ヒグチアイ “選択”し進んだ先に見
えた希望ーー約9ヶ月ぶりのキャパシ
ティ100%での有観客ライブ『独演会[
一対一]』東京公演をレポート

ヒグチアイ 独演会[一対一]

2020.11.14 渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホール
再び増加傾向に転じた感染者数に、このコロナ禍はどうしたって長期戦になるんだなという覚悟をせざるを得なくなった2020年秋。ヒグチアイは、9か月ぶりとなる配信無しの有観客公演『ヒグチアイ 独演会[一対一]』を、11月14日に渋谷区文化総合センター大和田 伝承ホールにて開催した。
9月には、収容人数を抑えた有観客ライブと同時に生配信を行うという“一歩”を踏み出していた彼女だが、客席を100%満たしてライブをするという今回の決断に至るにはさんざん悩み、葛藤もしただろう。もちろん、マスク着用、入場時の検温に手指や靴の消毒、換気、規制入退場など、徹底した感染対策を講じての公演ではあったが、そこまでやっても、いや、どこまでやっても、大丈夫なのかどうかは誰にもわからないのだから。それでも。数々の制約がある中で慎重につかみとった音を楽しむ幸せは、なにものにも代えがたかったなとしみじみ思う。
ヒグチアイ
ステージには、一台のグランドピアノ。たくさんの色がちりばめられた素敵な衣装を身にまとって現れ、深くお辞儀をしてピアノに向かったヒグチアイ。ライトひとつだけがステージを照らす中、「東京」のイントロを彼女が静かに奏で始めると、すぅっと吸い込まれてしまうような感覚に陥る。客席には隙間なく観客が座っているのに、タイトルそのまま“一対一”のようだ。久々の没入感に心が満たされていくのがわかる。
赤いライトが照らす中で、エモーショナルな歌声と躍動するピアノ、<逃げるな>など数々のフレーズが容赦なく突き刺さる「前線」。ヒグチが立つステージ、それぞれが選んで座るその場所もまた、ひとつの“前線”だ。
ヒグチアイ
「こんな日々の中、このライブを選んでくれて本当にありがとうございます。うぅ、人がいる! めちゃくちゃ嬉しいです」
心からの言葉に、こちらも感極まってしまいそうになる。
「お客さんが隙間なくいるって、なんだか……不思議な気持ちになってしまう。人は慣れる生き物だなと思います。だからこそ、当たり前のことに感謝して生きることができた数か月間でもあったはず。しんどいことのほうが多いけど、みんなの顔が見られて幸せです」
そんな言葉からの「わたしのしあわせ」。軽やかなピアノタッチ、まるで少女のような歌声に気持ちが弾む。<ここにいれるだけで 大丈夫 しあわせ>というフレーズを、ヒグチもオーディエンスも噛みしめていたはずだ。
「東京に出てきてからの自分に似ている」と前置きした「三人」は槇原敬之のカバー。自身の思い出を重ねて歌うそれは、オリジナルとはまた異なる輝きを放つ。“変わっていく”渋谷で歌うリアルがあった「東京にて」。この日は<今日を生きることが 明日につながるから>というフレーズがやけに響いた「ラジオ体操」。歌声を、想いを生で浴びることができるライブは、平凡で息苦しい日々に彩りを添え生きていくための力をくれる。
ヒグチアイ
ヒグチアイ
開演前の場内に流れていたBGMが、“ハンガリー出身の作曲者”をテーマに選んだものであるいうことを明かし、「ハンガリーに行くという目標ができました」と夢も語ったヒグチ。『お悩み相談コーナー』では、恋愛や仕事、家族についてなど、さまざまな悩みを抱える人たちに、自分の言葉で真摯にこたえていった。「好きなことをしたいのであれば嫌なこともしなければいけない」「血がつながっていなくても、友だちでも、家族みたいに思える人がいればいい。そこに帰りたいと思える場所があればいい」。彼女のそうしたごまかしや偽りのない言葉・歌詞は、時に気づきをもたらし、時に救いにもなるのだ。
悩み多き人生に<思うままに 進んでゆけ>という言葉が灯火になる「まっすぐ」から繋ぐピアノアレンジ、「ココロジェリーフィッシュ」への流れもまた、なんという心地のよさ。「わたしはわたしのためのわたしでありたい」の、泣きたくなるような肯定感と高揚感。“うたい続けると誓うよ”と歌う彼女は、凜として美しい。
ヒグチアイ
そして、9月のライブで初披露した新曲「mmm」。コロナ前のように声を出せなくても、ハミングを重ねられる曲だ。様変わりした世の中で、<生きていくんだ 背負ったままで>と歌う彼女の決意。それぞれの想いをのせたオーディエンスのハミング。どんな世の中になっても気持ちはひとつ。
鳴り止まない大きな拍手に、再びステージへと呼び戻されたヒグチ。膨大な選択肢の中から選んでくれたことへの感謝をにじませる「ほしのなまえ」も、<背中を押す無数の手のひら>を感じながら歌ったであろう「備忘録」も。痛みに向き合い続けてきた彼女の温かくやさしい歌声は、困難が続く日常をこれから歩んでいくには欠かせないもの。そう、あらためて思った。
ヒグチアイ
元通りになるにはまだまだ時間はかかるかもしれないし、もしかしたら元通りにはなれないのかもしれない。だったら、自分で選んで新たな道を進んでいこう。そう決めたヒグチアイ。ひとつひとつのチョイスが自分の人生を形作っていくのだから。彼女の歌声と言葉を胸に、我々も後悔しないように、選んで、進んでいこう。

文=杉江優花 撮影=藤井拓

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