深田晃司監督

深田晃司監督

【インタビュー】『本気のしるし ≪
劇場版≫』深田晃司監督 カンヌ絶賛
の最新作に込めた思い「原作漫画は、
女性を描く自分の原点」

 会社員の辻一路(森崎ウィン)が、偶然出会った女性・葉山浮世(土村芳)。彼女には、無意識のうちにうそやごまかしを繰り返し、男性を翻弄(ほんろう)する一面があった。そのために次々と厄介事に巻き込まれる辻は、いら立ちながらも、次第に浮世に引かれていくが…。10月9日から全国順次公開された『本気のしるし ≪劇場版≫』は、星里もちるの同名漫画を原作に、一組の男女がたどる運命を、緊迫感あふれる心理描写でつづったサスペンスだ。テレビドラマを再編集した作品でありながら、今年のカンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション2020に選出され、「(深田監督の)最高傑作」と絶賛された。熱望していた原作の映像化を実現させた深田晃司監督に、本作に対する思いを聞いた。
-深田監督は長年、『本気のしるし』の映像化を熱望していたそうですが、それはいつ頃からですか。
 20年前、二十歳の時に読んでから、ずっと「映像化したい」と言い続けてきました。とにかく、連載漫画ならではの、物語が次々と転がっていくストーリーテリングが面白かった。だから「これを映像化したら絶対に面白くなるはず」と。映画学校に通っていた頃から、人と会って「いい漫画原作ない?」という話になるたびに、「『本気のしるし』がいいですよ」と言っていました。
-その中でも、ヒロインの浮世に魅力を感じたとのことですが、その理由は?
 浮世は、ぽろっと男性の気を引くような発言をしてしまう女性です。ただ、それ自体は青年誌のヒロイン像によくあるキャラクターなんですよね。男性をメインの読者層に想定している青年誌に出てくるヒロインは、大なり小なり、男性の恋愛対象になり得るかどうか、というところで描かれがちです。でも、そういう男性目線で構築されたヒロインが、本当にリアルな世界にいたら、どれほどアンバランスな存在であるか。そういうことを描いているのが浮世だと思ったんです。しかもそれは、今までラブコメの世界観で浮世のような人物を明るく描いてきた星里先生にとっては自己批判的でさえあるように思えた。さらに、それが男性社会に対する批判にもつながってくる。そこがすごく面白かったし迫力を感じました。
-なるほど。
 だから、me too運動を経て、なお男性優位の強い日本で、そこにフォーカスを当て、映像化するのは面白いのではないかと。というよりも、今これを映像化するなら、そこにフォーカスせざるを得ないと思っていました。
-me too運動やジェンダーの問題は、映像化する上で強く意識していたということですか。
 意識していました。といっても、原作にそういう要素が多分にあるので、そこをきちんとすくい取っていこうということです。「浮世が男に押し切られ、不幸な目に遭うのは、彼女自身がだらしないからだ」と言う辻に対して、浮世の友人がはっきりと「NO」を突き付ける場面があります。このシーンはとても重要で、「女性が性的被害に遭うのは、女性側に非があるからだ」とする現実は、今も男性社会に根強く残っています。それに対して『本気のしるし』は、20年も前に「NO」を突き付けていた。そこはきちんとすくい取らなくてはいけない。さらに今回は、今の時代に合わせて、浮世が主体性を獲得して自立していく過程を、原作以上に強調して描くようにしました。
-原作が時代を先取りしていたということでしょうか。
 そうですね。あの時代にあの作品が出たのは、やっぱりちょっと異様でしたね。ジェンダー問題への社会的な認知はまだ不十分で、セクハラがようやく問題になり始めた頃ですから。そんな時代に星里先生があの作品を青年誌に連載していたのは、やっぱりすごい。今思えば、女性の描き方に対する異様な迫力は、当時にして先進的なジェンダー観に支えられていたんだな…と。
-深田監督は、昨年公開の『よこがお』(19)を始め『さようなら』(15)、『ほとりの朔子』(13)など、女性にスポットを当てる作品が多く、『淵に立つ』(16)でも女性が重要な役割を担います。そこには『本気のしるし』の影響もあるのでしょうか。
 そうかもしれません。それまで星里先生の作品では、女性キャラはメインの男性キャラの相手役という立ち位置が多かったですが、『本気のしるし』ではヒロインの浮世は、ほぼ相手役の辻と対等で、浮世のキャラクターがじっくり掘り下げられていく。そこがすごく面白かったですし。
-そうすると、ある意味この原作は、深田監督が女性を描く上での原点と言えるのでしょうか。
 そうですね。「男性社会の中で女性がどう生きるか」については、自分が男性だからこそ、関心を持たざるを得ません。自分がとても好きな小説家に富岡多恵子さんがいるのですが、その作品では男性社会の中で傷つきながら生きていく女性の姿が繰り返し描かれていて、影響を受けた作家によく名前を挙げるのですが、でも、考えてみたら、読んだのは『本気のしるし』の方が先なので、こちらが原点だったかもしれないな…と。
-そうなんですね。
 もう一つ、自分の映画では、瞬間的に出てくる暴力性の表現として、“ビンタ”を多用しています。『歓待』(10)、『淵に立つ』、『海を駆ける』(18)、『よこがお』…。いずれもビンタするシーンがあります。最初は特に意識していなかったのですが、さすがに最近は自分でも入れなければいけないような気になっていて、今回も…と思ったら、もともと原作にビンタのシーンがあって。これは、『本気のしるし』の影響だったのかな…と(笑)。他にも、今回の脚本を書きながら、「『本気のしるし』の影響を受けているかも…」と思ったことが何度もありました。
-そんな思い入れのある作品が、カンヌ国際映画祭オフィシャルセレクション2020に選出された感想は?
 ありがたいお話ですが、驚きました。漫画が原作ですし、どちらかというと娯楽性の強い作品なので、「カンヌ向きではないかな…?」と思っていましたから。だから、本当にびっくりしたし、懐が深いな…と。
-選出コメントでも「最高傑作」、「カンヌは今、現代の偉大なKリスト(是枝裕和、黒沢清、河瀨直美)の歩みに続く、濱口(竜介)から深田のような気鋭の監督の台頭を目撃している」と絶賛されていますね。
 そう言っていただけるのは、うれしいですね。日本映画はずっと「4K(黒沢清、北野武、是枝裕和、河瀬直美)」と言われてきましたから。若い世代としては、そういう評価を少しでも更新していけたら…と思っています。
(取材・文・写真/井上健一)

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