[Alexandros]川上洋平、クリストファ
ー・ノーラン新作『TENET テネット』
について語る【映画連載:ポップコー
ン、バター多めで PART2】

大の映画好きとして知られるロックバンド[Alexandros]のボーカル&ギター川上洋平の映画連載「ポップコーン、バター多めで PART2」。今回は、日本でも9月18日に公開された全世界待望のクリストファー・ノーランの新作『TENET テネット』を鑑賞直後に語ります。
『TENET テネット』
いやー、ちょっと放心状態ですね(笑)。ほんと10回は観たいレベルです。まず、クリストファー・ノーラン監督の作品はIMAXで観ないとっていうのがあって。IMAXの完成披露試写会もあったんですけど、残念ながら仕事の都合で行けなくて。それで、一刻も早く観たかったんですが、通常の試写会には行かずに公開まで我慢してて……いやー、IMAXで観て良かったです! いろんな意味で世界を救ってくれる映画だなと思いました。
前提として、このコロナ禍で世界中の映画館がクローズしてしまって、でも徐々に再開しているっていう状況があった。そこで『TENET』がいつ公開されるのかっていうのが、今後の映画ビジネスを左右するっていうところもあって。結果的に『TENET』がコロナ禍において初めて公開される大作になったわけですけど、“映画館で映画を観る”っていうエンターテインメントはやっぱり素晴らしいよね、っていうことを伝えてくれる作品だと思いました。
入口で熱を測るし、隣の席は空いてるんだけど、「そういう世界を取り戻そうぜ」って言ってくれてる気が僕にはしましたね。アメリカでも何回か延期されたり、いろんな声もあった中で、このタイミングで公開するって決断してくれた。まずはその男気に拍手を送りたいです。
『TENET テネット』より
■映画って「生なんだな」って思った
もちろん配信でも楽しめる映画もありますけど、劇場公開を延期していた『ムーラン』が「Disney+」で配信されたり、映画ファンとしては複雑な気持ちにもなっていて。映画って、舞台とかと違って生ではないけど、『TENET』を観て「生なんだな」って思いました。映画館という空間に自分以外の人もいるんだけど、いざ場内が暗くなって映画が始まると、1対1の“映画と自分だけの世界”になる。そのスイッチの切り替えを楽しむ没入感は生の体験だなって改めて思った。映画館が再開してからちょくちょく行ってはいましたけど、大画面でこのスケールの大作を観るのは、やっぱり何にも代えがたい体験でした。
アフターコロナとかニューノーマルって言葉が使われ始めて、「ミュージシャンもそういう風潮について行かなきゃいけないのかな」とか思ったりするんですけど、コロナ禍にリリースした[Alexandros]の「rooftop」っていう新曲には、<新しい世界とか いまいちピンとこないけど>とか<古ぼけたスタイルで 僕は君を愛していたい>っていう歌詞があって。僕としては、やっぱりできる限り昔からのスタイルで人前でライブをやっていきたいし、音楽をやっていきたいんです。おこがましいんですけど、エンタメに関わる端くれとして、今回の『TENET』の公開には近い気持ちを感じました。自分の信念を信じてやってきて良かったなって、すごく心を揺さぶられた。公開が決まった時もそういう気持ちになったけど、本当に映画館で観てこその作品だったので、観終わってみてさらに強く感じました。
『TENET テネット』より
■これまでの集大成でありながら、すごく深くなってるし、圧倒的に新しい
時間の逆行がテーマになっていて、順行と逆行が入り混じっていて、逆行してる時はマスクを装着するとか、思い出すと説明はできるんですけど、観てる最中はもう早すぎて(笑)。密度とかスピード感が異常。「全部時系列で説明して」って言われたら無理ですね。「今回ちょっと説明少なすぎません?」「難しさを極めてません?」って、してやられた感があります(笑)。早くもう一回観て、この話の続きをやりたいくらい。
だから、『TENET』の楽しみ方としてはふたつあると思っていて。まずはセリフでもあったように、感じてただ圧倒されるっていう楽しみ方。次はわからなかったところを確認するために、2~3回、多い人は10回観ても楽しめると思います。
僕はノーランの作品は全部観てますけど、時間の逆行というテーマは2作目の『メメント』と近くて。『インターステラー』は時間が逆行してるわけじゃないけど地球と5次元の時間軸が鍵になっているし、『インセプション』も時間の経過が重要。『ダンケルク』も、ノーランにとって初めて史実にもとづいた作品っていうところがまず大きいんだけど、3つの時間軸が存在してる。
