ミュージカル『えんとつ町のプペル』
が映像作品としてNYより配信! 現地
制作チームに訊くブロードウェイへの
道のり【後編】

2020年9月、オフ・ブロードウェイにて上演を予定していた新作ミュージカル『Poupelle of Chimney Town(えんとつ町のプペル)』。原作は、キングコング・西野亮廣の同名絵本。絵本は全ページ無料公開されており、現在までに展覧会『光る絵本展』や、萩谷慧悟、須賀健太らが出演した舞台(2020年1月~2月上演)、アニメ映画(2020年12月公開予定)と様々に展開されている。そんな本作をミュージカル化し、オフ・ブロードウェイでの上演を目指していたのが、ニューヨーク在住の3人の日本人クリエイターだ。しかし、世界を襲った新型コロナウイルスの影響により、彼らの挑戦もまた、一時中断を余儀なくされた。
9月に予定していた劇場での公演は中止に。しかし、制作チームは諦めることはなかった。俳優が各自の自宅で撮影した動画を編集し、今回限りの「映像作品」としてこの新作ミュージカルを配信することを決めたのだ。配信は、9月19日(土)・20日(日)の2日間。現在、配信上演に向けて、吉本興業プロデュースのクラウドファンディングサイト「SILKHAT」にてクラウドファンディングが行われている。8月8日(火)よりスタートしたクラウドファンディングは、終了まで1ヶ月余りを残す8月中旬現在で、すでに1200人以上の支援者を得、目標金額(1千万円)の80%に到達。公演は9月19日(土)・20日(日)の2日間だが、クラウドファンディングは9月27日(日)まで行われ、リターンとして公演チケットを購入した場合には、アーカイブ配信にて作品を見ることができる。
今回SPICEでは8月13日(日本時間)に、ニューヨークにいる小野功司(プロデュース)、撫佐仁美(振付)、Ko Tanaka(作曲)にZoomを通じて話を聞くことができた。インタビューは前編・後編に分けて2回でお届け。こちらは「後編」となるので、「前編」も併せてチェックしてほしい。
上段左より:小野功司(プロデュース)、撫佐仁美(振付) 下段:Ko Tanaka(作曲)
■日本のニュースが「映像作品」での配信を決めたきっかけに
――今回の配信は、出演者それぞれの自宅で撮影された動画を編集する形の「映像作品」としての公開です。
Ko:本当は、ぎりぎりまで迷っていたんですよね。無観客の劇場収録にしようかとか……。
小野:そう。迷っていたタイミングで、日本の劇場でのクラスター発生のニュースが入ってきて。これはやっぱり危険すぎるんじゃないか、ということで「映像作品」としての公開に切り替えました。
――特にニューヨークは被害が大きかったですし、プロデューサーとしては、そのあたりの判断も、制作期間中は難しいところがあったんじゃないですか?
小野:そうですね、ほんとに難しい。ニューヨークは、25%以下の収容人数でソーシャルディスタンスを保つことと、そのほか決められているプロトコルを守れば、劇場やスタジオも使用できます。ただほとんど使用されていないか、オープンしていないのが現状です。無観客であっても、撮影のために公演を行うことによって出演者やスタッフに感染者が出た時のリスク、安全性を考えた時に、今実行することは危険すぎる、あまりにリスキーだという考えが大半を占めているんです。もちろん、プライベートのミュージックスタジオなどでは、極少人数で録音したりはしています。ただ、大きなプロジェクトが動くのはまだまだ時間がかかりそうだなと思います。
3月のマンハッタンの様子(撮影:小野功司)
――日本では、50%以下の収容人数で劇場が動き始めてはいますけれど、ニューヨークでは25%以下と、条件が異なるんですね。
小野:そうですね。地下鉄に乗るのもみんな避けているような状態ですから。
Ko:そういえばこの間、駅で見かけた映画のポスターは3月公開で止まってましたね。
小野:映画館はもちろん、スポーツジムも美術館も開いてない。ニューヨークでは、まだ店内飲食もできない状態です。マンハッタンは特に人が少ないですね。あの周辺は、観光客がほとんどでしたから。逆に、クイーンズやブルックリンなどの住居地域では、地元の人たちが出歩き始めています。それでも3月以前に比べたらずっと少ない。
今回映像作品にした理由は、俳優たちの動きも関連しているんです。ニューヨークは、第一波がひどい状態でしたが、現在は他の州より落ち着いてきています。ただ、ブロードウェイが中止になったあと、その周辺にいても仕事がないからと、自分の町に戻っている俳優も多かったんですよ。そうしている間に、今度はニューヨーク以外の州でも事態が悪化していって、逆にニューヨークが他州からの移動を制限するようになった。それで、ニューヨークに戻ってこられない俳優もいて。無観客で劇場公演をしようとしても、集まることが難しかった、という点もありますね。
地下鉄の駅にもほとんど人がいない様子がわかる(3月撮影:小野功司)
■Zoomを前提に作り上げられた「今回限り」の作品
――Zoomを前提としての作品作りで、工夫されたことなどはありますか。
撫佐:振付では、Zoomの四角い枠の中でどう表現できるのかというところに焦点を当てていました。ステージングであれば、塊になって、舞台の上手・下手で動くとかもできますけれど、(Zoomでは)そういったフォーメーションが全くできないので。カメラに向かっての動きや、画面の右端に立つ、左端に立つ、くらいの動きはつけるようにはしているんですが、なにせまだ私も、完成した形を見ることができてはいないので、どうなっているか……。
――録音もすべて別々のところでされているんですか?
