PSY・Sが
最重要ユニットである証明!
意欲的コンセプトアルバム『ATLAS』

『ATLAS』('89)/PSY・S

『ATLAS』('89)/PSY・S

7月22日、PSY・Sの5thアルバム『ATLAS』のアナログ盤と、『LIVE PSY・S Looking For The "ATLAS" Tour '89』のBlu-ray盤がリリースされた。これは彼らのデビュー35周年記念の企画で、『ATLAS』のほうは当時はCDとカセットのみでリリースされていたそうで、アナログ盤化は今回が初の試みである。松浦雅也監修の下、オリジナル・アナログマスターテープからダイレクトカッティングを実施した上、収録曲順、及びジャケットも本アナログ盤用に改修しているというから、ファン垂涎のアイテムと言える(下記コラムではCDの曲順に準拠)。今週はこれを記念して、『ATLAS』をピックアップ!

名曲「Wondering up and down
〜水のマージナル〜」

…ということで、PSY・Sの5thアルバム『ATLAS』を聴いたわけであるが、オープニングM1「Wondering up and down 〜水のマージナル〜」から軽くノックアウトされた。いい意味で“何だ、これは!?”と思って、この楽曲だけを何度かリピートしたほどだ。メロディーに耳馴染みはあったので、おそらく発売当時、楽曲そのものは確実に聴いていたのだと思う。もしかするとアルバム『ATLAS』も聴いていたのかもしれない。タイトルを見た時にピンと来なかったのは間違いなく自身の老化によるものだろうけど、タイトルも覚えてなければ、おそらく聴いたことすら忘れていたというのに、一聴して“!”となったというのは、それほどに「Wondering up and down 〜水のマージナル〜」のメロディーラインと、それを歌うCHAKA(Vo)の声の強度が高いという証でもあろう。自分自身が忘れかけていたことを棚に上げて、“この楽曲を忘却の彼方に追いやってはいけない”と強く思った。その意味でも今回の『ATLAS』のリイシューは異議深いことではあると思われる。

しかし、このメロディーはいったい何だろう? 若干ユーミンっぽいと思うところがないわけではないものの、それはほんの一瞬で、全体には北欧風なのか、和メロなのか──もっと言えば、ロックなのか、ポップスなのか、あるいは唱歌なのか、童謡なのか、簡単にはカテゴライズできそうもない旋律である。淡々と流れていくかと見せて高音に転じ、そうは言っても、下品にはならない程度にキャッチーさを保って進んでいく。ハイトーンの箇所は明らかにCHAKAのヴォーカル力の大勝利だと思う。とにかく、他で聴いたことがないメロディラインだし、自分の勉強不足もあるのかもしれないけれど、発表から30年以上経った今でも、「Wondering up and down 〜水のマージナル〜」と似たような旋律を耳にしたことがない。ビートの効いたダンサブルなロックチューンに、下手くそなラップと、そこに間に合わせたような歌メロをちょいと入れて、R&Bと言えば聞こえはいいが、一聴しただけではそれがK-POPなのか、○○○○○なのか、●●●なのかの区別が付かない、無個性な楽曲が跋扈していることを目の当たりにする機会も多い昨今。PSY・Sにしか創造し得なかったメロディを世に出したということだけで、彼らは充分に素晴らしい音楽集団であったし、改めて…で大変恐縮ではあるが、そこは大いに称えたいところである。

「Wondering up and down 〜水のマージナル〜」は、松尾由紀夫氏による歌詞もいい。恋愛の機微を直接的に歌うことが悪いとは言わないが、巷にあふれる流行歌、とりわけシングルで発表されるものの8~9割は恋愛ものだ。これは主たる消費者が10~20代だから…というのが定説だが、中高年も普通にロック、ポップスを聴くようになった現代もその傾向に変わりはない。その点、この楽曲は今からおおよそ30年も前の楽曲にもかかわらず、直接的な恋愛が描かれていないのである。タイトル通り、“水”の描写が中心だ。

《駆けてゆく子どもたち/にぎやかな笑い声/夏近く水辺のみどり/水あそび白いシャツ/息きらし追いかけて/ひとりずつ速く、速く》《みずうみに映る町/くねる道並ぶ屋根/透きとおる響きと奏べ/水にあふれるリバーサイドの日々/水に流れる水の流れる/ああ、こんなふうに思い出すなんて》(M1「Wondering up and down 〜水のマージナル〜」)。

メロディーによく合った、実に味わい深い歌詞である。叙事的描写からさりげなく叙情的な言葉につながるところが奥ゆかしく感じられて、とてもいい。1989年という時期においてストレートな恋愛物語を採用しなかったことは、当時のマーケットを考えれば、メンバーはともかく、スタッフ、関係者にはそれ相応の覚悟があったと想像できる。それでもこれをシングル曲としたことは大いに評価に値するのではないかと思う。

OKMusic編集部

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