女性に生まれた祝福に満ちた、明日海
りお主演『マドモアゼル・モーツァル
ト』が開幕

1991年に初演されて好評を博し、音楽座ミュージカルの代表作のひとつとなった『マドモアゼル・モーツァルト』。モーツァルトは実は女だった……! という大胆な設定のもと、この不世出の作曲家の魅力に迫ろうとする作品で、モーツァルトの楽曲群が多数流れると共に、小室哲哉、高田浩のオリジナル楽曲もちりばめられている。タイトルロールを演じるのは、2019年の宝塚歌劇団退団後、今回がオリジナル・ミュージカル初挑戦となる明日海りお。2021年10月10日(日)初日の前夜に行なわれたゲネプロを観た(東京建物Brillia Hall)。

「女には作曲は無理」と思われていた時代に、ピアノを前にたぐいまれなる即興演奏の才能を発揮するエリーザ(明日海りお)。父レオポルト(戸井勝海)は彼女を男装させ、「ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト」という名の男の子として育てることにする。その才能に愛憎半ばする思いを抱くサリエリ(平方元基)。コンスタンツェ(華優希)もモーツァルトに思いを寄せ、二人は結婚することとなり――。モーツァルト/エリーザを取り巻く人々の物語が、抽象的、宇宙的空間を思わせる舞台装置の中、白とグレーを基調とした装束の人々に見守られながら展開していく。誰もが一度は耳にしたことがあるだろうモーツァルトの楽曲がオリジナル歌詞と共に歌われ、ダンス・ミュージックへとアレンジもされてノリノリの踊りと共に披露される。モーツァルトがこの世界に遺した美しいメロディの数々を味わうことのできるひとときだ。

作品の原作は福山庸治の同名コミックス。女性として生まれながら、男性として育てられ、生きる。――と聞けば、連想されるのは池田理代子の『ベルサイユのばら』の主人公オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ。そして明日海は、『ベルサイユのばら』を代表作のひとつとする宝塚歌劇団の男役トップスター経験者であり、在団中、オスカル役として主演したこともある。男役として男性を演じることと、男性として育てられた男装の女性を演じるのとでは当然求められるものが異なってくるわけだが、明日海は、その微妙な違いをさすがの絶妙なさじ加減で見せる。華奢で軽やかで透明感のあるたたずまいが、モーツァルトの音楽の響きの美しさを思わせる。そしてその姿には、作中言及されるオペラ『フィガロの結婚』のケルビーノ役(ズボン役、すなわち女性歌手が男装して歌う役どころ)の魅力の本質についても考えさせられるものがある。
白髪のかつらも似合い、お茶目ないたずらっ子っぶりがチャーミング。自分を男として育てた父が死んだことで、女としての人生を謳歌し始めるあたり、主人公が人生の途中で男性から女性へと変身するヴァージニア・ウルフの傑作小説『オーランドー』をも思い起こさせる。そんな彼女に複雑な心境を吐露する妻コンスタンツェに向けて歌うナンバーでは、男性、女性といったものを超えて、一人の人間として魂を爆発させる歌唱を聴かせる。明日海自身、宝塚音楽学校時代を含めると約20年もの間、男役として生きてきた。そして退団し、今は女優へと移行しつつある。そんな変化を自身が自然体で楽しんでいる風なのが、モーツァルト/エリーザという役どころを通じて伝わってくる。その自然体の姿が、――女性としての人生をも謳歌して生きたことで、モーツァルトは名作オペラをこの世に遺すことができた――という物語の流れに重なる。そして、明日海りおという舞台人が育まれた劇団、すなわち、女性が男性役も女性役も演じる宝塚歌劇団の大きな魅力のひとつが、女性が内なる男性性も女性性も解放し、開花させることで、女性に生まれたことをめいっぱい謳歌している、そんな姿を楽しむところにある――という事実に今一度思い至らせるところがある。

