暴走する毒親の愛と車椅子のアクショ
ン、つきまとう疑念 『RUN/ラン』
#野水映画“俺たちスーパーウォッ
チメン”第八十四回

TVアニメ『デート・ア・ライブ DATE A LIVE』シリーズや、『艦隊これくしょん -艦これ-』への出演で知られる声優・野水伊織。女優・歌手としても活躍中の才人だが、彼女の映画フリークとしての顔をご存じだろうか?『ロンドンゾンビ紀行』から『ムカデ人間』シリーズ、スマッシュヒットした『マッドマックス 怒りのデス・ロード』まで……野水は寝る間を惜しんで映画を鑑賞し、その本数は劇場・DVDあわせて年間200本にのぼるという。この企画は、映画に対する尋常ならざる情熱を持つ野水が、独自の観点で今オススメの作品を語るコーナーである。
家族とは不思議なもので、自分とは全く異なる生き物のはずなのに、血が繋がっているというだけで特別だと感じてしまう。「家族なんだから」「親子なのに」 そんな言葉を口にする人を見かける度、私は「なんて能天気な」と思ってきた。家族だって親子だって、結局は他人。実際に殺人事件の大半が親族間で起きているように、油断したら身内に殺されてもおかしくはないのだ。「どんな殺伐とした家庭環境で育ったんだよ」とツッコまれそうだが、幸いにも、母親と私はこれまで姉妹のように仲良く過ごしてきた。だからこそ、「もしも信頼する母が私に危害を加えようとしたら?」と考えるとゾッとする。身公開中の『RUN/ラン』は、そんな身の毛もよだつ想像を具現化したような作品だ。
(c)2020 Summit Entertainment, LLC. All Rights Reserved.
クロエは生まれつき慢性の病気をいくつも患い、車椅子生活を余儀なくされていた。大学進学を機に自立しようとするクロエだったが、ある日、母親・ダイアンに渡された新しい薬に違和感を覚える。クロエが調査を進めると、その薬は人間が服用してはならないものだと判明した。なぜダイアンは、愛する娘に危険な薬を飲ませるのか。

狂気の毒親=サラ・ポールソンからの脱出劇
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登場人物がほぼ母親のダイアンと娘のクロエだけなので、とてもミニマムな物語にも思えるのだが、緊張感ある演出が続き、退屈する暇はない。携帯電話を持たず、繋がっていたインターネットも断たれ、ジワジワとクロエがピンチに陥ってゆく様子には、観ている側も憔悴させられる。中でも、母親を疑い始めたクロエが部屋に軟禁された後のくだりが見どころ。車椅子を捨て、窓を破り、動かない足を引きずりながら屋根を這っての脱出劇には、思わずこちらも息を潜めてしまうほどの緊迫感があった。クロエ役を演じるのは、オーディションで役を勝ち取ったというキーラ・アレンだ。彼女もまた、実際に車椅子を用いて生活をしている。日常でのハンディキャップを、演じる上でのアドバンテージに変えた彼女の真に迫るアクションが素晴らしい。
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本作でメガホンをとったのは、父親が行方不明の娘を探すスリラー『search/サーチ』(18)で才能を発揮した、アニーシュ・チャガンティ監督である。全編パソコン画面で展開する演出が話題を呼んだ同作だが、私は飛び道具的なギミックよりも、自身の不甲斐なさと向き合い親子関係を修復しようとする父親の心の機微の描き方に惹かれた。本作『RUN/ラン』でも、台詞で多くを語りすぎず、クロエとダイアン、二人の表情や視線で心の動きを描き出す監督の手腕は健在。
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また、ダイアンを演じるサラ・ポールソンの芝居も巧い。『ヘレディタリー/継承』(18)で母親役を演じたトニ・コレットのような、直接的な怖さを感じる演技ではないが、娘を愛する真摯な瞳の中に、どこかネジが一本外れた狂気を潜ませている。一方で、娘を心配する感情表現は本物。どこがおかしいと決定的に指摘できないからこそ、観る側に「もしかして、クロエの思い違いなのかも?」という疑念が常につきまとう。
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不安と緊張感が漂い続ける本作中、私が一番興奮したのが、クロエがとある人物に助けを求めるシーンだ。ダイアンも、同じ人物に「娘は薬のせいで被害妄想が酷くて」と諭すのだが、はたしてどちらを信じればいいのか? 第三者の大人は、子どもの言い分ではなく、親を信用してしまうことが多いのではないか。しかしこの人物は、悩んだ結果クロエを信じるのだ。家庭内での虐待や育児放棄などが実際に起きている昨今、冷静に判断し子どもを守ろうとする人物が描かれていることは、私にとっては非常にうれしい刺さりポイントだった。家族間のことといえど、守るべき相手をきちんと見定めて介入してくれる人がいれば、助かるケースが増えるかもしれない。現実の世界でもそうあってほしいというのが、私の願いだ。
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毒親ダイアンの愛の暴走が行き着く先には、何が待ち受けているのか。驚愕のエンディングがま見届けた後には、『ミザリー』(90)、『屋敷女』(07)、『エスター』(09)、『グレタ』(18)といった“ヤバい女が怖いスリラー”作品群に、本作が新たな一作としてが加わることだろう。
『RUN/ラン』は公開中。

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