鈴木慶一がその才能を
満天下に示した歴史的傑作アルバム
『火の玉ボーイ』

ティン・パン・アレイも参加

思わず熱くなってつらつらと長く書いてしまった。ここからようやく本題。アルバム『火の玉ボーイ』について記す。本作は“鈴木慶一ムーンライダーズ”名義となっているが、実質的には鈴木慶一のソロワークである。これはファンの間では有名な話で、鈴木氏自身はソロアルバムのつもりで作っていたところ、発売されたレコードの名義が“鈴木慶一とムーンライダーズ”で愕然となったと、のちに本人が述懐している。まだまだアーティスト主導に程遠い時代だったのである。本作がソロ作だったというのは、今、収録曲のクレジットを見るだけでも分かる。ムーンライダーズ編曲だけでなく、鈴木慶一編曲のナンバーもあるし、タイトルチューンのM4「火の玉ボーイ」はティン・パン・アレイの編曲だったりする。参加ミュージシャンも当然と言うべきか、ムーンライダーズのメンバーが多いものの、当時のメンバーが全員参加しているのは半分くらいで、残りは精々その2~3人が参加している程度。これまたタイトルチューンに関して言えば、武川雅寛(Vn)がひとりコーラスに加わっているだけだ。完全にバンドで作り上げた作品ではないだけに、そう考えると“鈴木慶一とムーンライダーズ”名義にしたのも納得できそうな気もするが…(※註:ここまでムーンライダー“ス”とムーンライダー“ズ”が混在しているが、誤字ではない。『火の玉ボーイ』では実際にそう表記されていたからで、ややこしいけれども、“鈴木慶一とムーンライダーズ”は原盤に則してムーンライダー“ス”とした)。

肝心のアルバムの内容を以下、ザッと解説していこう。グレンミラー風のピアノイントロから始まるM1「あの娘のラブレター」はロックチューン。跳ねるピアノ、ホーンセクションが全体に躍動感を与えているのもいい感じで、間奏に入るVeto GalatiのラジオDJも実にカッコ良い。M2「スカンピン」は、はちみつぱい時代に存在しているリフをもとに作り上げたというミッドバラード。イントロで主旋律を奏でるシタールや、スペクター風に鳴るドラムにこだわりが垣間見える。M3「酔いどれダンス・ミュージック」は、はちみつぱいのシングル「君と旅行鞄(トランク)」のB面だった同曲のセルフカバーだ。Aメロの頭からヴォーカルのファルセットが飛び出すソウルフルなファンクナンバー。アウトロで鳴るバイオリンがいかにもアメリカンな雰囲気を醸し出しつつ、エンディングではさまざまな和楽器が鳴り、不思議な感じで締め括られる。

M4「火の玉ボーイ」は問答無用のブルースナンバーである。ギターと鍵盤の流麗なプレイ、リズム隊のグルーブ、ブラスアレンジ、コーラス──どれをこれも震えるほどに素晴らしい。タイトルの“火の玉ボーイ”とは、この楽曲でベースを弾いている細野晴臣氏のことだそうで、だとすると《真夜中のスタジオで/あいつを見つけたら/サーチライトあてて 火の玉ボーイ/疲れた顔して去ってゆく/夜明けのほうへ》とのフレーズにはユーモアが感じられ、当時の細野氏の仕事っぷりを鈴木氏がどう見ていたのかも偲ばれて楽しいところでもある。M5「午後のレディ」はジャジーな鍵盤とウッドベースが印象的な洒落たナンバー。背後でずっと鳴っているバイオリンがポップさを与えているような気もする。A面はここまで。ちなみにA面=Side Aは“City Boy Side”なる呼称が付いていたが、それも納得の空気感である。

