尾上松緑が“すっぱ”を勤める『太刀
盗人』は役者泣かせ? 歌舞伎座『十
月大歌舞伎』取材会レポート

尾上松緑が、歌舞伎座『十月大歌舞伎』に出演し、『太刀盗人』で、すっぱの九郎兵衛を勤める。10月2日(土)の初日に先がけて合同取材会が開かれ、松緑が舞台への思いを語った。また、コロナ禍の舞台公演について、今月出演中の『東海道四谷怪談』についても、コメントした。
歌舞伎座『十月大歌舞伎』は、2021年10月2日(土)~27日(水)の公演。
■間の抜けた泥棒? かっこいい泥棒?
「すっぱ」とは、スリのこと。昨年10月以来、松緑は国立劇場で『太刀盗人』、『三人吉三巴白浪』、『四天王御江戸鏑』、歌舞伎座で『泥棒と若殿』、『戻駕色相肩』、『あんまと泥棒』と、出演できる演目の数に限りがあるコロナ禍においても、ハイペースで泥棒役を勤めてきた。そして今回の『太刀盗人』で再び、すっぱの役。
「松竹さんと国立劇場さんは、僕を泥棒だと思われているのでしょうか(一同笑)。先代の白鸚のおじや、現・白鸚のおじ、吉右衛門のおじは、“英雄役者”と言われます。それは気がいいでしょうけど、もし、“泥棒役者”と言われたら……ちょっとムッとしますね(苦笑)。しかも僕がやる泥棒は、お人好しであったり、盗むのが下手なことが多い。そのような中、『三人吉三』のお坊吉三は、アウトローでした。僕自身、ピカレスク物に惹かれるところがありますので、間の抜けた泥棒ではなく、かっこいい泥棒の役を振っていただけると嬉しいです」
「松竹さん、国立さんには、どういうことかお尋ねしたいですね」と松緑。
率直なコメントで、一同を楽しませる松緑。今回、すっぱの九郎兵衛は、都の市場の賑わいに紛れ、田舎者の万兵衛から太刀を盗む。しかし田舎者が気づき、太刀は自分のものだと主張する。すっぱもまた、太刀は自分のものだと言って譲らない。そこへ目代(お役人)がやってきて……。田舎者万兵衛を勤めるのは、中村鷹之資。
「鷹之資さんは、(父の中村)富十郎のおじさんの遺伝子を感じさせる、しっかりとした踊りを踊られます。とくにその遺伝子を感じるのは、日本舞踊に非常にマッチした体型でしょうか。踊りの形も決まりやすい、(九世)三津五郎のおじさん、富十郎のおじさん、(十八世)勘三郎のおにいさんや(十世)三津五郎のおにいさんと同じ系統で、正直、非常にうらやましい。もちろん鷹之資さんは、体型だけに頼る人ではありません。踊りも大変熱心に稽古をされ、​過去にご一緒させていただいた時にも、非常に頼りになるパートナーだと感じました。私は富十郎のおじさんと『連獅子』を踊らせていただいたり、色々な稽古をしていただきました。その息子さんが、第一線で活躍されるようになり、今回は同じ重さの役を一緒に勤めます。とても嬉しく、楽しみなことです」
さらに従者藤内役で、松緑の長男、左近も出演する。左近は、現在15歳。
「彼と同世代の役者さんたちも、活躍してきています。コロナ禍で、去年、予定していた舞台が潰れてしまったりもしましたが、彼自身は非常にやる気があるようです。彼がこの道でやっていきたいと考えるのであれば、できる限りのことをしたいですし、私ではなく、彼の曾祖父(二世尾上松緑)や祖父(初世尾上辰之助)を目指し、そのような役者になってくれるようにと願っています」
同じ年の頃の自身と比べた、左近の印象を問われると、「彼の方が、すべてにおいて真面目に取り組んでいると思います」と笑った。
■ちょっと危ない、が面白い
すっぱと田舎者のどちらが太刀の所有者か。太刀の名前や由来を知る方が持ち主であろうと、2人は質問を受けるが、田舎者が先に答え、それを見よう見まねですっぱが答えるので埒があかず……。観ていて楽しい演目だ。しかし松緑は、『太刀盗人』を「ある種、特殊」で「舞踊家泣かせ」でもあると語る。
「コンビネーションという意味で、我々は、1か月間の興行の中で初日よりも2日目、3日目より4日目と、共演者との息があってくるものです。同じコンビプレーで踊る舞踊でも、『棒しばり』は、2人の息があえばあっただけ、お客様にもエクスタシーのようなものを感じていただけます。けれども『太刀盗人』は、もちろん振りや段取りは覚えた上で、息が合いすぎると予定調和になってしまう。すっぱは、決して踊りたくて踊っているわけでもありませんし、ちょっと危なっかしいぐらいの方が、面白いようですね。市川團蔵さんには、“すっぱは手を抜くくらいでいいんだよ”と言われます。ある意味で、役者、舞踊家泣かせの作品です」
すっぱは、十世坂東三津五郎から教わった。その後、團蔵に見てもらっているという。