Ko:そうですね、僕はそこが一番大変でした。スタジオで録音するということは、エンジニアさんたちが管理して最適な状態を作ってくださるということでもあるんです。今回スタジオでの録音ができず、そうした当たり前のことができない状態では、全部をシンガーさんに委ねるしかない。歌っている部屋が広くて、あまり物がない状態であれば、反響音が入ってしまってうまくミックスできなかったり、機材も、場所や人によってはマイクよりもiPhoneで距離を置いて録音したほうがクリアになったりもする。録音した音を送ってもらって、割れていたらもう一回……とか、そうしたやりとりを日数かけてやっていき、一番きれいなものを混ぜ合わせて作っているんです。
ただ、面白いのは、そうやって、バラバラに録音しているんだけれども、一つのものに合わさったときに、ちゃんと音楽としてのエネルギーが生まれているんですよ。みんなが何かを叫びたがっているっていうのが、はっきりとわかる。特にフィナーレの曲なんかはそうなっています。いまシンガーたちの素材を集めているところですけれど、最終的にどんな風になるのか、とても楽しみにしています。
――YouTubeには、曲が数曲あがっていますよね。
Ko:そうですね。ただ、やっぱり、曲を断片として聴いていくのと、90分の物語として組み立てられたものを聴くのとでは、全く違います。今回初めて、頭から最後まで組みますので、一つの流れとしてミュージカルを楽しんで頂きたいという想いが強くありますね。
撫佐:今回、アンダースコアの役割って本当にすごいなと思いました。リーディングに参加していましたけれど、音楽がのせられたときに、全く違う作品になっているんですよね。「これ、本当に私がやったもの?!」ってくらい(笑)。音楽によって彩られるってこういうことなのか、と本当に思いました。素晴らしい効果なんですよね。
Ko:今回、リモートだったこともあって、稽古の時には、台詞と音楽を一緒に流すことができなかったんです。音楽を流して、一旦止めてから台詞を喋ってもらって、また音楽を再生して、って。ダッキング(メインの音声が鳴る際に他の音を絞って目立たせること)ができないので。でも、今回動画として編集する中で、台詞の下に音楽が流れていて、音楽が続いていく……そこがミュージカルの一番素敵なところなんだって、僕自身感じましたし、一番感動したところでした。それを聞いた時、「ようやくミュージカルになったな」って。
小野:初めてKoさんから音楽が上がってきたときのことは印象に残ってます。僕自身、今回本当に辛い期間もあったけれど、歌声や振付が入った映像を観た時に、鳥肌が立って、単純に「生きててよかった」って思ったんですよね。うまく言葉にはできないですけれど、どんなに辛くても、いい作品と出会うと、全部報われる気がするし救われる気がする。コロナ禍になる前に、僕たちは一度だけスタジオで録音したんですが、俳優さんの歌声がのったとき、ファーストテイクでスタッフ全員が泣いたんですよ。その瞬間に、正しい方向に行ってる、大丈夫だって確信して、あの時の幸せな気持ちは、忘れられないです。
Poupelle of Chimney Town - Poupelle of Chimney Town The Musical
■テーマは「信じぬくこと」 今の時代に『プペル』は一層胸を打つ
――キャストも音楽も、プロの方々が集まって、布陣は完璧ですね。
小野:そうですね、それはほんとに! 撫佐ちゃんの振付、Koさんの音楽、それからなにより、西野さんの原作・脚本が素晴らしい。すべてがそろった作品なんです。
『えんとつ町のプペル』は、「信じぬくこと」がテーマです。誰に何を言われても、「希望はある」と信じて挑戦し続けるというこのテーマが、奇しくもいまのエンタメの状況にマッチしていることは間違いないと思っています。この作品が持つテーマがより一層、胸を打つものになる状況・時代になっていることは、複雑ではありますけれど、すごく運命を感じますね。
撫佐:私たち俳優も、クリエイターも、みんな不安を抱えて数か月自粛生活を過ごしてきました。私自身も、出演予定だったのに中止になった舞台もあり、繋がりが断たれてどこか隔離されたような気持ちを味わいました。だからこそ、この『えんとつ町のプペル』というしっかりしたテーマのある作品に携わっていることが、私だけではなく、チームみんなの支えになっていたと思うんです。そうした意味で、本当に有難い4~5か月でした。それがようやく、中間地点ではありますけれど、映像の形で完成して、応援してくださったみなさんにお届けできるということが、本当に嬉しいですし、有難いです。
Ko:コロナ禍でエンタメの不要不急をいわれたりしますが、僕はエンタメの役割は「炭鉱のカナリア」という例えが最も的確だなと思っていて。世の中の空気を察知して叫ぶ役割というのか。コロナ禍になって半年経ち、みんなが平気で街を歩いているように見えるけれども、心の中ではまだ整理がついていない部分もある。そのモヤモヤしたものを僕たちが代弁できるのかどうか、それはわからないですけれども、なにかしらの叫びがこの作品にのっていったら、本当にすごいことだと思いますね。
■みんなで『プペル』をブロードウェイへ
5月には、NYカンパニーの俳優たちがリモートで主題歌「Poupelle of Chimney Town」を披露する動画が公開された
――配信によって、日本にいる方々にも見ていただける機会ができたという面もありますよね。
Ko:そう、日本語字幕もついていますしね。
――それは嬉しい!(笑) この作品の今後については、描いているものはありますか?
