七尾旅人、Momらが出演の『Hiraeth-
ヒラエス-』――ライブハウスに灯り
をともしたそれぞれの歌

Hiraeth-ヒラエス- 2020.6.28
ウェールズ語で「失われてしまった過去の時間や場所への郷愁、記憶や愛情などを懐かしむ」という意味を持つ『Hiraeth-ヒラエス-』と題されたオンラインライブが6月28日に開催された。コロナ禍の中にあって、まだ観客を入れてのライブが難しい状況下、「Light up the darkness!!」をコンセプトに、“音楽の灯火”でライブエンターテインメントの世界を明るく照らしたいというその主旨に共鳴した七尾旅人、Mom、王舟、Nagie Lane、そしてオープニングアクトに小林私を迎えた3時間のライブを駆け足で振り返ってみよう。
小林私
音楽の灯火というコンセプトを実感できるように、チケット購入者と同じ数のキャンドルが灯されたステージは暖かく、少し荘厳なムード。オープニングアクトの小林私は髪を後ろで束ね、素足といういでたちで、時に静かに、時にがなり立てるように弾き語りを立体的に表現。デジタルネイティヴ世代のやさぐれたフォークと言いたくなる独自性は今後急速に注目を集めそうな印象を持った。
Nagie Lane
さて、ガラリとステージが賑やかになった、男女混成CityPopアカペラ・グループのNagie Lane。男性二人がビートやベースラインを主に担当し、ビートボックス以外にメロディラインも歌うことで、楽器はなくても音楽的なレンジの広さを感じさせてくれる。いきなり久保田利伸の「LA・LA・LA LOVE SONG」でナイス・ハーモニーを届けてくれたのだが、ブラックミュージック寄りというより、J-POPやアイドル好きにもすんなり届く歌唱が親しみやすい。続く「楽器が買えないわけじゃない」はNagie Laneのコンセプトをそのまま歌った印象。ラッパーともバンドとも違う、アカペラでシティポップを紡ぐというこのグループの自由度やカジュアルさが伝わる。メンバー全員がモデルなどパラレルキャリアだというのもユニークだ。肩に変な力が入っていない。
Nagie Lane
現在のところの代表曲「ナギービートで唄わせて」、初お披露目だという「花と蜜」に続いて、90年代の渋谷を代表する「今夜はブギー・バック」と「ラブリー」のカバー2連発というのも、現在の渋谷を生きる彼らの解釈として面白い。フロントの女性3人がそれぞれソロを取れるところも強みだ。今回はしっとりした演出のステージではあったが、どんな場所でもマイクがあればチアフルな空間に変貌させるパワーを見せてくれたと思う。
王舟
再びムードがかわって、宅録とバンド演奏を有機的に融合するミュージシャン、王舟が登場。今回は近年、蓮沼執太フィルなどでも活躍する辣腕・千葉広樹(Contrabass)、柴田聡子らの作品にも参加している北山ゆう子(Dr)とのトリオ編成での演奏。もちろん、王舟とも勝手知ったる間柄だ。オルタナ・カントリーの味わいのある「uguisu」のメロディーを歌い始めると、どこの国とも時間とも言い難い空気が立ち上がる。アコギの音色にドラムのブラシの音が穏やかな「tatebue」では、薄暗い空間にもかかわらずどこまでも空が見えるような心地になる。それは王舟の丸みのある素直な声のせいかもしれない。
王舟
英語詞が続いてきた中で、ふっと日本語詞の「あいがあって」に出会うと、より深いところに彼の歌がストンと落ちる。前向きとか後ろ向きとか簡単に割り切れない、人に対する思い。余韻を残す歌にむしろ生きている実感が湧いてくる。「とうもろこし畑」も“風に負けず、風に吹かれて、どこか遠くへ”という決して大袈裟ではない意思が今、しっくりくる。自分の中にメロディがある音楽家の強みとでも言おうか。ごくさらりと、でもしっかり存在感を残してステージを後にした。
Mom
3番手は7月8日に思い切り身体性が前に出たアグレッシブな新作『21st Century Cultboi Ride a Sk8board』をリリースするMom。この日はアコギを携えての登場で、逆に何を見せてくれるのだろうか?と興味が募る。音源での打ち込みとシューゲイザーが混ざった感触から言葉のフロウを抜き出した印象の「いたいけな惑星」でスタートし、サクサク曲を進めていく。MCではリアルタイムである『ちびまるこちゃん』から『サザエさん』がOAされてる時間帯の日曜日の辟易(笑)を話し、おそらくモニターの向こうでも共感を集めているであろうところに、小さく吐き出すように「冷たく燃える星の下で」を歌う。宅録イメージが強く実際、クラフトヒップホップが持ち味の彼だが、弾き語りでこんなに作品が刺さるとは意外でもある。それだけメロディと言葉が明快なのだ。
Mom
さらにはカオティックな新曲の「ゴーストワーク」もメロディの強さで聴かせる。とりわけサビの強さにはグッとくる。弾き語り向けにアレンジした楽曲をスピーディに繰り出し、MCも思いついたことを歌詞と同じようなニュアンスとテンションで話すのが、グッと彼のキャラクターに近づける印象だ。曰く、以前、終電を逃して赤羽駅から3時間かけて歩いて帰宅した思い出にまつわるアルバム『赤羽ピンクムーン』から同曲や「くたくた」、「あのよこのよ」を披露。原曲も弾き語りのこの3曲からうかがえる孤独感や死生観にはかなりあてられた。ラストの「卒業」まで様々な時代や形態の作品を10曲チョイスして、軽やかなのに胸に棘を残す。なかなかできることじゃない。
七尾旅人
大トリは七尾旅人。ステージを無数のキャンドルで彩るこの演出が最もハマっていると感じた人も少なくないだろう。1曲目は「このイベントに間に合わせようと」作った曲だという「ストーリーズ」。澄み切ったガットギターの音色に乗せて歌われる、どんなに弾き出されて道に迷っても一人だと思わないでという内容が染み渡る。思えばこの日、彼が選んだ曲はそういう温度の曲ばかりだった。波音のSEを流して、「リクエストをいただいた曲です」と、「湘南が遠くなっていく」を丹念に情景が浮かぶように歌っていく。
七尾旅人
続いては交流を持っている筋ジストロフィーの青年がいて、曲はできていたのだけれど、その彼、そしてジョージ・フロイド氏の死を契機にしたBlack Lives Matter(彼はこの運動の名前を使わなかったが)のこともあり、歌詞を書いたという「if you just smile (もし君が微笑んだら)」を歌う。キャンドルの灯りも手伝って、賛美歌のようにも聴こえる。運命が君を打ち捨てたとしても、君が微笑んだら世界が息を吹き返す気がするーーそうした歌を一人、淡々と歌うことをこの場所は許してくれる気がするとも語っていた。人々が表現をし、それに心を揺さぶられてきた人の思いが堆積したライブハウスという場所に対する感謝でもあったのだろう。コメントで「ハグされたような気持ち」と書いた人もいた「きみはうつくしい」で声により力がこもり、自然と涙が出る。ラストはトラックを流し、ボーカルエフェクトをかけた「サーカスナイト」。どの曲も今、微かな光でも決して消えない強さを称えるような響きばかりだった。ライブハウスに音を響かせること。その意味を刻み、同時に第一歩となるさすがのステージだった。

取材・文=石角友香

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