エリーザが女性であるとは知らずに結婚することになるコンスタンツェを演じる前花組トップ娘役の華優希は、これが退団後第一作。花組トップスター時代の明日海とは大劇場公演で一作コンビを組んでおり、芝居の相性の良さを改めて証明した。力みが抜け、しっとりとした魅力的な声で、モーツァルトに一途な思いを寄せるコンスタンツェを好演、とぼけたコメディエンヌの一面も見せる。初夜をせがむくだりも、明日海と華の少年少女っぽさがあったればこそ、下品さはなく、むしろかわいらしいシーンとなる。女性と結婚してしまったことで、コンスタンツェ自身、女性として大きな葛藤を経験することとなるのだが、そんな彼女に、モーツァルト/エリーザは「もし君がいなかったらモーツァルトはいなかったと思う」との言葉をかける。“世界三大悪妻”の一人に挙げられるコンスタンツェ、その悪妻説に挑むものとして興味深いくだりだが、明日海と華が宝塚時代から培ってきた絆もそこに自然と重なり、女性同士の友情の尊さ、美しさを感じられるシーンとなっている。
モーツァルトとサリエリの関係というと、ピーター・シェーファーが戯曲『アマデウス』(1979)で描いた「天才対凡人」の構図が後世に与えた影響はあまりに大きいが、この作品でのサリエリは、モーツァルトの創作人生を大いに刺激した存在として描かれている。モーツァルトの才能に畏怖の念を抱き、女性姿のエリーザに思慕を寄せる、そんなサリエリ役を演じる上で、平方元基がもつ大らかな魅力が生きる。モーツァルト/エリーザを見守る姿に温かな包容力を感じさせ、思いを歌うナンバーでの切々とした歌唱も聴きものである。
取材・文=藤本真由(舞台評論家)
モーツァルト/エリーザ役・明日海りお、サリエリ役・平方元基、コンスタンツェ役・華優希、シカネーダー役・古屋敬多(Lead)の初日コメントが届いたので紹介する。
出演者 コメント
(左から)古屋敬多、平方元基、明日海りお、華優希
明日海りお:天才音楽家・モーツァルトを演じている明日海りおです。今回は『マドモアゼル・モーツァルト』ということで、実は女性だったという設定で小さい頃は“エリーザ”として、そこから音楽の才能を見出されて男として育っていく、という役です。
平方元基:サリエリ役の平方元基です。イタリア出身の宮廷作曲家で、モーツァルトに恋をしてしまい、当時音楽家には男性しかなれなかったので「僕は男に恋をしたのか?」「ひょっとしてモーツァルトは女なのか?」といろいろな悩みを抱きながら物語を展開していく役を演じさせていただきます。
華優希:モーツァルトの妻・コンスタンツェ役を演じる華優希です。家庭的な女性として描かれていまして、モーツァルトに純粋に恋をしていた少女の時代から、モーツァルトが女だったと分かっても、性別やいろいろなものを乗り越えて与え与えられながら共に歩んでいく姿を、しっかりと描いていければと思っています。
古屋敬多:シカネーダー役を演じます古屋敬多です。終盤の方で登場する役なのですが、モーツァルトと一緒にオペラ界で革命を起こそうする、とても野心家でありマルチな才能を持った人物です。
ーー注目してほしい見どころを教えてください。
明日海:見どころはたくさんあるのですが、私自身の見どころとしては、“私って何なんだろう”と考えた時に、勇気を出して自分の進むべき道へ歩んでいくところ。勇気を出せたことがすごいなと思います。その勇気というのは、サリエリと出会って気づいた事、コンスタンツェと性別を越えて愛を育めた事、シカネーダーがチャンスをくれて絆を築く事が出来た、様々なキッカケが全部勇気に繋がって結果として出ているので、その過程をお楽しみいただきたいなと思います。
平方:大きな愛というのが大切なテーマでもあるので、そこを感じていただければと思うのと、作中で“精霊”たちがたくさん登場しているのですが、言葉は発さないけれども要所要所ですごく体を使ってダンサブルなナンバーがあったりコンテンポラリー的なダンスがあったりいろんな表現をしているんです。そこも注目して見ていただけると作品をより深く楽しんでいただけるのではないかなと思います。
