朴璐美、孤独に寄り添う芝居と歌声 
音楽朗読劇『黑世界』<日和の章>観
劇レポート【ネタバレあり】

TRUMPシリーズの新作である音楽朗読劇『黑世界 ~リリーの永遠記憶探訪記、或いは、終わりなき繭期にまつわる寥々たる考察について~』が、9月~10月に東京・大阪で上演されている。先日公開したオフィシャルレポートに続き、SPICEでは筆者が観劇した<日和の章>に出演する朴璐美にスポットを当てたレポートをお届けする。
※以下、物語のネタバレが含まれるので、観劇前の方はご注意を※
 本作は、鞘師里保が演じる主人公・リリーの物語でもあると同時に、朴が演じるラッカという女性の物語でもある。朴は今回の舞台で、5歳・10歳・30代・100歳を越えた老女のラッカをたったひとりで演じているほか、吸血種の青年役としても登場。年齢や性別の異なる人物を見事に演じ分け、その表現力と歌声で物語に奥行きと深みを与えてる。
◆オムニバス形式で描く、不老不死の少女の旅
音楽朗読劇『黑世界』
本作は、劇作家・末満健一のライフワーク的作品として2009年から続くTRUMPシリーズの最新作。同シリーズは、作品ごとに時間や舞台を変えながら、不死を失った吸血種《ヴァンプ》たちの運命を描いたダーク・ファンタジー作品だ。
今回新たな試みとして「shared TRUMPシリーズ」がスタート。その名のとおり、TRUMPの世界観を複数の作家が共有して創作する“シェアードワールド”という手法が用いられており、第1弾となる『黑世界』は6つの短編で構成されている。さらに、作家やキャストが異なる<雨下の章>と<日和の章>が、2作同時に上演されている。歌唱・演技ともに実力派のキャストは下記のとおり。朴は、<日和の章>に出演。
各話タイトル&作家、キャスト
<雨下の章>
(1)イデアの闖入者[作・末満健一]
(2)ついでいくもの、こえていくこと[作・宮沢龍生]
(3)求めろ捧げろ待っていろ[作・中屋敷法仁]
(4)少女を映す鏡[作・末満健一]
(5)馬車の日[作・降田天]
(6)枯れゆくウル[作・末満健一]
【出演キャスト】鞘師里保、樹里咲穂、池岡亮介、大久保祥太郎、新良エツ子、宮川浩、中尾ミエ、松岡充
<日和の章>
(1)家族ごっこ[作・末満健一]
(2)青い薔薇の教会[作・葛木英]
(3)静かな村の賑やかなふたり[作・岩井勇気]
(4)血と記憶[作・末満健一]
(5)二本の鎖[作・来楽零]
(6)百年の孤独[作・末満健一]
【出演キャスト】鞘師里保、上原理生、MIO、YAE、三好大貴、中山義紘、新良エツ子、朴璐美
◆朗読劇の概念を越えた舞台演出も見どころ
全ての演出・監修は末満健一氏、音楽は和田俊輔氏が担当。役者が椅子に座ったまま台本を読むスタイルではなく、ストレートプレイのように舞台上を動き、ときにはミュージカルのように歌い踊りながら演じていく。ソーシャルディスタンスに配慮した演出や、世界観を表現するのに欠かせないゴシックな衣装・舞台美術など、ただの「朗読劇」とひと括りにはできない豪華な舞台となっている。
<日和の章>鞘師里保
ストーリーは、鞘師が2014年に演じたTRUMPシリーズ2作目『LILIUM』の主人公・リリーが、不老不死の吸血種となってしまった“その後”を描いたロードムービー。<日和の章>は、罪の意識から自らを責め続けるリリーが出会う、贖罪と孤独、そして命の物語が描かれる。
◆幼女から老婆まで、ひとりの女性の人生を熱演
<日和の章>
朴が演じるラッカは、“永遠の命”を終わらせる方法を探すリリーが、あてのない旅の途中に出会った吸血種の少女。不老不死のリリーと、幼女から大人へ成長していくラッカの物語が、「家族ごっこ」「血と記憶」「百年の孤独」の3話にかけて紡がれる。ふたりの人生がまるで縦糸と横糸のように絡みあい、時の流れが表現されていくのだ。
