『SUCCESS STORY』から振り返る
広瀬香美が“冬の女王”と成った必然
優れたポップソングの創造
ただ、アルバム全体としては過度に黒人音楽なるものを追求している印象があるかと言えば、それは薄い気はする。エンタテインメント要素のほうがそれを覆さんばかりに発揮されていると言い換えてもいいだろうか。例えば、タイトルチューンであるM3「SUCCESS STORY」ではファンキーなギターのカッティングに英語ラップが乗っていたりとコンテポラリーR&B的要素が顔を覗かせているものの、総体としては昨今のそれらと趣が異なる。M8「二人のBirthday(LA. Mix)」とM9「恋人募集中」とはThe Jackson 5的な歌メロなので、サウンドはモータウン風味が強くなっても不思議じゃないが、そこまで色濃くなっていないのはおそらくその辺を意識してそうしているのだろう(逆の見方をすれば、過度にモータウンを意識したわけではないということかもしれない)。M5「Dear」にしてもゴスペル風とは前述したが、サビのメロディーは大衆歌としては十二分なものではある。そう考えると、広瀬香美とそのスタッフは、彼女の音楽的ポテンシャルを持って、マニアックになりすぎない、大衆的という意味でのポップミュージックを産み出そうとしたのではないか。そんな想像ができるとは思う。
話を戻すと、そのためには歌詞は恋愛である必要があったのだろう。話をM2「ロマンスの神様」に絞れば、初のCMタイアップが、スキーヤー人口がピークを迎えた1993年に『アルペン』のCMだったわけだから、じっくり聴いてもらうものよりも、スキー場へ行きたくなる気持ちを想起させるような、明るく弾けるものが相応しいという判断があったことは確実である。こんな話もある。M2「ロマンスの神様」は[広瀬が中学1年生の時にピアノとヴァイオリンの室内楽として作曲したものが原型であり、それをポップス調にアレンジし直したものである。しかしCMソングとなるにあたりCMの監督、所属事務所、レコード会社などがあれこれと注文をつけ、まだキャリアが浅かった広瀬は素直にそれを聞いて何度も曲に手を入れていったため、最終的に自分の曲でなくなったような気がして、広瀬は歌いながらも不本意な思いを抱いていたという]が、結果的に170万枚を超える大ヒットとなり、1994年の年間シングルチャートでは2位となった([]はWikipediaから引用)。今や彼女の代表曲であるばかりか、1990年代の世相を表す一曲として邦楽史に残る楽曲である。
《一度だけしかないのチャンスは そう頑張らなくっちゃ/二度とやり直しはきかない 後悔したくない/決めてみせましょう SUCCESS STORY》《きっとつかめる SUCCESS STORY》《短期決戦 SUCCESS STORY》(M3「SUCCESS STORY」)。
そのM2「ロマンスの神様」のリリースから2週間後に発表されたアルバムには“SUCCESS STORY”という題名が付けられた。そのタイトルチューンは、恋愛成就に目指す気持ちが重ねられているかのような内容ではあるが、有り余る音楽的才能を発揮して極上のポップソングを作成し、それを特大ヒットさせた彼女の高らかな勝利宣言のようでもある。
TEXT:帆苅智之