映画の構成的には、説明から入るんじゃなくて“何かが起きている”っていう緊張感から入っていく点で『ダークナイト』を思い浮かべました。『ダークナイト』はまず冒頭で銀行強盗が起きて、ジョーカーが仲間を射殺するっていうシーンから入ることによって、一気に緊張感に引き込まれる。
そう考えていくと、『TENET』はノーラン作品の集大成というか、すごくファミリアな作品でもあって。でも、すごく深くなってるし、圧倒的に新しい。ノーランの執念を感じましたね。
『TENET テネット』より
■冒頭のテロのシーンにいろんなことが凝縮されている
僕は、冒頭の劇場でのテロのシーンに一番惹かれました。観客がドミノ倒しみたいに倒れていくのが、すごくかっこよかった。CGを使わない人のCGを使ってない画なんですよね。『ダークナイト ライジング』でも、アメリカンフットボールをやってるスタジアムで、ボールを持って走ってるうしろでグラウンドの地面がどわーって崩れて沈んでいって、そのうしろで大量の観客がうわーって動く。『ダンケルク』の橋の上にたくさんの兵士がいて空から銃撃されるシーンもそうですし。実際にあれだけの人がいて、それが一気に動くっていう不気味さ。まずその冒頭のシーンで震えて、そこからはずっと震えてましたね(笑)。
激しいカーチェイスとかヘリがガンガン飛びながらの銃撃戦に順行と逆行が混ざってるシーンもすごかったけど、ストーリーの流れとかも含めて、冒頭のシーンに凝縮されてると思うんですよね。次に観る時は、まずあの冒頭でいくつものことが理解できて「ああ~」ってなるんだと思うし。
『TENET』を観ると、ノーランって別にアカデミー賞とかどうでもいいんじゃないかって思っちゃう(笑)。人間ドラマも入ってるんだけど、それはあくまでも作品をわかりやすくするためのものであって。
ジョン・デイビッド・ワシントン演じる主人公が、悪役であるセイター(ケネス・ブラナー)の奥さんのキャット(エルザべス・デビッキ)に対して恋愛感情を匂わせたり、慈悲を感じさせたり、ニール(ロバート・パティンソン)との友情もある。『インセプション』と『インターステラー』の根幹にあった親子愛は、『TENET』では主人公の周辺にはあって。でも、主人公には名前も与えてなくて素性もわからないし、人間ドラマは周辺がメイン。僕には主人公がすごく透明な存在に見えました。それによって主人公の視点に感情移入しやすくなって、さらに作品に没入できるところもあるのかなって。
だからやっぱり、一番重きを置いてるのは、ストーリーが難しかったとしても、いかにして新しい映画体験を創出するかっていうところで。そういう面でも、まさに体験する映画だなと思いました。
『TENET テネット』より
■何かを作ってる最中に『TENET』を観たら、生半可な熱量で作っててはダメだって思う
コロナの影響で、まず8月末にヨーロッパとアジアで公開されて。トム・クルーズがアメリカより先に公開されたロンドンの劇場で『TENET』を観た動画を公開してましたけど、観て映画館を出る時に「どうでした?」って訊かれて、「I loved it!」「最高だよ!」って答えてて。ちょうど『ミッション:インポッシブル』の新作の撮影がコロナの影響で中止になって、また始まったっていう状況を考えると、早く『TENET』の熱量を『ミッション:インポッシブル』のクルーに伝えるために足早に映画館から出ていったんじゃないかなって僕は勝手に思ってます(笑)。撮影現場で悔しがりながら、『TENETすごかったぞ。気合い入れ直さないとヤバいぞ』って言ってるんじゃないかって。
だって、僕は今日3人で『TENET』を観に行ったんですけど、周りの人も含めて誰ひとりとして「いやー、おもしろかったよね!」って言ってなかったですから(笑)。良い意味で圧倒されすぎてて。「どうだった?」って訊かれても、まず言葉が出ないっていうか。難しいっていうのもあるんだけど、こんな映画観たことないですから。だから、いくら映画に精通してるトム・クルーズとはいえ、軽く「I loved it!」って、完全に強がりだと思うんです(笑)。
何か創作物を作ってる最中に観たら、「これはちょっと生半可な熱量で作っててはダメだな」って誰しも思うと思う。もちろんミュージシャンにとってもそう。本当にノーランはすごい。もう一回観ないとまだ観たことになってない気がしてます(笑)。早くまた観たいですね。

取材・文=小松香里

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