打ち出していきたいです。6月から新宿と柏で、自分の月例会を再開する予定ですし、5月には英語落語会で新演目のネタ下ろしをします。毎年続けてきた下ネタ落語会「シモハルの会」も2夜連続で計画中です。
──下ネタで、シモハル(笑)。艶話ですか?
艶っぽいというより、男女一緒に笑えるようなアホでくだらない下ネタです。ラブドール、コンドーム、SMなどをテーマに、過去4回開催しましたが、お客さんの7割が女性で、3割が男性。最初の2年は銀座にあったキャバレー「白いばら」で、やらせていただきましたが、あそこは最高の空間でしたね。
その後2回は、六本木「金魚」。舞台装置が素晴らしい会場でした。テーマが「SM」の年は、オープニングで女王様と光る階段から登場したりもして。そして今回の会場は、新宿歌舞伎町の老舗ホストクラブ「愛 本店」です!
──雰囲気も含めて楽しそうです!それにしても志の春さん、この話題になってから熱量が違いますね。
はい、「シモハルの会」は僕のライフワークですから!
写真では伝わりにくいが、下ネタ落語を口演中(撮影:二神慎之介)
──最後の質問です。志の春さんは今も、華やかな経歴や大胆なキャリアチェンジにスポットをあてて紹介される機会が多くあります。それを武器に…と考えることはないのでしょうか。
経歴をきっかけに興味をもってもらえることは、本当にありがたいことだと思っています。でも入門してから長らく、過去のキャリアは邪魔でしかありませんでした。
僕は目から鼻に抜けるような頭のキレるタイプではありませんし、クイズ番組のインテリチームで飛びぬけた活躍をするタイプでもありません。それにイエール大卒、元三井物産などのラベルをつけて紹介されている限り、「自分は落語家としてまだまだだ」と思えてしまうんです。だって香川照之さんを「東大卒の」と紹介する人はいませんし、トミー・リー・ジョーンズやマット・デイモンがハーバードだとか、意識しないでしょう。
とはいえラベルって、自分ではがせるものではなく、自分から別のラベルをどんどん増やしていくしかなくなり、色々な挑戦をしてきたような気もします。
──今でも様々な挑戦の目的に、ラベル増やしは含まれますか?
その感じは、もうほとんどなくなりました。でも前座の頃は新作を作るとも、英語落語をやるとも思っていませんでした。もちろん下ネタも。そう思うと、今僕が想像できるものの外側には、色んな可能性が転がっているはずだと思えるんです。真打になっても「これは落語家の仕事としてはちょっと…」みたいなNGを作らず、声をかけていただいたものには、何でも挑戦していきたいです。何しろ師匠の志の輔が、落語を少しも疎かにすることなく何でもやってきた人ですから。
──さらなるご活躍を楽しみにしています。ありがとうございました!

『立川志の春 真打昇進披露落語会』は、4月19日、有楽町朝日ホールでの開催。志の春、志の輔のほか、三遊亭好楽、立川龍志、立川志の八、江戸家小猫が出演する。5月9日、10日は『立川志の春 真打昇進記念艶笑落語会「シモハルの会 ─愛─」2DAYS@ホストクラブ愛ー本展ー』と銘打った、下ネタ落語の独演会が開催される。
「シモハルの会ー愛ー」は2020年5月9日、10日開催。
舞台写真撮影:二神慎之介/取材・文・撮影:塚田史香

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