猥雑なエネルギーと鋭い眼差し、井上
ひさし作『日本人のへそ』上演中~観
劇レポート~

 死して十年を経て、『藪原検校』『天保十二年のシェイクスピア』などの作品群が幅広く上演され続けている劇作家井上ひさし。その1969年のデビュー作『日本人のへそ』が、こまつ座により、東京新宿の紀伊國屋サザンシアターにて上演中だ(東京公演は2021年3月28日(土)まで、ライブ配信(3月25日(木))もあり。その後、大阪、横浜、宮城、名古屋公演あり)。
 彼の出身地である東北地方への思いもうかがえるこの作品は、2011年の東日本大震災のときも上演されていたという奇縁があるが、こまつ座ではそのとき以来のお目見えとなる。演出は、過去に3度この戯曲を手がけている栗山民也。井上芳雄、小池栄子、朝海ひかる、山西惇ら強力キャストを得て、猥雑でアナーキーなエネルギーに満ち満ちた戯曲を、楽しいと同時に考えさせられる作品として構築。総勢14名の出演者が、劇作家が実にさまざまな要素をてんこ盛りに盛り込んだ作品世界を楽しんで演じている様が印象的だ。
左から、小池栄子、井上芳雄 (写真=宮川舞子)
 幕が上がると、役者たちが、カタカナ46字が見事盛り込まれた寓話を共に語り出す――吃音者のための発声練習である。そして、吃音療法の一環として、彼らがこれからストリッパー、ヘレン天津の物語を演じていくことが明かされる。その音楽劇の伴奏を務めるピアニストもまた“ピアノの吃音症”である。――ヘレン天津は岩手出身。集団就職で上京する直前に実の父親に犯され、上京してからもそのナイスバディ故に勤め先の主人につきまとわれ、さまざまな性遍歴を経て、浅草でストリッパーに。労働争議を率いるも、一目惚れしたやくざの男に再会して仲間を裏切り、所帯を持つ。だが、やくざからその親分に献上され、親分から右翼に献上され、右翼から政治家に献上され、代議士の東京妻に収まる。――のだが、皆でそんな物語を演じるうち、殺人事件が起きてしまい――? そして繰り広げられる、どんでん返しに次ぐどんでん返し……!
左から、井上芳雄、小池栄子 (写真=宮川舞子)
左から、井上芳雄、小池栄子 (写真=宮川舞子)
 言葉遊び、東北弁による歌などが劇作家独自の日本語感覚の鋭さを感じさせる一方で、『ウエスト・サイド・ストーリー』のパロディもあり、初演当時の人々のミュージカルへの関心も大いにうかがえる。井上ひさしは、学生時代から、渥美清ら喜劇人が活躍した浅草のストリップ劇場フランス座で喜劇の台本を書いていたが、そのときに見聞きしたであろう経験も、浅草の賑わいを描写するシーンやストリップ劇場のシーンなどに盛り込まれていて、ストリップ論が展開される場面も。かと思えば、二幕はミステリー仕立てとなっていて、推理劇の趣も味わえる。そして、初演と同じ1969年に起きた「プラハの春」への言及もあり。と、当時劇作家が関心をもっていたのであろうさまざまな出来事がこれでもかと盛り込まれて提示される、そこに、若さのパワーが爆発する。後々の作品群と比べたときの違いもまた非常に興味深いデビュー作である。
 下ネタも多めの作品だが、栗山演出は、エロの要素を深追いせず、絶妙なバランス感覚でさらっと描くことによって、今日の女性客が観ても不快感を覚えない舞台に仕上げている。劇作家のてんこ盛りアイディアに演出家もてんこ盛りアイディアで大いに応え、ヘレン天津の性の遍歴を歌い上げる“バラード”を、学生服姿の人々が淡々と歌い上げる唱歌風に見せたあたり、笑いも取る手腕が光る。男性たちが女性の洗濯物に欲情を覚えて歌う場面も、宇野誠一郎のしみじみとした音楽とあいまって、欲望を持たざるを得ない人間の哀感を感じさせる。
左から、朝海ひかる、小池栄子 (写真=宮川舞子)
 狂言回し的な存在である教授役を務める山西惇は、いい意味でどこか少々胡散臭さ、生臭さがあるのが、この多重構造の作品において枠として効いている。東北本線の駅名を上野まで順々に唱えていくくだりでは、単なる駅名の羅列なのについつい聞き入ってしまい、次の駅名が口にされるのが待ち遠しくなるほど。山西がその役者としての身体で咀嚼した井上ひさしの言葉を耳にする楽しさを味わえる。会社員役で登場の井上芳雄は、『プロデューサーズ』に続き、エロ要素もある人間くさい役どころにチャレンジ。ミュージカル作品とも、これまで出演してきた井上作品とも異なる顔を見せる。ストリッパー、ヘレン天津役の小池栄子は、きっぷのいいセクシーさが役にぴったり。彼女の持ち味であるあっけらかんと逞しい生命力が、戦後の混乱の時代を生き抜くヘレンのパワーと重なり、輝く。アナウンサー役の朝海ひかるは、昭和レトロなワンピース姿で可憐に踊る姿が、まるで中原淳一のスタイルブックから抜け出てきたかのよう。皆がやくざに扮してのシーンでは、宝塚での男役経験が大いに活きて楽しい凄みっぷり。久保酎吉の清々しくも飄々としたチャーミングさが、猥雑なエネルギーに満ちた作品の品を保証する。そして、ピアノ伴奏者に扮した朴勝哲のキュートな魅力が、ラストの大笑いに貢献する。
 半世紀以上前に書かれた楽しい作品だが、劇作家がここにおいて鋭く看破した日本社会の本質――派閥の論理、中央と地方の関係――等が、21世紀になっても未だ今日的問題であることに驚かされる。劇場、演劇のもつエネルギーを今また確かめるにふさわしい作品である。
文=藤本真由(舞台評論家)

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