佐藤竹善が音楽の豊かさと温もりを伝
える恒例のクリスマスライブ、2020年
は「それぞれの思いを深められるよう
な、いい時間にしたい」

佐藤竹善SING LIKE TALKING)は、2013年リリースの『Your Christmas Day』にはじまって、これまでに4枚のクリスマスアルバムをリリースし、そして2014年からは毎年クリスマスの時期に『Your Christmas Night』と題したツアーを行なっている。そのツアーでは、江藤良人(Dr)、井上陽介(Ba)、宮本貴奈(Pf)から成るThe Jazz Creaturesと、いわゆるクリスマスソングの枠を超えて、さらにはジャンルにも縛られない多彩な楽曲たちを洗練されたアレンジで聴かせるステージを展開。音楽の豊かさと温もりを各地に伝えてきた。コロナ禍で開催が危ぶまれた今年も、東京、大阪、横浜での公演が決定し、ファイナルとなる相模女子大学グリーンホールのステージは配信で全国に届けられることになった。ここでは、バンドのメンバーのプロフィールから今年のセットリストのポイント、そしてこの先の見えない状況のなかでツアーに向かう心情までを、佐藤にじっくり語ってもらった。
――The Jazz Creaturesのメンバーと最初にツアーをまわったのは2014年のことですが、その時点ではどういうところをポイントにおいてメンバー選びを進めたんですか。
バンドスタイルとして最小限の編成でやれるメンバー、しかも臨機応変にいろんな音楽性に対応できるということをポイントに考えていました。ただ、最初の頃はクリスマスソングを演奏する場合にジャズ的なアプローチが中心になるだろうなと思っていたんですよね。それから、メンバーそれぞれの編曲の才能も生かしていければいいなという考えもあり、クリスマスアルバムのレコーディングにいろんなミュージシャンに参加してもらって、そのなかからツアーメンバーとして一緒に動ける現実的な状況も考慮しながら、あのメンバーに固まっていったという感じです。
――井上さんや江藤さんは、特にジャズのフィールドが活動の中心になっていると言っていいと思いますが、“最初の頃はジャズ的なアプローチが中心になると思っていた”ということも彼らをピックアップした理由の一つでしょうか。
そういうところもあったと思いますが、貴奈ちゃんも含め彼ら3人は、そもそもいろんな音楽に対する解釈の仕方がフラットというか。その楽曲の本来のスタイルがどういうものなのかということがちゃんとわかっているということと、同時に音楽性が幅広いということ、その両方を兼ね備えているということが大きいです。『Your Christmas Day』で「Winter Wonderland」という曲をレコーディングした時に、ジャズ的アレンジだったんですけどロックのグルーヴも感じられて、その具合が非常に良かったことなどで、いよいよこのメンバーに絞られていったということがありました。だから、ツアーのメンバーが彼らに固まってからは、レコーディングはいろんなメンバーでやるんだけれども、その楽曲をツアーではこの4人であらためて解釈した形で表現するというふうになっていきていると思います。
――音源の再現とは違って、この4人ならではの表現がライブでは展開されるというわけですね。
この4人でレコーディングした音源はそれを再現する場合もありますし、再現可能なものはその方向でまず考えるんですけど、なにせ取り上げる楽曲が、ロックンロールもあればラテンもあるし、というふうにいろんな音楽がありますから。このメンバーでは敢えて再現という方向じゃないほうがカッコいいという判断をする場合もあるということですね。
『Your Christmas Night 2019』
単なる伴奏に終始するようなプレイヤーを選ばない。僕も彼らの演奏に対応して歌の表現を変えますから。
――なるほど。では、3人それぞれの人となりも紹介してください。
まず江藤くんは、このバンドにおいてはいちばん年下なので、みんなの言うことをしっかり聞きながら、でも根は頑固ですからね(笑)。その良さがいいバランスで表れているんじゃないでしょうか。
――プロフィールの“好きなドラマー”の項を見ると、コージー・パウエルの名前を挙げているということからも音楽的な出自が伺えますよね。
そうですね。ハードロックとプログレをしっかり通ってきて、特にプログレに関してはキング・クリムゾンの26枚組ボックスセットをいつ買おうかと考えているような人です(笑)。自分のリーダーアルバムも出していて、それを聴くと、一般の人が聴きやすいジャズではなくて、リズム主体のもっとアグレッシブなアプローチを展開していたりして。非常にアーティスティックな一面も持っているんですが、このバンドではグルーヴをしっかり支えるということを中心にやってくれています。奥さんがシングライクの大ファンで、二人で僕らのライブをよく見に来てますから、僕のことは昔からよく知ってるみたいですね。
――ピアノの宮本貴奈さんはいかがですか。
このバンドにおいては、実は姉御という感じです。
――(笑)。ライブのMCのやり取りを聞いていると、彼女もけっこうお酒が好きなようですね。
飲みますね。飲むと、いよいよ姉御という感じで、僕ら3人が従ってるという感じになります(笑)。
――ベースの井上陽介さんは?