作曲家、歌手としてのすごさ

“Harbour Boy Side”と名付けられたSide B =B面は、M6「地中海地方の天気予報~ラム亭のママ」からスタート。ゆったりとした「地中海地方~」からスパニッシュな「ラム亭~」につながっていく組曲的な作りが興味深く、楽しい印象だ。M 7「ウェディング・ソング」は、これまたピアノとウッドベースが目立つジャジーな楽曲。ムーンライダーズのメンバーである岡田徹(Key)の作曲で、《月のカタバルトに乗せて 巡るかしら》といったフレーズが印象的な歌詞も鈴木氏と岡田氏で作っていったという。M8「魅惑の港」はポップなロックチューンと言ったらいいだろうか。イントロからサイケデリックな音が聴こえてくるが、歌詞にもそんな言葉があるようなので、アシッドな感じは意識的だったのだろう。メロディがリスナーの想像を超えて進んでいくような印象もあるけれども、現在、KERAと組んでNo Lie Senseをやっていることを考えると、その原型というわけでもなかろうが、何か妙に納得させられてしまうようなところがある。

M9「髭と口紅とバルコニー」はカントリーロック調のサウンドではあるものの、メロディーは和風──誤解を恐れずに言えば、戦後の流行歌のような味わいがある。鈴木慶一というアーティストの本質には、ポピュラリティー、親しみやすさがあることをうかがわせるナンバーでもあろう。フィナーレであるM10「ラム亭のテーマ~ホタルの光」は、M6の「ラム亭のママ」の本来のテンポに誰もが知る「ホタルの光」をつなげてある。誰もが知る…と言っても、レトロチックな面白いエフェクトがかかっていて、これも誤解を恐れずに言えば、何か奇妙な感じで終わる。

本当にザッと解説してしまったけれど、このアルバムは細かい部分を指摘していくとキリがないところがある。例えば、M2「スカンピン」の後半でゲップしている音が聴こえるがそれは鈴木氏のものだとか、M9「髭と口紅とバルコニー」では“この曲にはこの人の声が合う”ということで斉藤哲夫、南佳孝にコーラス参加を依頼したとか、そんな具合だ。この辺は『火の玉ボーイ』のリイシューのライナーノートに詳しく、どんなシンセを使ったとか、効果音をどうやって作ったとか、それこそどんなふうに作曲したのかとかも、鈴木氏本人が解説しているので、興味を持った人はそちらをお読みいただけたらと思う。この駄文の何倍も音源を楽しく聴けるガイドである。なので、細かいところはそちらに譲るとして、今回『火の玉ボーイ』を聴いて気づいた点を最後に少し触れて本稿を締め括りたい。

それは──改めて言うことではないのかもしれないけれど、日本的なメロディーと、鈴木慶一の歌のうまさである。メロディーに関しては、上記のM9「髭と口紅とバルコニー」でも指摘したが、M2「スカンピン」やM3「酔いどれダンス・ミュージック」もそうで、そののちに鈴木氏がクレイジーキャッツなどへのリスペクトを公言したこともよく分かるというか、ここでも原型を見る想いである。歌のうまさについては全編がそうなのだけど、白眉はM6-1「地中海地方の天気予報」だろう。低音からハイトーン、ファルセットまで、様々な表情のヴォイスパフォーマンスをこなしている様子は天晴れと言うべき代物だろう。このコラムの冒頭で氏のさまざまな活動を紹介したように、鈴木慶一は多彩な才能を発揮している音楽家ではあるのだが、そもそもソングライターとして、シンガーとしての能力が半端ない人であることがよく分かる。『火の玉ボーイ』は鈴木慶一のデビュー盤にして、その天賦の才を満天下に知らしめた作品と見ることもできるだろう。

TEXT:帆苅智之

アルバム『火の玉ボーイ』1976年発表作品
    • <収録曲>
    • 1. あの娘のラブレター
    • 2. スカンピン
    • 3. 酔いどれダンス・ミュージック
    • 4. 火の玉ボーイ
    • 5. 午後のレディ
    • 6-1. 地中海地方の天気予報
    • 6-2. ラム亭のママ
    • 7. ウェディング・ソング
    • 8. 魅惑の港
    • 9. 髭と口紅とバルコニー
    • 10. ラム亭のテーマ~ホタルの光
『火の玉ボーイ』('76)/鈴木慶一とムーンライダーズ

OKMusic編集部

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