『ミッドナイトスワン』草彅剛×水川
あさみインタビュー 二つの“愛”と
マイノリティをめぐる日本の現実、作
り手の願い

9月25日(金)公開の『ミッドナイトスワン』は、『下衆の愛』やNetflix『全裸監督』で知られる内田英治監督が自らのオリジナル脚本を映画化した作品だ。新宿のショーパブで働くトランスジェンダー女性の凪沙と、育児放棄から逃れて東京に来た少女・一果(いちか)の姿を通し、様々な“愛の形”を描いている。
作品中で異なる形の“愛”を表現したのが、凪沙役の主演・草彅剛と、一果の母・早織役の水川あさみだ。マイノリティに対する差別や、ネグレクトなど、様々な社会問題を扱いながら、“愛”の物語を紡ぎあげるため、内田監督は入念なリサーチを行い、トランスジェンダーを公表している女優・真田怜臣などのアドバイスを受けて脚本を書き上げ、作品に臨んだという。劇中で対立する役柄を演じた草彅と水川は、作品に込められた想いから何を受けとり、どう演じたのか。インタビューでざっくばらんに語ってくれた。

「この座組なら大丈夫」と思えるふたり
左から、草彅剛、水川あさみ 撮影=iwa
――内田監督の脚本を読んだ際の感想を聞かせてください。
草彅:とても感動しました。「何なんだこれは!すごいな」「こういう形の愛があるんだ」と感激しました。すごいエネルギーというか、愛の塊のようなものを受け取って、理屈とかそういうものを超えて、こだわりのある素晴らしい作品なんじゃないかと思いました。嬉しかったですね。
――出演が決まってから読まれたんですか?
草彅:まず脚本を手渡されたんです。ぼく、あんまり人の話を聞かないんですよ(笑)。どういう役でオファーを受けたかもあんまりわかってなくて、マネージャーさんが「仕事が来たよ」って言うから、「そうか。読まなきゃ。たぶんこの役だな」って読んだら、「おお、すげえな」と。
水川:入口がそんな感じだったら、びっくりしますね。「ちょっと読んどくか」くらいだったら。
草彅:そうそう。何となくは聞いてるわけよ。
水川:でも、覚えてないんだよね(笑)。
(c)2020Midnight Swan Film Partners
草彅:なんとなく、うっすら覚えているくらいの感覚で読んでいて。改めてちゃんと読むと、「やべえじゃん」って(笑)。それと、オリジナルというのがすごくよかったんです。
水川:そうですよね。
草彅:オリジナルに飢えているというか……もちろん、原作があるものも素敵ですよ。この作品の前にやっていた『台風家族』もオリジナルで、監督が脚本も書いてくれて。やっぱり、オリジナルの良さってあるな、と。
左から、草彅剛、水川あさみ 撮影=iwa
――難しい役どころだと思うんですが、躊躇することはなかったですか?
草彅:あさみちゃんが出てくれると聞いたので、もうぼくたちふたりとも大丈夫だな、と。
水川:そうそう。
草彅:チームワークができているんだよね。あさみちゃんが出てくれるし、真飛(聖)さんも出てくれることになったので。お二人とは、『37歳で医者になった僕~研修医純情物語~』というドラマで共演していたので、「この座組なら大丈夫だ」と思いました。あとは、「みんなで早く撮影を終わらせて、一杯やりたいな」と(笑)。
水川:(笑)
草彅:でも、集中してやれたよね。ふたりのシーンもすごくいい感じになったし。ぼくが“母”で、あさみちゃんが“本当の母”で、ふたりが対決する場面は本当にクライマックスになるな、と思っていました。台本を読んだときもすごく衝撃的でしたし、それをあさみちゃんがやってくれるというんだから、「これはもう大丈夫だ」と。実際その通り、大丈夫になったと思います。
草彅剛 撮影=iwa
――水川さんは、脚本を読まれてどんな感想をお持ちになられましたか?
水川:私もすごく感動しました。あとはやっぱり、(凪沙役が)剛さんだと聞いて読んでいたので。どちらかと言うと、剛さんがこの役をやることに興味をそそられました。そのイメージで読んで、「もう、これはやります!」という感じでした。
草彅:(共演している時間は)少ないんですけど、とてもインパクトのあるシーンが撮れたな、と思います。
(c)2020Midnight Swan Film Partners
――水川さんは、早織という女性を演じるにあたって、どんな役作りをされたのでしょう?