陽介さんは、非常に控えめな優しい人ですよ。ただ、3人ともバンマスをやるタイプのミュージシャンですから、それぞれにしっかり主張がある人たちですよね。
――竹善さんが一昨年リリースされたクリスマスアルバム『Little Christmas』には、このバンドのライブ音源が7曲収録されていますが、それは2014年と2015年、つまりこのバンドとしては初期の演奏をピックアップしていますね。
それは、出来が良い音源だったので、初期のを聴いてる段階で選曲しちゃったっていうのもあります(笑)。
――このバンドでのクリスマスの時期のツアーは、2014年から毎年行われて、今年が7年目ということになるわけですが、そのライブ音源としてリリースされている演奏から何か変化はありますか。
やっぱり最初は初めての組み合わせということだったし、選曲や音楽的なアプローチは僕が決めますから、さっきも話したような、それぞれの個性がこの4人の組み合わせのなかで一体になるには3年くらいかかったような気がします。もちろん1年目も2年目もクオリティーはすごく高かったですが、ジャズのセッションでよくある一期一会的な演奏が主体だったんですよ。それが、3年目、4年目、と同じメンバーでライブを重ねていくと、ロックやポップスと同じようにバンドになっていきますよね。だから、最近はセッションマン的な良さとバンドの良さを兼ね備えた演奏になってきていると思いますね。
――ライブを重ねるなかで、コーラスワークというか、歌うことにもどんどん積極的になってきているんじゃないですか。
彼らはみんな歌うことが好きなんですよ。そういう部分は、やっぱり新しい世代のミュージシャンだなと思いますね。昔の世代は職人肌的というか、自分の楽器以外はやらないという人も少なくなかったですけど。この3人はいろんな音楽を通ってきてるから、インストゥルメンタルではない音楽については自分がまず歌いたいという思いを抱きながら演奏しているところがありますよね。だから、気がつくと歌のリハからやろうとしたり、歌のリハのほうが演奏する時間より長かったりします(笑)。
――竹善さんをフィーチャーしたバンドですから、演奏するのは基本的にはボーカルものの曲になるわけですが、歌に対する思いが強いから彼らの演奏は単なる伴奏にとどまらないものになるんでしょうか。
歌への思いが強いからということもあるでしょうが、そもそも僕は単なる伴奏に終始するようなプレイヤーを選ばないんです。それは、シングライクでも同じなんですけど、その楽器としての主役感があって、ボーカルとデュエットしているような感覚で演奏するプレイヤーを僕は選びます。彼ら3人も、“自分の演奏があってこそ、この歌があるんだ”という意識で演奏しているはずですし、僕も彼らの演奏に対応して歌の表現を変えますから。そういうコミュニケーションが自然に行われているバンドですよね。
『Your Christmas Night Again』2015年
サプライズも必要だと思ったので、2曲だけ“えっ!? これをやるんだ”という曲を、クリスマスアルバム以外のオリジナルから選んでます。
――さて、そういうバンドで今年もツアーを行うわけですが、竹善さん自身も久しぶりのツアーになりますよね。
そうなんですよ。最近ようやくライブがポツポツと行われるようになってきましたけど、5月、6月の頃は“今年はもう一切ないんだろうな”と思ってました。だから、ライブをやれるだけでも嬉しいというところもありますけど、同時にライブ配信の体制やその精度が整っていくスピードの速さにも驚いてます。
――今日も、この取材の後リハが行われるようですが、もうセットリストは決まっているんですか。
はい、決まっています。今回は、東京、大阪、横浜と続いて、最後に配信もやる相模女子大のライブがあるわけですが、そこまでは全部ビルボード系の会場です。ビルボード系の会場では、1ステージが大体70分くらいなんですよね。今回は12曲くらい用意してあって、でもその時間だと実際に演奏するのは8曲くらいになると思うんですよ。つまりステージごとに4曲くらいは入れ替えながらやることになるので、用意した曲をフルで楽しみたいという方は相模女子大のライブに来ていただくか、あるいは配信をチェックしてください、ということになります(笑)。
――(笑)、相模女子大のライブが、今年のツアーのプレミアム版になるということですね。
それから、配信ライブとなると、洋楽の曲のなかには演奏の許可が出ない曲があったり、出たとしても莫大なお金がかかってしまうという現実があって。これは法律が現実に追いついていないということでもあるんですけど、そういう事情も踏まえ、というか現在のこの状況を逆手にとって、スタンダード曲の魅力をあらためて伝えるコンサートにしてしまおうという考え方で選曲しました。だから、今回はシンクロ権の縛りがないトラディショナルな、王道のクリスマスソング、スタンダードナンバー、それに僕のオリジナルだけで構成するセットリストです。配信ライブということで何か特別なことをやることも考えたんですけど、でもこのバンドで毎年やってきたクリスマスのライブを、地方のファンのなかにはまだ見たことがないという方もけっこういらっしゃるから、この機会に毎年僕らがやってきた感じの、そういう意味でも王道のライブを見てもらうことにしました。
――8月末に行ったシングライクの配信ライブの反響として、入院されている方がライブを見られたことを喜んでいたという話を聞いて、なるほどなあと思ったんですが。地域的な事情とは別に、ライブを見ることが難しいという方にとって、配信ライブはとても有用な形ですよね。
