ケラリーノ・サンドロヴィッチが語る
、緒川たまきとの新ユニット始動のこ
と、そして最新戯曲集のこと

演劇、ことさらエンターテインメント的なジャンルにとっては厳しいご時世の中でも、ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下KERA)は精力的に活動し続けている。この春に上演予定だった『桜の園』は初日直前に残念ながら公演中止、6月上演予定だったKERA✕古田企画『欲望のみ』も中止となってしまったが、『欲望のみ』の会場であった下北沢 本多劇場を使用し、情勢を鑑み上演スタイルを急遽変えてリーディングアクト『プラン変更~名探偵アラータ探偵、最後から7、8番目の冒険~』の無観客生配信と、映像作品『PRE AFTER CORONA SHOW The Movie』を仕上げてリモート配信。観劇不足でエンタメ飢餓感を抱いていた観客を驚かせ、笑わせ、かつ大いに満足させた。
そのKERAが引き続きこの秋も歩みを止めず、しかも新たな企画を起ち上げる。緒川たまきと二人で新ユニット、その名も“ケムリ研究室”を旗揚げし、書き下ろし新作『ベイジルタウンの女神』を上演するのだ。出演陣も仲村トオル、水野美紀、山内圭哉、吉岡里帆、松下洸平、尾方宜久、菅原永二、植本純米、温水洋一、犬山イヌコ、高田聖子ら、二人とゆかりの深い演者を中心に豪華な顔ぶれが揃うことになった。
新ユニット結成のいきさつと新作について、加えて6月に出版したばかりの自選戯曲集への想いなどを、KERAにたっぷり語ってもらった。
――新ユニット結成のきっかけはなんだったんでしょうか。いつ頃から考えていたことなんですか。
最初に考えたのは、8、9年前です。『キネマと恋人』(2016年初演)は、当時はまだ“ケムリ研究室”という名前はなかったですけど、実は二人のユニットの1本目にと考えていた作品なんです。でも様々な事情で、新ユニット旗揚げはもう少し待ったほうがいいという結論になりまして。それがこの度、ようやく実現するという流れです。​
――以前から、緒川さんはKERAさんの作品のブレーン的な存在だったそうですね。
作品によっては、本当にそうですね。でもスタッフとしては、いつもノンクレジットでした。それもあって、もっと共作しているんだという部分を堂々と打ち出せる場があってもいいんじゃないかと思ったんです。あとは、二人で起ち上げるユニットとなれば、彼女を中心にしたキャスティングができるということも大きいですね。今後は手作り感のある作品をやっていこうという志があるんですが、まず1本目に関してはちょっと派手にぶち上げようということで賑やかなもの、幅広い人に受け止めてもらえるハッピーな作品を、という気持ちがあります。緒川さんは野外劇とか二人芝居のような実験的な試みもやっていきたいようです。​
――へえ! それはまた先々の展開が楽しみです。まさに野外劇にしても二人芝居にしても、これまでKERAさんがやってこなかったジャンルですよね。
そう、だから僕はまったく自信がないんですけど(笑)。特に野外劇は、いろいろな偶発性に左右されるじゃないですか。テント芝居だとしたら、雨が降るとセリフが聞きにくくなってしまったりもするし。でも生涯に一度、そういうことに挑むとしたら、まあ、緒川さんとなら気楽な気もして。
――やってみたら、楽しい!と思えるかもしれないですし(笑)。
そうですねえ(笑)。よほどのきっかけがないと、やらないでしょうからね。この間のリーディング(『プラン変更~』)だってそうでしょう、あんな制約の多い舞台をわざわざ自分からやろうとは思わないですからね、誰かが背中を押してくれないと。まあ、役者さんはみんな「これ、全然リーディングじゃない!」と言いながらやっていましたけど。メタ・リーディングですね(笑)。​
――映像作品の『PRE AFTER CORONA SHOW The Movie』のほうも、このご時世だからこその作品になりました。