華:物語にいろいろな展開があって、大切な心の動きの場面がたくさん出てくるのですけれども、前半・後半共にすごく楽しい場面も多いなという印象です。個人的には、明日海さん(演じるモーツァルト)と仲良くさせていただく幸せな場面は、とても楽しくて、そしてドキドキ・ハクハクしながら演じさせていただいていますし、「♪NaNaNa!」などいろんな華やかな場面もお客様にお楽しみいただけるのではないかなと思います。
古屋:皆さんとても素敵で、惚れ惚れしながら見させていただいているのですが、その中でも明日海さんのモーツァルトとエリーザの演じ分けが本当にカッコよくて可愛いので、そこは見どころだと思います。
明日海:私のことはいいので(笑)、 「♪NEW WAVE(古屋中心のナンバー)」の宣伝とか。
古屋:いや、僕なんて……。
平方:みんな控えめ(笑)。
古屋:僕、本当に後半の方に出てきて嵐を起こしていく感じなのですが、革命前夜を見ているような気持に出来ればいいなと思いますし、精霊たちと一緒にパフォーマンスするナンバーは、“圧巻”と言われるように頑張りたいです。
ーー自分に才能がひとつ与えられるとしたら、どのような才能が欲しいですか?
明日海:切実に欲しい才能なのですが(笑)、短時間で人と仲良くなれる才能が欲しいです。このコロナ禍で人と一緒にいられる時間はとても限られていますし、この仕事をしているとなかなか仕事以外で人と会えなかったりするので、短時間で即!仲良くなれる才能が欲しいなと思います。そう言っても、ここの皆が仲良くないみたいに思わないでください(笑)。
一同:仲良いですよ(笑)。
平方:今思ったのは、即回復したい! ですね。疲れたなと思っても2秒くらい寝たらすぐ元気になれる才能があったら、いろんな事をやれるから全速力で人生を駆け抜けられるかなと思って。即! 超回復する才能が欲しいです。
華:今備わっていないとマズイなというものかもしれないのですが……リズム感が欲しいなと思って。アンサンブルの皆さんや古屋さんと明日海さんの「♪NEW WAVE」を見ていても、リズムの取り方がカッコよくて本当に素晴らしいので、この公演の間にいっぱい見て盗もうと思っています。
古屋:こういう取材で緊張しないような。
平方:緊張してるの!?
古屋:緊張してますよ! 正直バクバクで、足も震えていてさっきから止まらなくて。昨日も緊張で寝られなくてですね……強くなりたいです。今年(デビュー)20周年なんですけど、なかなか慣れないです(笑)。
ーー初日へ向けての意気込みをお願い致します。
平方:稽古場から密になることは避けなくてはいけなかったんですけれども、すごくいいカンパニーで家族のような皆さんとこの物語を温めて作ってまいりましたので、きっといろんなものをお持ち帰りいただける作品になっていると思います。余すところなく楽しんでいただければと思っていますので、よろしくお願い致します。
華:今、こういう状況ですけれども、初日を迎えられるということが本当にありがたいことだなと感じます。個人的には、宝塚を卒業して舞台に立つのが初めてでとても緊張しているのですが、このカンパニーの素晴らしい皆様と舞台を作らせていただけることに幸せを感じていて、一日一日大切に、お客様に愛だったり、温かいものをお届け出来るように精一杯頑張ります。
古屋:稽古開始から約2か月、毎日体調には気を使ってやってきました。いよいよ本番ですが、気を抜かず、千穐楽まで行けることが出来たら奇跡だなと、そういう気持ちで一回一回を大切に演じていきたいなと思っています。
明日海:カンパニーの皆さんと今まで命懸けくらいの気持ちでお稽古をしてきた期間が終わって、いよいよ初日が開くのだと思うと感慨深いです。私たちにとっては板の上に立てるというのは何よりの喜びで、“生きてる”と思える最高の場所であって、そしてお客様と一緒の空間を共有出来る。“幸せでどうなっちゃうんだろう”と今から恐れています(笑)。体力と集中力のいる舞台なので出演者・スタッフの皆様と心を一つにして、いろんな事に気を付けながら大切に一日一日一回一回をお届け出来ればと思います。

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