ストレス社会の怒りが生んだ、恐ろし
いラッセル・クロウ『アオラレ』#
野水映画“俺たちスーパーウォッチメ
ン”第八十三回

TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
私は自動車免許を持っていない。なので運転をしたことがないのはもちろんだが、ゲームですらひどいもので、左右のハンドルをどっちに切るのかを瞬時に判断できないし、そのくせ猛スピードを出してしまう。そのむちゃくちゃな(自分で言うな)プレイを見た人たちは、皆口を揃えて「野水さんは絶対車を運転しちゃダメな人だ」と言う。買い物や仕事で大荷物になるたびに、「運転できたら便利なのにな」と思うこともあるが、その反面、昨今事件として取り上げられることも多い“あおり運転”のことを思うと、「免許を持っていないのは僥倖なのかも」とも考えてしまう。無茶な運転にあおられて、あわや事故寸前!というドライブレコーダーの動画を見るとゾッとする。だがもしも、そのあおりが道路上だけで終わらなかったら? 運転手が執拗に追いかけてきたら? そんなあおり運転から始まる、さらなる恐怖を描いた映画『アオラレ』が公開中だ。
(c)2021 SOLSTICE STUDIOS. ALL RIGHTS RESERVED.
車で息子を送っていたレイチェルは、前に進まない車にイラつき、何度もクラクションを鳴らすが、相手の反応はない。諦めて追い越すと、車の中の男から「マナーが悪いのではないか」と注意されることに。無視を決め込んだレイチェルだが、その態度が男の怒りに火を付け、車で煽られ、追い回される羽目になってしまう。男の行動はどんどんエスカレートしてゆき、レイチェルは予想だにしない恐怖を味わうことになるのだった。

恐怖の始まりは些細なことから
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あらすじだけを読めば、異常者につきまとわれる災難なお話程度に思えるかもしれないが、あおられる原因は彼女にもあったのでは?と感じてしまう。実は、レイチェルは離婚調停中の上、仕事も解雇されてしまい、ストレスが頂点に達していたのだ。が、相手はそんな事情を知る由もない。男はレイチェルを注意する際、「俺も悪かった。すまない。だから君も謝ってくれないか?」と先に折れる。そこで謝っておけば両成敗となり、『アオラレ』という作品は生まれなかったのかもしれない。だが、彼女は息子に諭されてもなお謝らず、男を振り切って発進してしまうのだ。

自分の非を認められない人に出会うことは稀にある。そういう人は大抵逆ギレしたり言い訳したりと決して謝らない。レイチェルもまた然り、「不幸な私がこれ以上不幸になっていいわけがない」という自己弁護のもと、自分の行動を正当化してしまうのだった。

ストレス社会の恐ろしさを体現する男 ラッセル・クロウ
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一方の男(ラッセル・クロウ)はといえば、仕事を失い家族にも去られたばかりで、失意のどん底にいた。彼もまた、ストレスマックス状態だったのだ。それなのに自分からちゃんと謝ることができるなんて、レイチェルと比べたらちゃんとしてるじゃん!と思うのも束の間、彼はこの諍いをきっかけに無敵の人(失うものが無いため犯罪にも躊躇がない人を指すネットスラング)へと変貌。鋭い眼光でレイチェルを追い回し、なんと彼女の周囲の人間までも巻き込んでゆく。180cmを超える身長に、でっぷりとした肉付きのラッセル・クロウ氏が繰り広げる力任せの暴力は、「こんな奴に狙われたら終わりだ」という絶望感を加速させる。
追いかけてくる車が怖い系作品といえば、スティーブン・スピルバーグ監督の『激突!』(73)や、最近ニューマスター版が上映された『ヒッチャー』(86)など名作揃いだ。『アオラレ』も車系スリラーとしても十分面白いが、観終わってみると、車そのものよりも、ストレス社会の恐ろしさを表現しているようにも感じる。本作は、「激昂した人々による事件が増加している」というTVニュースから始まるが、現実でも怒りに起因した事件は多いのではないか。このご時世、コロナ禍の鬱屈とした日々からくるストレスや、仕事が立ち行かないことで感じるイライラなどから、そういった事件がさらに増えそうなのもまた恐ろしい。
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誰かにイラッとした時にはどうか、『アオラレ』を思い出して、「相手も事情を抱えているかもしれない」と一考してほしい。相手のことを慮る気持ちは、アンガーマネージメント(怒りのコントロール)にも通じるはずだ。そんな観点からも、本作が自分を省みる機会になれば嬉しいと思う。私も短気なタチなので、自戒を込めて。
『アオラレ』は公開中。
※緊急事態宣言下のため、劇場によっては上映スケジュール変更の場合あり。映画公式サイト、または各劇場ホームページを参照のこと。

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