そう思います。確かに、いろんな事情を抱えている方がいて、そういう方はライブが見たくてもDVDにならないと見られないわけですよね。すごくメジャーなアーティストだったらテレビで生中継ということもあるかもしれないけど、そういうアーティストは限られますから。僕自身は、今回のことが起こる前からいろいろ考えていたことでもあるんです。例えば、映画館でライブ中継を見るという形がありますよね。
――ライブ・ビューイングですね。
そうそう。シングライクは全国津々浦々までライブで出かけるということはなかなか難しいですから、そういう形をうまく使えないかなあと思っていたら、こんな状況になって配信というシステムがどんどん整ってきたわけです。それは、僕らだけじゃなくいろんなアーティスト、特に新人アーティストにとってプラスになることだし、お客さんにとっても嬉しいことであるわけですよ。さきほど言われた入院している人とか、子育てが忙しい人とか、そういう人も今まさに行われているライブが楽しめることになるわけだから。そういう人たちに光を当てるというか、そういう人たちの気持ちになって考えるというところまではまだ行けてなかったと思うんですよ。ビジネス的な視点で“ライブ・ビューイングもありだな”とかを考えていた人はいたと思いますけど、今まで強く意識されていなかった人たちの気持ちが意識されるようになったという意味では、コロナでの負から正が生まれた貴重な機会になったことは間違いないと思いますね。
――シングライクの時は無観客ライブではありましたが、1回目は中野サンプラザにお客さんを入れないでライブをやるという贅沢な趣向で、2回目はいわゆるスタジオライブと、2つの形で演奏を届けたわけですけれども、今回は有観客ライブの生中継ということになります。
そうですね。だから、今回はあまり画面を通してご覧になってる方のことは意識しないで、普通のコンサートの感じでやって、それを楽しんでもらえればと思っています。
――配信でご覧になる方は、ライブの現場で起こっていることそのままオンタイムで、自分のプライベートスペースで楽しめるということですね。
そうです。よしもと新喜劇の劇場中継と同じです(笑)。
――(笑)。その相模女子大でのライブは、さっき説明していただいたように、今年のツアーのフルバージョンということになるわけですが、ズバリ見どころは?
今回用意した曲は、さっきお話したような諸条件もあって、メンバーもすごくやり慣れた曲ですし、ツアーを回ってきた最後のステージでもありますから、間違いなくいいステージになると思うんですけど。その上で、僕としてはサプライズも必要だと思ったので、2曲だけ“えっ!? これをやるんだ”という曲を2曲、クリスマスアルバム以外のオリジナルから選んでます。
『Your Christmas Night Again』2015年
今年はより感じやすいんじゃないでしょうか。今年あったいろんなことを思い出して、共感したり感謝したり、ということがいっぱいあると思います。
――クリスマスコンサートというと、一般には内外のクリスマスソングを聴いて、いわゆるクリスマス気分を満喫する時間というイメージだと思うんですが、竹善さんは最初のクリスマスアルバムをリリースした時点から、キリスト教的な脈絡とは別に内省的な時間を過ごす機会でもあるということをずっと言われていますよね。
そうですね。欧米には昔から、この時期にお互いのこと、世の中のことを考える文化があって。その文化に即したというか、そういうことを考えるきっかけになるような音楽を届けたいなと思って、ずっとやってきました。
――今年の冬は、誰もがそういうことを考えるというか、そういうことにどうしても気持ちが向くんじゃないでしょうか。
そうでしょうね。クリスマスソングを楽しめるということ自体そうでしょうし、僕が選んでいる曲たちはそういう気持ちで選んでますから、今年はより感じやすいんじゃないでしょうか。この間出演したイベントコンサートでも、別に泣く曲でもないのに泣いている人がいたりするわけですよ。同じ曲でも聴く人によって、また聴くタイミングや環境によって解釈はいろいろですからね。僕らのコンサートを聴いて、今年あったいろんなことを思い出して、共感したり感謝したり、ということがいっぱいあると思います。そういう意味では、まだアイデア段階ですけど、せっかく配信するんだから、その映像に訳詞を出せないかなあということも考えているんですよね。
――今年1年を振り返る時間になるかもしれないし、来年に向けて意欲を高める時間になるかもしれないですね。
そうなったらいいですね。
――最後にシングライクのことも聞かせてください。現在の状況と今後の活動の予定はどうなっていますか。
春に、お客さんを入れてホールでコンサートを何本かやる予定で、そのうちのどこかで配信もやることになると思います。それから、それに合わせてシングルをリリースする予定で、そのレコーディングをまさに今やっているところです。
――楽しみですね。そのリリースに向かう意味でも、この年末のライブをしっかり体験したいです。
はい、見てくれる人がそれぞれに、それぞれの思いを深められるような、いい時間にしたいなと思っています。

取材・文=兼田達矢
『Your Christmas Night Again』2015年

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