「とても面白い役ですね。祖父や父の記録映像を見ると、あらすじを知ってる自分でも笑ってしまいます。けれども祖父も父も、きっちりと線を引いています。喜劇やコントとは違うものであり、大爆笑をかっさらえば良いというものではない。笑いを狙ってあざとくなってもいけません。お客様に、ふふふと笑っていただけるくらいがベストです。下品にならないよう、そして松羽目物としての格調を持って勤めたいです。お客様にウキウキ感が伝わるよう、まずは自分が楽しみ、そして鷹之資さん、彦三郎さん、倅の左近と4人で、ウキウキとした雰囲気を作りたいです」
令和2年10月国立劇場『太刀盗人』すっぱの九郎兵衛=尾上松緑 松緑はすっぱの顔のパネルに目をやり「この顔で、品もへったくれもないかもしれませんが」と笑う。 /(c)松竹
■9月は『東海道四谷怪談』で直助権兵衛
今月は、38年ぶりに片岡仁左衛門と坂東玉三郎という配役で上演中の『東海道四谷怪談』に、直助権兵衛役で出演している。
「ファン目線になってしまうのもいけないことですが、やはり仁左衛門のおにいさんはとても格好良く、それは女も惚れるだろうなと思うほど。玉三郎のおにいさんはお綺麗ですから、その分、情念がより表れて(お岩様が)おっかないな、と見ています」
38年前、この2人の『四谷怪談』で直助権兵衛役を勤めたのは、父・初世尾上辰之助だった。
尾上松緑
「その意味で、今月は3つの怖さがあります。父の戦友であった、尊敬する大先輩であるお2人と、ご一緒させていただく怖さ。自分の役の前任者が、父という怖さ。そして、上演時間が限られる中、『隠亡堀の場』だけに出てくる直助権兵衛を、初めて観るお客さんにどこまで伝えられるかという怖さです。胡散臭い奴が出てきて、悪党の伊右衛門にたかってる。『あの伊右衛門をゆするぐらいだから、こいつも悪党なのだろうな』と感じていただけるくらいのニュアンスで、筋よりも雰囲気を大事にしています。千穐楽まで試行錯誤することになると思います」
コロナ禍の影響は上演時間だけでなく、稽古時間にも影響が出ている。
「感染者数は少しずつ減っていますが、まだ安心できる状態ではありません。もうしばらくの我慢が必要なのかなと思います。口惜しい部分は、もちろんあって、たとえば今月は、仁左衛門のおにいさんと玉三郎さんのおにいさんとご一緒させていただき、もちろん色々なダメをくださいます。でも、もしあと少しお稽古期間が長ければ、もっと色々うかがえたのかなとか。タラレバの話ですが、考えてしまうことはありますね」
尾上松緑
そのような中でも、昨年5月にスタートし、まもなく50回目の開催を迎えるのが、松緑が席亭を勤めるStreaming+の配信トークライブ『紀尾井町家話』だ。リモート飲み会に参加するような居心地の良さと、舞台では知ることのできない俳優たちの一面を垣間見ることができる。
「たとえば猿之助さんとの共演が増えたのは、配信がきっかけでは? と言われることもあります。実際は、もともと澤瀉屋と仲は良く、配信にゲスト出演いただいたことで、誰かとの関係が変わったということはないんです。でも、今の時期は終演後に飲みに行って芝居の話をする、といったことができません。その中で、共演している人たちが配信のゲストに来てくれて、お話しをしたことで、翌日からより仲が良くなるようなことはあります。見てくださる方との関係はもちろん、一緒にお芝居をさせていただいてる方との、コミュニケーションツールとしても役立ってると思います。ゲストに来てくださり、最近ご一緒できていない役者さんとは、また早く一緒に芝居がしたいなと思うことも多いです」
舞台の松緑だけを観てきた方の中には、松緑に対し、コワモテの印象をもつ方も多いのではないだろうか。しかし『紀尾井町家話』では、パンチの効いたジョークの合間に、スマートな気配りと温かい人柄をのぞかせる。
次回9月21日の配信には、鷹之資も出演する。
「僕自身は感情が非常に激しい人間です。好きだと思う人には優しく、僕のことを嫌っているであろう人には嫌な感じで接したいなと、つねづね思っています(一同笑)。配信には、僕が好きな方々に来ていただいてますから、今のところ僕のプラスの面しか出ていないのかもしれません(笑)」
『十月大歌舞伎』は、東京・歌舞伎座で10月2日(土)~27日(水)までの公演。
「『太刀盗人』のすっぱは、父、祖父、祖父の師匠である六代目菊五郎さんから大事にしてきた役です。それをさせていただけるのは、とてもありがたいこと。『十月大歌舞伎』第二部では、『太刀盗人』の前に、松本白鸚のおじさまが『時平の七笑』という重厚で、ドラマティックな演目をなさいます。お客様には、その後の『太刀盗人』で笑って歌舞伎座を出ていただければいいですね」
取材・文・撮影=塚田史香

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