OLDCODEX Painter YORKE.『WHY I PAINT ~なぜボクがえをかくのか~』

OLDCODEX Painter YORKE.『WHY I PAINT ~なぜボクがえをかくのか~』

OLDCODEX Painter YORKE.
『WHY I PAINT
~なぜボクがえをかくのか~』
- 第91回♪THE BLUE HEARTS
/ パンク・ロック -

やあ。23年後の君。
誰かが敷いたレールに乗ることができなくなって
とりあえず方向を変えた。
新しい道やレールは全く見えなかった。

友達ができた 話し合えるやつ
でも友達がくれた言葉に耳を貸しても
最後までハテナマークが頭に浮かんで
自ら電車から降りることに決めたんだ。
ひとつの夢が終わった日、
はっきり諦めがついたんだ。

まさかまたこの場所に戻って来る日が来るなんて。
テレビでお前の活躍を見るたび、
心の底から本当に嬉しかったけど、
わざわざ連絡もしなかったし、それを伝えられずにいた。

まさか大人になって再会する日が来るなんて。
お前に名前を呼ばれて話をしたらさ、
一瞬でクラスメートの顔が浮かんで
心の底から本当に懐かしかったよ。
これからは連絡取り合おうぜ、って
連絡先の交換を提案してくれて良かった。
僕が高校を卒業して、
初めて母校というやつに足を踏み入れた。
当時はバスケ部で期待され、うまく結果を残せず
進路も思い通りに行かなくて、卒業して路頭に迷った。
あの頃はやるだけやった、なんて思ってたけど
今思えば、やれることしか思いつかないくらいで
それをずっと胸に抱えてたのかもなあ。

23年ぶりに再会したクラスメートが
指導者として戻り、当時の僕たちの面倒を見てる。
彼はラグビーでALL JAPANに選出され、その後華々しいキャリアで
現役を退いて、今もラグビーに人生を捧げてる。
よく懐いてくれてた後輩がまた、指導者となり
バスケットボールに人生を捧げてる。

僕はOBとして、練習を見学させてもらった。
パイプ椅子に座ってるOBの目線は、優しいけど
厳しくて、当時の僕が苦手だったやつ。
立場を変えるのは時間だけじゃない。
それまでどう時間と戦ってきたのか、
それを試されるパイプ椅子。
僕は、できるだけ控えめに、
目立たないようにちっちゃく座った。
帰りの車の中で、無性にブルーハーツが
聴きたくなった。
中途半端な気持ちじゃなかったなあって。

僕は引退してしばらくバスケットボールが嫌いになった。
最後に全てを奪っていった感じがして。
でも、自分で放ったボールがネットに吸い込まれていく感覚は
きっと死ぬまで忘れないだろう。
数年後、駒沢の夜の公園に誘われて、友達に煽られて
いやいやシュートを放った。
その日から今まで、誘われればルンルンで
前日から「何着ようかなー、バッシュはどれにしようかなー」
って時間を時々過ごしてる。

スポーツを通して学ぶこと、
大人にいくら言われても
高校の3年間じゃ、全然理解出来てなかったよ。
大人の僕は今でも学んでる。
きっと2020年、同じように思い通りにいかず
あの頃の僕がたくさんいるだろう。
君達もまた僕と同じようにずっと学び続けるんだろうな。
ワクワクするね。
それが仕事にも影響を与え続け、
僕はまたコート、、、じゃなくて舞台に上がっていく。
今は監督の指示じゃなく、自分の意思でね!

ひっさびさに「先輩!」と呼ばれて
くすぐったかったぜー。けどなんかうれし。
ありがと。

YORKE. / July, 2020

OLDCODEX プロフィール

2009年に結成。ラウド、ダンス、パンク等の様々な要素を取り込んだサウンド、それにインスパイアされながらアートワークを作り出すペインティングにより、観る者、聴く者の、五感を刺激する作品を打ち出している。TVアニメシリーズの主題歌を担当することも多く、『SERVAMP』『GOD EATER』『黒子のバスケ』『Free!』シリーズ等、タイアップは多岐にわたる。ライヴではYORKE.自らが制作に携わる巨大なセットという名のアートを背負い、その存在感を見せつけている。そして、バックドロップにも必ず手を加えるので、常に作り手の体温が感じられることも特徴のひとつ。15年に初の日本武道館公演、18年2月には横浜アリーナ公演を行なうなど国内を中心としつつ、アメリカ・台湾・中国・韓国・シンガポールでもライヴを敢行するなど、ワールドワイドな活動を展開している。OLDCODEX オフィシャルHP

OKMusic編集部

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