本田美奈子.を筒美京平&秋元康が
トップアイドルへ導いた『LIPS』
筒美京平のメロディーが全開
Bメロは《午前2時に眠るオフィス街》の箇所にパンチがあり、ドラマチックさを加速させていく感じ。それも《誰も知らない 恋の約束》までの溜めが効いているからだろう。グイグイとドライブしていく感じがとてもいい。その上で──これをブリッジと呼んでいいものかどうか迷うが、Bメロとサビをつなぐ箇所に2小節の、これまたドラマチックな楽器パートを差し込んでいる。この箇所はほとんど“ここからサビですよ!”と言っているも同様で、聴き手の高揚感を増幅させるに十分な効果があると言えるだろう。そして、この楽曲で最も重要な箇所──これが発表された時の本田美奈子.にとって最も重要なキーワードが注入されたサビへと突入していくのである。インパクトのある《マリリン》のフレーズはしっかりとリフイン。その後は《いつもよりも セクシーなポーズで》でまさに艶めかしさを示し、最後の《じれたあなたのそのハート 釘づけ》ではブレイクポイントでけれんみを出しつつ、しっかりと決める。カッコ良く締め括っているのである。こうして分析してみると、見せ場のてんこ盛りであることがよく分かる。稀代のメロディーメーカー、筒美京平の真骨頂と言って良かろう。
M3「1986年のマリリン」に興奮しっぱなしで、これ一曲で随分と語ってしまったが、もちろん『LIPS』はこれだけに留まらない。それぞれタイプが異なるものの、ともにミドルテンポのM4「スケジュール」とM6「バスルームエンジェル」ではシルキーな歌声を堪能できる歌メロを聴けるし、スリリングでいなせなM7「ドラマティックエスケープ」も、オリエンタルなエッセンスが入った独特のメロディーを聴かせるM9「YOKOSUKAルール」もひたすらカッコ良い。フィナーレのM10「愛の過ぎゆくままに」では、のちに彼女がミュージカル俳優になったことや、クラシックとのクロスオーバーに挑んだことにも納得の表現力の確かさを確認できる。
その上で、もうひとつ推し曲を挙げるなら、M1「Sold out」になるだろうか。イントロでのベースからしてサウンドに80年代感が満載なのは好き嫌いが分かれるところだろうが、そこでのメロディーラインもちゃんとキャッチーで、オープニングからなかなか聴かせてくれるナンバーである。ギター、ブラスセクション、コーラスのいずれもその旋律がはっきりとしていて、食材に例えるなら、皮まで食べられるとか骨まで食べられるとか、捨てる部分がないような感じだ(例えが微妙なのは御免)。この辺からも筒美京平らしさが如何なく感じられる。それでいて、本田美奈子.自身の歌はバッキングに見劣りすることなく、実に堂々とした印象で、ラスサビではアドリブ気味なヴォーカリゼーションを見せる辺り、デビュー2年目のアイドルシンガーとしてはなかなかのものと言えよう。そこに乗る《ナンパな声 かけないで》という歌詞はシンガーとしての自信を重ねているかのようだし(さすが秋元康!)、本田美奈子.という不世出のシンガーの代表作である『LIPS』の1曲目にも相応しいと思う。
TEXT:帆苅智之