第51回(2019年度)サントリー音楽賞
は、ピアニストの河村尚子
彼女の演奏は、周到なまでに構築的な設計がなされているのだが、しかしなにより驚くのは、その土台の上で、猫のような敏捷性に支えられた閃きの数々が、次々と生気に満ちた音楽的瞬間を炸裂させる点にある。どのフレーズも、どのフォルテも、どのクレッシェンドも、はっきりとした意志と感情が込められているから、それを彼女がどう解釈しているのか、どう扱いたいのかが手に取るように分かる。聴き手は、音楽がひとつの運動であることを、「生きている」何ものかであることを、その演奏からあらためて知らされることになるだろう。
2019年の河村尚子は、ベートーヴェン・ピアノソナタ・プロジェクトと銘打った演奏会シリーズを完結させるとともに、RCAから「ベートーヴェン・ソナタ集1、2」をリリースした。演奏会の中では、「第29番」の弾力性や「第32番」の神秘的な幸福感を、CD録音では「第18番」の可憐さや「第8番」の変幻自在な解釈などを、その豊かな成果の象徴として挙げることができよう。また、新しいレパートリーの開拓という点では、山田和樹指揮NHK交響楽団との共演による矢代秋雄「ピアノ協奏曲」において多彩な音色と鋭敏なリズム感を存分に駆使して、作品の再評価にもつながる鮮やかな演奏を展開した。
選考会においては、その演奏の「語る」ような性格を委員全員が認めながらも、ベートーヴェンの後期作品の演奏にはまだ彫琢の余地が残されているのではないか等の議論もあった。しかし近年の目覚ましい充実、そしてさらに大きな飛躍の可能性という点において、最終的には意見の一致を見た。
以上、河村尚子の2019年における音楽活動を、第51回サントリー音楽賞にふさわしい成果と判断するものである。
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