小野:まだ見通しが立たない状態ではありますけれど、希望としては来春、日本のお客様がニューヨークに来られる時期に劇場での公演ができればとは思っています。ただ、この先のことは本当にわかりませんから。
――再スタートを切ることになりますね。
小野:今回はあくまで中間地点で、目指すことは、今作っているものを、今できる最大限でやる、というところ。だから、劇場公演となれば、100%変わってくると思います。今回配信を観ていただいて、それがどう変わっていくのか、というのも一つ楽しんで頂けるポイントだと思います。
撫佐:キャストも、またオーディションから始める予定です。今回の配信で、お客様からの反応をダイレクトに感じられることは、私たちとしては、嬉しいポイントですよね。配信での反応を見ながら、調整して、オフ・ブロードウェイに向けてより良いものにできれば。
小野:そうだね。オフ・ブロードウェイ、ゆくゆくは、オン・ブロードウェイって、5年~10年のスパンで考えた時に、今ようやくゼロから0.5くらいになれたかなという段階で(笑)。今回の機会は、むしろすごく貴重なものになったのではないかと思っています。
――お客様からもフィードバックをいただきながら、みんなでこの作品を作り上げていく。ブロードウェイにのせる作品を作っていきましょう、ということですね。
小野:そうです。今回思い切って、配信への挑戦を決めたのも、僕たちのこの制作過程、ジタバタしている状況もすべて含めて(笑)、見ていただこうという意図もあるんです。それで、みなさんと一緒に、この『プペル』のミュージカルを作り上げていければ嬉しいです。
■「初めて見たミュージカルは『Poupelle of Chimney Town』!」そう言われる作品に
――オフ・ブロードウェイの次は、どんなステップを?
小野:まず、アメリカ国内ツアーに行きたい。『えんとつ町のプペル』は、『光る絵本展』もコンテンツとしてありますから、そうしたものとも連動させながらできればいいなとは思っています。それが成功したら、次は海外ツアーに。ミュージカルで、煙突でっていったら、もうロンドンですよね! 実はすでに足掛かりになる協力者も得ているんです。それから、西野さんはこの絵本を発展途上国の子どもたちに配ったりしているので、ミュージカルもそこに持っていきたい。あとは、やっぱり日本凱旋ツアーですね。そうして、本来は10年掛かると言われているオン・ブロードウェイを、5年で実現させたいと思っています。
――日本のツアーも含めて、楽しみにしています! 最後に、日本のみなさんへのメッセージをお願いします。
小野:この物語は、煙に覆われた町の中で、「星は必ずある」と信じている少年ルビッチが、一人ではなかなか行動を起こせなかったけれども、仲間ができて、二人なら、誰かと一緒なら、自分の信念を貫いて行動を起こせる、ということを描いた作品なんです。僕自身、「ファミリーミュージカルを世界に持っていく」という目標を持っていて、けれど、ルビッチと同じように、一人だったら行動できていなかったと思う。Koさんや撫佐ちゃんのような仲間が出来たことで、その挑戦がどんどん現実味を帯びて、こうして行動する勇気をもらえたんですよね。僕自身、それをとても幸せに思っているし、こうした状況になっても立っていられる、挑戦を続けられるのは、彼らがいるからなんですよね。この作品を通して、そうしたことを伝えていきたいと思っています。
撫佐:この作品のテーマである「自分を信じること」。それは本当に難しいけれど、そういうメッセージを込めた音楽、歌、台詞、振付すべてが、少しでもみなさんの希望や勇気になればいいなと思っています。
Ko:僕は、物語は魔力があると思っていて、その魔力というのは、人生の中でどれだけ時間が経っても残ることに表れていると思うんですよね。何年、何十年も経った後に、そういえばあんなこともあったな、みたいにふいに思い出してしまうような作品てありますよね。この作品がみなさんにとってそういう経験になればいいなと思います。
――素敵ですね。私も、小さいころに観た作品が、なにかに迷ったときなどにふと浮かんでくることがあります。
小野:ほんとうに! 数年後の子どもたちに「初めて見たミュージカルは?」って聞いた時、「『Poupelle of Chimney Town』!」って言われるような、そんな作品になりたいと思っています。
取材・文=森岡悠翔

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