水川:出演が決まってから撮影まで、あまり時間がなかったんですが、監督からは「映っても、水川あさみだとわからないようにしてほしい」と言われました。「イメージは、『モンスター』のシャーリーズ・セロンみたいな感じ」とも。ただ、そのアプローチでやるには時間がないなと思ったので、金髪にしたり、そばかすを描いてみたり、見た目の変化からアプローチしていこう、と。あとは、広島弁を話すので、そこでも違いを出したり。母親でもあり、愛情も持っているんだけど、育児放棄してしまうという切なさがある。私はまだ母ではないですが、したくはないけど、してしまうという“母性”のような愛情、そういう気持ちは誰でもわかると思うので……そういうところを考えながら、やりました。
水川あさみ 撮影=iwa
――広島という文化圏を踏まえた、バックグラウンドのようなものはあるのでしょうか?
水川:広島だから、ということは特には考えなかったです。どこの土地にも早織のような人はいるかもしれないし、いないかもしれないので、可能性の話をしてもしょうがないですし。ただ、彼女自身も“一果にしてきたようなこと”をされてきた。そういうことを繰り返してきた人だということは、監督はおっしゃっていました。
草彅:監督が書かれた小説には、描かれているみたいですね。だから、(バックグラウンドは)あるんだと思います。
――監督からは細かくは知らされず?
水川:そうですね。「このシーンの前はこうでした」と教えて下さる程度でした。だから、監督の中には、バックグラウンドはあったのかもしれないです。
草彅剛に「役を掴ませた」存在
左から、草彅剛、水川あさみ 撮影=iwa
――トランスジェンダー女性である凪沙を、草彅さんはどう理解して演じられたのでしょうか?
草彅:(トランスジェンダー女性にも)色んな方がいると思います。だから、ぼく自身は「できない」と思いました。あまり“女性っぽさ”みたいなものはいらないな、と。周りの出演者にもトランスジェンダーの方が多かったので、その中にいると自然に掴めたというか。
――例えば、凪沙はいわゆる“女ことば”(女性語)を使いますが、例えば母親と話すときなどは、そうではないですよね。使い分けは意識されたのでしょうか?
草彅:そうなんですよね。あれは、監督が台本にそう書かれていたので。ぼくも、やっていてよくわかってないんですけど(笑)。でも、「自然でいいんじゃないの?」という感覚でした。そのあたりは無意識です。あんまり考えすぎても、できるものじゃないと思ったので。ただ、これは結構大事なことだと思っていて。たぶん、あまり「こうだ」と思ってしまうと、わざとらしくなっちゃう。だから、本当に何も考えていないんです。一果役の(服部)樹咲ちゃんが今まで演技をやったことがない子で、やっぱり(撮影中も)演技していなかった。「これだ!おれも真似をしよう」と。
草彅剛 撮影=iwa
水川:へえ! 面白い。
草彅:彼女は“演技”を知らないから、すごく強いんだよね。
水川:そうね。
草彅:滅茶苦茶緊張はしているんですけど、それが一果なんです。だから、あまりテクニカルなことは考えず、もちろん段取りとかはあるんですけど、間違えちゃったら、またやればいいわけで。だから、一果を見ていて、ぼくもあんまり(役を)こねくり回すよりは、そこに“いる”つもりでやりました。監督もそれをわかっていて、細かくは言ってこなかったです。撮影が終わってから話をしたんですけど、あえてぼくには言わなかったそうです。
――一果役の服部さんが演技をしていない、ということを特に感じたのはどの場面ですか?
草彅:一果が東京に出てきて、凪沙のアパートに住み込むシーンですね。ほぼ順撮りで、最初のほうに撮ったんですけど、狭い部屋の中で彼女と対峙したときに、「ああ!一果だ。本当に一果だな」と思って。それが初めだったのがよかったのか、ぼくもあまり余計なことを考えずにスタートが切れました。すごく「役が掴めたな」と思った日で、そこからいい形に流れていけたというか。彼女を見ていると、本当に愛おしくなってくるんですよね。なんというか、「本当に田舎から出てきた子なんじゃないか?」って。
(c)2020Midnight Swan Film Partners
水川:(役だけではなく)本当に?
草彅:うん。なんか、不思議なんだよ。演技じゃなくて、ぼくの中で愛おしくなっちゃうというか。すごく当たり前なんだけど、“一果”なんだよ。一果に会っているというか、「この子は一果をやるために生まれて来たんじゃないか?」みたいな感じになるというか。でも、バレエをやるときは、アパートで見ていた彼女じゃないんだよ。踊ったときに、本当にびっくりしちゃって。その時はあさみちゃんもいたもんね。
水川:うん。
草彅:それで、凪沙に「この子からバレエを取り上げちゃだめだ。可能性を潰しちゃだめだ」と、本当に思わせてくれました。だから、ぼくは本当に大変なことはなかったです。凪沙になることに。