映像は特にそうですよね。新型コロナのことがなかったら、ああいうものを作ることもなかっただろうし。結果的には本当にやってよかった。​
――何年か経ってこの作品を観たら、この時代がどんなだったか思い出しそうです。
早くあれを「懐かしい」と思いたいですよねえ。
――「緒川さんとなら気楽にできる」というのは、これまでの共同作業もあって。
確かにそうで、これまでの作品の中で『百年の秘密』とか『祈りと怪物』、ああいうヘヴィな人間ドラマ系の作品は、台本執筆における彼女の助力が非常に大きいんです。​
――主にどういった部分を、考えてもらっていたんですか。
ストーリー的に、このままいくとまずいんじゃないか、とかね。「このままだと膨らみ過ぎて、物語が終わらなくなる」と言われるんです。「終わらなくなる」っていうのは、何度か言われましたね(笑)。「既に上演時間2時間分を超えていそうなのに、ここを膨らませたら絶対4時間超えになりますよ」と言われてシーンごと考え方を変えたり​カットしたこともありました。
――全体像を見て、意見してくれたりもするんですか。
そう、コントロールしてくれるんです。もちろん作品にもよりますけど。ナンセンスものや不条理劇系は基本、ノータッチです。
――これまでも作品に影響はあったけれども、こうして二人のユニットとなるとまた変化がありそうですか。
そうですね、分業ではあるけどプロデューサー的な責任が彼女にも生まれるわけですから。一応、脚本に関しても、またいろいろ相談に乗ってもらいながら書くことになると思います。しかし今はそれよりも、その前の段階ですよ。しっかり稽古ができるんだろうか、とか。現状は、この先どうなるか予想も立たない。できるものと信じて作っていかないといけませんからね。自己暗示をかけてでも上演できると思い込んだ上でやっていかなければ。本当にこんなことは初めてで、非常に不安定な状態の中でスタートを切ることになってしまいました。今だって、まさに不条理の極みみたいな状況ですから。どうしたらいいんだろうって悩むけど、こればかりはもう祈るしかない。
――現時点では、どこまで作業は進んでいますか。
珍しく、起承転結の起承くらいまでの大枠はできているんですよ。結末はまだわからない。シチュエーションはだいたい決まっています。とはいえ、この現状すべてのことが、何らかの形で作品に反映されていくと思うんですよね。具体的に何かを揶揄するものにはならないと思いますけど、置かれている状況から湧き立つ感情みたいなものは、どうしても反映されてしまう。また、そういう風に取られそうな題材でもあるんですよ。なりゆきで父親から会社を継ぐことになった女社長が、貧民窟で暮らすことになるお話なんですが。そこには、高田聖子ちゃん演じる幼なじみでライバルの社長がいて、貧民窟のほうにはキャストの多くの人たちがいる。そうした設定だけでも何かを揶揄しているように思われがちじゃないですか。結局だんだんと女社長が貧民連中に感情移入し、奇妙な連帯感が生まれていく。僕は以前から好きなんですよ、金持ちと乞食が入れ替わったり、侵食したり、侵入したりする話が(笑)。​
――どういうジャンルのコメディになりそうなんでしょうか。
シチュエーションコメディですね。ファンタジック・コメディ、ロマンチック・コメディとも呼べると思う。劇場を出る時に笑顔になれるような芝居ですよ。皆きっと誰もが楽しめる。ただし、​そんなにブラックではないので、毒の強いコメディが好きな人には若干物足りなかったりするかもしれません。僕はクスクス笑うようなタイプのものも好きなんですが、なぜか演劇の場合はクスクス笑う程度だとコメディとしては“失敗”だとされてしまう。映画と違って演劇ってゲラゲラ笑えるものだけが合格、それ以外の笑いは不合格、みたいなところがあるから。
――わかりやすく客席から笑い声が聞こえないと?
そう。でもニヤニヤとかクスクスには、ゲラゲラとは違う良さがあるんですよね。
――では、今回はニヤニヤクスクス系?
