初期プログレの
イメージを定着させた
ピンク・フロイドの『原子心母』
本作『原子心母』について
ジャケットデザインを担当したヒプノシスは68年に結成された芸術集団で、ピンク・フロイドとは2ndアルバムからの付き合いであり、イエスにとってのロジャー・ディーンやムーディー・ブルースにとってのフィル・トラヴァースみたいな存在である。本作のデザインのおかげで、ピンク・フロイドの認知度は相当上がったのではないだろうか。ヒプノシスが手がけたジャケットを集めているマニアは少なくないと思うが、本作のジャケットはヒプノシスが手がけた多くのジャケットデザインの中でも間違いなくトップにランクされるほどの出来栄えだ。
ちょっと話が逸れたが、収録曲は全部で5曲。冒頭の「原子心母」はLPの片面をすべて使う24分にも及ぶ長尺のナンバー。ウォーターズは懇意の現代音楽家ロン・ギーシンに作曲やオーケストレーションを依頼し、グループの演奏に加えてホーンや合唱によるスキャットなどを交えたスケールの大きいナンバーに仕上げている。曲の組み立て自体はエンジニア(アビー・ロード・スタジオ専属のアラン・パーソンズとピーター・ブラウン)の高い編集技術によるところが大きく、クリムゾンやイエスのようにメンバーの超絶テクニックを披露するのではないところがピンク・フロイドらしさである。当時、この曲を聴いて「これこそがプログレだ」と妙に納得したのを覚えているが、おそらく当時、そういうリスナーは少なくなかったと思う。
B面に収録された「もしも(原題:If)」「サマー68」「デブでよろよろの太陽(原題:Fat Old Sun)」の3曲は、小品ながらも美しく儚げなメロディーを持つ。ドラマチックでありながらもどこかのどかさのある牧歌的サウンドは、ジャケットともリンクしている。アルバム最後の「アランのサイケデリック・ブレックファスト(原題:Alan's Psychedelic Breakfast)」は、生ギター中心のフォーキーな演奏に日常の生活音(水道やトイレの音など)をコラージュして、淡い水彩画のようなテイストを醸し出している。曲というよりは音によるスケッチのようなイメージだ。
本作はピンク・フロイドの作品としては初めてチャートで1位を獲得しており、以降彼らはトップスターの道を邁進することになる。73年にリリースされてモンスターヒットとなった8thアルバム『狂気(原題:The Dark Side Of The Moon)』(‘73)は隙のない傑作となったが、本作『原子心母』もロック史に残るアルバムだと言えるだろう。
TEXT:河崎直人