――一果(服部)がいたからこそできた、と。
草彅:そうですね。あとは、監督がチームを引っ張ってくれたからですね。何より、あさみちゃんもひっぱってくれたしね。あの時のあさみちゃんは影のリーダーみたいだったよね。実は“影の番長”だよね。金髪に染めてるから。
水川:ちょっと(笑)!
水川あさみ 撮影=iwa
――水川さんは一果役の服部さんにどんな印象をお持ちになりました?
水川:私の場合は、一果に対して暴力を振るったり、叩いたり、怒鳴ったり、アクションというか“ぶつけること”が多かったです。でも、そこに“いる”ということで成立する、すごく珍しい存在だな、と思いました。一果はセリフがあまりない役ですけど、ボソっと一言つぶやいたりすることにも、彼女は彼女なりにすごく考えていて、初めてでわからないから、「どうやって言うのが正しいのか?」と、正解を探そうとしていたんです。でも、監督と話をしたり、現場の雰囲気の中でそこに立って、“いる”ということで成立してましたよね?
草彅:そうだね。
水川:監督もちゃんとそこを見越してたよね。

(c)2020Midnight Swan Film Partners
マイノリティをめぐる日本の現実と作り手の願い
左から、草彅剛、水川あさみ 撮影=iwa
――この作品は“母性”というより、凪沙と早織それぞれが一果への“愛”に気づく物語だと思いました。お二人は、描かれた“愛”についてどう思われます?
草彅:“必要なもの”ですよね。人を好きになったり、人を思う気持ちって、大切なんだということ。100人いたら、100通りの愛し方や、人を思う気持ちがあるんだなって。だから、人を好きになることって、場合によっては勇気がいることもあるけど、いいことなんだよって、そんな風に思えましたね。
水川:人に対する、自分の子どもに対する“母性”ということじゃなくても、私は猫を飼っているんですけど、そういう動物に対する愛情も、比べるものではないのかな?とは思います。ただ、この映画を観て、愛情を表現することって難しいな、と思いました。凪沙の場合は、“母性”が育っていって、愛があふれ出てくる。とてつもなく自分からあふれ出てくるものって、周りにいる人にも伝わるんですけど、私の役は(一果への愛を)持ってはいて、愛しているけど不器用で上手く表現できない。その愛の大きさも、比較するものではないんだけど、同じ形なのに表現することで伝わり方が違う。“愛”って難しいな、と思いますね。一番大事なんだけど、一番難しい。
水川あさみ 撮影=iwa
――海外に目を向けると、トランスジェンダーを取り上げた映画やドラマがたくさん作られるようになり、偏った描き方の作品についての批判や議論が活発になっています。『ミッドナイトスワン』も日本映画としてはかなり踏み込んで描いていますが、表現に不安はありませんでしたか?
草彅:内田監督が(トランスジェンダーについて)すごく調べていて、もともと関心が高かったからこそ、この映画ができたと思うんです。デリケートな部分がたくさんあるから、もちろん不安なところはあったんですけど、監督のことをすごく信用できたので、すべて身を預けることができました。難しいテーマではあっても、監督の知識や思いが素晴らしかったので、「いい作品になるんじゃないか」と思っていました。現場にも本当のトランスジェンダーの方々が多かったですし。凪沙も特別な人間じゃなく、誰もが持っている悩みを抱えていて、ぼくらと変わらないと思いました。だから、デリケートな部分があっても、ぼくはあまり意識せずにできたと思います。それは、監督がそうできる環境を作ってくれたからだと思いますけどね。