公演全体の “時”を司る朴の演技は、見所がいっぱい。心から笑ったり怒ったり、リリーを「ママ」と慕って甘える5歳のラッカを可愛らしく演じるときは、声色だけでなく仕草や表情も5歳児そのもの。孤独だったリリーにとって、ラッカたちと過ごす時間がいかに安らぎと温もりにあふれた大切なものだったのかが、朴の芝居から伝わってくるようだ。ところがある日、リリーは自分の存在がラッカを不幸にしてしまうからと、姿を消してしまう……。
<日和の章>
リリーを探し続けていたラッカが30代になったとき、ふたりは再会する。また一緒に生きることを望むラッカだが、リリーは「私はあなたが死んだ後も生き続けなくちゃいけない。何十年、何百年、何千年も」と否定。するとラッカは「あたしはママを独りぼっちにはさせない」と強い愛と意志で訴える。5歳の頃と同じ素直さと、大人の女性としての強さで、リリーの“孤独と永遠”に立ち向かおうとするラッカ。その必死の思いを乗せた朴の歌声が、激しく胸を打つ。だが再び不幸がラッカを襲い、それを見たリリーはラッカから自分との記憶をすべて奪ってしまうのだった。
<日和の章>
最終章「百年の孤独」で記憶のないラッカのもとにリリーが現れたとき、彼女はもう100歳を越え、その命を終えようとしていた。年老いたラッカによるひとり語りと歌声は、まさに圧巻。朴が紡ぐ言葉から、舞台では描かれていないラッカの人生や、思い出せない大切な誰かと過ごした愛おしい日々が、その幸せが、鮮やかに浮かび上がってくるのだ。リリーとの会話の途中、ラッカが老女から一瞬にして5歳の少女に戻ると、ふたりの空白の“百年の孤独”が一気に埋まっていく。床に座り、届かなくても互いに手を伸ばしながら歌うリリーと少女ラッカ。子守歌のようなふたりのやさしい歌声からは、リリーの贖罪の旅路が、ただ辛いだけのものではなかったことがしっかりと伝わってくる。再び老女に戻ったラッカがリリーに贈った「孤独に負けないで、永遠に負けないで」という言葉は、この舞台のメッセージそのものだろう。朴が「あなたはひとりじゃない」という一言に込めた優しい重みに、じんと胸が熱くなった。
◆罪を背負う吸血種の青年役では陰のある芝居も
<日和の章>
さらに朴は、「青い薔薇の教会」で、人を殺した吸血種の青年・モスカータも演じている。先ほどまで5歳のラッカを演じていたとは思えない、ハスキーな声と陰のある芝居で苦悩する姿に、驚かされた観客も多いはず。この短編は、赦されざる罪を犯した者と、それを赦そうとあがく神父による、切ない罪と罰の物語。罰としての死が赦されないモスカータは、神父から「罰せられるためではなく、いつか赦されるために」生きることを課せられていたのだ。ふたりの罪と罰の物語は、リリー自身が背負う永遠の罪と重なり、その後の展開にほの暗い呪いをかける。償いのために青い薔薇を育てるモスカータの誠実さや、罪の意識に苛まれるあまり衝動を爆発させてしまう危うさを、朴は繊細に演じてみせた。たった一編の物語だが、いつまでも胸に刺さり続ける芝居と歌声が印象的だった。
<日和の章>
◆主人公のドラマを引き立てる、朴の表現力
ひとつの公演で、これだけ幅広い役を演じる朴の芝居が堪能できる音楽朗読劇『黑世界』。同じ役者が演じるからこそ引き立つ時の流れやテーマの重みが、永遠を生きる主人公のドラマをより深く優しく掘り下げているのだ。
例え赦してくれる人のいない永遠の罪だとしても、孤独から救うことはできないとしても、その痛みを分かち合いながら一緒に生きることに、きっと意味はある。つないだ手の温もりを覚えていれば、孤独に負けず永遠を生きられる。絶望のなかにあって、希望を抱くことの意味を感じさせてくれる今回の舞台。リリーの旅に、ラッカの祈りが寄り添い続けますように──。
<日和の章>
音楽朗読劇『黑世界 ~リリーの永遠記憶探訪記、或いは、終わりなき繭期にまつわる寥々たる考察について~』は、10月14日(水)~10月20日(火)まで、大阪・COOL JAPAN PARK OSAKA WWホールにて上演中。また、<雨下の章><日和の章>のDVD&Blu-rayも、2021年2月21日に同時発売。
文・構成=実川瑞穂

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