ニヤニヤ、クスクス、たまにゲラゲラみたいなところを狙っていますが、稽古するまでわからない。爆笑コメディになるかもしれません(笑)。
――キャスティングとしては、どうやって選んでいったんでしょうか。
とにかく、賑やかにしたいなと思いました。トオルくんとは、舞台に映像にと一時期しょっちゅう一緒にやっていたんですが、ここのところ少し間が空いていたので今回はぜひ、ということになりました。聖子ちゃんとは、実はこれまでご一緒したことがなかったので。意外でしょ? お互いにこれだけ長くやっているのにね。吉岡さんは、舞台を何度か観に来てくれていたし、緒川さんとはテレビドラマで叔母と姪の役をやっているんです。松下くんは以前からオーディション受けに来てくれたり、舞台も観に来てくれていたし。あと菅原永二くんも、実は初めてご一緒するんですよね。尾方くんとは『キネマ』以来かな。植本くんとはどういうわけか青山円形劇場でしかご一緒したことがなかった。初めての他劇場です。ヌクちゃん(温水)は僕の作品では犬山と共演してなかったので、今回は犬山とのコンビを見てみたいと思っています。水野はいまやとても信頼できるコメディエンヌになった。最近テレビでは、ちょっとやりすぎなくらいにエキセントリックですけどね(笑)。そして圭哉には絶対いてもらいたかった。彼みたいな人がいてくれると、安心できますから。​
――“ケムリ研究室”としては、今後もコンスタントに公演を行う予定ですか?
まずは3本くらい立て続けにやってみて、その後のやり方を考えたいと思っています。​
――では、このあとは野外劇と二人芝居と……。
いや、その3本の中に野外劇が入るかどうかはわからないですよ(笑)。
――既に楽しみになってしまって(笑)。つまりKERAさんの創作の場が、新たにもうひとつできたわけですよね。
ということですね。でもまあ、ナイロンでも、他のユニットでも、僕の場合、いつだってただただ地道に作るだけですよ。そうしたスタンスは変わりませんからね。​
――そして、このたび自選戯曲集も出版されました。2008年から2018年の11年間に執筆された5作品(ナイロン100℃篇『シャープさんフラットさん』『2番目、或いは3番目』『社長吸血記』『ちょっと、まってください』『睾丸』)と、3作品(昭和三部作篇『東京月光魔曲』『黴菌』『陥没』)を全2巻として出されましたが。
この時期に戯曲集が出るなんて、本当にありがたいことです。戯曲本自体が商売にならない、このご時世によくぞ旧作をまとめた戯曲集を出してくださったと、とても感謝しています。読み物としての戯曲に触れることに慣れない方は、最初はなかなか読み進めることが難しいかもしれませんが、でも映像で観たり、ナマの舞台を観て感じるのともまた全然違う、戯曲ならではの楽しみ方ってあるんですよ。そこにはビジュアルもなければ音もないわけなので、読者がそれぞれ文字から汲み取って自分の脳内で再現するしかない。あるいはそれを既に観ていて、知ってしまっている人は文字で読んだ時との印象の差異を楽しむこともできる。当然ながら、本の場合はいつ読むのを辞めてもいいし、何度読み直してもいいしね。僕としては、作品にもよるけどやっぱり文字で残したいんです、印刷物フェチとしては(笑)。それは別に何十年後の人々に読んでもらいたいという理由ではなくて、自分のした仕事が紙で残るということ自体が個人的にはすごくうれしいんです。今回この戯曲集を出すにあたり、自分の作品を久しぶりに読んだんですが、古い作品はストーリーなんてすっかり忘れているので単純に「どうなるんだろう、この後?」と思いながら読めて、面白かったですね。今の自分には書けないんじゃないかなと思ったりもしました。その一方で、ここはちょっとヘタクソだなみたいに思った部分もあったりするんですけど。
――そこには、特に手は加えずに?
はい。その時の自分はヘタクソを自覚しながら、それでも書きたいことを書くんだという思いだったかもしれないし。そこは当時の自分を尊重してあげたいという気持ちが強いんです。でも、我ながら本当によくこんなに書いたなと思います。分量もそうだけど、これだけ全然違う世界を、よくひとりの人間から生み出せたな、と(笑)。僕は1日に何枚かしか書けないので、積み重ねというものもすごく感じましたね。
――またこの戯曲集は、装丁、デザインがすごく凝っていて素敵です。
デザインがこんなに話題になるとは思っていませんでした。デザイナーさんとカメラマンさん、そしてハヤカワ書房さんのお陰です。この“コデックス装”という製本方法は、ずっとやりたいと願っていたんですけど、ある程度分厚い本じゃないとやっても意味がない。何かの機会にやりたいやりたいと言い続けていたのが、今回ようやく叶いました。
取材・文=田中里津子 撮影=池上夢貢

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