草彅剛 撮影=iwa
――作品を観てから、認識が変わったことはありますか?
草彅:いいえ。以前からトランスジェンダーの方と面識もありましたし。ただ、監督は、「日本は(認識が)遅れているところがある」というようなことは、おっしゃっていましたね。
水川:内田監督は、ブラジル出身なんですよね。
草彅:海外出身なんだ? 日本もひと昔前に比べれば、オープンになってきているとはいえ、「遅れている」とは言われています。だから、そういう(認識の)方たちにも観てもらって、何かを感じてもらえると思うんです。人の気持ちはみんなそれぞれ違うけど、日本ももっと隠さず表現していいんじゃないか、とより思えました。
――水川さんは、社会的マイノリティとしての、トランスジェンダー女性の描き方について、どう思われました?
水川:“対決”シーンで、凪沙に衝撃的なことが起きて、それに対して早織が酷い言葉を投げかけます。でも、こういうのって、悲しいことに一般的な反応なのかもしれない、と思いました。剛さんが言っていたように、海外に比べると遅れているというのは、トランスジェンダーに対する認識に限らずだと思います。政治的なこともそうですし、同調圧力的なこともあったりもする。色んなことで遅れていて、「変わっていってほしい」と願いつつも、やっぱり現実に問題はある。この映画には、監督のそういう想いも込められているのかな、と思いました。
(c)2020Midnight Swan Film Partners
――今回のような題材に、今後もどんどん取り組んでいきたい?
水川:そうですね。何か特別な気持ちがあるわけでもないですし。どうですか?
草彅:うん。チャレンジしていきたいよね。
水川:やったことがないものに挑戦していきたいですから。伝えられることがあるなら、やっていきたいことの一つではありますね。
左から、草彅剛、水川あさみ 撮影=iwa
『ミッドナイトスワン』は9月25日(金)TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー。
インタビュー・文=藤本 洋輔 撮影=iwa

アーティスト

SPICE

SPICE(スパイス)は、音楽、クラシック、舞台、アニメ・ゲーム、イベント・レジャー、映画、アートのニュースやレポート、インタビューやコラム、動画などHOTなコンテンツをお届けするエンターテイメント特化型情報メディアです。

連載コラム

  • ランキングには出てこない、マジ聴き必至の5曲!
  • これだけはおさえたい邦楽名盤列伝!
  • これだけはおさえたい洋楽名盤列伝!
  • MUSIC SUPPORTERS
  • Key Person
  • Listener’s Voice 〜Power To The Music〜
  • Editor's Talk Session

ギャラリー

  • 〝美根〟 / 「映画の指輪のつくり方」
  • SUIREN / 『Sui彩の景色』
  • ももすももす / 『きゅうりか、猫か。』
  • Star T Rat RIKI / 「なんでもムキムキ化計画」
  • SUPER★DRAGON / 「Cooking★RAKU」
  • ゆいにしお / 「ゆいにしおのmid-20s的生活」

新着