古内東子の
ヒットアルバム『恋』を教科書に
恋愛に欠かせない
大切な要素を授かってみたい
“不安”は恋愛の重要要素!?
《こんな夜中に呼び出されても いちばんきれいな顔して会えないのに/慌てふためいて塗った口紅 そして二人は恋をした/きっと友達の顔ってあるのね それが今夜は少しずつどこかに消える/新鮮なあなた一秒ごと見つかる あの日二人は恋をした》《十年たってもきっと忘れない 高鳴る胸に苦しかったキス/夢の中でも夢だったこと あなたの腕が今そばにある/もっと二人で恋をしよう》(M5「そして二人は恋をした」)。
《二人は恋をした》と過去形であることから、過去にも思いを馳せている。続くM6「ケンカ」もそうだ。
《恋も遊びも仕事もみんなうまくいくことなんて/それはそれできっとつまらない/今の私の望みはたった一つ叶えばいい/大好きな人と幸せでいたい》《泣いて笑って怒って 忙しさに疲れるけど/それがきっと恋と呼ばれるもの/今の私の望みはたった一つ叶えばいい/大好きな人と幸せでいたい》《どうしようもない程わかってる/我慢が足りないこと わかってる/思い出そう あなたに出会う前の寂しい自分を》(M6「ケンカ」)。
やや時代がかった気もする《我慢が足りない》は甘んじて受け入れるとして、“寂しい自分を思い出そう”と過去を振り返るスタンスがなかなか興味深い。過去に比べたら今は幸せだ…という短絡的な話でもなかろうが、感情形成の背景が感じられて、短い歌詞にしっかりとした奥行きを与えている。
M7「どれくらい」とM8「余計につらくなるよ」も各々の内容を対比すると面白い。
《どれくらいの想いならいいの?あなたの自由を奪わずに/どれくらいの想いなら壊れないでいられるの?/愛しすぎて この気持ちが あなたの荷物になるようで/どれくらいの想いならずっと二人 いられるの?》《いつも自分を持ってる人 そんなあなただから なおさら/いつか疲れるのがわかるの だから急がなきゃ》(M7「どれくらい」)。
《もうすぐ終わる今年の手帳 一ページずつ読み返した/何もかも 満たされてた あなたを幸せにしてると思ってた/二人よりも大切なものが その胸の中に生まれたのね/何もかも変わってゆく あなたは一人でも黙って歩いてく》《めぐってゆく時はもう二度と きっと戻っては来ないけれど/お互いが優しさを 出会ってから今まで 少しずつ失くしてる》《心から愛しく思うまで どうか抱き寄せて口づけはしないで/余計につらくなるよ》(M8「余計につらくなるよ」)。
ともに微妙に内容は異なるものの、気持ちのすれ違いであったり、感情の行き違いであったりを描いていて、その不安な感じを、M7は未来形、M8は現在進行形で描いている。前述した刹那と並び、この“不安”というのも古内東子楽曲の中では重要なファクターであるということもできるのではないだろうか。M7、M8ほど成分は強くないが、どの曲も少なからず“不安”は漂っている。もしかすると、それは古内東子楽曲どころか、恋愛における最重要要素かもしれない。
ちょっとバブルっぽい匂いも残るM9「いそがないで」は、男女間の物語ではなく、女性からおそらく友人と思われる人に向けたものであるようなのは、本作では別機軸。こういう角度の恋の描き方もあるのかと妙に納得。
《"クリスマスにも仕事だらけ"と 忙しそうに電話を切ったけど/また一つ恋を失って その痛みから 逃げてるのわかるよ》《"ちょっと気になる"そう話してた あの人のこと誘ってみればいいのに/ありふれた毎日が ありがたく思えても それはただのイリュージョン/メリーゴーランドは まだ回ってる》《そんな風に いそがないで/今よりもっと幸せになる そのために、そのためには焦らないで/そんな風に いそがないで/出会えるチャンス通り過ぎてる/一人きり、一人きりなど慣れなくていい》(M9「いそがないで」)。
アルバムのフィナーレM10「宝物」も別機軸と言えば別機軸。そして、ここでも若干揺れる感情が描かれている。
《二人で過ごして来たあの日々は/これからも私にとって宝物だから/どこかで傷みを感じながら恋をして/この腕の中 この小さな腕の中/誰かを抱くでしょう/宝物だから》《一度入れたメッセージ 聞いたかわからないけど/返事がなくてよかった ずっと待ってたけど/「別に用はない」なんて 見え透いた嘘はきっと/あなたはわかっていた/寂しい気持ち 会いたい気持ち/さよならを決めたのは私なのに/教えられたの あなたの強さとやさしさに》(M10「宝物」)。
《宝物》と言っているのだから過去をまるごと否定はしていないが、かと言って、完全に前向きなのかと言えば、そうでもない。《さよならを決めたのは私なのに》辺りに少しばかりの後悔が滲んでいる気がする。やはり、不安は恋愛において大事な要素であるようだし、もっと言えば、恋愛物語に抑揚や機微を与える上で欠かせない要素なのかもしれない。…と、恋愛貧者を自称する筆者ですら、このアルバム『恋』を聴くことで、そんなふうに“恋とはこういうことなのだろうか”と考えるきっかけにはなった。古内東子がかつて“恋愛の教祖”と言われたも十分にうなずけるというか、納得できるアルバムであった。
TEXT:帆苅智之