ムーンライダーズの熟成された
バンドサウンドにニューウェイブを
注入した歴史的名盤
『CAMERA EGAL STYLO
/ カメラ=万年筆』
ニューウェイブの世界的先駆者
続くM3「無防備都市」は歌のメロディーの抑揚もさることながら、シャープなギター、ドライなドラムにニューウェイブを彷彿させるものがある。いや、ニューウェイブというよりもそこから派生したニューロマンチックと言ってもいいかもしれない。特にギターの音色やコード感、アルペジオは、これをリアルタイムで聴いていないリスナーにしてみると、ビジュアル系の匂いを感じるかもしれないが、その元祖と言われる音楽ジャンルがニューロマンティック=ニューロマである。ここで特筆すべきことは、ムーンライダーズがニューロマ要素を取り入れたスピード感。ニューロマの代表的バンド、Duran Duran、Culture Clubより早いのである。Duran Duranのデビューは1981年2月、Culture Club 1982年5月。ニューロマのバンドの元祖とも言えるUltravoxにまで話を広げると、そのデビュー作『Ultravox!』の発売が1977年2月だから、さすがにその全世界的先駆者がムーンライダーズだったとまでは思わないけれども、Ultravoxが商業的に成功したのは1980年7月リリースの4thアルバム『Vienna』というのが一般的な見方なので、ムーンライダーズの方向性の見据え方は世界的にも早かったとは言える。
ロカビリー調ツービートのM4「アルファビル」、シャッフルなM5「24時間の情事」からM8「幕間」まではバラエティーに富んだリズムの楽曲が並ぶ。この辺はいずれにもテクノポップ的な要素が並んでいる感じと言ったらいいだろうか。予想もしなかったフレーズが飛び出したり、それが思いも寄らない繰り返しをしたり、随所々々で“おやっ?”ということをやっているのは何ともらしい感じではある。とりわけ奇妙なのは「24時間の情事」の後半で聴こえてくる掃除機の音。これも先日の配信ライヴで慶一氏が再現していたのだから徹底している。そういうことをやるのが即ちニューウェイブかどうかの議論は一旦置いておいて、斬新であったことは疑いようもなく、アバンギャルドではある。
アナログB面1曲目M9「太陽の下の18才」は、オリジナルの忠実なカバーとは前述したが、それはメロディーやテンポを大きく変えていないという意味で、サウンドは大分面白いことをやっている。ギターもベースも鍵盤も若干不協気味だし、間奏のブラスは明らかに不安定だ。ドラムはバケツを叩いているそうだが、今となっては(少なくとも個人的には)そのソリッドさはわりと普通になっている印象で特に不自然さは感じないことは、逆説的にこの時期にムーンライダーズがやっていたことの新しさを物語っているように思う。キャッチーなM10「水の中のナイフ」に次いでは、The VenturesもカバーしたM11「ロリータ・ヤ・ヤ」。これもメロディーこそ原曲を踏襲しているのものの、明らかにサウンドが不穏だ。自身のアルバム『Istanbul mambo』に収録されていた「週末の恋人」のストリングスパートだけを抜き出して、そのスピードを変えたものを入れているというから、確信犯的に不穏なサウンドに仕上げたのだろう。M12「狂ったバカンス」、M13「欲望」、M14「大人は判ってくれない」辺りは極端な何かを注入している感はないものの、「欲望」冒頭の機械の音は(当時そんな言葉がその界隈で使われていたかどうか分からないが)サイバーパンクな感じだし、歌の抑揚はいずれもニューウェイブ的であると思う。
何と言っても面白いのは、ラストのインストM15「大都会交響楽」である。オリジナルのアナログ盤ではこの楽曲には特殊な仕掛けが施されていた。[アナログ盤ではピックアップ部を持ち上げないと(盤と針の物理的耐性を度外視すれば)半永久的に最内周(一般的なアナログレコードでは無音の部分である)がループするという仕様を利用]して、オリジナル盤のこの楽曲はエンドレスに続くようになっていたというのだ([]はWikipediaからの引用)。こればかりはアナログ盤でしか再現できないことで、CDではそのループされる部分を可能なまでに延ばしていたというから、後年までなかなか周りを騒がせる仕様であったと言える。しかしながら、ポピュラー音楽の枠すらを超えて“何か面白いことをやろう”という考え方は、まさしくニューウェイブ的精神の発露のひとつだったと言えるのではないだろうか。
TEXT:帆苅智之
関連ニュース